第4話 実戦、逃げにくい口上

 自宅を出、アパートから離れ、ついていくこと20分。そこはオレん家の最寄り駅だった。

「ここか?」

「いえ。ここから電車に乗ってある駅で降ります」

 まだ途中らしい。言うがまま電車に乗り、そして辿り着いたのは……、

八皇子はちおうじじゃねーか」

「知ってましたか」

「都民なら誰でも地名くらい知ってるし、ましてや乗り継ぎの駅だし」

 勝手知ったる場所というのはオーバーだが、それなりには知ってる。

 駅近くは賑わっているようだが、駅から離れると案外田舎で小さな町工場なんかもあるところ、といった感じかな。

 深夜近くの時間。店は大分閉まっていても駅構内を歩いていると、ちらほらいろんな人とすれ違う。スーツ姿の紳士淑女、近寄りがたい強面の漢、千鳥足のおじいさん、相も変わらずうるさい大学生の塊。……まだまだ町は眠らないようだ。

「ここです」

 ようやく目的地に到着したかと思うと、そこは八皇子駅まん前の歩道橋の上。いろいろな道に階段という名の足を延ばす蜘蛛のようにも見える橋。近くから見下ろすとバスやタクシーがもぞもぞと動いていた。

「魔法使いって言うから瞬間転移とかルー〇とかでばばっととんでいけると思ったんだが?」

「ははは。ひとえに魔法使いといってもそこまで万能ではありません」

「ただの薬師とかってオチか?」

「いえ。そこはちゃんと超常的な力を振るうという意味の魔法使いです」

 余談はこれくらいだった。実戦という名の本番はいきなり始まる。

「来ましたよ」

 「何が?」ときく前にそれはやってきた。

 いつの間にか近くにいたそれに驚く間はなく、こちらに気づくと早速向かってきた。人間大の大きさに頭が2つの獣。それはまるで神話に出てくるような……、

「僕たちはリア獣・オルトロス、と呼んでいます」

 頭が2つなワンコは鋭い歯を剝き出しに迫ってくる。それは間近で見るとより凶暴さを鮮明とさせ恐怖を掻き立てるのだが、一つだけ気になる点が。

「リア充?」

「いいえリアルな獣と書いて、リアです。決してフレンズじゃないんで注意してください」

 なんだ漢字違いの別ものかと、自分の勘違いを恥じる。

 オレの反省の最中、2対のワンコは食いちぎらんとする牙群は鼻を掠めそうな距離まで詰める! が、鈍い金属音と共に止まる。

 眼前で立ちふさがる長谷川さんがいつの間にか手にしていた鈍く輝く剣によって目前まで来ていた死はせき止められていた。

 そのあまりにも現実飛び越えた光景に思わず叫んでいた。

「魔法使いなのに剣か!」

「そっちぃぃぃぃぃぃ⁉」

 いいツッコミをしながら獣を前に弾き飛ばす。器用だな。

「いやすまん。変身シーンとか詠唱とかそういうモーションがなかったからつい変な反応をしてしまった」

「それが理由とは思えませんが……魔法を使うのに何か特別なことが必要でないのは確かです」

 話しながら器用に戦っている。慣れているのだろう。その後も説明と戦いは続く。

「僕たちのいう魔法とは先程も言った通り、超常的な力を振るうという意味です。映画で目にするようなローブに杖といったものや、アニメで見るようなセーラー服をアレンジした特別な衣装は必要ないんです」

「そりゃあよかったよ。あんな見た目が痛々しい格好したくなかったからな」

 詠唱は中学二年生の時分、散々唱えたので間に合っている。

 ……それよりも。これだけ激しい戦闘、というか魔物討伐モンスターハントをを慣行しているのに周りにいるやつらは誰も気にしてない風。この感じだとこの戦いがオレたち以外には見えてないのかもしれない。

 そのことについて尋ねたいところだが、現在戦闘中。自分から話しかけてもいいのかと躊躇ちゅうちょしてしまう。

「とはいっても、ただで使えるわけでもないんです。はぁっ!」

 長谷川さんの剣から眩しいほどの雷が迸り、上段斜めから斬り下ろすと斬撃が飛び2対のワンコに衝突。小さく悲鳴を上げて仰け反るも、まだくたばってはいなかった。

「心の中で自分の思想を象り、そして現実としてかたどるんです。雷切り!」

 再び雷を帯びた斬撃波。今度のは避け、転進2対のワンコが襲いかかってくる。

「くっ、倉科さんも魔法を使ってみてくださ、いっ」

「いや。いきなり言われてできたらオレ既に魔法使いになれてると思うんだけど」

「それもっ、そう、ですねっ」

 上手くかわすが2対のワンコの猛攻が続く。ここで勝負を仕掛けてるようだ。

 長谷川さんは防戦一方のように見えるが、避けながら何かタメているよう。決着は間近だろう。

 そしてついにその時が――先に動いたのは、2対のワンコだった。

「ガウガウガウガウガウッ」

 二対のワンコが織りなす嚙み砕く攻撃。見るからにあくタイプっぽい激しい噛みつきは長谷川さんをボロ雑巾のごとく変えようとする。

 だけどその時、長谷川さんもまた動いた。雷切りなる技のときとは比べものにならないほどの雷を身体ごとまとい、そして叫ぶ。

「雷迅!」

 激しい閃光と爆音を鳴らしながらの突貫。迸る雷は地面を砕き、その雷光は太陽よりも眩しい!

 鋭い牙と雷の剣が交差する。そして決着! 勝者は――、

「ぐっ……」

 長谷川さんが苦悶の表情を浮かべ片膝をつく。つまり、勝ったのは……。

「キャウーン」

 2対のワンコは悲鳴上げ、黒い煙となって消えた。長谷川さん勝利。

「ふぅ。余裕で倒せましたね」

 無い前髪をかき分けそんなことを抜かす。そうは見えなかったが本人がそういうんだから尊重してあげよう。

「加勢してくれてもよかったのですけど?」

「だから魔法使い方わからいない、てか、魔法使えるかどうかもわかんないんだけど」

「それは大丈夫です」

 何を根拠にと言い返す前に、

「あなたにはその資格があります。さあ、共に戦いましょう!」

 グッとポーズをとりニカッと笑う。これで頭が半月でなければ恋に落ちてたかも。

 ……にしても、あれだけ派手に戦闘が行われていたのに対し、やはり周りの人は無反応。雷によって砕けた地面も知らぬ間にか戻っているし、もしかしたら夢を見ているのではないか? 試しに頬をつねると痛かったので夢ではないようだ。

「明日の10時またここで落ち合いましょう。さらに詳しい話をします」

 ハッと我に返り、いつの間にか戦う流れになってるので慌てて否定しようとするのだが、

「ちょ、まっ」

「10時というのは21時という意味です。まあ働く大人なら言い換えなくてもわかりますよね」

「ちがっ、そういうことじゃなくて……」

 勝手に用件だけ告げ、言い終わるや否さっさと帰る長谷川さん、もといハゲ川。

「強引すぎるだろ……ったく」

 人の話をちゃんと聞かないハゲだと怒りを感じながらも、押しに弱い自分も悪いという板挟みで、複雑な不完全燃焼。

 気持ちを切り替えるにはどうしようかと、酒でも呑んで、酒のせいにして怒りを鎮火しようと、帰りにもう一缶チューハイを買って帰る一人ぽっちの夜だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る