第7話 前哨戦、中ボスはやはりボス

「ところで、なんで堕剣エクスカリバー? 聖剣じゃないの?」

「それは僕たちの立場が関係してるんですよ」

「立場?」

 今日も今日とて3人で戦うために眠らない夜の神橋しんばしを散策中もとい珍道中。酔っ払いや酔いどれたちが闊歩かっぽする町の中、敵が出るまでの間ヒマだったので聞き忘れていたことを会話のネタにした。

 なぜに毎回夜なのかというと、昼間は仕事をしているから。休日はどこか出かけず家で休みたいから。社会人は大変だ。

「僕たちは傍目から見れば、結婚しない国民の義務を果たさず生産性のない低所得者風情です」

「ぼこぼこに言うねえ」

「富裕層や既婚者は少なからずそう思ってますよ」

 やけに卑屈な考え方だな。過去に何かあったのだろうか? 全く興味はないが。

「つまり僕が言いたいのは、僕たちが民主主義でいうところの少数派、すなわち否定される側なんです。多数派が善で少数派は悪、ということです」

「そう、なんのか」

 人は子供を作らなければいずれ絶える。それは人に限らず生物全体の話なのだがこの際それはどうでもよく。DTを貫くというか、結婚しない子供を作らないオレたちは長谷川さんのいう生産性のない非国民となる。

 でもだからといって、オレたちにだって選ぶ権利があり個人の自由は尊重すべきである。身勝手であっても、生産性が無くとも。人が人であるために。

「ちなみに、魔法は個々人で違い、その人の性格を映す形となるみたいです」

「ふーん」

「僕は、堕剣エクスカリバー。憧れてたんですよ、伝説上の勇者に」

 長谷川さんは中二病ということか。あの頭で。

「おいらのバッカスボトルっつーのは酒の神様バッカスからきてる。三度の飯より酒が好きなおいらにゃあぴったりの得物だろ」

 自慢げに言ってるがただの吞兵衛でアルコール依存症。ロクでもねえな。

「ということは、オレの武器も何か意味があるのか……といっても無いけど」

 メリケンサックか、せめてグローブか何か出てくれればわかったかもしれないのだが。生憎あいにくオレは素手。2回攻撃のモンク。

「不思議ですねえ。武器が出ない魔法使いなんているのでしょうか」

「現にいるだろ、ここに」

「普通は武器があるものです。ですが倉科さんは素手。しかも大きな見込みのありそうな素手」

「別に素手を強調しなくていいから」

 みんなに武器があることを羨ましがってる人みたいになってるのでやめてほしい。

「たぶん下の毛が生えてないツルツル包茎だから武器が出ないんじゃねーのか」

「包茎かどうかは今関係ないだろっ」

 下品なおっさんだなおい。上の毛が生えてないやつに言われたくない。

「ま、いつかわかんじゃねーの。正直どうでもいいが」

「語尾のが本音だろ。……ったく」

 今考えてもわからないことはあとで考える。どうにも負け犬な思考な気もするが、オレは嫌いじゃないので文句をこれ以上いうのはやめた。

 そんな話の終わりを待っていたかのように、敵が現れた。

「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!」

「こいつって……」

 現れたのは以前戦った赤鬼。これが黒鬼になると思うと憂鬱だ。

 以前という言い方をしたのは、あれから幾何いくばくかの時が流れ、何戦かの経験を経ていたから。とくに面白味のない戦闘シーンはカットさせていただきました。

「畳みかけて倒しましょう」

「おう」

 長谷川さんのかけ声を起点にそれぞれ武器を出す。もちろんオレは素手。

「んじゃま、いつものようにおいらと長谷川で攻めっから、間髪入れずにあんちゃん頼むぜ」

「そのままやっつけちゃってもいいんですよ」

「はは。善処します」

 冗談のように聞こえたのかもしれないけど、オレは至って本気。苦労したくないタイプなので。

「雷切り!」

「火炎弾!」

 両者ともに投擲とうてき技で赤鬼をけん制。それじゃあ倒せないじゃんと心の中でぼやきつつ、一気に距離を詰めて、殴る!

