第4章 我の転戦

1.


 我とユーゴスは、昨日までに歩き回って作成していたこの雑木林の簡便な地図をにらんでいた。

「ここですな」

「――うむ」

 この陣からほど近いところにある場所。我とユーゴスはそこを、今まさにこの雑木林に向かっている敵の分隊を囲い込んで殲滅するための袋小路にせんと図っていた。我らの存在を敵に曝すわけにはいかないのだ。

 急遽総員の配置を幕僚に指示して、ユーゴスはふうっと大きく息を吐いた。

「さ、我の出番だな」

「侍従長殿の気苦労が分かる気がします……」

 我は既に鎧を脱ぎ、馬丁が着る雑衣に着替えていた。変装用の衣装を持ってきていないからで、細縄で腰の辺りを縛りながら、我は薄く笑う。

「心配するな。王は嘘をつかぬ。魍魎のような奴らを見かけたから、案内する。嘘は付いておらぬ」

「その心配ではございません……」

 ユーゴスのぼやきを聞き流しながら、ニカラとコンに手伝わせて、体の露出した部分に土を塗りたくる。最後に顔を泥で洗って、薪取りの小僧が完成した。

「では、作戦開始」

「御意。お気をつけて」

 皆の一礼に手を挙げて、我は敵の分隊を待ち受ける場所へ向かった。兵に言い付けて準備させた背負子の薪が意外に重い。

(ちと載せ過ぎだな)

 我は背負子を下ろし、薪を少し束から抜いて、そこらに放った。

 また背負い直して、森の外を見やる。明るいその方角から、敵兵の下草を踏みしめる音と荷車の車輪の音が聞こえてきて、我の心臓も波打ち始めた。車輪の音が存外軽い。荷物を積んでいるわけではなさそうだ。

(何かを取りに来たのか? 果実はまだ実っていないし、兎や鳥を狩りにきたのか?)

 兵士の声が聞こえ始めた。バキバキと枝を折る音も聞こえてくる。

「こら! あまり短いのを折るな! 薪にならんだろ!」

(薪だと?)

 煮炊き用の薪が不足しているということなのか。あまり積まれると、誘導しようとしても面倒くさがって増援を呼びかねないと判断した我は、即座に姿をさらした。

「兵隊さんたち、柴刈りしてるんですか?」

 思わぬ方向から声がかかった兵隊たちは驚いたようだ。作業に鎧は不要と脱いできているようで、皆軍衣に帯剣した身軽な姿がざっと20名。そのうちの1人が、

「おい小僧、そこの村のもんか?」

 そうだと答え、柴が多く生えている所に案内すると言ってみたら、すぐに乗ってきた。さっそく手招きをしてみたが、どうも兵隊たちの動きが鈍い。

「兵隊さんたち、あそこの村を囲んでる人たちですよね? 薪が足りなくなったんですか?」

「まあ、それもあるんだがな……」と隊長と思しき年配の男はどうも歯切れが悪い。

「あれ? なんだこれ?」

 と兵の1人が地面から拾った物を見て、我は動悸が脈打つ。先ほど我が背負子から抜いて放った薪ではないか。

「ああそれ、オレの背負子から抜けちゃったみたいですね」

 取りあえず言い訳して受け取ったが、何か不穏な空気が流れる。

(まずいな、もう少し先なのに)

「隊長、変じゃないですか?」

 もう少し、前に進みたかったが……我は一番手近にいる隊長に、いざという時に馴致を行うため密かに身構えた。

「さっきから鳥の鳴き声もしないんですけど」

 野生も家畜も、鳥獣は魍魎を嫌う。彼奴らにしか分からない何かを嗅ぎ取って、近づいてすら来ないのだ。ゆえに、ヒトの戦陣訓には『動物の鳴き声がしない場所は、魍魎の伏兵を警戒せよ』と記されているらしい。

 兵たちが辺りを警戒しだした。その時、森の遥か遠く、鳥の鳴き声が聞こえた気がした。

「ん? ヒバリか?」

「あ、ええ、そうですね」と笑顔でごまかす。

 実は我は鳥の鳴き声と言えば、鶏と鵞鳥しか知らない。むろん、魍魎の王たる我も先王たちも、野鳥の鳴き声など聞いたことが無いからである。

 兵たちの緊張が緩んだ。今ぞと案内を再開する。あと10歩……あと5歩……

「よし、ここです」

「ん? 柴なんかないじゃないか」

 はい、とにこやかに笑って振り返った我は、隊長の腕に掌を押し当てた。それは同時に、蜂起の合図でもあった。

 我と隊長が駆け込んだのと入れ替わりに、自分たちの周りの樹間に突如現れた無数の魍魎兵。呆然は一瞬だけだった。剣を抜いて円陣を組み、剣先を全周に向けたのだ。統率の取れた良兵である。勿体無いと、我は声を掛けた。

