第16話 幻想、夢は代替品

「おひさ~♡」

「あの、前会ってからそんな日にち経ってないですよね?」

 一週間も経ってないから久しぶりというのには無理がある。

「あは♡ ごめんごめん、ちょっと言ってみたかっただけよ♡」

「そ、そうですか」

 なんか恋する乙女みたいな笑みで長谷川さんの腕に絡みつく姐さん。体格差があるので不恰好なのだが本人は全く気にしてない模様。ただ、長谷川さんは終始青い顔をしていた。

 ちなみにここは夜の景色に染まり地上の星が輝く立河駅のモチーフ前。乗り継ぎ駅だけに夜でも人は絶えず行きっていた。

「嬉しいわ、こうしてまた出会えて♡」

「そ、そうですか」

「ここは、僕もだよ! っていうとこじゃないダーリン♡」

「はは、は」

 そのまま頭を預ける姐さん、引きつった笑顔から動かなくなった長谷川さん。思わず手を合わせてしまった。

「あの、すいません……もういい加減出てきてもらってもいいですか?」

 限界を感じたのだろう。どんな罰ゲームだよって顔をした長谷川さんがこちらを見ている。……これ以上いじめるのはやめよう。

「いやあ、悪いな。誰かだ困っているところは実に面白くて。他人の不幸は蜜の味、っていうだろ?」

「倉科さんは鬼ですか、悪魔ですか!」

「魔法使いであり悪党でもあるらしい」

 以前バカヒーローにそういわれてから、どうにもしっくりきてるので今後もという言葉は使っていこうと思う。

「おやっさんも早く止めに来てくださいよ!」

「すまんすまん。あんまり乗り気じゃなかったんだが、酒の肴くらいにはなったもんで」

「誰がうまいこと言ってといったんですか! 僕は笑えませんよ!」

 激しく怒鳴り散らす長谷川さん。正面から見るとゆでだこのようだ。

 荒れる長谷川さんはおやっさんに任せて、オレはもう一人の方に話しかける。

「満足したか姐さん」

「ん~、最高の気分♡」

 恍惚の笑みを浮かべくねくね動く姐さん。うん、気持ち悪い。

「相手に気が無くても?」

「気があるか無いかは問題じゃないの。こういうシチュエーションをタイプの男と実演するのが楽しいの。そりゃあ両想いになれたらそれに越したことはないけど、現実が思うようにいかないことが多いことも知ってる・か・ら♡」

