第9話 真相、真実は不条理なもの

 ――気がつくと、そこはいつもの見慣れた天井。自分の家だった。

「……全部夢、だったのか?」

 ちゃんと布団で寝ているし、誰かが近くにいるというわけじゃない。疲労感も痛みなく、まるで全て悪い妄想だったかのように。

 カーテンを開け、窓の外を覗くと朝焼けの眩しさに目をやられた。

「今日はまだ平日。仕事行きたくねえなぁ」

 本音を漏らしたところで、じゃあ行かないのか? と問われれば、嫌々でも行く、と答えるだろう。今はよくとも、のちのち悲劇になるのを知ってるので、いつまで続くのかわからない未来のため大人は無理くり働くのである。

 

 ピロピロピロピロピロ……。


 こんな朝早くから電話が鳴る。画面を見てみると知らない番号だった。

「イタ電か? 電話には出んわって言いたくなるな」

 誰も聞いてないダジャレほど笑えないものはない。

 いつものオレなら知らないふりのガン無視を決め込むのだが……なぜか出ないといけないような気がして、受話器じゃなくて応答した。

「お掛けになった電話は電源が入っていないか使われておりませ」

「――倉科さん。そういう冗談はいいですから」

 電話越しでも聞き慣れた声。別に聞き慣れたくはなかったが、覚えていたので一応名前を言ってみる。

「長谷川さんか?」

「はい。長谷川さんだぞ」

「そのネタやめて。逆に笑えない」

「すいません」

 やはりハゲ川さんだった。

 どうやら今までの魔法使い物語は夢じゃなかったようだ。

 ……ならば聞いておきたいことがある。あのことだ。

「オレが気絶した後、どうなった?」

「やはり憶えていませんか。まあ無理もないですか。ほとんど死んでたようなものでしたから」

 ものすごい発言をしていたが、それを聞く前に話が進んだ。

「結論を言えば、あの核は倒しました」

「マジか! いやまあ、そうなるってわかってやったんだけど。……そうか倒せたか」

 あれで倒したのならオレが立てた仮説はあながち間違ってなかったのかもしれない。ちょっと嬉しかったりする。

「倉科さんたちが互いに胸を貫き多量に吐血したあと、核である彼は何事か口にし消えてしまいました。その瞬間、岩壁や夕焼けは嘘のように無くなり、夜の神橋の街並みに戻りました」

 最後にやつは何を言ってたんだろう。多量に吐血してから意識を失うまでのほんのわずかの間、その時のやつの表情をなぜか思い出せた。

 驚愕、そして怯え、恐怖。

 予想外の展開に驚き、信じたはずの正義の末路に怯え、訪れる死の恐怖に震える。

 たぶん最後の最後に理解したのだろう自分が立っていた場所、そして役柄に。

「気絶してたオレは? 言い方変だけど。いきなり町の中で倒れてたことになってただろ」

 そういえばおやっさんも重傷を負ってどっかの壁にもたれかかってたはず。

「そこは魔法の力です。不都合な部分は不可視になり、他の人には倒れてる姿の倉科さんは見えていなかったはずです」

 魔法さまさま。てかチートすぎるだろ。

「おやっさんのケガはどうなった?」

「大丈夫です。あのくらいなら数分で完治します」

「魔法ってどんだけ便利なの? 不可能なんてないんじゃない? むしろ卑怯なくらいの魔法使いより強い核ってどんだけすごいの? 世界のことわりとか曲げられるんじゃね? いや曲げてたのか」

