第14話 熱戦、暑苦しい!

 あたしを、熱くさせて……つまりそれは、魔法使いとして戦え、ということだった。

 思っていたのと違ったということと、大変そうではあるが無理難題でもなさそうだといことでオレたちは承諾。長谷川さんを起こし早速、表に出て戦うことに。

 広さは四車線分で長さは果てしない感じの大通りともいえる場所で戦うのだが、当然車や人が懸念される。だが魔法使いさまさま。ご都合主義としか言えない人払いができていた。

 さあいざ戦うその前に、ルールを確認する。

「戦えってのは、勝てってことなのか?」

「まあ、それが一番望ましいけ・ど、別にあたしに勝たなくてもいいわ」

 それは強いという自負があり、同時にオレたちを挑発していた。

「あんたがどんだけ強いのか知らんが、こっちは3人、そっちは独り。オレたちの方が断然有利なんだぞ?」

「人数は関係ないわ。あたしが求めるのは。3人いっぺんにかかってきてもOKよ」

 浮かべる余裕の笑み。真価はともかく、3対1でもやれる実力があると念頭に置いて戦った方がよさそうだ。

「はっ。あんたがそういうならオレたちは遠慮なく全力で挑むぞ。泣くなよ」

「女を泣かす男は最低。で・も、ベッドの上でなら最高ね♡」

「エロネタ発言やめろや。つかあんた本当に魔法使いなのか?」

 魔法使いの条件は30以上の童貞ってことだが。姐さんはナニの切除前でまだやったことないってことなのか? 全く想像したくないが。

「いつでも来なさ~い。お姉さんが可愛がって、あ・げ・る♡」

 ウインク&投げキッスで相手の気を大きく削ぐ。本人はその気がなくともオレはものすごくげんなりとした。

 だがテンション下げてる場合じゃない。一度戦うと決めたからにはやめる気はさらさらない。

 先攻は譲ってくれるというのだから有り難くもらうとする。オレは即座に駆け出し一気に間合いを詰める。

 姐さんの攻撃方法は砲撃。間合いを詰めれば詰んだも同然。ただし、砲撃だけとは限らない。他にもある可能性はあるが、積極的に動かなければなにもせず負けると思ったので、まずはあえてゼロ距離攻撃を狙うことにした。

