第四夜/リプレイ/『ダンジョンクエスト』


1.魔王、悩む。


魔王は悩んでいた。

魔王にとって勇者は憎むべき仇敵である。

ゆうしゃのはわらたをくらいつくし、ぜつぼうでせかいをおおいつくし、なにもおもいだせないがとりあえずにんげんをねだやしにすることが、魔王の宿願である。


しかしかながら魔王はフェアプレー精神の持ち主でなければならない。

低ランクの勇者に巨大鹿をぶつけるだとか、自動戦闘になれた勇者に物理攻撃を反射する象をぶつけるだとかそういうことはあってはならないのだ


故に魔王は悩んでいた。竜王窟の秘術を用いるべきか、と。

魔王とはその名のごとく魔を統べる王である。

盤術王とも称されるかの王が最も得意とするのは召喚術であった。


地底の魔物や異世界の獣を呼び寄せるのではない。

かの魔王が得意とするのは、人々が卓上で遊ぶのに使う駒や札、盤などを依り代とするの召喚であった。


竜王窟の秘術は二層のさして広くもない洞窟を顕現せしめ、その中心に無数の財宝と恐るべき竜王を配置する。勇者達は四方から洞窟に潜入し、宝を回収した上で日没までに洞窟の入り口に生きて戻ってくることを目指す。日没まで戻れなければ竜王が目を覚まし、勇者達を焼き殺す……自体はとてもシンプルであると言えた。


しかしそのはあまりにも凶悪だった。

たった二層のさして広くもない洞窟は、入る度に姿を変える変幻自在の迷路であり、極悪非道な怪物の巣であり、冷酷無比な罠の宝庫であった。ある統計魔術の使い手によれば侵入した勇者の9割が命を落とすことになるという。


自体はとてもシンプルであった。


魔王は、勇者が一歩洞窟内を進むごとに、その地形とに従って小さな札を引く。小さな札には様々なことが書かれているが、たいていは勇者にとってよくない出来事が書いてある。そして、勇者はその影響を回避することはできないのだ!


正直、勇者の意思が介在する余地はあまりない。

というか、介在する余地もなく、死ぬ。


――これはいわゆる運遊戯運ゲーというやつなのでは。


魔王はひとりため息をつく。確かに勇者を倒すことは使命である。しかし、9割が命を落とすというのはどうか。単に調整が悪いだけなのではないか。そもそも竜騎士じゃないから。くさっても魔王だから。


故に盤上の魔王は悩んでいた。こんな運遊戯など、異界競売ネットオークションに出してしまった方が良いのではないか、と。


しかしである。たった数回の演習で見切ってしまうというのも盤術王としてどうなのだろう。あの高名な大魔王も幾たびもの失敗にも関わらず部下の魔王を許したではないか、と。寛容さは魔王にとって、美徳なのだ。


「なるほど。初めから運遊戯と決めつけるのは良くない。まずは早速竜王窟を顕現し、冒険者を呼び込むべきだろう! 異界競売に出すかどうかはそれから考えよう!」


 かくして魔王は竜王窟の秘術を用いたのであった……。


2.勇者、集う


 ミスボード草原に突如として出現した竜王窟を初めに訪れたのはダイスキッド・ゲーリンという名の元司祭だった。彼は竜王窟に潜ったことはないが、その噂はどこかで聞きつけていたようで、あえてこそ無謀な探検クソゲーにトライしようと思ったらしい。


 ほくそ笑む魔王だが、同時に「足らぬ」とも思う。竜王窟は最大で四人もの勇者を死地へと誘うダンジョンなのだ。できればより多くの勇者を呼び込みたい。魔王は人の身に化けて酒場へと向かい、無謀な探検クソゲーに挑戦する命知らずはいないかと声を掛けたのであった。


無謀な探検クソゲーと聞いてきました!」


 はじめに名乗りをあげたのはペコポン・ザ・グローリアスという名の騎士であった。つづいて魔王が近くにいたローグに声を掛けると、彼は目を伏せて「わかりました」と応じたのだった。新田タチアナという名のローグはどうやら竜王窟がどのような迷宮であるのか知っているようだった。