 姐さんの格好は現実離れしたものでも、その目はしっかりと前が見えている。この人もまた世間の荒波にもまれ生き抜く人なのだ。

「それに、夢は所詮夢だからいいってこともない? 夢が現実になったら冷めちゃうこともあるし」

「そうだな。まあ、オレには夢とかないからよくわからん部分もあるが」

 夢が無いから現実を受け止められる、オレはそっちのタイプかもしれない。

 ……そしてその現実は唐突に終わり、夢であってほしい時間が突然始まる。

「お二人さん、お話しは終わったかい?」

「おやっさん。長谷川さんの正気は取り戻せたのか?」

「はい。お手数おかけしました」

 まあ、悪いのは元々こっちなのだから長谷川さんが畏まることはないのだが。

 どんなお祈りをしようかと考えようとしたのだが、そんな時間はくれないようだ。

「おいででなすったな、やっこさんが」

「待たずして来てくれるのはありがたいことだけど」

 別に戦闘狂でもないので待ってはいない。使命はあるが、そこまでやる気もない。だから嬉しくもない……のないない尽くしな気分で敵を迎え撃つ。

「今度の敵は……人か?」

 二足歩行で服を着ていて肌も黄色。別段一般人に見えなくもないが、

「バンダナ、チェック柄のシャツインズボン、リュックにポスター……完全防備だな!」

 あとなぜかガリガリと太っちょの両極端しかいない。何かの悪意を感じる。

「普通の人に見えますが……どうにも雰囲気が違いますね、普通の人と」

「妙に早口だったり、おどおどしたり、指をいじったり、なんか挙動が気持ち悪かったり」

「あーたたち何の話してるの?」

 姐さんの頭に?マークが浮かんでいるのが見える。どうやらそちらの人間のことは知らないようだ。

「ありゃあ、ヲタクだな。しかも旧世代の」

 今現在そんな格好をしたらギャグとしか思えないが、昔はマジであんな感じがヲタクのファッションだった。当人に自覚はなかっただろうが。

「つまりヲタク? っていうのが今回の敵なわけ?」

 オレにもよくわからないので、おやっさんの方を見る。

「いんや。結果的にそうなっただけで、実際の敵はヲタクじゃない」

 なんかホッとした。なんか同士討ちみたいなことになるような気がしたから。

「やつらの名前は、ラノベサッカ。雰囲気からすると戦闘力50万くらいだろうか」

「戦闘力⁉ オレたちの力って数値化されてたのか!」

 驚きの新事実。某龍玉漫画でいうならフリー〇さまくらい強いことになるが、

「あれくらいならおいらたちでも難なく蹴散らせる。油断だけしないようにいこう――バッカスボトル!」

「あれはサイバ〇マンだと思って戦えってことだな」

「坊やの例えがわかんないんだけど、気を抜くなってことよね――エレクト・キャノン!」

「すいません。僕もよくわかんないです――堕剣エクスカリバー!」

 3人がそれぞれ武器、大砲・剣・酒瓶を出す。魔法使いでいうところの杖に相当するのかな。

「よし、オレも構えるか」

 オレにもグローブとかメリケンサックとかあればもう少し絵的にもよかったのだが、文句ばかりも言ってられない。冷たい現実のように。

「なんか作戦とかあるのかしら?」

「作戦? うーん、まずは遠距離攻撃が主体で、太刀打ちできなかったらオレが動く。そんな感じで」

「適当ねえ。まあ、今はそれで十分な敵って・こ・と・ね♡」

 いいように解釈してくれて有り難い。遠距離攻撃が未だにできないオレはとりあえず見守ることにした。

「火炎弾!」

「ズドーン!」

「雷切り!」

 炎と砲弾と雷の共演、とそこまでのコンビネーションではなかったものの、それぞれ相殺そうさいしない程度には上手く攻撃ができた。

 3人の攻撃が当たり、辺りがなぜか爆発。何体かのヲタクが吹っ飛び爆発四散したけども、まだまだ残っていた。

「数が多いな。無限湧きか?」

「んなことないはずだ。いくら世間が人員に困ってなくとも、刺客としての力を持つ者は全体の1割くらいしかいないはずだ」

「つまり着実に倒していけば必ず尽きるってことね♡」

「ではまだ救いがありますね」

 3人は再び攻撃する。爆発四散。何体か蹴散らすもののまだ残存がいる。

 このまま消耗戦が始まるのかと思いきや、変化が起きた。

 ラノベサッカの後からヲタクを押し退け、何かまた異様な雰囲気のやつらが現れた。

「なんだ新手か?」

 新手は西洋の甲冑を着込み、その手には長いやりあるいは諸刃の大剣を手にしていた。騎士というやつだろうか?

「ありゃあ、戦闘力100万のラノベサッカみたいだな」

 ラノベサッカの上位互換みたいだが、見た目のニュアンスが全然違う。引きこもりとかニートみたいのかと思っていた。

「強いのか?」

 数値的には2倍になってるが、そもそも50万が言うほどでもないくらいだからどれくらい強くなったのかわからない。

「こっからはあんちゃんにも頼らなくちゃいけないかもな」

「そりゃまた面倒だな」

「お願いしますよ倉科さん」

「やんねぇとはいってないけど」

「援護は任せて♡」

「わかったわかった。やるよ、やりますよ!」

 背中を押すというより蹴られたような感じで独り前へとび出す。前線で戦う人の気にもなってほしいと思うことがある。

「この騎士やろうが!」

 近づくと姐さんくらい大きくけっこうかっこよかったので逆に腹が立ち、握る拳にも力が入る。

 騎士はオレを見つけると腕を振り上げ剣を切り下ろしてきた。モーションが長いため楽勝に避けられた。

 引いていた槍を突き出す隙だらけの攻撃の間を縫うように殴ってみると、ガインっと音を立てて凹み背中から倒れた。

「今の感じ、がらんどうか?」

 戦闘力100万にラノベサッカはさまよ〇よろいみたいな感じ。だとするとそこまで脅威はないのかもしれないが、痛みや恐れを感じないとなるとかなり厄介だ。

「気は抜けないかっ」

 起き上がったところで再び殴り転倒。そのまま倒れている間に頭を踏んづけて無力化に成功。喜ぶのも束の間、動きの遅い剣が振り下ろされ、見ながら避ける。やばい、今までのに比べるとあんまり強くないぞ。

「楽だけど、油断だけしないようにしないとな」

 初めてよりも慣れがの方が怖い。下手をすると全てダメにする可能性があるから。仕事と同じだ。

 このまま50万の方はおやっさんたちがやり100万はオレがやる、という形でいけば上手く回せるのだが、やはりそんな甘いものじゃないのが現実だった。

「……て、またなんか出てきたぞ、おやっさん!」

「おいらに言うな! わかってるって!」

 またまたやつらの後ろから明らかに新しいのが5人出てきた。

 今度のやつはなぜだか制服を着ている未青年。ただ普通の制服じゃなく、なんというか空想っぽい制服で、その手には長谷川さんみたいな装飾の凝った各々違う武器・剣・盾・槍・弓・銃が握られている。そしてイケメン。にっくきイケメン!

「なんだこの湧き上がる衝動は……暗い感情がやつを倒せと叫んでいる!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて坊や。なんだか性格変わってるわよ?」

「大丈夫だ姐さん。……ちょっと中二の頃の気持ちが甦っただけだ!」

 オレはなりふり構わず、新しく現れたイケメンに突っ込む!