「せいっ!」

 容赦なく顔面に抉り込むように打つべし! だが、

「いいわ、その情け無用の一撃♡」

 余裕のセリフでその実力を示す。

 姐さんはオレの拳を包み込むように片手で受け止める。

「マジかっ⁉」

「大マジよ~♡」

 そのまま一気にやられる――と思ったが、ボールを放るように後ろに弾かれただけだった。

「なんで、かたをつけない?」

「あーら、お姉さんに食べられたかったのかしら? それはそれで魅力的な提案だけどぉ♡」

 ねっとり、だけど試すような視線を向け、

「あたしが求めるのは熱い情熱パトス♡ 勝利の美酒じゃないのよねぇ♡」

「……そうかよ」

 今のは少し怒ったように見えたかもしれない。でも実際は怒ったわけじゃない。ただ、手加減されたことを知り自分を叱咤した。

 もしも実戦だったやられていたかもしれないのだ、いろんな意味で。甘さを捨てなければならない。これは実戦で手加減なんて一切できない戦いなんだと。

 姐さんは人差し指をくいくい動かし、早く来いと煽りよる。オレはその誘いにのることにした。

「しゅっしゅっ!」

 ストレートからの高速ジャブ。右に意識を向け本命の左での一撃を狙ったのだが、

「あは♡ 坊やの小狡こずるいところ、いいわぁ♡」

 余裕のコメント付きの回避。右も左も上手く最小限の動きで避けられてしまった。

「これなら、どうだっ!」

 正拳突きと見せかけ途中で下降、そして地面にたたきつける。常人ならただのミスだが、魔法使いなので地面が砕け大きな断裂を作る。

「ちょっと! あたしたちの聖地を壊すようなことはやめてよねっ」

「大丈夫。後始末は全部長谷川さんがなんとかするから」

 後方で「僕ですか⁉」という驚愕の声を耳したが今は無視。今の地割れを華麗に避けた姐さんとの戦いが何よりも優先だ。

「ていうか、なんも当たんないんだけど!」

「坊やだからさ」

「どこの赤い彗星だよっ」

 怒るというより今のはちょっと笑えた。だけど姐さんはそうでもなかった。

「はぁ。このままじゃあ、熱く・固く・太くなるどころか、冷えて・萎えて・縮んじゃいそうね」

 下ネタがすぎる発言にオレの気分が萎えたが、ここから姐さんも動き出す、という意味だった。

「いくわよ~♡」

 来るかと身構えると、姐さんはなぜか後退する。

「なんで――はっ!」

 こちらから近接戦闘に持ち込んだのに上手く対応されたため気づくのが遅れた。

 オレたちが最初に見た姐さんの初撃は砲撃。つまり元々遠距離型だということ。

「エレクト・キャノン!」

 いやらしく叫ぶと、硬くて太くて大きい直径1.5m級の大砲が生えてきた。しかも出現場所は股の間。狙ってるだろ!

 衝撃の武器に目を奪われている隙に攻撃が繰り出される。

「ズドーンッ」

 どっかのバカヒーローみたく発射音を自分の口でいう。ヒューンという音と共に砲弾が迫ってくる。インパクトは強かったが、スピードはそこまででもないので、存外簡単に避けられた、が、

「なんだ、のろ――っ」

 120mmくらいの砲弾を身体を少しだけ傾けて避け、そもまま一気に距離を詰めようとしたら背中に衝撃波を浴び体勢を崩す。驚くべきはその威力だった。

「まだまだ打ち止めじゃないわよ~♡ チェン~ジ、エレクト・ライフル!」

 大砲を捨てたかと思えば、今度は長く飛距離に特化した120cmくらいのスナイパーライフルに変える。もちろん股の間。

「パーンッ」

 またしてもセルフSEの後、弾が発射される。今度のはものすごく速く、体勢を崩したこともあり避けるのは紙一重。下手な当たったら所に当たれば即死の弾がすぐ横をかすめた音にはヒヤッとした。

 先ほどと違い、速く、発射間隔が短く、しかも正確な射撃にロード不要ときたもんだから、容易に近づけず。

 だけどそこはあきらめの悪いオレ。スナイパーライフルの射撃間隔の隙を利用し、ジリジリ攻め入っていく。

「小狡くて小賢しいなんて、あたし初めてのタイプかも♡」

「褒め言葉だと思って有り難く受け取っておくよ!」

 小っていう字を取ってくれた方がまだマシなのだが、まあどうでもいい。

 だんだんと近づき、スナイパーライフルの有効射程圏外となったところで、今がチャンスと駆けだそうとすると、

「責められるのも嫌いじゃないわよ♡ チェン~ジ、エレクトマシンガン! ダーダダダダダダッ」

 スナイパーライフルを引っ込めたかと思うと次は800mmくらいのマシンガン。

 見た瞬間これはやばいと一気に後退。次の瞬間には自分のさっきいた場所がハチの巣になっていた命からがら。

「本気すぎんだろ!」

「あ~ら、こっちはあなたの本気に応えてるだけなんだけどな~♡」

 全然嬉しくない応戦。もう普通に手加減してほしい。

 飛距離はそんなでなくとも、近距離であのばら撒きは死角なしの脅威。

 どういう対策を取ろうか考えてるところに話しけられた。

「ところで坊や、あなた一人で戦うつもり? あなたがそれでいいならあたしもかまわないけど、あたしはタイマンとは言ってないわよ?」

「ふっ。オレも別に1人で戦うとは言ってない。今は1人ってだけの話だ。今後どうなるかまでは……姐さんの想像に任せる」

「ふふっ♡ まさかあたしにカマかけなんて、いい趣味してるじゃない♡」

 なんか気に入られたっぽい。全然嬉しくない。だけど、あのマシンガンどう攻略するかは思いついた。

 そして早速動く。オレは真っ直ぐ駆け出す。

「あらあら♡ どストレートに来るなんて、どんな悪巧みしてるのかしら?」

「どんな悪巧み? こんな悪巧みだよ!」

 隠れながらという選択肢はこの開けっ広げな場所では不可能、そこをつく。

 オレは弾幕が発生するタイミングで地面を思いきり叩く! 

