06:獣人と人間と
これは人間と獣人族との戦争が始まる、その少し前の一人の獣人と一人の人間の物語だ。
「ねぇギルガー。私、お腹がすいたなぁ」
「さっき食ったばっかだろうが……太るぞ」
「あー!ギルガーったらデリカシーなーい!だめだよ女の子にそんなこと言っちゃ!」
ギルガーと話をしているのはサリナという人間だ。歳はギルガーと同じくらいの働き盛りの歳で、貧しい家庭の暮らしを支えるために畑仕事の手伝いや街への出稼ぎなど、日々忙しそうに働いている。
ギルガーがサリナと出会ったのは約一年前のことだ。
獣人の国に出稼ぎに来ていたサリナが街のゴロツキ共に襲われそうになっていたところをギルガーが助けたところ、見事に懐かれてしまった、という感じだった。
懐かれてしまった、とは言ってもギルガーも特段サリナを嫌っている風でもなく、むしろ周りから見れば好感を持っているように見えた。いや実際そうだったのだろう。
獣人と人間との種族の壁など、この二人の間には全くないかのようだった。
そんなこんなで約一年、サリナは出稼ぎに獣人の国に来る度に、ギルガーと交流を深めていた。
「なんだ?夫婦喧嘩か二人とも?」
「だーれが夫婦だ誰が」
「お前たちに決まっているだろうがバカップル」
「ふふーん、ありがとっラルダス」
「お前も喜んでんじゃねぇよサリナ」
「だって嬉しいんだもーん!」
ギルガーとよくつるんでいたラルダスもまた、サリナと悪くない関係を築いていた。
サリナが国にいるときはギルガー、ラルダス、サリナの三人でいろんなことをした。
「ところでギルガー、私ほんとにお腹すいたんだけど。もうペコペコよ。ねぇシェフ何か作ってよ」
「はぁ……ったく。わーったよ、ちょっと待ってろ」
「わーい!ギルガー大好き!」
サリナはギルガーの作る料理が好きだった。
特にアモルの実という赤い実で作ったパイなんかはサリナの大好物だった。いつも国に来る度に必ず一度は頼んでくる。
そんな風に、三人は仲良く獣人の国での暮らしを営んでいた。
最初は獣人の多いこの国に馴染めていなかったサリナもギルガーやラルダスと付き合い始めてから、だんだんと獣人から受け入れられるようになり、前のようにサリナが獣人に襲われるようなこともなくなった。
しかし、時間は刻一刻と過ぎていく。戦争がどんどん近づいてくる。
風の噂によると人間が、三勇者と呼ばれているユウヤ、リコ、ハルミの三人の力ある転生者の召喚に成功したせいで調子づき、元から仲の良くなかった獣人の国をこの好機に叩きつぶそうと目論んでいるらしい。
いかにも短慮で傲慢な人間の考えそうなことだ。
三人でいる時でも戦争の話題が出ることは度々あった。
その度にサリナは「いい?何があっても自分の命が最優先なんだからね?ギルガーは絶対に死んじゃだめだよ?」と口うるさくギルガーに忠告していた。
ギルガーとラルダスは二人とも中隊規模の軍の指揮官である。地位もそこそこのものであり、戦争に参加しないという選択肢はなかった。
対してサリナは一般的な農民であり、しかも女だ。戦争にかりだされることはないだろうし、本人も戦争にはいかないと明言していた。
そしてそれから数か月経ち、戦争が始まる前に人間の国に帰るサリナと
「バイバイギルガー。死なないでね」
「わかってるよ。お前も気をつけろよ」
「……うん」
こんなような短い会話をした後に別れたのを覚えている。
それから数週間後、遂に人間と獣人の戦争が始まった。
序盤は獣人側が優勢だった。元々地力では獣人の方が上なのだ。体の大きさも、戦闘経験も何もかもが獣人の方が上だった。
ただ、問題は三勇者が未だに姿を見せないことだ。彼ら三人がいるかいないかでだいぶ戦局は変わるだろう。何しろあの三人がいたからこそ人間国は戦争をおっぱじめたのだ。
「どうするギルガー。このまま進軍するか?それとも奴らの様子を見るか」
「なんだか知らねぇがあの三人が出てこねぇんだ。今のうちに叩いとこうぜ」
「うむ、わかった。進め!進め!今のうちに蹴りをつけるぞ!」
ラルダスの号令により獣人の軍はさらにその勢いを増す。
その時、一筋の光線が戦場を駆けた。
それは突撃していった獣人の軍隊をいとも簡単に消し飛ばした。
「さぁ、害獣駆除の時間です。全てはスティカ神の名のもとに」
そう言って現れたのは三勇者の一人、リコと、何かの軍隊だった。
人の形をした、人のような、しかし人ではない何か。
一目見てギルガーが「それ」に持った感想がそれだった。
確かに人間なのだろう。しかし、ギルガーは「それ」を人間だとは認められなかった。なぜだか本能がそう告げるのだ。
「やりなさい、あなたたち」
リコの一言で「それ」の軍隊は獣人の軍に反撃を始める。
「クソが……ビビるんじゃねぇぞお前ら!返り討ちにしてやれ!」
ギルガーはそう叫ぶと、自らも「それ」の軍隊に突撃していった。
そして、見てしまった。「それ」の中の一つを。
「なんで……なんでお前がここにいる……?」
ギルガーは目の前にいる「それ」の、まだ人間だった頃の名を呟く。
「サリナ……!」
「ア……ウ……?」
「それ」は喉から言葉とは聞き取れないような音を発しながらギルガーの方を見る
「おいサリナ!聞こえねぇのか!俺だよ!ギルガーだ!」
「落ち着けギルガー!何も考えるな!」
ラルダスがギルガーを落ち着かせようとするが、ギルガーは聞く耳を持たない