「色とりどりの制服って、ゴレン〇ャーかお前らは!」

 ツッコむと同時に殴りつける。そのキレイな顔面にキズをつけるつもりで放った拳は、剣で器用に防がれた。

「……お前か、この世を乱す悪というのは!」

「なっ、喋った⁉ ってことは」

 こいつらが今回の中ボス。この5人を倒せば、いよいよ幹部・核戦となるわけだ。

 でも前哨戦だからといって気は抜けない。こいつらは十分に強い。手は全く抜けない。

「悪は滅ぼす! それが俺たちの使命だ!」

「うっせ! イケメンは黙って爆発しろ!」

 ただの恨み言をいいながら拳を振るう。だけどやつらは強く、時には躱しいなし防ぐとバリエーション豊かなスキルでこちらの攻撃は上手く当たらない。

 軽い焦燥感を覚え、一度退くことにした。

「あいつ喋ったぞ」

「ということは、あの方々が幹部・核を呼び寄せる者たちなんですね」

「戦闘力500万のラノベサッカ、強者だ」

「あら、燃える展開になってきたってことね♡」

 まだ勢いは削がれてないようで何より。だけど、

「あいつらの中の1人と戦ったが、すごく強いぞ。タイマンで勝てるかどうかわからないレベルだ。しかもあちらさんは5人でこちらは4人。おまけにザコがまだ生き残ってる。けっこうやばい状況だ」

 体力や魔力はまだ残っていても、かなりこちらが不利。あの感じだと5人はコンビネーションがよさそうなので絶望的といっていい……さあどうしよう。

「弱気になるなんてあんちゃんらしくないな。いつもみたいに機転を利かせていこうじゃないの」

「まだ終わっていませんよ。いいえ、これからが始まりです。それにこれは前座なんですから、負けませんよ僕たちは」

「言ったでしょ、熱くなる展開だって♡ あの子たちの方が有利だろうがなんだろうが勝っちゃうのはあたしたちなんだから♡」

「お前ら……」

 3人はオレの話したことを聞いても尚心が折れなかった。むしろ気合が入った。だったらオレが弱気になってちゃいけない。いや別に最初から弱気じゃなかったのだが、それでもやる気が出てきたのは確かだ。

「姐さんがザコを全て一掃、長谷川さんとおやっさんとオレであの5人を倒す。ふふ、できないわけないよな?」

 少々挑発的に言ってみる。本当はこんなことしなくてもよかったのだが、ここにきて性格が出てきています。

 3人の反応はというと――、

「いっぱいあるのに全部あたしのものにしちゃっていいいいとか、おじさまのお腹みたいに太っ腹で嬉しいわ♡」

「オレはおやっさんほど太ってないから」

「ひでぇこというなお前ら! まあ本当のことだが」

「3人力を合わせれば、5人くらい倒せますよね!」

「ダーリン、しばしのお別れだけど、立派に成し遂げてきてね♡」

「は、はい。頑張ります……」

 姐さんが投げキッスして長谷川さんを引かせたところで、動き出す!

「あたしの情熱パトスが叫んでる! チェーンジ・トレインキャノン!」

 姐さんの股の間から新しい武器・50mくらいの列車砲が現れる。そそり立つように膨れ上がったそれはとても大きく太くたくましく、姐さんはまたいでいた。

「チュドーン!」

 列車砲はセルフ効果音などいらぬというような爆音を立て敵方に発射される。その威力は……笑えないくらいすごかった。着弾付近100mくらいふっとんじゃないのか? つくづく敵じゃなくてよかったと思うよ。

「今よ! 一気にゴー!」

 姐さんはわかっている、あいつら5人はこんなことで死なないことを。オレを含め全員が過少評価していなかったので、爆発した瞬間には準備ができており、爆炎で上がった煙が治まる前にはもうとび出していた。

「5対3って実際どう戦うんだ?」

「1人が弓と銃のやつを引きつけ、1人が盾に特攻、1人が剣と槍を相手にする」

「どうやって弓と銃を惹きつけるのですか?」

「それは……おやっさんが実戦で考える」

「っておいらかよ!」

「オレが盾を特攻をしかけるから長谷川さんはその隙を縫って残りのをやっつけてくれ」

「……なんかそれって倉科さんが一番楽なのでは」

「作戦開始!」

 話を途中で打ち切って無理矢理行動させる。無能な上司の気持ちがわかった気がした。

「ちっ、あんちゃんリーダーに仕立てたのはおいらだから、従わなきゃな! 火炎弾!」

 まずおやっさんは、盾を越えるように高く打ち上げ、そして放物線を描きながら落ちる火炎弾を後列にいた弓と銃のやつに浴びせる。これは倒すのが目的ではなく、挑発がメインだろう。

