第3話

そこには、一軒の店があった。

黒塗りのドアの横には、褪せた文字で〈アマリリス〉と書かれた看板が下がっている。

エースは黙ってドアを押し開けた。

半地下のようになっている店内は、げらげらと笑う声や陽気に音楽を奏でる音色でこれ以上ないくらい賑わっていた。隅のほうでは酒を飲みながらポーカーに打ち興じている人だかりもある。

外見は多様だが、ここに集う客に共通しているのは、皆どこかしらの体のパーツがないということだ。

腕がない者、脚がない者……そういった人々がこの酒場に集まってくる理由。それは、ひとえにこの〈アマリリス〉の店主にある。

「おや、アンタたちがふたり揃ってくるなんて、明日は槍でも降ってくるのかい?」

店内の奥、カウンター越しからそう声をかけてきたのは、深い赤色の眼帯をした店主───クイーンだ。

黒のノースリーブシャツからのぞく右腕と、左手首から先は、白くなめらかな肌とは全くそぐわない無骨な金属の義手がのびている。美しい女店主は、カウンターの隅に座したエースとジョーカーを交互に見て、低い位置でまとめた長い金髪を揺らして笑んだ。

「好きで一緒に来たんじゃねえよ」

「こいつがどうしてもって言うからな」

エースの言葉に被せるように、ジョーカーが言う。隣で涼しい顔をする男をじろりと睨んで、青年は盛大な舌打ちをした。

「……このほら吹き野郎」

「ちょっとした挨拶だろ、細かいこと気にすんな」

「挨拶代わりに嘘つかれたんじゃ、性質が悪ぃどころの話じゃねぇよ」

「諦めろ。……あぁ、いつもの頼むぜ、クイーン」

ひらひらと手を振ったジョーカーは、何事もなかったかのようにクイーンに声をかける。

「はいよ。エースは?」

笑いをかみ殺しながら尋ねてきた彼女に、エースはため息交じりに答えた。

「………ったく、どいつもこいつも………俺もいつもので頼む」

「はいはい」

クイーンは慣れた手つきでグラスに氷を入れていく。

「今日はジャックのバカがいなくて、ちょいと退屈してたところだったんだ。だから気を悪くしないでおくれよ、エース」

「人を退屈しのぎにしてる段階で、腹立つけどな」

「はは、そこはしがない酒場の仕切り屋のスキンシップだと割り切ってもらうしかないねえ」

ほらよ、と出してきたふたりのグラスには、淡い琥珀色のウィスキーが入っていた。それに唇をつけながらジョーカーがふっと笑う。

「“天才闇医者”の間違いだろ?」

ジョーカーの言葉に、クイーンは苦笑をにじませる。

「それは言わない約束だろ、賭博師」

そう、この女店主の本業は、闇医者だ。それも、義手や義足を体の神経とつなげ、本物の手足のように扱うことができるようにする先進医療技術を持つほどの天才。先に名前の出た、ジャックという名の男は ここで使われる義手や義足を制作する仕事をしている。

ある意味最高の技術を持った天才たちが営んでいる酒場兼診療所───それが、この〈アマリリス〉という店の正体なのである。

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