第5話

 一方、勢いで〈アマリリス〉をあとにしたエースは、特に行く当てもないまま外縁を歩いていた。

 区画整理があまりなされていないため、外縁の路地は総じて狭い。加えて、ツギハギの建物が多いので、上を見上げれば空が建物の屋根に切り取られたように見える。

 既に日が傾きはじめていた空は、うっすらと白んでいる。どこか懐かしく、切ない色合いの薄青。

 不意に、その空を大きさの違ういくつかの機影が横切った。おそらくは、都市を結ぶ定期飛行便と、誰かが乗り回しているのだろう小型駆動飛行艇───通称、エアバイクと呼ばれるもの。

 かつては、自分も乗っていたものだ。

「……………」

 ずき、と義手をつけた肩が痛む。

 あれに乗らなくなってから───いや、乗れなくなってから、もう2年になる。

「…………くっそ、格好悪ぃな……」

『お前、ほんとにこのままでいいのか?』

 ジョーカーの言葉があたまのなかを駆けめぐる。

「……よくねえに決まってんだろ」

 自分だって、できることならまたあそこに───あの空に帰りたい。

 だけど、帰り方がわからないのだ。

『私がカナリアなら、エースは鷹ね』

 ふと、酷く懐かしい声がよみがえった。

 同じ鳥でもまるで違うわね、と言って日溜まりのように笑った彼女は、今も歌っているのだろうか。美しい声で、シティの夜に花を添える歌姫として。

(…………ごめんな)

 墜ちた鷹に、もう一度舞い上がれる保証はどこにもない。空を飛ぶ、あの頃の俺には、もう───戻ることなんて許されない。

 そう、思っていたときだった。

 空を飛ぶ定期飛行便から、小さな影がひとつ、こぼれた。

 エースは、それが何かを察した瞬間、反射的に駆けだしていた。

 ───────あれは、人だ。

(……っ、だめだ、このままじゃ間に合わねぇ!)

 狭い路地を抜けながら、周囲に素早く視線を走らせる。すると、ちょうど郵便配達用のエアバイクが道の脇に停められていたのが目に入った。

 迷わず、それに飛び乗る。

 エンジンをかけたところで、持ち主が近くの家から出てきた。

「お、おい!」

「悪い、緊急事態だ、ちょいと借りる!」

 言うなり、ぐっと足に力を込めて地面を蹴り飛ばした。

 機体が不安定に揺れながら、地面すれすれを飛ぶ。エースは両脚でしっかりと機体を挟み込むと、ギアを入れ直した。

 その瞬間、ふわりとした浮遊感と共に視界が急に開けた。

 建物の屋根の上に出たのだ。

 見る見るうちに外縁のごみごみした街並みが遠のき、空が近くなる。乳白色に蒼を少し足したような色だった空は、いつの間にか美しい黄昏に染まっていた。大地の稜線に太陽が落ちていく。

 飛べた、という実感はなかった。

 エースには落下してくる人影しか目に入っていなかった。

(間に合えっ!!)

 エースが最高速度で落下点に入ったのと、その人が重なったのは、本当に奇跡としか言いようのないタイミングだった。

 ハンドルを手放し、両腕で受け止めた重みに、大きく安堵の息をついた。

「……………はぁぁ……ギリギリすぎんだろ……」

 寿命が間違いなく縮んだ。

「ったく……何でまたあんな高度の定期便から───」

 そして、落ちてきた人物の顔をのぞき見たエースは、言葉を失った。

「───────リア…………?」

 彼の腕の中で気を失っていたのは、間違いなく、彼女だった。

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