彼女が捨ててしまったもの

 あの弱々しかった幼子が、こんなにも強かになるとは思いもよらなかった。そしてまさか自分を打ち倒してしまうとは。


 己が研究のために彼を拾い上げたというのに、その彼に邪魔されるとは、皮肉ではないか。


 でも彼が魔術師になりたいと言ったあの日、アリアは打算だけで彼を拾ったのではなかった気がする。だって、ただ計画の部品とするにはあまりに不細工で、規格外もいいところだったではないか。体の満足に動かなくなった幼子。それを捨てきらなかったのは、使われることなくアリアの心の奥底で燻っていた母性、というやつだったのだろうか。


 あの場で気が付いていれば、こんなことにはならずにすんだだろうか。

 何もない、なんて思わずにすんでいたかもしれない。


「アンタは俺の暗い道を照らしてくれる温かな


 たった今、アリアは全てを失ったのだ。


 何故、そんなことに気が付けなかったのだろう。己の愚かしさが嫌になる。

 でもどうしてだか、悪い気分ではなかった。

 重い荷物を捨てられた。そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る