第5話 新たな同士、同士になった覚えは無い
無視することもできたのだろう。なんせメアドも電話番号もラインも……ア、ラインは友達がいないのでやっていないのだが、とにかく住所は知られてるとはいえ連絡手段もロクに取りあえない状態なので逃げることも可能なのに、オレはのこのこ昨夜と同じ場所に足を運んでいた。
興味がないと言ったらウソになる。男の子ならば誰しも憧れるファンタジックな展開になろうとしてるのだから。
だけど今のオレは30を超えたおっさん。自分で言うのも悲しいが、夢を見るより現実にしがみつくので必死なのだ。
なので巻き込まれた状況ゆえ仕方なく、知らないふりをして痛い目を見るより知って対処することにした。
歩道橋の上で適当に待つこと数分、長谷川さんは時間ぴったりに現れた。
「待ちましたか?」
「まあ、そこそこ」
そう返答すると長谷川さんは首を横に振って残念そうな顔をする。
「ダメですよ。そこは『今来たところ』と、言わないと。女の子にモテませんよ?」
「悪かったな。モテてたら今頃結婚して、子持ちのパパだよ」
「そうですね。むしろ
どういう意味だよ? と口にしたかったが何となく答えてくれない気がしたのでやめた。
「それでこれからどこに行くんだ? こんな場所で話すわけじゃないんだろ」
夜とはいえこんな人通りの多い場所でわけはないだろう。戦ってはいたが。
「はい。もう一人の仲間の元で話そうと思います」
「仲間がいんのか?」
「はい。仲間がいます」
なぜオウム返ししたのかよくわからないが、ともかくそこに行くらしい。
例によってまたあとについていく。電車を使うのかと思ったが歩きだった。仲間とやらは八皇子の近くに住んでいるらしい。
歩くこと十数分。住宅地の端にある築50年以上はありそうな古いアパートの前に到着。まさかこんなあばら家じゃないよなと願っていたのだが、残念正解だった。ボロアパートのサビ付いてギイギイ鳴る階段を上り、全力で殴ったら壊れそうな木製のドアの一つをノックする長谷川さん。
「おう、入ってきていいぞ」
ドア一枚隔てた中からしゃがれた大きな声が返ってきた。うるさい系の人は苦手なのだが仕方がない。長谷川さんに従ってお招きされる。
「失礼します」
「遅かったな待ちくたびれたぞ」
中にいたのはオレの一回りも二回りも年がいってそうな、白いじじシャツに腹巻ももひきのおっさん。ついでに腹も二回りほどでかい。
そして何より目を引く豪奢なもみあげとひげ、頭の満月。今宵は月が三つある。
「すいません。時間通りについたと思うのですが」
「そうか? まあいいや、遠慮せず入って座んな」
「はい」
第一印象は汚い男の一人部屋。見た感じトイレはあるが風呂は無さそう。マジで古いアパートだな。
ぱっと見無神経そうなオヤジはオレに気づいた。
「お、そいつが新入りか?」
「はい。倉科大樹さんです」
「ども」
紹介されたので軽く会釈する。
「おいらは
「よろしく、お願いします」
なぜかまた頭を下げてしまい、長谷川さんに倣うように床に座った。座布団くらい用意しとけ。
体格がいいので怖そうな人かと思ったが中身は気さくな人物らしい。ただし酒臭い。だんご鼻が赤いので来る前から呑んでいたのだろう。
床にそのまま置かれた酒瓶、ガラスのコップ、おつまみ、転がってる空の酒瓶の数からして相当
「そんじゃまあ、全員揃ったところで、仲間が増えたおめでとう祝賀会を始めるとしよーや」
「おやじさん。始めるも何も先に呑んでたでしょ?」
「こまけけぇことは気にすんな。カンパーイ」
勝手に宴会が始まりオレも流れでグラスを受け取ると乾杯する。
「おめーも呑める口なんだろ?」
「ま、まあ。少しなら」
「ジャンジャン吞めや」
少しだけといった矢先に焼酎を満杯まで入れられる。この感じは飲み干したら次も矢継ぎ早に入れられるパターンだな。呑まなければ呑まないで変に構われるだろうから、せめてちびちび呑もう。
「んで。何から聞きたい?」
「いきなりですね」
正直自分勝手に酒だけ飲んで聞く前に寝るっていうオチかと予想してたが、いい意味で外れた。
「じゃあ、聞きますけど」
「まあ、まずは吞めや」