「面倒な戦い方にな――ってうおおお⁉」

 矢と銃弾を危うく避けるおやっさん。どうやら上手く注意を惹かせられたようだ。

 次はオレの番ということだ。

「おらああああああ!」

 渾身の力を込めて盾持ちのイケメンに特攻を仕掛ける。本来なら宇宙の彼方へ飛んでいき星になってるとこなのだが、残念ながら完全に耐えられてしまった。

「……ん? 蚊でも止まったのか?」

「挑発が上手いじゃねえか」

 今のはさすがにカチンときた。質がダメなら量でいく。

「おらおらおらおらおらおらおらおらおおおおらあああああああ!」

 殴打の嵐! 体力の続く限りとにかく殴る! 殴る殴る殴る! ――しかし、堅いな、おい! 人一人を完全に守れる盾は凹むどころかキズ一つ付かないんだけど⁉

「無駄な努力が好きだな。小悪党らしい愚策だ」

「うるせい! ͡小はいらねーよ!」

 盾の堅さに思い上がっているがいい。目的は既に達成したのだから。

「横、失礼します」

「おう。……って、通っていいとは言ってないぞ!」

 バカなのかこいつ? 長谷川さんが横からすり抜けるのを見送りやがった。

 いやバカでよかったのだが、なんでオレの相手はこうもバカばかりなのだろうか? いやな運命だな。

「い、今から防げば――お前邪魔だ!」

「わざと邪魔してんだよ、バカ!」

 バカの戯言たわごとはしかとして、隙の無い殴打の連打を繰り出しながら、長谷川さんの勇姿を覗く。

「2対1だなんて無茶なことを押し付けてくれますよねあの人は」

 オレへの愚痴を吐きながらも剣を構えるその姿に恐れはなかった。

「雷迅!」

 雷を纏った突貫が剣を持つ方に向かう。だが、

「そうは行かせん!」

 槍を持ったやつが横合いからはじき返し、攻撃はキャンセルされる。

「くっ、ならば、雷切り!」

 雷を帯びた斬撃が今度は槍を持つものに向かってとぶ。だが、

「行かせんよ!」

 今度は横合いからの剣ではじき返す。どうやら互いに守り合う形が出来上がっているらしい。これは1人で倒すのはかなり厄介だ。

「どうにも分が悪いですね。どうしましょうか……」

 ただ攻撃するだけでは届くことすらないならば考えなければならない。だが敵もそんな時間をくれるほど甘くもなかった。

「隙だらけだぞ!」

「おっと、と⁉」

 槍が真っ直ぐ伸びてきたので横に避けるが、それを読んでいた敵は避けた瞬間に剣を振るってきた。誘導されたのだろう。

 長谷川さんはなんとか剣で受け止めたが、その時を待っていたかのように高速で引かれた槍が貫かんとする。

「長谷川さん!」

 オレもすぐには手を離せず、万事休すか――と思いきや、槍の敵は攻撃をやめ後ろに身を引いた。

「あたしのこだっちゃんに何すんのよ!」

 ナニをスナイパーライフルに変えていた姐さんがここぞとばかりに援護した。雑魚の掃討に加え援護とは、本当にいい仕事をしてくれる。

「姐さん! 銃と弓のやつに気をつけろ!」

 本当なら、ナイス! と賛辞の言葉を述べるところなのだが、敵がこういう場合どう動くかと考えた時、遠距離攻撃ができるどちらかが姐さんを迎撃にかかるだろう。

 オレの予測を察したできる女♂の姐さんは、すぐさまポイントを移動。そのすぐあと銃声が聞こえ、事なきを得たらしい。

 ホッとするのはまだ早い。ひとまずの危機を脱しただけで、まだ状況が改善されてない。どうにか一人ずつでも削っていかなければならない。

 どうすればいいだろう……。

 今オレが相手してる盾。オレの全力が防がれた以上、他の誰がやってもさほど変わらないだろう。つまり2人以上でやらないとまず倒せない。

 長谷川さんが相手している剣。こいつは槍とセットなので、必然2対〇という構図になってしまう。引き剥がすにしても、もう1人いる。まだ少し現実的じゃない。

 おやっさんが惹きつけている弓。一進一退の攻防を演じているが、加勢すれば撃破も可能かもしれない。だけど動ける者がいない。

 姐さんを狙っている銃。おやっさんと同様で、加勢できれば倒せるかもしれない。でもやはり動ける者がいない。

 ……このままの体制を維持するにしても敵の数の方が多い分、じり貧でこちらが負けるのは必定。

 何か妙案はないだろうか……いろいろな手を考えながらも連打を繰り返していると、盾のやつが話しかけてきた。

「……どうやら。お前がこの戦いの指揮をしているらしいな」

 バカのくせに鋭い。

「だったら、どうなんだよ?」

「ふっ、あっさり白状しよったわ。この愚か者め」

「お前にだけは言われたくねーよ! バカ!」

 すごく腹が立った。バカなやつにバカにされることほど虫唾が走ることはない。

「愚か者のお前にわかりやすいよう説明してやろう。冥途の土産に」

 バカの驕り――そうだったらなんの問題もない、むしろ好機なのだが、かなり嫌な予感がした。

「お前が倒れれば指揮が崩れ、終わるのはすぐのこと。よって、お前を倒すのことを最優先とさせてもらう!」

「⁉」

 言い終わった瞬間、やつは横に移動し道を開けた。それはオレがさらに前へ出ること許したと同時に射線を開けたことにもなる。

 それに気づいたオレは急いで叫んだ。

「姐さん!」

 銃のやつをなんとかしてくれ、という意味を込めた叫び。たぶんぎりぎり間に合うだろう。だけどそれで安心なわけはない。もう1つあるのだ。

「おやっ」

「遅いわ!」

 案の定、弓のやつがオレ目がけて矢を射ろうとしているのが見えた。おやっさんをかいくぐってきたのだろう。このような極限の戦いの中では見えた瞬間、次の1コマは矢がとんでくる途中ではなく、目標に突き刺さる、つまりオレを射たあととなるのが現実。

