第11話 談話、ただの呑み会だった

 オレが訪れたのは、立河の貸しビル七階に店舗を構える、居酒屋・藁藁。一般的なイメージの居酒屋より少ーしだけ大人な雰囲気漂う店内。

 オレは人を探しながら辺りを見回すと、てっぺんが肌色の二人組が座ってる席を発見。少し久しぶりなのでちょっとだけ緊張しながら近づいていく。

「来たぞ――あ、すいません。席間違えてしまいました」

 堂々と話しかけただけに人間違いした恥ずかしさは三割増し。笑って許してはくれたが、すぐにその場から離れた。

 ハゲ二人なんて早々いないと思ったが、ハゲなんて世の中そんなに希少価値が高いものでもないらしい。

 もう一度見回し、違うハゲ二人組を発見。今度は間違えないように遠目から顔を確認。

 なかなか整った顔の少しイケメンだけど髪が半分ない男と、その向かいに座る全ハゲだけど眉毛と無精ひげはボーボーのだらけたオヤジ。……間違いない。長谷川さんとおやっさんだ。

「来たぞ」

「おう、久しぶりだなあんちゃん!」

「いってぇ!」

 相変わらず体育会系のノリ。これは苦手だ。

「あ、隣、いいですよ」

「お、おう」

 促されるまま隣に座る。こちらも変わらず丁寧で気が利く。いつの間にか生中ジョッキを注文されていた。

 テーブルの上には、漬物、まぐろの刺身、から揚げ、ピザに卵焼きと様々なさかながつままれ、おやっさの前には空の大ジョッキが幾つか並べられているが、既に片付けられたものがあったとすれば、どれだけ呑んだか……。

 長谷川さんが頼んだウェルカムドリンク中生ジョッキが来たところで、オレはそれを、おやっさんは大生ジョッキを、長谷川さんはサワーを片手に、

「久しぶりの再会を祝して、カンパーイ!」

「カンパーイ!」

「カンパーイ! ……じゃねーよ!」

 ジョッキを打ち鳴らしてからようやく我に返った。

「どうかしたのですか倉科さん? ビールは泡があるうちに呑んだ方がいいですよ」

「おう、そうだな。ごくごく……じゃなくて!」

 進められるがまま半分呑んだところで我に返る。

「なんだ、あんちゃん。ノリが悪いねえ?」

「おぉとっと。……ってそういうことじゃねえから」

 いつの間にか置いてあった焼酎を、これまたいつの間にか置いてあったグラス一杯に入れられ、飲み干したところで我に返る。……今度こそ言いたいことを言う!

「作戦会議じゃなかったのか⁉ ただの呑み会じゃねぇかっ」

 できる限り大声で、だけどお店の人に迷惑にならないような声で怒鳴る。これで当初の予定通りになればいいんだが……。

 おやっさんは大ジョッキを飲み干してから、

「別にいいだろ吞み会でも」

「いやよくねえよ。ただの呑み会だったら来なかったわ」

「まあまあ、落ち着いてください倉科さん。そのうち始めますから、そのうち」

 それは絶対始まらない常套句じょうとうくだろ。

「つか、作戦会議やんないなら帰っていい? 見たいテレビがあるんだよ」

「お前はゆとり世代か。わーったわーった。あんちゃんがそこまで仕事熱心なら作戦会議するか」

「そうしてもらえると助かる」

 思っていたよりも聞き分けがよかったので肩透かしを食らった気分になる。でも始めるというならそれに越したことはない。

「それでは作戦会議を始めたいと思います」

「どんどんぱふぱふー」

「そういうガヤはいらんだろ」

 真面目さは欠けてるが長谷川さんの進行でようやっと作戦会議が開かれる。

「目標はやはり幹部・核なのですが、いきなり現れるということはありません。必ず前に人語を話せる知性のもった化け物が現れます。つまり僕たちの目標はまず、その知性を持った化け物を探すことなのです」

「出現場所とかわかるのか?」

「いんや。人通りがある場所って以外さしたるヒントすら……ない!」

「なんで今タメたんだよ」

 それだと人通りが多い場所に行くしかないのだが、今まで戦いの舞台が駅前だったのはそういう意味があったのだな。

「観光地はダメなのか?」

「そこでも別にいいが、夜は基本的に人が少なくなるだろ? そういうところは、ゴールデンウイークや盆休みみたいなまとまった休みがある日の昼間にしようや」

「みんなで旅行に行くみたいですね。楽しみが増えました」

 男所帯で旅行というのもなんだが、そもそも旅行じゃねえしっ。

「それで次はどこへ戦いに行きますか? 面倒なのでもうここ立河でいいのではないですか?」

「おいおい。そんな安直なんでいいのか?」

「確かに、いちいちどこか考えんのもよく知らんトコ行くのも面倒だな」

「おいっ」

 今、国会に提出され受理されようとしてる孤立支援案という全ての独身に結婚を押し付ける法案を阻止するため、怪しい力を使い裏で糸を引く巨大組織『世間』と魔法の力使って対峙する――という、なかなか大層な理由を掲げて戦ってるわりに、戦う場所はそんなおざなりでいいのか? だから髪が無くなるんじゃないだろうか。

