第12話 新参、大体予測はしていた
とある夜、ここは神宿二丁目――。
表通りのネオン煌めく街並みとは裏腹に、異世界に紛れ込んだという印象はなかったが、どこか異質な空気を放つ奥の細道へと通ずる入口にて。呼び込みの人種もなんだかヤバい感じがする。これがただの思い込みならいいのだが……、
「なんだろこの空気。襲われそうで怖い」
「大丈夫ですよ。いくら男好きでもいきなり襲ってくるなどという戦後初頭みたいなことはありませんよ、たぶん」
そうはいうもの、心なしかオレとの距離が近い長谷川さん。一度でも離れ離れになると帰ってこれない、なぜかそんな気がしていたのだろう互いに。
「がはは。堂々と歩いてればなんも起こらんて」
「そりゃあおやっさんがクマみたいな感じで、小鹿みたいなオレたちと違うからそんな余裕なセリフが吐けるんですよ」
「おどおどしてた方が逆に食われると思うんだが」
食われるとか、冗談でもやめてほしい。そっち系を否定するわけじゃないが、オレはそっち系じゃないので勘弁してほしい。
「それにしても現れませんね」
「違う化け物にはよく遭遇するんだが」
「倉科さん。本当のことでも言っていいことと悪いことがありますよ」
「あんたもさらりと言うねえ」
辺りを見回る途中何度も話かけられ、スキンシップがあり、食われかけたのだ。紳士然とする長谷川さんもさすがに精神がまいってるのかもしれない。
「まあ、マジで現れないな。そもそもここには棲息してないんじゃあ……」
オレが出現フラグを建てたからか、それは突然現れた。
四本の脚に二対の頭、鋭い牙を鳴らし凶暴な目をした動物、
「確か、オルトロスだったか!」
でも何だか前に見たのと毛の色が違う。前のは黄土色だったが、目の前のは黒に近いこげ茶色だ。
「場所によって色が違うのか?」
「性格、でしょね」
「は? 性格?」
「温厚な性格のものは明度が高く、凶暴な性格のものは逆に低いんです」
「へぇ」
聞いてみた割にはそこまで興味はなかった。とにかく前のより強いと思っておけばいいだろう。
「あいつの頭は二つだがこっちは三人。油断せずにいけば楽勝だろーぜ。な、あんちゃんたち」
「ああ、そうだな。オルトロスより周りの化け物の方が怖いしな!」
「倉科さん……」
長谷川さんも苦笑するだけで否定はせず。自分の心に正直になりつつある。
「そんじゃあ、行くと――」
ヒューン! ドカ―ン!
オレたちの戦いはこれからだ! と新たなる旅立ち風に駆け出そうとしたら、突然オルトロスが爆発四散。音の感覚それと一瞬見えた弾丸からして砲撃されたのだろう。
呆然とおするおっさん三人。だけど周りのやつらは今の爆発が見えない・聞こえない・感じない、ときたもんだからいい気なもんだ。
「……はっ。そういえばやつは」
いち早く我に返ったオレは、弾がとんできた軌道を遡って見る。順々に我に返り同じように見やる二人。
確か弾がとんできたのは後上方。夜空を望むように顔を上げると、ビルの上にネオンの逆光を浴びたシルエットが。
そいつはオレたちが見るまで待っていたのか、いいタイミング声を出す。
「あらあら♡ 今宵のお客様は迷惑な方だけじゃなかったみたいね♡」
野太い声、だけど女口調という……嫌な予感しかしない。
そいつはこともあろうにビルの上から飛び降りオレたちの後方、つまり二対のワンコがいた場所に颯爽と降り立った。この時点でやつが普通の人間じゃないことは確定した。
「あらあらあら~? あなたたちよく見るとあたしのお仲間かしら~♡」
振り向くのが怖い。だけど振り向かなければ背後から食われる! そんな気がして恐る恐る振り向くと、そこにいたのは――、
「は・じ・め・ま・し・て♡」
「ぎゃあああ! 化け物ぉ!」
すかさず拳を繰り出す。その一撃は幹部・核であった者も貫く必殺の拳だったが、現れた化け物は軽く受け止め、ボールをリリースするように突き返された。
「もう、危ないじゃない♡ あたしのハートを射抜くのに直接殴ってくる殿方なんて初めてよ、もう♡」
ぞわっとした。怖気が走った。必殺の拳が通用しなかったからではなく、その乙女口調と動きに寒気を覚え、一歩引いた。
「お前は敵なのか! それとも味方なのか!」
まずそれが一番大事。もしかしたらこいつは知性を持った化け物かもしれない。出会い頭にパンチでよく見てなかったので、観察してみる。
やつはデカかった。オレが170弱くらいの慎重に対し、頭一つくらい高いからおそらく180以上はあり、日に焼けたような茶色い肌。ちょっと怖い。