 魔法の利便性と無限の可能性にいろいろ溢れてきたが別に答えを求めたわけじゃない。たぶん全てには答えられないと思うし。

 今度はこちらの番だ、と長谷川さんが尋ねてくる。

「どうして核を倒せたんですか? 奇跡や偶然では倒せない相手だったはずなのに」

 やはりそこが気になるのか。心配とかよりもそのために電話してきたのかもしれない。欲望に忠実で実にけっこうなことだ。

「まあ、長谷川さんの援護ややつが自分のことを探求しなかったこと、作戦勝ちやら油断やら、いろんな事情が上手く重なったから勝てたってのが大きいんだが」

 前置きはここまでにして、

「あの時、あの場所、あの人選。その仕組みを少し理解したからだと思う」

「……」

 ちゃんと答えたのだが、長谷川さんの反応は無し。理解できないというより意味がわかってないのだろう。まあ、無理もないが。

「そもそも。まともな方法でやつに勝つことはできなかった。オレたち三人分合わせても力の差がありすぎなんだよ。無理ゲーだっつの」

「そうですね。それでも僕たちは」

「戦わなきゃいけない、だろ? それは今どうでもいいから置いといて」

 正直その背中からせっつかれる精神は理解したくないが、社会人ならわかってしまう悲しさ。

「まともな方法がないなら別のを探せばいいだろ、ってことになる。見つからなきゃむざむざおっちんでたんだろうが、ある可能性を発見した」

「可能性……」

「もはや戦う以前の問題なんだが、そうでもしなきゃ勝機なんて見つかんないって思ってな。それで見つかったんだからって言葉は便利だよな」

 ジョークはここまでにして、いきなり質問をする。

「長谷川さんはなんでやつがしたと思う?」

 説明するのにクイズ形式にすると嫌われるのだがついやってしまった。でも怒らない長谷川さんはいい人だった。

「それはやはり僕たち、倉科さんが倒しかけたからじゃないんですか?」

「まあ、そうだろうな。はそう思うよな」

「違うんですか?」

 その顔が欲しかった! 顔見えないけど。ていうか、誘導質問オレ嫌いだったのについまたやってしまった。

「違わない、合ってる。ただし、結果的には、だが」

 もったいぶるのはもうおしまい。オレの考えを直接言葉にする。

「今はどうかわからないが。あの時・あの場所は、誰かが求めただったと思うんだ」

「……」

 これを言ったら黙り込むと思ったが、やっぱりそうだった。なので注釈を加える。

「オレは、あの覚醒はピンチになったから発現したんじゃなく、誰かがと思って覚醒させたんだと思うんだ」

 これでも足らないだろう。わかっていますよ。

「そう思った根拠はどこから来たのかというと、やつはそもそも覚醒なんてしなくとも勝てたんだということ。だけどやつは油断した、いや驕ったというべきかもしれん。だから負けかけた。だからやつは覚醒した、ってのは少し変だ」

 オレの言ってることが変なのかもしれないが、もう少々お付き合い願いたい。

「あの時、回復あるいは時間が巻き戻る、なんて次元の超えた方法でもよかったはずなんだ。なんせやつはあの空間のだからな」

 ここでだいぶ物語っぽくなってきた。オレがさせたんだが。

「やつはあの世界では主人公。そしてオレたちは悪党。そういう構図だったんだよ。……だってそうだろ? オレたちのやろうとしてることは、他人の目からしたら反逆なんだから。いうならば、デモ行進してる少数派」

 決してデモ行進を否定してるんじゃないので、そこはご容赦。

「話を戻して、主人公であるやつはオレたちを確実に倒すため覚醒という選択をした。いや選択肢自体はやつに無かったと思う。そうこういろいろあって形勢逆転、今度はオレたちがピンチになったわけだ。本来なら、そのあと正義であるやつが悪であるオレたち倒してハッピ-エンドになる予定だったのだが、オレが捻じ曲げてやつにとってはバッドエンドになった」

 説明長々と申し訳ない。そろそろ終わります。

「長谷川さんが聞きたいのは、どうやって捻じ曲げたか、だよな?」

「その答えが、物語の改変、アレンジ?」

「ああ、そうだ。理解力が高くて助かる」

 長谷川さんは頭がいいようだ。髪は半分無いが。

「オレたち全員が倒されて終わりってのは、オレたちにとっては不都合だ。だけどまともにやって逆転する方法はない、あそこはやつ中心の世界。だからやつが中心でありながら、やつを確実に倒す方法をオレは取った」

「そういえば、自己犠牲っていってましたね」

「聞いてて助かるな。ああ、そうだ。決まり手はだ」

「自己犠牲なら物語の終わりとしては美しく泣けます……だから、ですか?」

 長谷川さんは天才かもしれない。完全な答えにたどり着いたのだから。

 あの時、同時ではなくオレが先にやつの胸を貫いたのも、会話パートを入れたのも、時間稼ぎをして焦らしたのも、全て劇的にし自己犠牲をより美しく確実な成功と見せかけたかったからだ。

