第10話 復帰、終わる平凡な日々

 電車に乗ると必ず目にするものがある。それは、広告。

 大学、専門学校、高専などの学校案内。クリニック、ジム、弁護士事務所等々の紹介。薬品、化粧品、酒などの消耗品の宣伝。そして、本。

 今話題のベストセラーやら、本屋さん大賞受賞やら、出世できるお金が稼げるなどのうたい文句の啓発本やら。

 累計発行部数○○万部とかよく見るけども、どれだか偉いのか知らないが、まあ、ぬけぬけと書いてある。

 以前はよく買ってみようかなんて思った時期もありましたが、今はあんまり興味がない。本屋に行けば似たり寄ったりな本がずらりとあり、今年一番泣けるとか、最後の最後にあなたは騙されるとか、胸キュンとか、タイムスリップとか、妹とか、チートとか、異世界とか、ハーレムとか、ニートがなぜか異世界に行ったら勇者になったとか、冴えない高校生が突然魔法の力に目覚めるとか……とにかく、うぜえ!

 エンターテイメントを否定する気はないが、むしろ好きで今の心の支えといっても過言じゃないが、ハードルそこまで上げてもいないのにお手柔らかに発言にはうんざりしている。

 ローテーションしてるだけなのに今までに無いとかニワカ発言を堂々とするし、神作品とかいうから見てみたら過去にやってたやつの方がずっと面白いこともザラじゃないし、けっこう好きなやつはアンチにボロクソにされ評価下がるし、有能な神監督ともてはやしたくせに少しつまらないと一気に評価下げるし。

 楽しさの反面、そういった批評家やらプロ目線気取りのバカのせいで台無しになってるこの国の現状は本当に憂うものだよ。


 ……ここからが、この物語の始まり、いや再開となる。今までの愚痴だ。


 今日も一日ガンバったぞい、とセリフ間違いをしながら自宅で一息吐く、とスマホが震えた。誰からだと画面を覗いてみると、知らない番号が表示されていた。

 知らないなら無視と決め込もうとしたが、

「(……待てよ。以前にも見たことがあるような、というか普通に見覚えがある)」

 それは一ヶ月くらい前。オレは魔法使いとなって正義の使者と戦った。使者として戦ったのではなく、使者と戦った。つまり敵側となる。

 ……今となってはいい思い出、とする予定だったのだが、嫌な予感ビンビン。

 ここで無視すれば平穏な日常のまま一生をすごせるかもしれなかったのに、こんな時ばかり良い人スイッチが入って、ついつ出てしまった。

「お久しぶりです。長谷川さんだぞ」

「いや。その冗談、逆に笑えないから」

「すいません。はは、以前にも同じような会話しましたね」

「そうだな。どうでもいいようなことでも憶えてるものだな」

 なんか和んでしまったが、別に昔なじみの声を聞きたかったわけじゃないんだろう。

「こういってはなんですが、また魔法使いとしてのお誘いに電話しました」

「だよなぁ」

 心底嫌そうに伝わるように言う。電話越しから苦笑が届くが、

「こういう戦いには人では多い方がいいのです。とくに倉科さんのように優秀に超がつくような人には」

「褒めても気分は変わらないぞ」

 死にかけたというか実際に死ぬ痛みは計り知れないものだった。すぐに意識が途切れたからトラウマになるほどでもないのだが、何度も体験したいものでもない。

 というか、そもそも大きな疑問があった。

「オレ、もう魔法使いに成れないんじゃないのか?」

「はい? それはつまり、童貞を捨てたということですか? おめでとうございます」

「い、いや。捨ててないけど」

 わざわざ口に出したくないセリフを言う羽目になるとは。そんなナイーブな事情を露知らずの長谷川さんは、電話越しでぱあっと花が開いたように喋り出す。

「そうですか。なら大丈夫です。よかった」

 よかったというのは、童貞を捨てられなかったことがかな? ケンカ売ってるとしか思えないセリフだったが、今は堪えてちゃんと聞く。

「前に話したとき、もう成れない、みたいなこと言ってなかったか」

 というかそう言ったのをちゃんと記憶してる。言われたときはなんとなく寂しい気持ちになったので、恥ずかしながら忘れもしない。

「魔力が切れてもう成れない、とは言いましたね。でも、魔力は戻ってるはずです。だからもう成れると思いますよ」

「まじかよぉぉぉ」

 驚きすぎてイントネーションを間違えた。

 つまり言い換えるなら電池切れで充電期間に入ってた、ということになるのか。なんという落とし穴。見事、ケツからハマった。

「また次の核との戦いに備え作戦会議をするので、お手数ですが今から出られませんか?」

「今から⁉ お前、大人のルールくらい守れよ」

 オレのいう大人のルールとは、いわゆる報・連・相、報告・連絡・相談のこと。これをおこたると行き違いや大きな失敗に繋がったりするので、失敗を隠したりいちいち言うのを面倒くさがったりせず、こまめに守ろう。

「すいません。無礼を承知でお願いします」

 わかっていながら頭を下げる、実際には下げているのかわからないが、つまり何かしらのトラブルかあるいは切羽詰まっているのかもしれない。

 世間に歯向かう魔法使いは早々いないのだろうしな。

 正直、やる気はないのだが、いてもいなくても変わらないような社会人をやってる身としては、頼まれごとというのは珍しいのでやってやらないこともない。

「……わかったよ。場所はどこだ?」

「ありがとうございます! とくに献上品や特典はありませんが、またよろしくお願いします」

「謝辞とかいらんから、で、集合場所は?」

「あ、はい。場所はですね――」

 知らないところでもなかったの、店名だけ聞いて通話を打ち切る。

「ふぅ……失敗したかも」

 変に浮かれていたのかもしれない、柄にもなく。久しぶりの電話に。

 町で見かけるような電話越しでの会話なんて夢のまた夢としか思ってなかっただけに、自分でも気づかぬうちに少し興奮し、そして判断を誤ったかもしれない。

「……でもまあ、一応長谷川さんの電話番号を登録しておこう」

 これで母親・会社に続き、三つめの登録。ハゲ友ではあるが多少は嬉しいものだ。友達がいない、いらない自分にとっては。……まだ浮かれてるかも。

「とにもかくにも、まずはじゃあ、行くとしようか」

 一応約束してしまったので重い腰を上げ、玄関から再び夜の街へ繰り出す。

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