「抵抗するな。そなたらのその力を我に貸してくれぬか」

「ほざけ! 魔王め!」

 そう啖呵を切った若い兵の次の言葉は、大きく開けた口に飛び込んで喉の後ろまで抜けた矢が遮ってしまった。弓兵もまた、敵の全周を取り巻いていることを改めて知らしめた形である。

「声を上げたら殺す」

 ユーゴスが声を低くして宣告する。彼の意識はこの場を無音で収めることに集中しており、我の投降勧告は二の次である。白目を剥いて斃れた仲間を見るともなく見て、それでも顔を決死の形相にして剣を握り直す彼らに、我は改めて諭す。

「もはや逃れられぬ。今ここで矢ぶすまになって死ぬか、魍魎となって生きるか。10数える」

 両手を挙げる。

「数え終わった時に剣を捨てていない者は、射る。頼む、捨ててくれ」

 我が10を数え終った時、剣を捨てて伏せたのは、4名のみであった。

 死に損ねての絶叫を止めようと、我が配下が剣をその敵兵の喉に突き立てる。その傍らで4名を馴致して、我は深く溜息を吐いて首を振った。

「陛下……」

 ユーゴスがニカラとコンを連れて、近づいてきた。我はその畏まった姿を見て、自嘲する。

「我の徳の無さよ……いや、由無よしない愚痴であった、許せ」

 複雑な表情の指揮官を見て、我は話題を変えた。

「先ほどの、ヒバリであったか、あれは誰だ?」

「恐れながら、あっしでーす」と兵の1人が声と手を挙げる。

「ようやった。良い機転であった」

 さて。我は最初に馴致した隊長に問う。

「駐在伯の目的を教えてもらおうか」


2.


 昼前。我らは全軍で、コミュニソーシャ村の北東を走る細い街道脇、その枯れ草が一面に茂る場所に埋伏していた。午前早くの戦闘で取り込んだ兵士たちの証言からこの地点を割り出したのである。

 聞き出した後は遺体の埋葬もできぬほど、息もつけぬ大わらわとなった。兵が戻ってこねば、当然敵は怪しむ。偵察を寄越される前にと急いで陣払いをし、一方で先ほどまで敵であった兵に状況の聴取も行わねばならなかった。その結果、なぜ敵勢は村攻めを開始しないのか、何を待っているのかが判明したため、日中ゆえ全軍で大きく迂回して、今ここに埋伏しているというわけである。

(来たぞ!)

 街道を伝って、一台の2頭立て馬車がゴトゴトと、ゆっくりやってきた。その前後を固めるのは、それぞれ2騎ずつの護衛である。

 馬車は車輪にまで金や銀の飾りが付いた派手なもの。護衛の着用している鎧も鞍も同様だ。そして馬車の天辺を飾るのは、キャピタの家の大祭司が使用していることを示す、銀造りの孔雀。折からの風に揺らされて、かつあまり平らかとはいえない街道のでこぼこも伝わって、孔雀は午後の日差しにきらめいている。

 獲物があらかじめ定めていた地点を通過したその時、我は高らかに命じた。

「旗を立てよ!」

 命に応じて、我が軍旗が高く掲げられた。それを見た街道の向こうの伏兵も、一斉に蜂起する。

「!! 敵襲!!」

 剣を抜くより早く叫んで、馬車の前を護衛していた騎士の1人は馬に鞭を当てた。いなないて奔り出す騎馬に対して、馬車の反応は鈍かった。いや、おそらく軍馬ではないのだろう、馬車馬は自分たちの左右に沸き立った大勢の魍魎を見て完全に惑乱し、暴走を始めてしまった。

 取り残された前衛の騎士が馬ごと馬車馬に体当たりされ、甲冑を陽の光にキラキラ光らせながら宙を舞う。必死の形相で馬車を護らんと剣を抜いた後衛の騎士2人への対処を10人ほどに任せ、ユーゴスは剣を振り下ろした。