 上手くいったのは運の要素も多いが、あとは計算。オレってすごいだろ? ……なんて大ぴらに言えない理由があった。

「ただこれは仮定に過ぎない。上手くいったのもたまたまかもしれないし、次は同じ手でいっても上手くいかないかもしれないし、そもそもはなはだ勘違いかもしれない。……まあ可能性の一つとして捉えてくれたらそれでいいと思う」

 ご傾聴ありがとうございます。話はあとほんのわずかだと思うので、最後までお付き合いしてもらえたら幸いかと。

「……倉科さんの考えが合ってるかどうかわかりませんが、可能性としてはあるかもしれませんね」

「一笑に伏せてもいいんだぞ?」

 そしたらハゲ頭を叩くだけだし。だが長谷川さんはあざけるようなことはしなかった。

「僕も薄々変だと思ってたんです」

 頭が? というツッコみは抑えた。

「あの時僕も何かに操られたようにセリフを言い、覚醒した彼に突っ込んでいきました。怒っていたのは確かですが、内心負けると思っていましたから」

「そう、だったのか」

 あの時感じた「やばい」という感覚は、負けるとわかった台本をなぞってたからのようだ。

 ……ここで一旦間が空く。それは全ての話が終わったから。そして、遠回しにしていたもう一つの話をどちらから切り出すのか、通話はどちらから切るのか迷うように、互いに推し量っていた。

 このままでは話が終わらない、それを現実にしないため、オレから話を切り出した。

「ところで、オレ……魔法使いにまだ成れるのか?」

 ……その答えは返ってこなかったが、ちゃんと聞こえたはず。ならばその無言が全てを語っている。

 察したところで長谷川さんは語り出す。

「……倉科さんは確かに死にました。ですが生き返りました。ですが生き返る際、全ての魔力を使い果たしました。魔力が無くなってしまったら、もう魔法使いには」

「まあそこまで魔法も万能じゃないよな。死んだのに生き返ったんだから、めっけもんだよな、うん」

 話を途中で切ったような形になってしまった。

 別に大して悲しくはないのに、そう思いバツが悪そうに何も喋らなくなった長谷川さんには悪いことをした気になる。

 すぐに「違うんですよ」と笑い飛ばせればよかったのだが、声が出せなかった。少なからず思うところがあるのだ。上手く言葉にはできないが。

「長谷川さんが気にすることじゃない」

「ですが、」

「誰かがやらなきゃいけなかった。でもあの場で動けたのはオレだけで、殺り合うしかの勝利はなかった。仕方ないことだったんだよ」

 オレ自身としては敗北だがオレで言えば勝利。だから気にすることないと思うんだが……。そうもいかないんだろう。

 だから、

「だったら今度奢おごってくれよ。それでチャラにしよう」

「……そんなことでいいんですか?」

「そんなことぉ? オレがどんだけ食えるか知らないで言ってるセリフだな。余裕かましたこと後悔させる自信あるぜオレ」

「それは、怖いですね。お手柔らかに頼みます」

 たぶん、まだ気にしてるだろう。だけどたぶんこれで割り切れると思う。償いとしてはとても安易に思えるが、大人にとって驕るという言葉はは全てを解決してくれる魔法の言葉なのだ。

「そうだな。祝勝会を奢りの場としよう。おやっさんも呼んで」

「いいですね。僕一人より二人の方が安く済みますし」

「それはおやっさん次第だがな」

 その言葉の意味を察し、悲しいような呆れたような笑い声が電話越しから聞こえた。他人のことなどどうでもいのだが、少し安心した。

 本当は呑みに行くのも食べに誘うのも好きじゃないんだが、たまにはイベントごとをしてもいいだろう……と、そんな気になった。


 魔力を失い、魔法使いに成れなくなったオレだけど、少し寂しさはあるかもしれないけど、別に大したことはない。

 オレは生きてる――このゴミのような社会でだけど。生きてるからには少しくらい楽しいことがあるだろう、そうして今日も生きていくのだ。

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