「なっ」

 隙をついたつもりだったが、赤鬼は金棒でオレの拳を止めた。

 さらに今回はいつもと違った。

「……ヤル、ナ、ギャクゾクドモ」

「なっ、喋ったぞ!」

 今まで雄叫びや悲鳴しか上げてこなかった化け物が人語を喋った。そのあり得ない出来事に驚き後退する。

「どういうことだ? あいつ喋ったぞ。わかるなら説明しろ」

 想定外の外だったのでパニックで敬語を忘れる。まあいつもタメ語だけど。

 オレの言葉が聞こえたのかいないのか、二人はとても険しい表情を浮かべ、その後どこか緊張した面持ちで口を開く。

「ついに、来たみたいですね」

「おうよ。より一層気を引き締めていかねーとな」

「おい、何が来たんだよ! 説明求む」

 ハゲ二人はここでようやっと気づいたらしい。

「あの敵を倒したら、おそらく本番です」

「本番? 今までリハーサルだったってことか」

「そういうことでもないんですが」

 眉間にしわを寄せ説明しづらいといった様子。そこに大雑把なオヤジが入る。

「今までのは前段取り。今目の目の前にいんのが導火線、んで次に現れんのが爆発、つまり……幹部・核だ」

「マジか」

 そう言われても実感がわかないが、いつものように気になったことを聞く。

「幹部のこと核って言ってるが、どっちなんだ?」

 幹部なら幹部、核なら核といえばいいのになぜかいつもニコイチでいう。地味に気になっていた。

「幹部にとっての核、っつー言い方が正しいかな」

「どゆこと。まだイマイチわからないんですけど」

「あー……こういう細かいのは、長谷川」

 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。

「リア獣やインコペテンスデパートメントは、」

「ちょちょちょ、ちょっと待って」

「話を中断してどうしました?」

 その顔はどこか不満そう。いつも温厚な人とはいえ、説明を中断させたことに少し怒っているのかもしれない。

「そのインなんちゃらってやつなに? 何なの? オレ横文字苦手なんだけど」

 老人よりはわかってるレベルなんで、意識高い系のにわか知識にも劣る。

「ああ。インコペテンスデパートメントっていうのは、無能部長という意味です」

「へー無能部長ですか。無能部長⁉」

 あの強さで無能⁉ いや部長だから無能でも強いのか、部長だから鬼なのか……どうなってるんだ世間⁉

「敵の強さは世間への影響力が関係してます。だから無能な部長でも社員よりは強いんですよ」

 わかったようなわからないような。てか、今まで戦ってたのって社員だったのか。

「話を戻しますが、リア獣やイン……無能部長は、幹部がばらまく破片、いや切れる手足のようなものですかね。削ることに意味はありますが決定打にはなりません。ですが核は違います。核はいわば幹部の心臓。それを倒せば世間という組織を大きく揺さぶれます」

 最後に勝てれば、の話ですがと小声で付け加えたのを逃さなかった。

 なぜ聞こえないような声で言ったのか、心にしまっておかなかったのか。そこには自信の無さと一抹の不安が見え隠れしている気がする。

 勝てるかどうかわからない敵。でも倒さなければいけない敵。楽な道を通らず意地を通すと決めた人に逃げ道はないのだ。……難儀なことだ。

「では、そろそろ」

「行きましょうかねー」

 気持ちを切り替え武器を握り直す二人。オレも何となく気を引き締める。

「ウゴカナイナラ、ワレカラヤッテヤロウ」

 こちらの会話が終わるまで待ってくれたかのように喋り出し動き始める赤鬼。どこのアニメだよ!

 宣言した通り行動する赤鬼。のそのそと動くかと思いきや、やはりそこは前回戦った時のやつと同じで高速移動。気づいた時にはオレの目の前にいて、天に掲げた金棒を勢いよく振り下ろしてきた。

「まじかっ――ぐっ」

 避けられないと思い両手を交差してガード体制。結果としてそれは間違いだった。

「……んだ、こりゃ、あ⁉」

 威力は大したことない。痛くないわけではないが骨が折れるほどでもない。だけどオレは膝をついた。それどころかそろそろ押し負けそうで、ミンチも時間の問題。

 今オレの頭を占めてるのは死の恐怖、ではなく疑問。何かがおかしい。

 力負けしているのは確かだけども、どうにも腑に落ちない。膝をつくほどの圧ではないのだ。でも実際そうなっている。

 なぜ? どういうことだ?

