撃鉄を上げろ

 ショッピングモールの一件から二日経過した金曜日。


「あの、メーコ、その、な?」

「……ふんっ」


 芽依子は堅く口を閉ざし、志希人との会話を拒絶していた。

 これでは弁解の余地もない。

 言葉を交えずとも、芽依子の怒りはひしひしと伝わってくる。


 芽依子は志希人に当て付けるようにし、アネモネとの会話を楽しんでいた。


「おはよー、アネちゃん」

「おはようございます、芽依子さん」

「アネちゃんアネちゃん、明日暇かなっ? バスに乗って少し遠出しようよ。お隣の県に少し用事があってね。でもすぐに終わるから、その後に遊ぼうよ。あっちのが神代より遊ぶ場所いっぱいあるしさー」


 そう言ってから、ちらりと芽依子が志希人の様子を盗み見た。志希人と目が合うと、慌てて視線を反らす。

 仲のいい様を見せつける、という何とも幼稚なやり口ではあったが、志希人には相当に堪える攻撃だった。


「ごめんなさい、休日はちょっとやることがあって」

「えー、そっかあ。残念だけど、明日は一人で行くことにするよ。今度は一緒に行こうね」


 耳を欹てていた志希人は、話が流れたことにほっと一安心する。《鋼人》の綾女志希人として、芽依子の友人の綾女志希人としても。


 環境がいつもどおりでないことの、何と居心地の悪いことか。取り巻く環境が異なる、というのは芽依子に限った話ではない。クラスメイトたちの志希人に対する態度が、どこかぎこちない。一歩引いて、綾女志希人という人間を値踏みしているようであった。


 なぜそのようなことになってしまっているかはわからないが――原因は考えるまでもない。志希人の日常がおかしくなってしまったのは、アネモネがやって来てからだ。


 十年前に壊されてしまった日常。

 その欠片を、芽依子や晴彦たちに出会って少しずつ取り戻した。


 けれどもまた《人外》によって壊されようとしている。そんなことをさせるものか。もう志希人は奪われるだけの弱い存在じゃない。今度こそ、日常を取り返す。




「おーい爺さん、いるか?」


 年中シャッターが閉め切られた正面からではなく、裏口を勝手に開けてジョニーの武器屋へと入る。

 倉庫を改造して作られた武器工房に、志希人の声が反響する。奥のガラクタの山が崩れ落ちて、その中からウェスタン帽子がひょっこりと覗く。


「ほっ、何じゃい何じゃい、催促に来たか!? さすがのこのジョニー・ウェストンも材料がなけりゃ手も足も出ん! まだ《杭打ち機》が出来るのは先じゃい! 杭やら補助のパーツやら、特注のものが多すぎてなあ、直すならともかく一から作り直すとなると時間が足りんわい」


 床に転がる工具やら鉄の破片やらをひょいひょいと軽快に避けながらジョニーのほうへと近寄っていく。


「てっきり俺の体みてぇにスペアの準備が万端だと思ってたんだけどなあ」

「バァカヤロウ、お前さんの体と違って想定してねぇんじゃよ」

「へえへえ、いつも壊してきてすいませんね、気を付けますよ」

「クヒヒッ、殊勝なこった。まっ、ワシは儲かっていいがの?」

「たはは、おかげで俺の財布は軽いけれどもな」


 しばらく苦笑を浮かべた後、志希人の表情が次第に真剣味を帯びたものに変わっていった。そうして、口を再び開く。


「……《杭打ち機》の材料のスペアはなくても、《杭打ち機》自体のスペアはあるだろう?」

「あん? お前さん何を言って――」


 志希人の真意を汲み取ったジョニーは、言葉を途中で切る。彼の口元からは軽薄な笑みが消え失せ、目つきは鋭く研磨される。故も知らぬものなら、その眼光に睨まれただけで何も言えなくなりそうなほどに鋭利だ。

 トーンが数段階下がった落ち着いた声でジョニーが問い返す。


「……お前さん正気か? ありゃあリスキーすぎるからって封印した試作機だろう」

「でも普段使いのヤツはそのリスキーさを取っ払った結果、火力が落ちた」

「……試作機を出さにゃならんほどの相手なのか? ワシは反対じゃ。あんなモン、命がいくつ合っても足りん」


 ぴしゃり、と太ももを打ちつけながらジョニーが言い放つ。それに対して志希人は、くしゃりと表情を崩して述べる。


「頼むよ、俺にはそれが必要なんだ。俺たちビジネスパートナーだろ?」

「……」


 そう言われ、ジョニーはバツが悪そうに白髪をガシガシと掻いた。タバコに火を点け、ゆっくりと大きく煙を肺に入れ、深いため息と共に吐き出す。


「はぁー……わかった、わかったよ。ついて来い。今から出してやるよ」

「さすが、話がわかるなねえ」

「ちっ、いい性格しとるよ、お前さんも」


 ジョニーに連れて来られたのは、彼の商品を保管する倉庫だ。天高くそびえる商品棚には所狭しと銃火器が詰まれており、床にもケースや木箱などが無造作に置かれている。それらを押し退けて奥へ奥へと進んで行く。そしてそこに、志希人お目当てのものがあった。


 《試作パイルバンカー杭打ち機プロトタイプ》。文字通り、志希人の普段使いの《杭打ち機》の前身となった試作機だ。

 全長百六十センチ強――普段使いの倍はあろうかという大きさだ。そして装甲はさらに分厚く頑丈に仕上がっており、杭打ち以外の機構ギミックが搭載されているため、重量は二倍どころの騒ぎではない。

 切っ先から数えて八十センチほどまでは杭、銃身、弾倉となっており、普段使いのものと大差ないが――そこから先、弾倉から銃床までの間にジョニーがリスキーすぎると言う機構が仕込まれている。


「……本当に、使うんじゃな? 酷使すれば……死ぬ恐れもあれば、人間でなくなってしまうやもしれんぞ」

「……俺は《人外》に成り下がるぐらいなら、自分の心臓を抉り出して死んだほうがマシだと思ってる。けれど、俺はまだ何も成し遂げちゃいねえんだ、死ぬつもりも、人間やめるつもりもねえよ」


 志希人の決意の固さを思い知らされたジョニーは、本日二度目の深いため息を吐いた。煙の代わりに混じるのはあきらめと呆れだ。

 そして全てを吐き出した後、志希人と《試作・杭打ち機》に向き直り、口角を釣り上げて言った。


「どれ、埃を被ってたんだ、調整が必要じゃろ。明日の午前中までには使い物になるようにしておいてやる」

「ジョニーならそう言ってくれると思ったぜ」

「ケッ、調子のいいやつじゃのお」


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