 さっきのは地面を砕いて地割れを作るため。今回は地面にあるを取るため。

「っ⁉ まさか……マンホール⁉」

「そうだ。シールドバッシュ」

 マンホールを盾に見立て、盾ごと突撃する攻撃。これならばあの弾幕も防げるっていう寸法。

「なかなか面白い方法を思いつくじゃな~い。で・も♡」

 近づくたびに重くなる銃撃。初めは近づけばその分威力が増しているのかと思ったが、実際はそうじゃなかった。

「っ⁉ くそっ!」

 威力が上がるメカニズムに気づいたとき、マンホールに無数の穴が空きそして貫通。2・3発食らったところで高速で後退。命だけは助かった。

「大丈夫ですか!」

 さすがに今の状況は芳しくないと思ったのか二人が近寄ってくる。

「大丈夫に見えるかこれが?」

「がはは。命が無事なだけめっけもんだろ」

「腕に脚に脇腹に、大分笑えないケガしちまっってんだよ、おい」

「安心しな。魔法使いならつばつけときゃ治るって」

「治るかよ!」

 元気にツッコんでいますが、普通に痛いです。激痛です。

 オレは失念していた。あの弾は全て魔法から作られており、無限弾倉でしかも火薬ではない、火薬よりも威力の高い未知の物質。マンホールごときの強度では耐えられなくなるのも変な話じゃない。

「手伝うか?」

「いや、いい」

 おやっさんの提案は魅力的だが断った。

「意地張っても意味ないと思いますよ」

 長谷川さんのいうことにも一理ある。だが、

「そうだな。でも今はまだ1人でやらせてくれ」

「まだってそんな大ケガ負ってるのにですか?」

「……ああ、まだだ」

 確かに少し意地を張ってるのかもしれない。でもまだ無理とは限らない。できる限り一人でやりたい性格なのだ。

 意固地となったオレはテコでも動かない。それを知ってか知らずか、長谷川さんとおやっさんはそれ以上何も言わず、ひとまず引っ込んでくれた。

 心配させてしまうことは気にに病むが、おやっさんは笑ってただけだが、もう少しやりたいようにやらせてもらう。

「あら、作戦会議は終わりかしら?」

「ああ、終わりかしら」

「ちょっと、バカにするような乙女言葉の使い方ないで! 踏んづけるわよ!」

「すまんすまん。怒らすつもりじゃなく和ますつもりで言ったんだ」

「そうだったの? ふーん。あなたって意外にムードメーカーなのかしら?」

「そんなんじゃない」

 ここは否定する。むしろムードを壊したくないから黙ってるタイプだ。

「もうあんたとのおしゃべりは終わりだ」

「残念。戦いが終わっちゃうのね。せめてあたしを熱くさせてちょうだい♡」

 もう自分が勝ったようなセリフ。たとえ九割九分そうだったとしても、オレはあきらめない!

「おらあああ、くっ!」

 最初は無策に突っ込む。もちろんばら撒きに遭いすぐさま後退を余儀なくされる。

「だったらこれは、くっ!」

 同じように突っ込む、と見せかけ高速移動で回り込み横から攻めようとするが、またもばら撒きに遭い後退。

「今度こそっ、くっ!」

 地面を殴り破壊。粉塵をみのに接近を試みたのだが、(以下略)。

「自動照準かよそれ!」

 ゲームだってどこかしらに糸口みたいなものがあるってのに、姐さんのナニは対人特化が過ぎるため全くもって詰んでいた。

「のんのん♡ 乙女の感レーダーよ」

 何が乙女だ。オカマのくせに――その口から出なかったツッコみが、結果的に引き金となった。

「……っそが」

「ん? どうかしたの?」

「くそが、つったんだよ!」

「⁉」

 唐突に口から吐いた汚い言葉に一瞬驚いたようだが、すぐに対応し煽りにかかる。

「あ~ら。かっかしちゃったわけね。だからなのよ、あ・な・た・は♡」

「呼称もお前がオレのことどう思ってようと関係ねぇよ! このオカマ!」

「ま、下品な言い方。お姉さんのお仕置きが必要みたいね♡」

 だからといってその場を動くことはない。どこまでも受け身の体勢を崩さないらしい。オレにとってそれは好都合のなにものでもなかった。

「いくぞっ、オカマ野郎」

「こいや、ガキがっ」

 いつの間にか姐さんにも火がついていた。よっぽどオカマ呼ばわりが気に入らなかったらしいが、怒り心頭なその時のオレには全く関係ないと自分のことだけしか考えていなかった。