 その答えは、赤鬼が親切にも教えてくれた。

「ドウダ、ワレノ、パワハラ、ノ、アジハ」

「パワ、ハラ?」

 ここでいうパワハラはパワーハラスメントの略であっても、意味合いが違うんだろう。

 考えられるのは一つ。――敵の技、なんだろう。

 だけどわかったからといって、どうしようもない。この状況を自力で打破できないのだから。

 このままここで終了か……なんて考えていたら、突然圧力が和らいだ。いや無くなった。

 見れば長谷川さんが横合いから斬りつけ、赤鬼をオレの正面からどかしてくれた。

「大丈夫ですか!」

「ああ、なんとか。ありがと」

 いえ、とだけ言い微笑む紳士。惚れるかと思ったぜ。

「戦えるかあんちゃん?」

「残念ながら、まだ休むには早い感じ」

「悪態吐くくらいには元気っつーことだな」

 戦闘続行。ここで逃げるなら魔法使いっやってない。

「つか、今のなんだったんだ? パワハラって言ってたけど」

 独り言のつもりで言ったのだが、長谷川さんが応対してくれた。

「あれは攻撃した際相手の筋力を弱める敵の技のようです」

「そうなのか。汚い技だな」

 なるほど。他人を貶め弱らせる攻撃をする。パワハラとはよくいったものだ。

「近づいたらパワハラやられるってことは遠くから攻撃しろってことか?」

「あの硬さでは遠距離攻撃はさほどきかないんじゃないでしょうか」

「じゃあ、遠距離と近距離を絡めてやるのがいいかもな」

「それならやっぱオレが近距離っすよね。はいガンバります」

「危なくなったら僕が助けますから」

 リスクが一番高い役をやるのはやはり気分がよくない。だけど遠距離攻撃なんてできないんだから必然配役が決まってしまう。

 これほど自分がスナイパーでないことを恨ましく思ったことはない。

「雷切りっ」

 長谷川さんの迸る雷撃がとび、オレも追随するように走る。棍棒を盾のように構えて防ぎすぐさま振り上げて攻撃体勢に移行するのを目の前で見る。再びパワハラを使うのだろう。

 だけどその攻撃はキャンセルされた。おやっさんの火炎弾がとんできたのだ。オレは攻撃の緩んだ隙を逃さない。すかさず全力の拳をたるんだ腹にぶちかます!