そして恰好というか服装なんだが……デニムジャケットにジーパンにデザートブーツ、ただし色は上下靴統一してピンク寄りの紫、しかも半袖短パン風、さらに上は裸オンジャケット、おまけに金剛力士像もびっくりのものすごい筋肉バキバキ。もう嫌だ。
極めつけの顔面。彫の深い印象があり元はハンサムの可能性もあるが……ショッキングピンクのモヒカン、トマトレッドの口紅、ピンクのラメ入りアイシャドウ、付ーけまつーげまつげまつげ。もう帰りたい。
「あらやだ♡ そんな
なわけねーだろこの化け物! といいたかったのだが。いちいちくねくね動くことやウインクや投げキッスがあまりにも生理的に受け付けなかったので、口から出た言葉は、
「あ、が……隣にいる長谷川さんが一目惚れしたそうです」
「……えぇ⁉ 僕ですか!」
遅れて反応したところを見るに長谷川さんもまたやつの気色悪さに意識を失っていた様子。
押し付けるように言ったが、こういう場合上手くいかず結局自分が悲惨な目に遭う確率が高いのだが、
「あんらやだ♡ あなたイケメンじゃない♡ しかもあたしのタイプドンピシャ♡」
「ひっ」
一目で気に入ったのか、脚を交互に出しながら近づいてくる化け物。長谷川さんは差す視線と近づく恐怖に顔を青くさせ身体ごと引く。
上手く押し付けられ、あまつさえ視線を逸らすことに成功した。ただし長谷川さんは犠牲となった。
「これはもう……いただくしかないわよねっ♡」
「うわあああああっ!」
問答無用でおっさんに抱き着く化け物。助けてやりたかったが、やつの速さは人間のそれを
助けてやりたかったがオレは助けなかった。巻き込まれたくなかったのだ。おやっさんも同様の理由だろう。おいしくいただかれてはいるが殺してはいない様子からして最悪な結末にはならないだろう。
このあえて見逃した行為を人でなしというだろうか? でも大抵の人は助けないだろう。仲間だ同士だ友達だなどと相手の関係から動く可能性は上がるが、結局のところ自分が大事であるが故に命の危機に際した時は自分第一に考えて行動するのが常。それでも異例として動ける者もいるが、それは勇気があるのではなく蛮勇。自分の命を投げ出して他人を助けるのは、その人にとっても自分にとっても、たとえ天秤が相手方の比重が高かったとしても、オレは自信を持って間違っているといえる。
やつがオレたちと同じ魔法使いであることが判明した、長谷川さんの尊い犠牲により。その数分後――。
「ところであんた、魔法使い、なんだよなあ?」
ある程度いただいて満足したのか、立ち上がったのを機に話かけてみる。
「あら、あの乙女な力を魔法と呼ぶなら、あたしは魔法少女で合ってるわね♡ ……ていうか、もっと近くで話なさいよ!」
食べられた長谷川さんの例があるためオレとおやっさんは距離を取っていたのだが、怒られたため仕方なく距離を詰める。
誰が乙女でどこが少女なんだ! と全力で言ってやりたかったが、なにぶんやつはオレよりもデカく、それだけで気圧されてしまうため、必然心にしまうしかなくなる。
「この乙女な力の正体を知ってそうなあなたも、もしかしてあたしと同じ魔法少女なのかしら?」
「そうだ。こっちのオヤジもそっちの倒れてる男も魔法使いだ」
「へぇー♡」
納得したように頷き、そして品定めするようにオレとおやっさんを見る。近づくドアップな顔面と化粧のにおいに吐き気を催したが、何とか堪えた。
「坊やもおじさまも中々いい男じゃない♡」
「そりゃあどうも」
坊や呼ばわりも評価はどうでもいいからさっさと離れてほしいと思いながら、早速本題を切り出す。
「実は話があるんだが」
「それって長くなりそう?」
「あんたの返答次第だな」
「あ~ら、なんだか悪巧みしてそうな話みたいね♡」
「そりゃあ、まあ、敵にとってオレたちは悪党らしいからな」
「……少し興味のある話ね♡」
怪しい笑みを浮かべると、いきなり離れそして背を向けくねくね歩き出す。
その意図がわからず呼び止めようとすると、
「ついてらっしゃい♡ 積もる話はちゃんとした場所でお話ししましょ♡」
そこで寝ている紳士も連れて♡ と付け足すのだが、お前が原因だろ! とよっぽど叫びたかった。
だがおやっさんが、
「今は堪えな。ありゃあ大きな戦力になる。下手なことして、交渉をおじゃんにしたかない」
なんて釘を刺すもんだから何も言えず、今は黙ってしんでる長谷川さんを連れてあとをついていくことにした。
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