 オレは怒りに身を任せ再三行ったのにもかかわらず愚直なまでの突貫を繰り出す。

「今度こそハチの巣のアート作品に仕上げてあげるわ!」

 幾度となく襲われ対処に困るばら撒き。威力と弾数により瞬く間にハチの巣を作り上げるのは脅威だが、

「そんな豆鉄砲……食らうかっ!」

 怒りの暴走列車と化した今のオレは全く恐るるに足らず! ばら撒きに突っ込み、そして拳を振るった!

「なっ、なによそれっ、反則じゃないっ」

 姐さんの泡を食う表情が見えた。

 オレはばら撒きに向かって拳を振るい、その拳圧で全ての弾を叩き落す。

「くっ、まだよっ」

 ばら撒きが一度で終わるわけはなく、第二波・三波と続けて撃たれる。だけどオレはそのこと如くを拳圧で撃ち落とし、そして進み続ける。

「これなら――チェーンジミサイル! ズバシュッ」

 股の間から6mくらいのトマホークミサイルが生えた、そう思った瞬間にはもう炎を噴射し発射された、もちろんオレ目がけて。

 ただの人には尻尾を巻いて逃げようとし着弾するのだろうが、魔法使いのオレなら避けることも可能だろう。

 だけどオレは逃げなかった。それどころか、この拳を叩きつけた!

「くそがぁぁぁ!!」

 多少はひしゃげたがそれでも爆発は免れず、轟音と炎そして黒煙が立ち上がる。

「たとえ魔法使いで無事じゃ済まないはず、よね」

「……だな。めっちゃいてぇ!」

「っ⁉」

 所々破片が刺さり流血、ぶつけた拳はイカレ、視界も何だかぼやけ、かなりの重傷を負ったが、それでもオレは立ち姐さんの間近まで迫った。

 その口ぶりからやりきれてないと予想はしていただろうにその驚きようはなんだ? 無事でないとはいえ即行で立ち向かったことか? 衝撃のあとの立ち直りの速さにか? そもそもまだ戦いが続行していることにか? 