「おるあっ」

 腹から背中に突き抜けるような一撃。

 身体に空洞を作り上げる一撃は、だがそうはならなかった。

「……やっぱ、前のやつとは全然違うな」

 どてっぱらに決めたと思った一撃は、金棒で防がれていた。

 その超速な反応に舌打ちしてすぐに後退する。

「全っ然勝てる気しないんだけど?」

「あんちゃんもっと本気出せよ」

「明日から本気出す……じゃなくてっ。十分本気なんだけど」

「前みたいに腕を落としたらどうですか?」

「腕じゃあ躱される気がするんだけど」

「じゃあ足ならどうだ」

「足か……いけるかも」

「そんじゃあそれで」

 作戦行動が決まったところで動き出す。

 なにか表情やら心情やら周りの風景やら語れれば小説っぽくなるのだが、戦闘中での作戦会議なんて実際面白味なんてないのでご容赦。

「火炎弾っ」

 今度はおやっさんからの攻撃。複数の炎が赤鬼の足元に落ち煙幕と黒煙を上げる。直接来るのだと金棒を構えた敵は慌ててるところだろう。

 煙で視界が悪くなった隙をつき、渦中にとび込み足を狙う。

「せいっ」

 よし。今回は棍棒で防がれた感触はない。

 突き抜ける拳を確かに足に入れたのを確信すると、煙が晴れる前に飛び出す。そして様子を見る。

「どうだ。どんな感じだ」

 煙が晴れると膝をつき顔を歪ませる赤鬼がいた。

「よっしゃ成功したぞ」

「戦いは終わってない。油断すんなよ」

「おう。万事には備える」

 死にかけじゃないとはいえ、どんな悪足掻きをするのかわからない。油断しないに越したことはない。

 赤鬼は棍棒を支えに立ち上がる。前のように砕くよう殴ったのだが、そこは失敗したみたいだ。

「ヤ、ヤルヨル。ヤリヨル、ギャクゾク、ダナ!」

 遠くにいるのにつんざくような叫び声。まだ全然体力は削れてないらしい。

「モウ、アナドラン!」

 その声は怒りに満ちており、そして何かしかけてくるのだと思った。

「みなさん、気をつけてください!」

 オレと同じように察知した長谷川さんの警告は、すでに遅かった。

「クラエッ、サビザン!」

 金棒を垂直に持ち上げそして勢いよく地面に突き立てる。突き立てた棍棒から不可視な何かが波紋を描くように広がりこの場全体に伝わる。

 そしてものすごい脱力感がオレたちを襲った。

「身体が、だるっ」

「老骨には響くわい」

「また、いやらしい技を使いますね」

 地面に伏せるとまではいかないものの、つい座りたくような疲労感を覚える。

 だけど一番の問題は自分らではなく赤鬼の方にあった。

「なんか、元気になってね?」

 拳を入れた足に苦痛を感じていたように見えたのだが、今はあっけらかんとしてる。まさかとは思うのだが……、

「回復してますね。といいますか、吸収されたのかもしれませんね」

 なるほど。上が下を搾取する意味合いが込められてるのだとしたら、サビザンとはよくいったもんだ。

「驕りで使わなかった可能性もあるが、なんとなく連発できない技な気がする」

「気がする、なんて希望論で語るのは危険だぜ」

「他にまだ技があることを仮定すると、警戒を強化して戦った方がいいかもしれませんね」

「おっかなびっくりの戦い方はやばくないか?」

「1対3だってのになんで不利なんだよ。ったく」

 最後は愚痴なんてかなり切羽詰まっているんじゃないか? マズイな。

 いやそもそも。なんでこんな苦労してんだ? 敵が強いからか? 嫌な技が使えるからか? オレたちの力が足りてないからか?

 ……なんかもう考えるのが面倒臭くなってきた。なんだか腹が立ってきた。ムカついてきた。

「ん? どうした、あんちゃん?」

「黙り込んで、どうかしたんですか?」

 2人がオレに気遣って話しかけてくる。優しいハゲたちだな。……でも今は、ムカついてるから、鬱陶うっとうしいだけだ。

 そもそもなんで気遣われなければいけない。放っておいてほしい。

 ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい!

 とにかくすべてがウザい! ウザくなってきた!

 なんなんだよ無能部長って! なにがパワハラだ、サビ残だ! ふざけんな!

 こっちは切り詰めて生活してるってのに、上司ときたら面白おかしく生活エンジョイしやがって! 社長に関しちゃ、毎日毎日オレたちじゃ買えないような高級車で来やがって! 恨まれるかもしれないの知ってて乗ってきてんのか! 見せつけんな! 少しは下の人間のことも考えろ! 自分の短いものさしで測んな!

「……くそくそくそっ」

「お、おい、あんちゃん?」

「倉科さん?」

 なんだその目は? 何に戸惑ってるんだ? 不穏なオレにか? 豹変にか? 異常な雰囲気にか? 

 なんもかんも、誰も彼も、全てが全て、ウゼええええええええええ!!!