 さらにレンジャーのタマス・リンデル――この国で人気を博している「ノイ」というゲームで手札を0枚まで減らして勝利した伝説を持つ勇者――もメンバーに加わり、総勢四人が竜王窟へと向かうことになった。


 フェアプレー精神を重んじる魔王は、竜王窟の入口で彼らに竜王窟内部の部屋の構造について入念に説明した。


「これが普通の部屋です。まぁまぁの確率でよくないことが置きます」

「これが罠の部屋です。高い確率でよくないことが起きます」

「これが底なしの穴です。運が良くないと死にます」

「これがドラゴンの部屋です。ドラゴンが起きなければ財宝を獲得できます。起きたらどうなるか? まぁみなさん大体おわかりですよね」


 恐れを知らない勇者たちは龍王のダンジョンの過酷さを聞いてもにやにや笑うばかりで少しも怯んだ様子を見せない。フェアプレイを好む魔王が「の内訳をチェックしても良いんですが……」と言っても「そんなことよりダンジョンの探索だ」と即答するばかりだった。


 魔王は「わかりました」と言ってその場を立ち去った。

 そうしなければ、唇の端が吊り上がっていることに気付かれてしまったかも知れない。


 ククク……恐れを知らぬものたち! 良いだろう。我がダンジョンでその命、燃やし尽くすがよい!


3.勇者、潜る。


 先陣を切ったのはペコポン・ザ・グローリアスだった。なんでもない小部屋から回廊へと進み、滑り出しは順調。しかし、重装備の騎士でありあまり機敏に動くことができない彼は、障害物のあるフロアまで来たところで足止めをくらってしまう。


 続くタマス・リンデルは、何でも器用にこなすだけでなく『神の手悪魔の賽ダイスリロール』のスキルを持つ彼は、敏捷性や運、筋力など様々な能力が試される場面に強いと言われているのだが、そうした能力を試される機会に恵まれず死体との遭遇イベントばかり起き、スケルトンと踊ることに。


 三番手のダイスキッド・ゲーリンはいきなり罠の部屋に出て、いきなり振り子の罠という竜王窟の中でももっとも極悪な即死トラップに襲われる展開。ダイスキッドも焦ったが、魔王も焦った。

 しかしダイスキッドには体力を削ることで一時的に自身の能力を高める『命短し恋せよ乙女wands 6th single』という闇のスキルがある。これを惜しみなく使い即死の罠を避けたダイスキッドだったが、その後の探索で袋小路に入って出られなくなってしまう。


 最後に新田タチアナ。幼少の頃にダイスの神の加護を受けたと言われる彼だが、洞窟の探索においても運が大いに味方し、障害物フロアや蜘蛛の巣のフロアを難なく超えて、中心部へと疾走していく。一番早くに竜王の部屋にたどり着くのは彼なのか?!


といった具合に冒険者全員が順風満帆というわけではなかったものの、中盤までは脱落者が一人もでない展開。うち何人かは財宝をゲットし、いつでも帰還できる状況。冒険者の中には「さすがに9割死ぬってのは嘘なんじゃないかなあ」といった楽観論まで出始める始末である。しかし―—。


――油断、慢心。それこそがこのダンジョンでもっとも恐るべき敵だということを、彼らはまだ知らない。


4.勇者、散る。


「あ」

 誰かが思わず声をあげた。

 スケルトン軍団の包囲網を抜けて竜王の部屋のすぐ近くの部屋に飛び込んだタマス・リンデルを待っていたのは底なしの穴だった。


 ここまできて死にたくはない! タマス・リンデルは底なしの穴を飛び越えようと向こう岸へのジャンプを試みる。繰り返すが彼は何でも器用にこなすだけでなく『神の手悪魔の賽《ダイスリロール》』のスキルを持つ男である。誓って言うが、決して分の悪い賭けではない。分の悪い賭けではないはずだった―—。