「ア?……ア……アアアアアアァァァッ!!」
ギルガーに声をかけられたサリナだったものは叫び声を上げると、ギルガーに指先を向け、先ほど幾人もの獣人を屠ったあの光線を放った。
光線がギルガーの肩を貫く。
「ぐっ……!」
「無駄よ、ライオンの獣人。それは既に自意識などありませんから」
リコがギルガーにそう告げる。
「
「手前っ……!」
ギルガーは手に持った剣を握りしめ、リコに向かって駆け出す。
しかし、その刃はリコに届くことはなかった。
再び
しかし、ギルガーはぎりぎりで躱す。
「さて、私も獣人狩りに向かうとしましょうか。あなたはそれと楽しく遊んでいなさい。見たところ、知人なのでしょう?積もる話もあるでしょう。どうぞごゆっくり」
リコはそう言い残すと他の戦場へと足を向けた。
残されたのはギルガーとラルダス、それと無数の
ギルガーはふとサリナの言葉を思い出す。
『いい?何があっても自分の命が最優先なんだからね?ギルガーは絶対に死んじゃだめだよ?』
何があっても。
もしも、私が敵としてあなたの前に立ちはだかっても。
もしも、私が私でなくなったとしても―――
「サリナ……苦しかったなら、辛かったならちゃんと言ってくれよ……。俺が察し悪いの知ってんだろ……」
わかっている。きっとこれはサリナの優しさだ。サリナがこんなのになり果てると聞いたら俺は単身ででも人間国に乗り込んでいくだろう。サリナはそれが嫌だったのだ。
それはとても純粋な優しさで―――それはとても残酷な優しさだ。
「……好きだった」
ギルガーはそうポツリと呟いた。
「遅いんだよお前は。何もかもが」
「うるせぇ知ってんだよんなこと。それよりこいつら、殺るぞ」
「あぁ、わかった」
ギルガーとラルダスはそれだけ言葉を交わすと、怪物たちの群れへと突っ込んでいった。
ギルガーは真っ先に『元サリナ』の元へと駆け出した。
「アアアアアアアァッ!」
それは指先をギルガーの脳天へとむける。
その時ギルガーは確かに目にした。
それの頬に一筋の涙が流れているのを。
「……強いなお前は」
ギルガーはそう呟くと、放たれた光線を避けると、それの心臓部に剣を突き立てた。
「アウ……ア……」
それは心臓部から血を流しながら地面に倒れた。
「ゆっくり休め。約束は守ってやる」
ギルガーはそう言い残すと他のそれらに向かっていく。
絶対に生還すると、そう強く決意して。
戦争は獣人側の敗北で終わった。
犠牲は多かったが、ギルガーとラルダスは無事生き残った。
しかし、心には大きな傷を負った。
人間が嫌いだ。
獣人の国に侵攻してきた人間は嫌いだ
自分の仲間を道具のように扱う人間は嫌いだ。
ひどく優しくて、それでいてひどく残酷な嘘をつく人間は嫌いだ。
目が覚めると、リリカは自分の部屋とは違う、暗い部屋にいた。
両手両足は縛られ、身動きを取ることはできない。
私はどうしてこんなことになっているのだろうか。誘拐された?サレウスさんに売られた?それとも―――
考えが悪い方へ、悪い方へと向かっていく。
「うむ。起きたか人間」
その時、混乱していたリリカに声がかけられた。
そちらに振り向くと声をかけてきた虎の獣人と、奥の方で不愛想な顔をして座っている獅子の獣人の姿が見えた。
「……誰ですか?」
「俺はラルダス。そっちのはギルガーという。歩兵部隊のまとめ役であり……お前を誘拐した犯人だ」
私を誘拐した犯人。目の前の獣人はそうはっきりとリリカに告げた。
「……やっぱり人間では駄目ですか?」
「あたりめぇだろ!ここをどこだと思ってんだ!人間に敵対する『自称正義』だぞ!純粋な人間が入れる道理がねぇだろうが!」
リリカの質問にすごい剣幕で答えたのは後ろの方で沈黙を決めていたギルガーだった。
「俺は人間が嫌いだ!大嫌いだ!もちろん敵としても嫌いだし……味方としても嫌いだ。特に後者なんてもう一生ごめんなんだ!」
なんだろう。このギルガーという獣人の口ぶりからすると、過去に人間と仲間関係を築いていたような、そんなような言い方だ。
人間と獣人族との戦争は数年前のことだ。しかし、その前からこの二つの種族の仲はお世辞にもいいとは言えないようなものだった。それゆえ、この二人が人間と個人的な接点があったとは考えにくいのだが。
ラルダスは続けて口を開く。
「お前は後で奴隷商人に売り飛ばす手筈となっている。あの薄汚い商売をする人間を城に招くのは不愉快ではあるがそれも仕方がない。全てはこの組織の不純物を取り除くため。貴様はここにいていい存在ではないのだ」
はっきりと言われてあらためて気づかされた。
そうだ。その通りだ。
薄々気付いてはいたのだ。私は人間。この組織の敵。それがここにいることが間違い以外の何であろう。
私は人間。そして私は奴隷。
それなのに普通の生活を夢見てしまった。
それはきっといけないことで、この世界には許されないことなんだ。
ならば私に残された選択肢は一つしかない。
この二人の言う通り、ここから出ていこう。
しかし、私が全てを諦めようとした時、暗い部屋に光が差した。
「見つけたぁぁっ!!!」
開かれたドアの向こうにいたのは、リリカをここに連れてきたアデルだった。
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