「射よ!」

 馬車馬目がけて、予め村寄りに配置してあった弓兵が斉射を行う。何本もの矢が身体に突き立った馬車馬は2頭とも荒れ狂い、馬車は街道を外れて野原を10秒ほど蛇行した後、横倒しとなってしまった。

「大祭司をお助けしろ。丁重にな」

 我の命令に、魍魎たちが大勢馬車に向かって走り出す。後衛の騎士は、1人は討ち死にし、1人は捕らえたようだ。我の元に引き立てられてくるのが見えた。

「陛下、前衛の騎士のうち、残っていたほうは気を失っているようです」

 報告に来た魍魎に、あとでそこへ行くからと告げに行かせて、囚われの騎士を馴致する。

 失神している騎士のところへ向かうと、右前方で凱歌が上がった。大祭司を捕縛したようだ。騎士を馴致し、診療を軍医に命じた我は、大祭司のほうへ向かった。馬車の中には、なんと6人も乗っていたようだ。どおりで馬車が重たげだったわけだ。

「ごきげんよう、大祭司殿」

「き、きさまが魔王か! この罰当たりめ!」

 月並みすぎて、感想も沸かない。我があごをしゃくると、兵が大祭司に猿轡を噛ました。

「さて」と残りの祭司は馴致する。彼らは書記として一定の訓練を受けているため、国政運営に必要である。

 魍魎化されたかつての下役を見て、大祭司は真っ青になった。なにやらモゴモゴ叫びだした二重顎に向かって、我は告げる。

「ああなりたくなかったら、駐在伯に手紙を書かれよ、大祭司殿」

 我の言葉が頭の中にやっと沁み込んだのだろう、大祭司のモゴモゴが止む。

「お優しくも魔王軍の指揮官が、コミュニソーシャ村の包囲を解いてトウエ=キョウドに引き揚げれば私を解放してくれると主神キャピタに誓ってくれた、とな」

 我はニコリともせず、大祭司に背を向け去った。

 馬車の御者は首の骨を折って絶命していたことを聞き、我は幕僚の1人に命じる。

「御者と、討ち死にした騎士は埋葬せよ」

 命を受けた幕僚が作業のため兵を集めに行くのを見届けて、我はここから見えぬ村のほうを見つめた。

 次は駐在伯との対決である。


3.


 午後も遅くなって、我らが改めて布陣したのは、以前潜伏していた雑木林のすぐ西だった。もちろん密かに回り込まれて雑木林に埋伏されてもよいよう、15歩ほど離れている。

 襲撃現場から軍使を送ろうとしているところへ、大祭司を迎えに来た敵の分隊が到来した。数的優位で圧し、大祭司に書かせた手紙を持たせたのち、移動したのだった。陣地構築中に駐在伯から返ってきた返事は『陣払いに時間がかかるため、明後日の朝まで待ってほしい』だった。その提案を、我に言い含められていたユーゴスは即座に蹴った。

「明日の朝だ。帰り道に重荷となるものは置いてゆけばよい。我らが有り難くいただくからな」

 なおも2度軍使が往復し、結局明日の朝9時をもって退去で妥結となった。

 次の日は朝から曇が多い、だが妙に暖かい日だった。

 出陣した我らと駐在伯勢が、陣地と村の中間地点で20歩ほどの距離を置いて停止する。敵勢の中から出てきたのは、軍使として昨日往来した敵の幕僚だ。

「約定どおり陣を引き払った! 大祭司殿を引き渡されたい!」

「何を世迷言を言っているか! 貴様らがトウエ=キョウドに着いた頃合いを見て、大祭司殿は釈放する!」

 こちらで声を張り上げるは、むろん指揮官のユーゴスだ。彼には敵が怒りだす前に畳み掛けるように指示を出せ、と命じてある。

「さあ、協定の印を交わそうではないか」

 だが、先程の幕僚が軍勢の中に入っていったきり、誰も出てこない。やれ、ユーゴス。

「時間稼ぎか! ならば、大祭司殿を我が陛下に捧げるべく、本拠へ連行させてもらう! 悪く思うな!」

「待てぃ!」

 と軍中から大音声が響いた。続いて前面に泰然とした足取りで出てきたのは、長身のニカラすら凌駕すると思われる偉丈夫だった。馴致した兵士や祭司たちから聴取して確認してある。あれは駐在伯その人だ。

「時間稼ぎなどではない! 私の身を案ずる幕僚たちの間で意見が分かれたのだ。すまぬ!」

(どう思います?)

