第3話 戦う理由、こじつけ

「……」

 突拍子もないセリフにいろいろ思うところはあるが、なにはともかくとオレはスマホを手に取り110という数字を入れた。

「ちょちょちょっ、通報はせめて僕の話をちゃんと聞いてからにしてくれませんかっ」

「聞けば通報していいと?」

「そういうことではなくてですね、ちゃんと一から説明しますので通報はやめてください、お願いします!」

 ハンチング帽の男は躊躇とまどいもなく土下座する。

 そのプライドゼロな精神に若干引きながら頷くとすぐに姿勢を正し、こほんと咳払いしてから話し出す。

「まずは自己紹介からしましょう」

「そうだな」

 名前を聞くのを忘れてたなんてことはない。気が逸れてただ聞きそびれただけだ。

「僕の名前は、長谷川はせがわ 木立こだちといいます。よろしくお願いします」

 律儀にハンチング帽を取り頭を下げてくる。こっちも反射で頭を下げようとしたその時、ある事実が判明する。

 それは長谷川さんが……長谷川さんの頭の毛が半分無かった。正確には前半分がキレイに無く、一瞬おでこ広いなと思ったくらい。

 率直にハゲというには失礼だと思ったので、髪のクールビズを自ら促進を促している、ということにした。

「オレの名前は……知ってるのか。じゃあ言わなくてもいいか?」

「はい。重々承知しています」

 そういう長谷川さんの表情は真剣そのもので、この対話に命をかけているというと大げさかもしれないが、ただ事ではない感じがビシビシ伝わってきた。

「僕は、僕たちはとある事情である組織に戦っているのです」

 またいきなりスケールのオーバーな話だと思いつつ、

「組織ってのは黒のアレか?」

「いいえ違います。コードネームお酒ではないですから」

 ちゃんとネタは知ってるんだと少し嬉しくなるのを抑えこちらから聞く。

「僕たち、っていうことはハg、長谷川さん一人じゃないってことですか?」

「はい。僕には仲間がいます。ですが今はそれよりももっと重要な『組織』と戦うことになった背景を説明させてもらいます」

 話長くなりそうだなと、面倒だとは思いつつも覚悟して聞く体勢を整える。

「倉科さんは世事に関してどこまでお知りですか?」

 痔と尻の話かと勘違いしかけたのはおいといて、

「人並みには」

「そうですか。なら、日本で今、ある法案が出されていることはご存知ですか?」

「あるって言われても、そんなあやふやな言い方じゃあ全くわからないんだが」

「すいません。では率直に。孤独死撲滅法案というのはご存知ですか?」

「あー……きいたことあるような。ないような?」

 確か、孤独死の放置がまばらに増えてきた昨今、今後増大していくのを防ぐため一人暮らしの家に定期的に役所の人間が訪問するとか、そんな内容だったような。

 だけど確か……、

「その法案は却下されました」

「だろうな。ちょっとくだらなすぎる」

 そんな案が出たのはもちろん提出されたのも驚いた。だから珍事として少しだけニュースになり、うろ覚えにでも思い出せたのかもしれない。

「ここではくだらないといのが問題ではなく、それがまた変わった形で提出されたことなんです」

「どう変わったんだだ?」

「孤立排泄案、です」

 排泄とはかなり物騒な単語がとび出してきた。

「読んで字の如くだったら、孤立してる人を排泄しようっていう横暴な話になるが」

「その通りです」

 その通りであってほしくなかった。

「だがそんな横暴な案、通るわけないだろ。非人道的すぎる」

「そうですね。このままでしたら通りませんね」

 いよいよ怪しい話に突入しそうだ。

「孤立排泄案は孤立支援案にまた変わったのです。しかもこの法案はかなり心証がよく可決される可能性があります」

「聞き心地はよくなったが、どういう内容なんだ?」

「30代以上の独り身の男女への結婚相談あるいはお見合いを斡旋あっせん、条件次第では人的・金銭的援助までしてくれます。孤立死しないよう家族を作り、それを防ごうという腹なんでしょう」

「普通に最高の案だな」

 それがそのままだったらの話だが。おそらく裏があるのだろう。

「はい。それはちゃんと受け入れた方のみが恩恵を受けられます」

「受け入れなかったら、どうなる?」

 頭をよぎった不安に語尾が微かに震える。

「大体お察しの通りかと」

「……マジか。最悪だな」

 罰金、国籍の加重、自身あるいは家族の生活保護の解除、年金減額、まあいろいろ考えられるが、最悪罪にとわれるかもしれない。 

 それを考えた政治家がいるというだけで嫌気がさすのに、そんな法案が可決されるとか、世も末だ。

「その、孤立支援案の闇はわかった。でもそれが魔法使いとどんな関係があるんだ。一向に辿り着く気配がないんだが?」

 むしろ全く関係ないといえる。魔法と法律は結びつく要素がない。

 だが長谷川は首を振る。

「大いに関係あります。こんなでたらめな法案が通ろうとしている時点でおかしいと思いませんか?」

「そうだな。かなりいい法案だとは思うが、なんだか突拍子もない。もっと別に、最優先にすべきことじゃないのか」

 結婚しない人が増えているいうのは確かに問題かもしれない。だけどそれよりも先に解決すべきことが山ほどあるはず。それらを押し退け可決するなんてことが今までにあっただろうか?