半分くらいしか減ってないのに継ぎ足された。そして呑むことを催促。正直ペースが速いとキツイ。一瞬でトリップする。
「いや、あのですね」
「どうした酒が進んでないぞ?」
まだ10秒も経ってないのにこのセリフ。吞兵衛め。
「まあまあ、おやじさん。倉科さんの質問に答えてからにしてくださいよ」
助け船を出すと同時に自分のコップを空にしてアピール。注いで貰ったらすかさず相手のお酒も注ぐという、なんて策士のフォロワー。長谷川さんによいしょしてもらったらさぞかし気持ちがいいのだろうな。
おっとそれよりも。せっかく機会を与えてもらったのだから無駄にしないよう聞かなければ。
「あの、魔法使いって何なんですか?」
「そのまんま、魔法を使う男だ」
「男限定?」
「そうだな。魔法を使う女は見たことない」
まるでフラグのようだが、今はどうでもいい。
「じゃあ、魔法っていうのは?」
「魔法は魔法だ。科学じゃ証明できない超常現象。……つか、つまんねーことばっか聞くなよ」
「すいません。気になったらとことん知りたくなるもので」
少し怒らせてしまったので、酒を一気に飲み継ぎ足してもらう。ご機嫌+1。
「じゃあその、魔法使いになる条件ってなんなんですか?」
「おい、長谷川。お前そんなことも教えてなかったのかよ」
「すいません。なんか言い辛かったですし、聞かれなかったもので」
ちょっと人のせいにされたけど正論でもあるので黙っておく。
「隠したって無駄だろ。避けて通れない事実なんだからよ」
「そう、ですよね」
そう頷く長谷川さんの表情にはなぜか影が差す。
どういう事情が待っているのだろう。覚悟しておこう。
「魔法使いの条件っていうのは、ですね」
「ごくり……」
「30まで童貞を守ってきた人なんです」
「……」
どう反応していいのかわからない内容だった。
「つまりあれだ。『30まで童貞を守ると魔法使いになれる』っつー噂が本当だったってことだ」
「そう、なんですか」
本当に反応しづらい。魔法使いになれることを喜んでいいのか、30まで女性と大人な関係になれなかったことを恥ずべきなのか。
「ということは、お二人もまだど、DT?」
「おうよ」「まあ」
二人とも間もなく頷く。どうやらDTは恥ずべきことではないらしい。
「倉科さんが魔法を使えるようになるには、あとは覚悟だけじゃないでしょうか。頑張ってください」
ナニを頑張れってんだ。自家発電の夜営か?
「それはそれとして。あなたたちが戦ってる組織、『世間』でしったっけ? それってどういうものなんですか」
「世間っつーのは大衆。そこら中にいる一般市民だ」
「それってどういう」
「どうもこうもねーだろ。この国に住んでる人間全員だよ」
その事実に唖然とする。
「オレ、いつの間にか、世間っていう組織の一員だったんだ」
「いや。おいら達の同士になった時点でお前さんはもう世間の一員じゃねぇ。正確には、世間の反対派だがな」
とんでもないものを敵にしてしまったようだ。……というか同士になった覚えは無いんだが。
「自分たちの目的は、世間の壊滅、ということなんですか?」
あ、自分たちって、自ら同士と認めてしまった。
「いんや。そこまでデカくはない。そんなことすりゃあこの国が崩壊すっからな」
「そうなんですか?」
「意外か?」
「い、いえ」
思いが驚きとなって顔に出ていたらしい。
てっきり最後は世界征服! なんていう悪の軍団かと思っていたので少し意外だった。
「じゃあ、目的というか最終目標は?」
「幹部・核の抹消だ」
ずいぶん物騒なものいいだな。だけど疑念が生まれる。
「幹部というとトップを殺すってことですよね? でもそれじゃあ結局、国の崩壊は免れないんじゃあ」
「それがそんなことはないんだな」
意味あり気ににやりと笑みを浮かべ、酒を一気に飲み干す。
「殺るとは言ったが、トップを殺すとは言ってない」
「え」
オレのこの驚く反応が見たかったのか尾槍さんの笑みが濃くなった。けっこういやらしい。
「つまり、」
「つまり、最終決定権を保持するトップではなく多数いる孤立支援案を強く支持する幹部・核を抹消させることが目的なんです」
「セリフ盗んなよ」