(嘘だな。駐在伯は専権的性質と聞いている。幕僚ごときの意見で出渋るとは思えぬ)

 我に小声で確認したユーゴスは、やはり小声で幕僚たちに、伏兵や奇襲に警戒せよと指示を出した。陣地構築と並行して包囲軍の周囲に騎兵を不定期に走らせて、他所への急使や伏兵の進発を阻んでおいたつもりだが、用心に越したことはない。

「では、駐在伯殿! こちらに参られよ!」

「それでは協定の印にならぬ! お互いの中間でいたすのが筋ではないか!」

(なかなかしぶといな。大祭司に会わせてやると言え)

「こちらにお越し願えれば、大祭司殿の元気なお姿を見せてやっても良いぞ?」

 やはりそこは泣き所と見えて、駐在伯はぐっと詰まった。しばらくこちらを凝視したのち、また泰然と前に進み出す。一歩下がって随行するは、完全武装の衛兵6名だ。

 中間地点の半分を駐在伯が過ぎたところで、ユーゴスも前に踏み出した。こちらも6名の武装兵をユーゴスに従わせて、別の兵2人には大祭司を連行させている。

 中間地点よりかなり当方に寄ったところで双方停止した。長い黒外套を翻すユーゴスは主君である我から見てもなかなかの武者ぶりなのだが、赤外套の駐在伯はさらにいかつい荒武者ぶりである。

「魍魎としてレイト王に仕えし、ユーゴスと申す」

「トウエ=キョウド駐在伯、グート・レブリテンである」

 熊髭の駐在伯はユーゴスの背後でモゴモゴ言っている大祭司を見て、怒りに身を震わせた。

「貴様ら、よくも神聖なるキャピタの家に仕えるお方に辱めを加えてくれたな!」

「残念でしたな」とユーゴスが冷笑で応える。

「そんなに崇貴なお方なら、こんな辺鄙な村にわざわざおみ足を運ばせなくてもよかったのに。ご自分の点数稼ぎに使った結果がこのざまだと、ご自覚なさってますか?」

 そう、駐在伯は、国王の耳にまで達したコミュニソーシャの不信心者にして魔王崇拝者たちを自ら討伐し、なおかつ大祭司に現地で"浄化"の儀式を執り行わせることにより、自身の点数稼ぎを行い、ひいては栄転をもくろんだのだ。

 栄転、すなわち駐在伯などという苦労の割に実入りの少ない職ではなく、王の宮廷に伺候して羽振りを効かせたかったのだ。

 儀式のクライマックスは"お焚き上げ"、つまり教団信者たちを村の教会に閉じ込めての大量火刑であり、昨日雑木林にやって来た分隊は、その儀式に使う薪を徴発しに来たのだった。

 痛いところを突かれたようで、駐在伯は黙ってしまった。さっと右手を差し出したのは、時間稼ぎを止めることにしたらしい。

「ここに約す」

「ここに約す」

 駐在伯とユーゴスが握手を交わす。すかさず、我も。

「ようこそ、我が王国へ」

 彼がヒトとして最後に見た光景は、ユーゴスの影から躍り出て、自分の右手首に捕まる小僧であったろう。ユーゴスにさり気に手首を極められて抜き差しならぬまま、駐在伯は魍魎と化した。

「閣下!」

 衛兵と同様に彼の幕僚――今や残存部隊の暫定指揮官が叫び剣を抜くが、我はユーゴス、前駐在伯とともに素早く下がり、代わりに彼らの眼前に突き出されたのは、青を越えて白くなった大祭司その人であった。

「射たければ、どうぞご自由に」

 読みどおり弩の斉射を我らに食らわそうとしていた暫定指揮官の剣が、彼の頭上で止まる。大祭司ごと魔王を葬る、というのは彼には出来ぬ決断だったか。

 その甘さを、鯨波が押し流した。

 身を屈め、音を潜め、ぎりぎりまで接近していたナツァトン将軍率いる軍勢が、鬨の声を上げて駐在伯勢に横合いから襲いかかったのだ! ユーゴスは逆に前衛を固めて、流れてくる敵兵を捕らえながらゆっくり前進する。

「降れ! 降れ! 我らに降れば死なずに済むぞ!」

 前衛の兵たちが叫ぶ。この喧騒でも多少の効果はあり、こちらに押し流されてきた兵たちに投降する者が出始めた。

 とはいえ、猛将の振り下ろす鎚のほうが速く、荒々しい。2度ほど食い止めようとしたが果たせず、駐在伯勢は壊乱してトウエ=キョウドへと逃げた。

「ユーゴス、騎兵に追わせて兵を捕らえさせよ」

 我は命じるとニカラとコンを伴い、将軍に声を掛けるため、勝ち鬨を上げるナツァトン勢へと分け入っていった。


4.