 そこで何となく察する。

「まさか、組織とか魔法かなんかが関係してるのか?」

「はい。その通りです。組織が陰にいることで法案は可決へと導かれようとしているのです」

 少しは予想はしていたが、その通りであってほしくなかった。また同じこと言ってしまうくらい悩ましいことだ。

「その、組織が魔法を使って法案を可決させようとしてるってことか?」

「それは少し違いますね」

「違うのか?」

「はい。組織自体は魔法を使いません。使うのは我々です」

 今ので逆にきな臭い話になる。

「は? つまりあんたらが魔法を使って法案が可決されるのを阻止してるってことか?」

「まあ、大雑把に言うとそんな感じですね」

 あっさり言ってのけた。もう少し取り繕うかと思ったが、それならもう答えは出た。

「そうか。じゃあ魔法使いの件は断ることにする」

「え⁉ ちょっと決断早すぎませんかっ」

「今の聞いてなりたいって思う方が異常だろ。誰がすき好んで悪の手先になるか。オレに世界滅亡願望なんて無いわっ」

 危うく騙されるところだった。一瞬、組織側が悪なのだと思っていたけど、聞いてみれば悪いのはハゲたち側じゃないか。

 ……断ったはいいものの少し憂鬱だった。たぶんプライドゼロ土下座をしてくるのだろうなと、どうやって追い帰そうか考えようとした時、ハゲが弁明してきた。

「説明はまだ終わってないですからっ。せめて最後まで聞いてくださいっ」

 今度は土下座をせず声と表情で必死さをアピールしてきた。だからなんだとは思いつつ、それが予想と反していたのと、やっぱり可哀そうだと思ってしまったので、

「……まあ。聞くだけなら」

「ありがとうございます」

 長谷川さんの喜びに対して、オレは少し焦っていた。やばい、オレ。実は流されやすいタイプだったのかも。これじゃあ街中で絵を買わされてしまうかもしれん、と。

 オレの心情など知らず、長谷川さんはオレのさっきの言動の証明をする。

「たぶん魔法を使って阻止、というところで不信を煽ってしまったんですよね?」

「ま、まあな。騙すならもう少し上手くやらないとまだ布教者として一人前にはなれないな」

「ふ、布教者なんてなりませんし、騙すなんて人聞きの悪い。倉科さんは誤解してますよ」

「どんな」

 誤解どころか、全く理解してないのだが。

「僕たちが魔法を使うのは、それしか手が無いからです」

「話し合いや暴力じゃあどうにかならない、つまり権力か?」

 それだと確かに魔法に頼らんとするのも、まあ焦ってる側からするとわからんでもないが、事はそんな甘いものじゃなかった。

「権力だったらまだよかったんですけど、組織が主とするのはいわば超常現象なんですよ」

「は? つまりエスパー?」

 魔法VS超能力という、とあるなんちゃら的なやつのオマージュラノベな展開なのかと思ったが、そうでもなかった。

「いえ。僕たちが相手にしている組織というのは、『世間』なんです」

「それは、確かに超常現象としか言いようがないが、どういうこと? デモ行進するのに魔法はいらないよね?」

「そういうことじゃないんですよ。……そうですね。これ以上は説明するよりも実戦を見たほうが早いかもしれません」

「待て待て待て! なんでいきなり実践なんだよ。もっとちゃんと説明してからでもいいんじゃないのか?」

「百聞は一見にしかかずといいますし、説明書を読むより実際のものを使った方が早く理解するものでしょ? 注意事項なんかは初めからわかってるものですし」

 その理屈だけは無駄に納得できるだけに説得されかける。でも完全ではない。

 だけどその沈黙を肯定と捉えたのか長谷川さんは会話をやめ、ハンチング帽(桂)を被るとすっと立ち上がり玄関へと歩いていく。

 この流れは絵を買わされ住所を書かされるパターンだと気づいたけど、結局断れる選択肢は無さそうだとこの場は諦め、最後にはごねる気負いでオレもそれに付き従うようについていった。

 

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