 そして次の1コマになる。盾のやつが会心の笑みを浮かべるのが見える。弓のやつが冷静な顔で淡々と弓を引くのが見える。オレは、確実に射られただろう――他のやつはそう思ってるに違いない。

 オレは密かにほくそ笑んだ。

「ありがとよ。まさか、お前からチャンスをくれるなんてな!」

「何を――なにぃ⁉」

 会心の笑みが一転、驚愕の目にすげ変わる。

 オレは、オレの胸を狙って放たれた矢を――受け止めていた。

 敵はおそらく名手で、どんな時でも心惑わさず弓を引ける鉄の精神の持ち主で、1射で確実に討ち取る狩人だと予測した結果、頭・首・胸という選択肢の中、確実を狙うなら当たり判定が1番大きい胸だと推測し、オレは読み勝った。

 そしてもう一つ、オレはと言ったのだが、それは危機を回避したといことを指しているわけじゃない。敵勢力を1人削れるかもしれないことを意味している。

 オレは受け止めた、掴んだ矢の穂先を反転させすぐさま弓のやつへ向かって投げ返した。魔法使いとなったオレの腕ならやつの所まで届く。

「バ、バカめ。そんなもの当たるはずがない」

「だろうな」

 やつがまだ動揺してるのに対し、オレもまた笑みを浮かべていた。

 オレの投げた矢は確かに弓のやつのところまで届いた。だけど避けられてしまった。……そして、終わった。

「なん、だと」

 避けた矢先の出来事である。弓のやつは燃えた。おやっさんの必殺技を受け燃えたのだ。

 さっきまで一進一退の攻防を繰り返していたのになぜ? それはやつがおやっさんをかいくぐってきたのが原因である。

 おそらくやつはおやっさんをかいくぐるのにはかなりリスクを払ったはず。でもそのリスクはオレを射殺すことで得られるリターンを考慮しての行動だったのだろう。――だけどやつは失敗した。ならば残ったのはリスクのみ。つまり大きな隙。命を脅かすほどの隙。

 それでも弓のやつのことだから、無事では済まされないものの避ける術があったのだろう。……でもそれはオレが潰した。矢返しという相手の虚を突く攻撃で回避の目を潰した。結果、おやっさんの必殺技を諸に食らい燃えた、というわけだ。

 一瞬でこの作戦考えたオレ、すごくね?

 燃えた弓のやつはもがきながらも、あえなく黒い煙となって消えた。

「1体撃破!」

「くそっ! まさかピンチをチャンスに挿げ替えるとは!」

「まだ終わらせねーぞ、この流れ! 姐さん、おやっさん!」

 たぶん叫ぶだけでわかってくれただろう。銃のやつを倒せという指示に。

「ハットトリックキメてやんぜ!」

「お姉ちゃんに任せないさいっ♡」

 2人のセリフに難はあったが通じてるようで何より。

「これ以上はさせん!」

「行かせねぇから!」

 盾をオレの前にかかげながら移動しようとするので、オレは地面全力で殴る!すると地面は陥没し、盾のやつは動きを止めざるを得なくなる。

「こしゃくな!」

 盾がもたつく間に銃のやつはすぐに追い詰められていた。2対1ではあまりにも部が悪いのが銃使いの定め。せめて二丁拳銃ならば勝機はあっただろうが、やつの得物援護前提のは狙撃銃。しかも姐さんと違って多種類変化できないようなので詰みだろう。

 懸念材料があるとすれば剣と槍のやつが動くことなのだが、やつらは長谷川さんの相手をするのに手いっぱいらしく、どちらもタイマンでは勝てないのかもしれない。

 そうこうしているうちに銃のやつは倒された。

「くそっ、2人も悪に下されるとは!」

「負けは負けだ。誰にやられたかなんて後付けなんだよ」

 格上だったら納得するのか? 相性の悪い相手なら納得するのか? どんな事情や理由があるにせよ、戦いにおいてどんな負け方であれ全部自分のせい。他人のせいなんかにしているうちは、どんなに強くともいずれ誰かしらに負ける。