尾槍さんもといおやっさんが長谷川さんの肩をドツいたところで、目的を理解した。
だけどまだ疑念のすべてが払えたわけじゃない。
「でもその幹部・核? とやらを抹消しても、また第二第三の支持者が出るんじゃないですか?」
「それはない。いや、させないだな」
その物言いはまるで自分が次の幹部になるというような予感がしていたが、結果的には違った。
「おいらたちが奴らを魔法で抹消すことで陰謀は阻止できるんだ」
「は?」
「本来賛否両論の考えになるはずなのに、今は是に傾いている。その不自然な流れは魔法で断つことにより正常に戻る」
「ただまあ、それでも可決してしまうのなら……その時は諦めてください。残念ながらそれが自然な流れなので」
まとめると、最終的には流れに任せるしかないが今は誰かの故意によって歪ませられている、ということなのだろ。
言ったら怒られるかもしれないが、言わずにはいられないので一応言う。
「それって、オレらじゃないとダメなの?」
「良いも悪いもないぜ。ただ、今のまんまじゃおいらたちにとって最悪の未来しかないってだけの話よ。変えられるかもしれないのに、な」
変えられるのかもしれない――戦いを後押しする理由はいっつもそんな妥協の一言な気がする。
妥協こそがこの社会を生きる術、と言いたくはないが現実は非常に厳しい。悲しいかな妥協や諦めが、か細いけれど光明が差す道を開くことがある。
「つまんねー話もここまでにしようか。酒のつまみはまだあるがな」
暗くなりかけた空気を晴らすような寒いオヤジギャグ。社交辞令でも苦笑いだよ。
「んじゃまあ、今から一狩り行くかねー」
「え、今からですか⁉」
長谷川さんが驚くのも無理はない。元時刻午後11時。
「なんだもう疲れてるのか?」
「いいえ、そういう理由ではなく、今の時間ではリア獣は出現しないのでは?」
「リア獣って出現する時間があんのか? てかそもそも、リア獣って何?」
リアルな獣の略称で2対のワンコなのは知ってるが、それ以上のことはよくわかってない。
「リア獣っつーのは世間が遣わす人間が化けたもんよ。だから人通りが少ない場所には出にくく、多い場所では出やすいんだぜ」
「ですので、この時間帯では人が少ないので出るかどうかわからないというのにおやじさんときたら。無駄骨になりかねませんよ」
そうなのかと素直に頷こうとしたが、そこには盲点があるような気がして、それを口にする。
「飲み屋とかコンビニに行けば会えるかもしれないんじゃないか?」
「残念ながらその可能性は低いです。なんせリア獣の正体は、リア充なんですから」
へぇそうなんだぁと感心しかけたところで昨日のことを思い出した。
「(リア充?)」
「(いいえリア獣です。決してフレンズじゃないんで注意してください)」
「リア獣=リア充なら、漢字違いだけど同意語じゃねーか。その時説明しろうよ。反省し損じゃねーか」
「正確には違うじゃないですか。でも、すいません。たとえ相手が勝手に誤解していたからといって、こちらから謝罪すれば円満解決するのなら、いくらでも謝ります」
「いや、うん、まあ、もういいですよ」
大人な対応を取られ、子供なオレはしどろもどろ。今度からせめてもう少し考えてから文句を口にしようと反省する。
「話は終わったか? じゃあ行くぞ」
こちらの話が終わったタイミングで話しかけてきてくれるところに微かな思いやりを感じるのだが、
「いえいえ。腹ごなしか酔い覚ましか知りませんが、やはり今の時間はいないと思うのでやめましょうよ」
「ごちゃごちゃうるせーなハゲ。これだから理屈派は頭が固くて困るんだよ。とっておきたいとっておきの穴場があるからついてこい」
「……わかりました」
ハゲにハゲといわれる気持ちはどんなものだろう。そういえばオレも生え際が若干後退してるので50代くらいには長谷川さんくらいにはなってるかも。
ハゲ親父にハゲと言われたハゲ川さんは半信半疑だという面持ちだけど、年長者のいうことには素直に従いついていくようだ。
オレも生え際を気にしつつ、夜の戦場へと繰り出すことにしよう。
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