 コミュニソーシャ村への入場は、駐在伯勢に唯一堀を掘られていなかった北側の門から行った。堀といっても、ヒトが助走を付けて飛び越せなくもない程度の幅で、やはり信者の逃亡と外からの物資の運び込みを防止するための最低限のものであった。

 村を攻める時は簡易な木板を渡せば、それで事足りたであろう。恐れ多くも大祭司様がお乗りあそばす馬車を渡すために木の板では危険であるため、奴らが掘った堀は北門前のみ未開削であったのだ。

 その馬車を、コミュニソーシャ入場前に、我は大祭司に返してやった。軍勢が壊走した以上、この穀潰しを飼っておく必要もない。協定は守らねばな。

 大祭司は、怒りに震えていた。

「私の馬車を、よくもこんな目に……」

 語尾が消え入りそうだったのは、周りを取り囲む魍魎たちが一斉に彼を見つめたためだが、彼の怒りもわからないではない。馬車は金や銀の飾りが剥ぎ取られ、乗合馬車同然、いや、飾りがあった部分が日焼けで劣化していない分珍妙な模様が車体を走る、乗合馬車以下の風体に化けていたからである。

「オレたちゃ遠慮してよぉ、上の孔雀は残しといてやったんだぜ」

「おまけに馬も陛下からもらえるなんて、好待遇じゃねぇか」

「大祭司様よ、これだけ軽くなりゃ、さっさとここからおさらばできるんだ。黙ってもらっとけよ」

 魍魎の兵士たちがニヤニヤしながら、本気とも冗談とも思えない軽口を飛ばす中、大祭司は見送る我に向かって唾を飛ばした。

「罰当たりめ! いつか、いつか必ず、正義の鉄槌が降るであろう!」

「そうか」と我も答辞を述べる。

「では、ますます魍魎を増やして用心する事にしよう。ご叡慮、痛み入る」

 我はいたって真顔で述べ、それを聞いた魍魎たちがどっと囃し立てた。大祭司はさらに顔を真っ赤にしながら馬車にそそくさと乗り込んだが、ちっとも馬車が動き出さない。王として辛抱強く待っていると、馬車の扉が開いて大祭司が顔を見せた。

「御者を早うよこさんか」

「うつけ」と我は返した。

「そなたの元下役によれば、そなたは常々彼らに『わしは若い頃、先々代の大祭司に随行する際は自分で御者を買って出たものだ。お前たちは気配りが足らん』と言っておったそうだな。その練達の技量を今こそ発揮すべし。それとも、ナツァトンに送らせようか? 彼の軍勢、丸ごと付けて遣わすぞ?」

 萎れた大祭司は、鞭を振り振り帰って行った。

「中々の鞭捌きですな」とユーゴスが唸る。

「実は別の練達なんじゃねぇですかね? 鞭の」

 ニカラの言葉の真意を尋ねようとしたが、ユーゴスのほうが早かった。

「さ、陛下! 入場いたしましょう!」

 まあ、よいか。我は馬にまたがると、一同に号令を掛けた。

 ナツァトン勢を先頭に、入場行進が始まる。我が中段を兵に護られて進んでゆくと、村人たちの空気が微妙に違うことが見て取れた。

 行進の傍、最前列で手を振り笑顔な者。その後ろで手を振りながら、やや憂鬱そうな顔をしている者。そう二分されているのだ。

(巻き込んだ者と巻き込まれた者、ということか)

 入場行進といっても500名程度、ものの15分ほどで行進列は村の中心にある屋敷に到達した。その正面に一群の人々が立ち、我を待っているようである。

 行進が止まり、我は護衛の兵とニカラ、コンに目配せをすると列から離れ、彼らを従えて人々の前に馬を進めた。

 人々の中央に立つ壮年の男性が、まさに喜びに満ち溢れんとした表情で叫ぶ。

「我らが救い主よ!」

 ……ヒト違い、もとい、魔王違いではないか?

 我は困惑して、男を黙って見つめるのみであった。

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