「そして次はお前だ! 姐さん、おやっさん、来てくれ!」

 3対1で盾のやつをやる! これが必勝のパターンなのだが、

「えー、そろそろダーリンの方に加勢したいんだけど」

「これが終わったら行っていいから」

「実質3対4だから、おいら1人抜けても大丈夫だろ? おいらもう年だから動けんのよ」

「ウソつけ! 魔法使いである限り、歳とか関係なく動けるから!」

 2人やっつけたことでどこか緩んでいる気がする。そういった油断が命となるのは物語のセオリーだというのにこいつらときたら……。

「いいから3人で一気にたたくぞ!」

 おー、と返事はしてくれたものの、どこか気が抜けてる。そういう隙を狙ってくる敵なんだから気を引き締めなければいけないのに。

 いくら盾のやつがバカとはいえ、愚かというわけではない。油断せず大ケガせず勝つたまにオレは言葉を送る。

「いいかお前ら。オレたちみたいのはその日暮らしみたいなもんだからいつ死んだってそんなに変わんないかもしれない。だけどな、だけど今すぐ死にたいってわけでもない。自殺願望があるわけじゃないからな。だったら少しは抗おうぜ! その少しってのが今目の前にいるやつを倒すことだ。しっかり倒すってことだ。この行いが世の中にどう影響するかとか、みんながどう思うかとか、そういう他人の目線はどうでもよくて、自分がどう思うか、どうしたいかが重要なんだ! 熱弁なんんか奮ってるけど、オレ自身が今の世の中に興味ない。興味はないが、自分のこと、少しは興味がある。だから、何となくでも頑張ってんだよ。だから、気を抜くな。偉そうな講釈こうしゃく垂れたけど、今言いたいのは気を抜くなってことだ」

 長文でいいこと言ったようにみせればオレのいうこと聞いてくれるんじゃないか作戦。そこ効果は――、

「あたし、この戦いが終わったら、ダーリンとデートするの♡」

「あとはおいらたちに任せな。なーに、すぐ追いついてみせるって」

「フラグ建てるセリフ吐くなよ!」

 意気込みだけは成功したが、変な方向に曲がった。オレの次やることはフラグクラッシャーだな。

「オレが右舷うげんから攻撃。おやっさんが左舷さげんから攻撃。姐さんは……ってな感じだ」

「あら、あーたらしいあくどいやり方ね。あたし嫌いじゃないわ♡」

「好き嫌いとか戦いにおいてどうでもいいから」

「あんちゃん、悪まっしぐらだねー」

 自分でもそう思う。だけど本当のことだから気にはしない。

「行くぞ!」

 やつがこちらの作戦に勘付く前にケリを着ける。スピード第一。

「お前も弓と銃のやつのいるところに送ってやるよ、盾野郎!」

「思いっきり悪役のセリフだなあんちゃん」

 おやっさんは呆れながらもちゃんと左舷から火炎攻撃をしてくれてる。オレも手は抜けないな。

「お前ら悪の攻撃などいくら束になっても全て防いでくれる!」

 そのセリフ通り、やつの盾は二人分の力をものともしなかった。

「かってーなおい! これホントに壊せんのか?」

「ちっ。2人でも無理か。でも3人なら……姐さん!」

「お姉ちゃんに任せなさーい♡」

 またギリギリな台詞を言ってから姐さんが大砲を構える。

「言っただろうが。2人だろうが3人だろうが4人だろうが、この盾はお前らの貧弱な力ではビクともせんわ!」

「そんなのやってみなくちゃ、わかんねーだろ!」

 拳に込める力をより高め打ち続ける。おやっさんも同様に火力を高める。それでも未だキズ一つ付かない。

「はっはっは。無駄だ無駄だ。お前らの全力、全て受け止め絶望するがいい」

「なんかお前が悪者に見えてきたぞ」

 準備は整った。あとは姐さんがやるだけのこと。

「行くわよ~♡ チェーンジ・ライフル♡」

「?」

 盾のやつは眉をひそめる。やつは疑問に思ったのだろう、ライフルよりキャノンの方が威力が高いのではないかと。

 そう疑問に思っている今がチャンス! 姐さんはライフルを股に携え駆け出す。そして――高く、飛び越えるように跳んだ!

「なにぃ!?」

 本日2度目の驚愕顔。だけどこれで最後となろう。

 盾のやつは飛び越えた姐さんを追うように顔を動かす。そして、気がついたようだ。

「お前ら、まさ――」

 その先の言葉は、姐さんを股間から響き渡った銃声によってかき消された。額を撃ち抜かれ、セリフも途中で盾のやつは得物を地面に落とし、黒い煙となって消えた。

「3体目も撃破」

「やったな。あと味はよくないが」

「勝ちは勝ちだろ」

 おやっさんは少し苦い顔をするが、オレ自身そこまで悪いことをした自覚はない。

 実はオレとおやっさんは誘導で、本命は姐さん。あるいはそれに勘付き姐さんの狙撃を防ごうとしたところで、オレとおやっさんが容赦なくその隙を突くという二段構え。バカなやつにはおそらく防ぐ術は思いつかなかっただろう。