 ――心の中で怒りの叫びが爆発した時、オレの中の今まで入れたことのなかったスイッチがカチリと音を立てて切り替わった気がした。

 それに名前を付けるのだとしたら、それは……、

「ホント――ウザいんだよおおおおおおおお!!!」

 何も考えず、ただ真っ直ぐに赤鬼へと突っ込んでいく。

「オロカナ。ヒトリデ、ナニガデキヨウ」

 どこまでも愚直な疾走をやつはバカにしたようだが、どうでもいい。後ろで2人がオレのに泡を食らい、そして心配してようが、どうでもいい。

 今はただ、赤鬼をぶっ倒せればそれでいいと……なぜかそれしか考えていなかった。

 赤鬼が無造作に金棒を振るう。うすのろとしか思えない攻撃を流れるように避け懐に入り一撃をキメようとしたが――目の前から忽然と姿を消した。

 攻撃を避けた瞬間、ニヤリと唇の端を吊り上げたのが見えたのは、オレの攻撃を予測し瞬間避けるためだったのだろう。

 気がついた時にはもう遅く、赤鬼は背後で金棒を振り上げていた。したり顔が目に浮かぶ。

 ――だが。赤鬼は金棒を振り下ろすことはなく、あろうことかよろけながら2・3歩後退した。

 ……一体何が起きたのか?

「グ、キサマァ!」

「オレの蹴りを食らってまだ叫ぶ元気があるとはな」

 白々しく知らないふりをしたが、実行者はオレ。

 赤鬼が背後に回って金棒を振り上げる瞬間、高速で回し蹴りをかました。力を込めたはずなのによろける程度だったのは誤算だったが。

「モウ、キサマニ、カゲンハ、セン!」

 怒号が波動っとなってオレを前に吹き飛ばす。中空で向き直りつつ、相手の様子を観察する。

 予想していた通り、赤鬼の身体に大きな変化が起こっていた。以前見た鬼のように全身黒く染まっていた

「ワガ、シンノスガタニオノノキ、シンノチカラノマエニヒレフシ、ソシテ、シンデユケェェェェェ!!!」

 再び怒号の波動をオレにぶつけてくる。もちろんオレはそんなものではもう吹き飛ばされなければ臆しもない。

 それは赤鬼もとい黒鬼はもわかっていたようで、すぐに攻撃ををしかけてきた。

「クラエ、パワハラッ」

 間にも止まらぬ高速移動でオレの眼前に現れた黒鬼は間髪入れず金棒を振り下ろす。そんなお決まりになったパターンの攻撃でも、パワハラによりオレの筋力は下がり避けられない状態に。

 だった取る道は一つ、

「うおるぅあっ!」

「ヌッ!」

 筋力が落ちきる前に、一旦しゃがんでから拳を救い上げて跳ぶ、俗にいうアッパーカット。

 普通なら拳ごと粉砕されるが今のオレは魔法使い。重厚な金棒を押し返し相手の度肝を吐いた。もちろんその隙を逃しはしない。

 半分仰け反った敵の膝を足場に上段回し蹴りを幹のようなぶっとい首にかます!

「どっせいっ!」

「グオッ」

 砕く気負いで蹴り上げた技は残念ながらそこに至らず、だけど黒鬼を頭ごと地面に叩き落した。

 さすがに今のがノーダメージであるはずがない。その衝撃はコンクリートを粉砕する一撃だったのだから。

 黒鬼は首を左右に振りながら立ち上がる。今のでは倒しきれてないとわかっていたのでそこはいい。

 ダメージを積み重ねて倒すのが長期戦というものなのだから。

「チョウシニ、ノルナ!」

 怒りを最高点まで膨れ上がらせた黒鬼は金棒を天に掲げる。間違いなくサビザンを使うのだろう。

 またそれか……心の中で舌打ちをしていた。体力が一定以上減ればその技を使うのはなんとなくわかっていた。

 だけど今の舌打ちの理由は、不利な振り出しに戻ることでも、ワンパターンすぎるつまらない戦いでも、最悪なサイクルになろうとしてることでもなかった。

 ……それは怒り。大層な理由もチンケな言い訳もない、ただの怒り。

 オレは心に怒りの炎だけを灯し、そして疾る。

「クラエ、サビザ――」

「砕け散れ、金食い虫!」

 社会に蔓延る全ての無能部長にぶつける一撃!

 天から地に落とす直前、波紋が広がる寸前、オレは跳躍し、そして相手の頭を掴み引き寄せると、平社員の苦悩を込めた膝小僧を相手の顔面にたたきつけた!

