彼女の想い

 ――人は死ねば何も残らない。けれども生きた証を残して死んでいける。愛した人だとか、その人との間に生まれた新たな命だとか。もっとささやかなものでいいのなら、記憶だとか。

 

 魔術師として生きてきたアリア・ベルにはそれがない。《緑奴の魔女》としての証なら掃いて捨てるほどあっただろうに、人間とした証なんて一つもなかった。それは魔術師の家系に生まれたものならば当たり前のような生き様で、だからこそ老いるまでそのことに気が付かなかった。

 

 誰も人間のアリア・ベルのことなんて知らない。皆の記憶――記録に残るのは《緑奴の魔女》としてのアリア・ベルだけ。

 そのことに気付いてしまってから、毎日うなされていた。


 日増しに老いは死と言う友人を引きつれ、常に傍らで眠るようになった。いつ目を覚ますとも知れないそれに夜な夜な怯え、眠れないこともあった。


 そんな夜は忌み言を吐き出しながら朝を待った。


 嫌だ、嫌だ、死にたくない。何も残らないまま、何も残せないまま死ぬのは死ぬのは嫌だ。証、証がほしい。私が生きたんだという証が。それが残せないというのなら――私が永遠に行き続ければいい。


 眠れなかったいつかの夜、アリア・ベルに魔が取り憑いた。


 それからの行動は早かった。組合長という立場を利用し、結社を立ち上げていた。

 

 長い準備期間を経てようやく実験が動き出し実を結びつつあるというのに――今ここで負けてしまえば人間としての証のみならず、魔術師として生きた証すら失ってしまう。

 


 それだけは嫌だ。

 


 その恐怖だけがアリア・ベルの老いさらばえた体に命を吹き戻させる。

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