「んじゃ、あとは長谷川さんの相手してる2人だが……」

 もしかしたら既に倒れてる、なんてオチじゃないよなとおそるおそる振り向いてみると――長谷川さんはなんとか奮闘していた。

「よかった。フラグが折れた」

「え、なんのことだ?」

「なんでもない。こっちの話だ」

 生きているならこれ幸い。早く駆けつけ、4対2でやつらをやっつけよう。そうして走ろうとした瞬間の出来事だった。

「――っ! な、ぜ⁉」

 槍のやつが倒れた。それは長谷川さんが出し抜いたからじゃなく、姐さんが狙撃したわけじゃなく、もちろんおやっさんなわけがなく、そしてオレでもない。

 では誰が? その答えは――、

「……ったくよう。どんだけ役立たずなんだよ、お前ら」

 愚痴を吐きながら突き刺した剣を抜く。……そう。剣のやつが後ろから不意を打ったのだった。

 すごく嫌な予感を覚え、それは皆も同じだったらしく、やつの少し距離を開けたところに一同集まった。

 そしてオレは言わずにはいられなかった。

「仲間じゃなかったのか、そいつは?」

 不意を打たれ倒れたやつはもう黒い煙となって消えていた。それを剣のやつは何の感慨もなく、見ることさえなくオレの問いかけに答える。

「仲間? 駒の間違いだろ」

「っ」

 どっちが悪党だよ、とツッコみたくなるようなセリフだったが、使えなくなったからあっさりと殺すその淡白さに戦慄して言葉にできなかった。

「ん? なんかお前らの勘違いしてないか」

「何がだ」

「俺がこいつらの仲間とか、同列だと思ってんじゃないかってこと」

 違うのか? いや、その口ぶりがはったりを言うとは思えないので、違わないのだろう。

「ったくよう。こいつらがもっと使えたら俺も本気出さなくてよかったのによう。これだからゴミは使えねーよな。お前らもそう思うだろ?」

 いきなり尋ねられたが、誰1人として口を開かない。唖然としていた。やつの心無いセリフに。そして人として嫌悪感を抱きつつあった。

「お前、誰だ?」

「誰だと? ふっ、そういうのはお前らが1番わかってんだろ?」

「何を言って――」

 セリフの途中、やつは背中からおもむろに翼が生えた。瞳の色が赤に変わり、髪は金色に、手の甲に紋章みたいなものが浮かび上がり、剣はその装飾をさらに豪華にし輝く。

 あの時見た、まるで覚醒のようだった。

 その様相の変化に茫然自失となる中、おやっさんは呟く。

「まさか……戦闘力1000万のラノベサッカ、か?」

「お、おやっさん――知ってたのか!」

 その呟きで我に返ったオレがまずとった行動は、おやっさんに掴みかかることだった。

「ちょ、ちょっと倉科さん⁉」

「坊や、落ち着きなさいよ」

 オレの行動に驚いた2人がおやっさんからオレを引き剥がそうとする。だけどオレは抵抗した。

「離せ! 今、問い詰めようとしてるとこだ!」

「なんのことですか⁉」

 この期に及んでまだ事の大きさに気づいてないのかこのハゲは。

「決まってんだろ! おやっさんが隠し事してたことだ!」

 隠し事など、誰にだって言えない秘密の1つや2つあるのだから、気にしないのが大人のルールみたいなところもあるが、今のこれはそれとは違う。

「おやっさんの独断で情報を制限するのは勝手だが、出し惜しみしたせいで死ぬっていう羽目にはなりたくないぞ。どういうことなのか言い訳してみろよ!」

 一応、弁明の機会はは与える。事と次第によっちゃ最悪同士を選択もありうるが、まずはおやっさんがどんな腹なのか確かめなくちゃいかん。

 さすがに2人がかりでは太刀打ちできずひっぺがされたが、おやっさんは黙秘を貫くことはせず、ちゃんと喋り出す。

「すまん。まさか存在してるとは思わなんだ」

「ウソつけよ! なにか隠そうとせずにちゃんと話せ!」

「……本当は、出さずに終わらすのがベストだったんだよ」

 今のが本音っぽい。だけどまだ説明が足りないので問いかける目をする。

「出なけりゃそれに越したことはないだろ? おいらはいらぬ気を回させないために言わんかったんだ」

「おやっさん……言い方もうちょっと工夫しないと嫌われるぞ」

「うっせ。おいらは言いたいようにいうんでいっ」

 江戸っ子か。とにかくこれ以上聞いても無駄だと、口をつぐむ。まだ何か隠していそうだとは思ったが、言わないのなら聞いても意味ないだろう、とやめた。

 今は、おやっさにかまけている場合じゃないのだから。

「話は終わったか?」

「待っててくれたのか。優しいとこもあんだな。仲間には厳しいのに」

「何度も言わせるな。あいつらは仲間じゃない、駒だ」

 やつの上から目線はブレないようでなにより。

「おやっさん、これ以上はいないんだよな」

「ああ。こいつで天上だ」

 その言葉を信じたとして、どこまで強いのだろう。聞いてみよう。

「お前、どんだけ強いんだ?」

「どれだけ、だと? ……いいだろう。俺のことを語ってやる」

 やばい、こいつナルシシストじゃね? という嫌悪はしまっておいて、話を聞くことにした。

「我が力は中世時代からなる北欧ほくおう神話に伝わるエルダードラゴンの魂が宿っている。エルダードラゴンは山のように大きく七竜の一頭であり、その誇り高き角は落雷を呼び寄せ、その眼は千里先をも見通し、その凶刃な牙は岩をも砕き、その咆哮ほうこうは大気を揺らし、その鋭い爪は大地を引き裂き、その竜鱗は鋼をも弾き、その翼は遥か天空をも駆け抜け、吹き出す炎は村一つを一瞬にして黒焦げにさせる巨大な存在だ。さらに知能も高く、人の言葉が話せるのはもちろん、人のたくらみを暴き、時には知恵を試し褒美として所有する財宝を少し分け与えることもある。――その力を宿すオレにもはや敵なし。お前らなど一捻りだ!」