 ……どれが真相かあるいはどれも違うのか本人に聞かなきゃわからないことだが、正直どうでもいい。

 今優先すべきことは姐さんを倒すことでも熱くさせることでもこの戦いを終わらせることでもない。オレはただ――この怒りを晴らしたいだけとなっていた。

「オレの拳、食らいやがれっ!」

「ごふっ!」

 さっきまで受け止められていた拳がついに当たった。思いっきりほっぺをぶん殴った。

 この機に乗じみんなの思いも込めて殴れるだけ殴ることにした。

「これはさっき食われた長谷川さんの分!」

「ぐはっ!」

「これは日頃の疲れを酒で癒すおやっさんの分!」

「ぐふっ!」

「これはオカマに襲われるのを恐れ近づけなかった違うグループの同士の分!」

「ぐほっ!」

「これは以前一度だけ勘違いして家賃滞納した大家さんの分!」

「ごはっ!」

「これは入社してから半日で辞めた新入社員の分!」

「ごふっ!」

「これは社会に夢見すぎて何度も勝手に失望し辞めることがくせになった精神が永遠に若者だけど見た目はただのおっさんの分!」

「ごほっ!」

 最後ら辺なんか理由なんてどうでもよくなってきている。

 ネタがもう尽きてきたところにその隙を突いて動き出そうとする姐さん。

「こ、ここは一旦離れ――られないじゃないっ」

 距離を開けられる前に、オレは姐さんの足を踏んづけ押さえていた。

「一度間合いに入ったんだ。もう逃さねぇよ!」

 言葉の終わりと共に拳を放つ、今度はどてっぱらに。が、

「何度も殴られてあげないんだから♡」

 放った拳は横合いから出てきた筋肉隆々のぶっとい♂腕で防がれる。

「あたしこう見えて殴り合いにも自信あるのよ♡」

「見た目通りだっつの!」

 オレのツッコみが開幕の合図となり、殴り合いの始まり。

 魔法使いなので高速、周りが余波でぼっこぼこ、そしてオレと姐さんは互いに傷を負いながら殴り続ける。

 傍目はためからは姐さんの方が一回り大きくムキムキしかもオレは片方の拳を負傷しているため優勢に見えるだろうが、実際はオレの方が優勢だった。

 姐さんはオールラウンダーに見えて遠距離型なので、ケガを負っていたとしても近距離特化のオレのが優勢になるのは無理からぬ話。

 そして何より、場数を踏んでいるような動きに見えるが所詮それは相手だったようで、使相手では勝手が違いそこもまた不利を色濃くさせている。

 腕力も体力も上なのだろうが知識と技術によって状況は大きく変わってしまった。

 そうなればもはや必然勝利はこちらに傾いてくる。

「どうした息切れか? 速さと力が衰えてきてるぞ」

「い、いやぁねぇ♡ ちょっと年だから限界が早く……誰が年増よ!」

 冴えわたるノリツッコみ。だけど動きは明らかに精細さを欠いており、勝利は目前といった様子。

 ……だけど姐さんは折れなかった。

「でもねえ、何だか充実してるの♡ すごく楽しいのね、殴り合いのケンカって♡」

「そりゃあよかったな」

 満足してらっしゃるようで、だけど発言は物騒。見た目と相成ってバトル漫画なんじゃないかと思えてきた。

 でも、思いとは裏腹に体力は限界なはず。魔力やアドレナリンで誤魔化そうが人にも魔法使いにも等しく必ず限界はある。

 そしてその時は期せずしてやってきた。

「……楽しい時間もあっという間。永遠じゃないからこそ尊く、刹那であればあるほど恋い焦がれる。追い求めては届かず、追いすがれば消え、諦めればまた生ずる。なんていうジレンマ。なんという運命さだめ……」

「何語ってんだよ! 言いたいことは要点だけ言えよ!」

 オカマのポエムに付き合ってる暇じゃない。本当は暇はあるから、興味がない。

「つまり、もう終わりって、こ・と♡」

 姐さんが叫ばなかったから気づかなかった――いつの間にか、股間に自動拳銃思しき銃が。そして銃口はこちらを向いており――、

「サ・ヨ・ナ・ラ♡」

 銃声とマズルフラッシュ……オレは撃たれた。

 撃たれた腹を抑え、空いた風穴から多量出血、それにより意識が朦朧もうろうとし、足に力が入らなくなり、声も出せず、最後は前のめりに倒れる。

 地面に倒れる途中、姐さんは密かに微笑んでいた。勝利の美酒に早くも酔っていたのかもしれない。

 ――酔いから醒ましてあげよう。

 前のめりに倒れる寸前、オレは片方の足を前に出して倒れるのを防いだ。

「っ⁉」

 なぜかオレは倒れなかった――その様子に笑みを浮かべていた表情は一変、驚き一色に。

 計算外だったのだろう。もちろんオレは計算通りだったが。

「……さっき別れの挨拶もらったからオレも返すよ。サヨナラ!」

 オレは支えた脚とは反対のもう一方の脚を、倒れそうだった勢いで引いていた脚を目一杯活用して前に膝を突き上げる。

 その標的は……、

「ぬわぉっ⁉」

 オレが狙っていたその標的は姐さんの息子、つまり男の最大の弱点、股間への攻撃だった。

 反則なんて言わせない。戦いにルールなどない、勝てばいいのだ。……だいぶ悪党らしくなったなオレ。

「……そんないいとこ狙うなんて、反則じゃない♡」

 金的を食らえば誰もが苦痛にのたうち回るというのに、姐さんは子どもには見せられないようなアヘ顔で気を失った。


 ――くしくも、姐さんが言ったようにこれが最後となった。

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