 そしてタマス・リンデルは底なしの穴に飲み込まれ、最初の犠牲となった。


無謀な探検クソゲーだこれー!!」


 貴見の通りと存じます。


 続いてダイスキッド・ゲーリン。袋小路から地下への入り口を見つけ、カタコンベ(地下墓所)に脱出したところまでは良かったのだが、そこはモンスターの巣。

次々と現れるモンスターたちの襲撃により満身創痍となり、最後はヴァンパイアに噛みつかれてあえなく死亡。


 ああ、なんということだ。またも冒険者が無謀な探検クソゲーの犠牲になってしまったのだ。

 魔王は若干申し訳ない気持ちになりながら二人の死体に「この後結構長そうなんで、ほかにやりたいゲームがあれば先に解散していただいても構いませんよ」と提案した。しかし!


「ここまできたら、見届けますよ。最期までね」

「そう、ですね」


 死体となってもなお、仲間を思う冒険者たち——

 

「死ねー、お前らもとっとと死ねー」


 というわけではなかった。序盤スケルトンに襲われまくったタマスと、闇のスキルで数々の困難を乗り越えてきたダイスキッドが、ついに闇に飲まれ自身スケルトンになってしまった瞬間である。


5.勇者、凡て斃る。


 ねんがんの財宝を手に入れたぞ!

 終始運に恵まれていた新田タチアナがついに竜王の部屋で財宝をゲットする。しかし、日没までもうあまり時間がない。最速で脱出しなければ竜王のブレスで焼き殺されてしまう!


 すでにダンジョン内は魔術師による回廊の回転魔法や、回転部屋の影響で来た道を引き返すのが困難になっている。それ故新田タチアナは他の出口を探して未開のフロアへと歩を進めた!


「行き止まりです」

「あれ……? これ、どう頑張っても戻れなくないですか?」


 新田タチアナ、竜王の部屋で多くの財宝を得るも、日没までに帰還できないことが確定。


 ここに至り最後の希望・ペコポン・ザ・グローリアスは竜王の部屋に行くことをあきらめ、わずかな財宝だけを持って帰還しようとする。


 だが、竜王窟はあくまでも無慈悲だった。まず松明の火が消え、さらに落石まで発生。スタート地点まであと一歩の地点で足止めを食らい、最後は目覚めた竜王のブレスによりにったのひと共々消し炭と化したのであった。


 ざんねん、ゆうしゃたちのぼうけんはここでおわってしまった!



6.魔王、悩む。


 ……これは運遊戯運ゲーではない。運だ。


 魔王は確信している。

 末吉と凶と大凶だけが入ったくじを死に至るまで引き続ける。

 それが竜王窟の本質なのだと。


 ……こんなものは遊戯ですらない。こんなものが遊戯であって良いはずがない。


 しかし、魔王の確信は揺らいでいる。


「まさに無謀な探検クソゲーでした!」

「噂通りの無謀な探検死にゲーでした!」

「この1回だけで100回ぐらい『ひどい!』って言った気がします!」


 罵倒する死者たちだが、その表情に後悔の色はない。

 何かをやり遂げたという達成感すら見て取れる、誇らしげな表情である。


 故に、魔王はわからなくなってしまった。

 無謀な探検クソゲーとは。いや、そもそも遊戯ゲームとは一体何なのだろう、と。


 ただひとつ、魔王にわかっていることがあるとするなら、今はまだ竜王窟を異界競売ネットオークションに放出する時期ではないということだけだった。


7.ゲーム概要


デザイナー:ヤコブ・ボンズ、ダン・グライム

ゲーム種別:ボードゲーム

プレイ時間:60分(筆者実測:5分〜120分)

プレイ人数:1~4人

定   価:絶版,リメイク版のダンジョンクエストクラシックが6,500円(税抜)


★★★Excellent!!!  ~一緒に遊んでくれたあなたへの評価です~

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