「ンゴホァッ」

 声にならない悲鳴を上げその場に崩れる黒鬼。サビザンを未然に防ぎ不発に終わらせる。

 本来なら今の一撃は痛打となり次の戦いを有利に進めるためのものだと思われるだろうが、違う。

 今のは必殺の意味合いを込めた膝蹴り。そしてその膝蹴りは、黒鬼の顔を頭ごと粉砕し、首から上をごっそりもっていった。

 ――つまり。首から上を無くした黒鬼はもう喋ることもできず、何一つ行動できず、そして首から黒い煙りを立たせて消えていった。

「……勝ったぁ」

 うるさいやつを黙らせたことへの快感と余韻に浸り天を仰ぎ立ち尽くす。

 東京の夜空は相変わらず星が見えない。明るすぎるのだ街の明かりが。

 人工衛星の光とおまけみたいな月を眺めながら冷静さを取り戻していく最中、地上の半月と満月、もとい長谷川さんとおやっさんがこちらに駆け寄ってきた。

 近くまで来たところで口を開こうとしたのが見えた。オレはその前に言葉を発する。

「すいません。勝手に突っ走って」

 2人が駆け寄ってきたのはオレの勝利を賞賛するためではなく、ワンマンプレイをしたことによる激怒と注意だと思った。

 3人で戦っても苦戦した敵に一人で戦ったのだ。しかも衝動で。一歩間違えばどころか勝算の見込みすらない危険な戦いに相談もなしに挑んだ。

 2人の身になって考えたら、無駄に戦力を失う痛打と仲間が消失する可能性による心配で胃を痛めたに違いない。

 さっきまで怒っていたオレよりも怒っていて当然だった。

 ……だが。2人はオレの予想の斜め上を行く変わり者だった。

「気にすんなってあんちゃん。勝ちは勝ちじゃねーか」

「結果を残しておいて怒るなんてありえません。むしろ誇って、威張っていいくらいですよ」

 すげぇ笑顔で賞賛してくれた。今にも拍手せんとする勢いで。

 その優しさが以外で目が点になる。

「やっぱ疲れてんのか? 無反応になっちまった」

「あれを1人で倒したんですから、疲れて当然ですよ」

 とんだ見当違いなことを言ってる。すぐに訂正したいところだが、別にそれでもいいやと、面白いので放っておくことにした。

 社会人になるとどうしても人を信頼しにくくなってしまう。足を引っ張られるんじゃないかあるいはその逆か。腹が立ったりいたたまれなかったりと神経をすり減らし続けることに疲れ、終いには無関心でいることで解決させてしまうことが多くなった。

 たぶんよくないことだというのはわかっている、頭では。だけど心は傷つくことを恐れ安寧を求め無関心の答えを出してしまう。

 だけど二人は違うんだろう。互いを信じそしてなぜかオレも信じてる。そういう人が上司だったのならオレもそう変われたのかもしれない。

 今すぐ変われなくとも、変わろうとする心がけをし、一歩いや半歩づつでも努力すればきっといつか、生きてるうちには変われるだろ。

 まずはその第半歩として、2人に話しかけてみようと思う。感情を隠さず。

「2人とももうちょっと頑張ってよ。これじゃあオレばっかりが苦労するじゃん」

「いい度胸だな、おい。それが年上に対してのセリフか?」

「年上であろうとなかろうと、ちゃんとリードしてくれなきゃ困るじゃん」

「くぅー。今の戦いに関しちゃ正論だから、言い返せないぜコンチクショー!」

「今のおやっさん、すごくかっこ悪いです」

「同じようにかかしだったお前にだけは言われたくないわハゲ!」

「ちょ、ハゲてないですよ! 今はまだ休んでるだけです」

 なんだか2人で面白いケンカを始めた。これが本当の不毛な話ってか? 自分に座布団一枚。


 このまま和気あいあい、大団円で終わるのかといえばそうじゃない。

 物語というのは往々にして、大きな波乱が巻き起こるのがセオリー。

 それが如何にして起こるのか、如何にして解決するのか。それが物語の醍醐味だいごみであり、当人たちにとっては最悪の出来事である。

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