 だが今回に限ってなのか、酔って赤鼻となってるおやっさんは首を横に振った。

「いや、神宿二丁目にしようや」

「神宿二丁目⁉ 違う化け物が出てきそうだな」

「さすがに失礼すぎですよその発言」

 神宿二丁目といえばオカマとかゲイとか、そっち系の人の聖地。ヲタクでいうと秋波原。腐女子でいうところの池福路・乙女ロード。

 そういった強いこだわりのない自分としては場違い感を覚えるので気が引ける。

「倉科さんの発言はともかくとして、どうしてまた神宿二丁目なんですか?」

「風の噂を耳にしたんだ」

「化け物が出るっていう? 常時出てるような」

 それ以上は言わせねーよっ、と言いたげな長谷川さんに止められ黙って話の続きを聞く。

「神宿もまたよく化け物が出るスポットなんだが、二丁目近辺にはなぜか全く現れないらしいんだわ。いんや、正確に言うとらしい」

 現れなくなった、とはまた言い得て妙なことだ。

「それってつまり、化け物を退治する魔法使いがいる、ということですか?」

「かもしんねーな」

 化け物は一般人の目には見えない、というより普通の人に見えるらしい。化け物同士の仲間割れじゃないとすると必然魔法使いが倒してることになる。

「てかそもそも、風の噂ってなんだ? オレたちの他にも魔法使いの仲間がいんのか?」

「それはいるでしょうね。ただ、実際戦ってくれる人は少ないですし、そういった方々は孤高だったりチームの結束が固すぎたりするので、情報交換以外の交流は無いですね」

「こっちも一枚岩じゃねぇっつことか」

 全員で一斉にかかればもっとずっと楽に片付けられるだろうに、そういう点で人間というのはアホだと思う。どっかの野党みたいだな。

「孤高だったり、つってたけど、二丁目で戦ってるそいつもそうなんじゃないの?」

「未確認の魔法使いかもしれん。風の噂になるっつーことは誰も接触したことがないってことだ」

「伝説のポケ〇ンかよ」

 話はわかったが、あること思う。

「もう誰かが調べ終わったあとなんじゃないか?」

 無駄骨ほど面倒はない。あ、オレも面倒って思ってしまった。

「そん時は残念会でも開くとして、もしまだ間に合うなら勧誘したい。呑み仲間は多い方がいいからな」

「呑み仲間じゃねーだろ欲しいのはっ」

 このオヤジ、新参者のオレより魔法使いの自覚無いんじゃないのか? 徒党組むのやめようか。

「とにかく。次は神宿二丁目に赴き、噂の真相を確かめ、あわよくば仲間に加え、残念会か歓迎会を開くぞ! 異議があるやつはいるか?」

「僕は、異議なし! です」

「オレも異議なし! けど……結局呑みてぇだけじゃねぇかっ」

 その酒への執念は逆に尊敬できるものなんじゃないかと勘違いしそうになる。

「よし。行く先も決まったことだし、呑み会再開といこうじゃないかっ」

「あんま、実のある会議じゃなかったな……」

 まあ、冴えないおっさんらが集まった会議なんてこんなもんなのかもしれない。最初から期待もしてなかったと思うので、諦めは簡単についた。

「まあまあ。一杯呑んで不景気を乗り越えましょう」

 お酌をされるがまま、注がれた酒を一気に飲み干し、いつ終わるとも知れない低所得者同士のの不景気を乗り越えるため呑み明かすことにした。

「お、いい呑みっぷりだねあんちゃん。じゃんじゃん呑もうじゃないの」

「おやじさんもあんまり調子に乗らず、ちゃんと財布と相談して呑んでくださいね」

「おうよ。困ったときは頼りにしてっからな二人とも」

「もしかして本当はそのために呼んだんじゃねーだろなっ」

 怒鳴りつつオレも一緒に酒を呑む。つまみを口に運ぶ。そしていろいろな愚痴をこぼす。最後にはリバースする。

 呑み会もたまにならいいもんじゃないかと思った。

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