 思った以上に自慢話長かった。もう帰りたい。それでもくじけず会話パートを続ける。

「お前がすごいのはわかったが、それでも仲間……じゃなかった、駒を簡単に切り捨てるのはどうかと思うぞ?」

 オレたちは同士という関係以上も以下も存在しないので、そういった上下関係などなく、オレたちだけかもしれないが基本無礼講だ。

 だから本当の意味で縦社会の厳しさはわからないが、もうちょっと使い方があると思う。やつの行動には無駄があるといいたいのだ。

「そうだな」

「認めるのか?」

 意固地なタイプかと断定していたので意外だった。でも、

「最初から俺1人で十分だった」

 傲慢、という言葉がよく似合う男だ。味方でもないのに腹が立つのだが、これは序章にすぎなかった。

「最初からゴミどもを少しでも当てにしようとした自分が間違いだった。何かしらの役に立つと考え、ゴミに力を与えてみたのだが本当に役立たずで、ちり紙の方がまだ役に立つわ。そもそも、売れもしないのに埃を被って並んでいるものなど、アニメ化もしないようなクソなもの、似たり寄ったりのどんぐりの背比べ、チート・異世界・異能・魔法の横行だらけ。迷うのは面白そうなものが多いのではなく、みんな同じに見えるから以外のなにものでもない。そんなもんは初めから存在価値すら危ぶまれるもので、薪以上の価値はない。売れないものは全て等しくゴミであり、オレ以外のやつは等しく下であり、全員このオレにひれ伏すべきなのだ!」

 言いたいことを全て言ったようで、だけどその顔は全く晴れないどんより曇り空。全てをゴミのように見る目。全てをゴミだと言い張る口。全てをゴミだと始末する手。全てをゴミだと踏んづける足。頂に立つということは、全ての上であり、全てを見下すということなのだろう、少なくともやつにとっては。

 そして、そんなやつにオレが抱いた思いは……、

「全く理解できない。どこまで行っても平行線という言葉があるが、どこまでも次元が違うから、見つけることさえない関係だと思うよオレたちは」

 本来な交わらない世界が交わった、その前提で話している。

「そうか。なら、どうする?」

 不敵な笑みを浮かべる。この俺と戦うのだろう? と、勝つのはこの最強の俺だ、と言わんばかりの表情や態度。ありありと滲み出てるので言わなくてもわかる。

 だからオレは――、

「死ねぇっ!」

「ごほっ⁉」

 だからオレはやつを思いっきり殴りつけた。そしてやつはうしろに吹っ飛んだ。

「いきなりっ⁉」

 3人はなぜか驚いていた。そこまでビックリするようなことをしただろうか? 今までのオレを知るはおやっさんと長谷川さんも同じような顔。逆にオレが驚くも、まずはやつに抱いた感情を外にぶちまけることにした。

「お前みたいなやつは即刻死ね! 生きる価値がないなんて言うやつが一番生きる価値がねえんだよ! 人と人とが関わっていきていく社会の中で、お前みたいな独りよがりの傲慢なクソ野郎は即刻死ぬことが社会のためなんだよ! そして、そんなやつをのさばらせてる社会もクソで、そんなクソみたいな社会にすがってるオレらがどんだけみじめな生活を送ってると思う? わかんねえだろな。つかわかってほしくもねえよ、クソ野郎が! あとアニメ化作家は書くのをやめんな!」

 言いたいことが言えて少しすっきりした。でも完全にはすっきりしない。悪態をいくらついても同調されようが応援されようが、結局辛い現実は変わらないのだ。土台や背景が変わらないのに幸せになれるわけがない。

「お前はもう変わらないだろうから、せめてオレがこの拳で沈めてやるよ。いくぞ!」

 自分の怒りを全て拳に宿し、いざ駆け出そうとする――が、途中で止まった。

「……え⁉」

 殴りつけた吹っ飛んだやつが起き上がらない。それだけじゃない。やつは黒い煙となって消えていった。

 ……………………。

「ワンパンかよ!」

 自分で自分にビックリ。まさか一撃で倒してしまうとは。

 オレが強かったのか、やつが弱すぎたのか。その答えを教えてくれるだろうやつはもう黒い煙。やつの技とか、真の強さとか、競り合いや足掻きとか、全部見れず終い。

 なんともいえない気持ちで立ち尽くすしかなかった。

 そんなオレにコメント。

「あんちゃんの感情をのせた拳は相当なもんなんだな」

「ある意味、性質たちが悪いですね」

「あたしは面白かったからいいわよ♡」

「うっせ!」

 返す言葉が見つからないので、とりあえず怒っておいた。

 一応、ぐだぐだな勝利を得たわけなのだが、全然嬉しくない。あっさりしすぎ。

 

 唯一の救いは、この勝利でも無事乗り越えたことでもなく――やつが幹部・核の前哨戦だったということだ――。

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