05:リリカの才能

「おほん、それじゃあリリカちゃん。改めてよろしくね?」

「は、はい。よろしくお願いします」


リリカは急展開に驚きながらもアルフィアに挨拶をする。


「よし、いい返事だね。それじゃあ始めようか。まず水属性の大きな特徴は回復魔法が使えることだ。だから私の救護隊の隊員は皆水属性が適応属性なんだ。できればリリカちゃんにもうちに入ってほしいんだけど……まぁそれはおいおいってことで。覚えててくれればいいや。無理やり勧誘してもアデル君がうるさいだろうしね」


アデルはカルビアと共に闘技場の端に座ってこちらをぼーっと見ている。頬に痣が出来ているのはさっき喧嘩していた時に仲裁に入ったサレウスに殴られていたからだろう。

ああいう言葉遣いのサレウスがアデルを思いっきりぶん殴っていたのには少し驚いたが、他の誰も特に驚いた様子を見せないので日常的なことなのだろう。


「回復魔法は他の魔法とは違う技術が必要だし、とりあえず普通の魔法から教えようか。じゃあまずは『水剣』だね。中級魔法だけど魔力量があるなら大丈夫だ。私がやってみるからとりあえず見ててね。『水剣フラガラッハ』」


アルフィアが魔法を発動させ、指を上に向ける。

すると、アルフィアの指から一筋の水流が勢いよく噴き出した。

その水の勢いは先ほどの基礎魔法ファンデーションとは比べ物にならない。


「アデルくーん、なにか試し切りできそうなもの投げておくれよ」

「あぁ?自分で用意しとけよ……ほらよ」


アデルは近くにあった、手にちょうど収まるくらいの大きさの石をこちらに放り投げた。


「ありがとー」


アルフィアはお礼を言いながら指を石に向かって振り下ろす。

同時に指から出ていた水流も放り投げられた石に向かって振り下ろされる。

そしてその水流はいともたやすくその石を真っ二つに切断した。


「これが『水剣』。水圧の高い水流を生み出すことで物体を切断できるまでに昇華させた魔法だ。その人の腕次第だけど、数十メートルは届くよ。火属性の『錬金アルケミー』とかが使えると研磨剤とか混ぜられるようになってもっと威力が上がるんだけど、まぁ今はいいでしょ。とりあえずはちゃんと使えるように練習しよっか」

「はい」


リリカはさっそく練習を始めた。

魔力操作は先ほど習得した。指先に意識を集中させる感覚。

指先がほのかに熱くなってくる。


「『水剣フラガラッハ』!」


指先を頭上に向け、リリカは魔法を発動させる。

瞬間、指先に集めた魔力が急激に失われていくような、そんな虚無感のような何かに襲われる。

リリカの頭上に現れたものは先ほどリリカが目にした細い一筋の水の線とは明らかに違う、水柱といって差し支えないような水剣だった。


「あちゃー、逆にすごいなこりゃ。多すぎる魔力が魔法を暴走させちゃってるや」


アルフィアは感心したようにその光景を眺めている。

しかし当の本人であるリリカからすれば、そんな場合ではない。

これはどうやって止めればいいのか。


さっきアルフィアはこの魔法で石を簡単に切断していた。

そんなものが今自分の頭のすぐ上で暴走している。


人間は自分が理解できないものが怖いものだ。

こわい。この魔法がこわい。この魔法で傷つくのがこわい。いや、それよりもこの魔法で他人を傷つけるのがこわい。


「助けて……」


自然に喉から助けを呼ぶ声が漏れる。

しかしすぐにハッと口をふさいだ。

人に頼ってはいけない。私のような下賤な奴隷が人様の力を借りようとするなど厚かましいにも程がある。

すぐに撤回しなくては。


しかしそんな暇もないほどすぐに、後ろから不意に肩を掴まれた。


そして背後からの「『失効エクスキュート』」という声と共にリリカの作り出した『水剣フラガラッハ』は消滅した。


リリカを助けてくれたのはアデルだった。


「なにしてるんですか……私は奴隷ですよ?」

「はぁ?まだそんなこと言ってんのか。いい加減その奴隷根性捨てちまえよ。それにそもそもお前が助けろっつったんだろうが」

「それは……そうなんですけど……、でも本当に助けてくれるなんて思わないじゃないですか」

「なんじゃそりゃ。つかなんで俺は助けて怒られてんだよ!」


アデルは不満そうにしながらカルビアのいる方へ戻っていった。




「さて、練習を続けようか」


アルフィアは何事もなかったかのように練習を再開しようとする。こんなのは慣れっこなのだろう。

しかしリリカにとってはそうではない。

恐怖で足が震える。魔法が怖い。


「と思ったけど、駄目そうかな……。まぁ確かに初めての魔法であそこまでの暴走をすると恐怖が根付いてしまうのも無理はない、か。あんまり無理させるとまたアデル君に怒られちゃうしなぁ。今日は回復魔法の練習でもしてみる?攻撃魔法よりは怖くないでしょ?」

「すいません……」


リリカはアルフィアの提案に乗ることにする。これでは練習などまともにできそうもないから。


「いいんだよ。これでリリカちゃんがうちに来てくれる可能性も上がるしね!じゃあちょっと待っててね!」


アルフィアは嬉しそうにしながらサレウスのもとへと歩いて行った。攻撃魔法の練習を辞めることでも伝えに行っているのだろう。


「……大丈夫?」


気付くとリリカの隣にはカルビアがいた。


「あ、すいません驚かせちゃって……」

「……リリカはすぐ謝るね」


カルビアは少し残念そうな顔をして、頑張って、と言い残して闘技場の端に戻っていった。

リリカはカルビアがどうしてあんな表情を見せたのかわからず、首を傾げるばかりだった。




カルビアと入れ替わりでアルフィアが戻ってきた。


「サレウスさんもそれでいいってさー。じゃあ回復魔法の練習始めるよー」

「よろしくお願いします」


要はこの組織にとって何かの役に立てばいいのだ。それが攻撃役であったとしても、回復役であったとしてもその基本さえ変わらなければ問題ない。


「回復魔法っていうのは普通の魔法とは違って魔力を触れた相手に流し込むイメージでやるんだ。攻撃魔法と違って暴発してもあんまり問題ないから安心してね」


回復魔法は指先に魔力を集める工程をすっ飛ばし、そのまま相手に魔力を送る。この魔力を送る、という作業が初心者にはなかなか大変らしい。


「詠唱は『治癒ヒーリング』。さぁリリカちゃん、やってみて!相手は私でいいよ!」

「はい。『治癒ヒーリング』っ!」


リリカはアルフィアの手を握ると、ぎゅっと目をつぶりながらアルフィアに流れ込む魔力をイメージしながら魔法の詠唱を行う。いくら安全と言われても先ほど植え付けられた魔法への恐怖心は未だに胸の中にとどまっているのだ。

すると握っていた手が暖かな光を放ち始める。先ほどのように急激に魔力を吸い取られる感覚はしない。

握っていたアルフィアの手が緩められる。


「リリカちゃん。目を開けなよ。成功だ」


リリカは言われた通りにそっと目を開ける。すると視界に入ってきたのは満面の笑みを浮かべたアルフィアの顔だった。


「いやぁ、すごいよリリカちゃん!まさか一回目で回復魔法を成功させちゃうなんてね!魔力の質も高いしこんな素晴らしい才能、放っておくわけにはいかないよ。そう思うよねねぇアデル君!やっぱりこの子もらっていいかな?」

「なんでいちいち俺に聞くんだよ」


傍観していたアデルが腰を上げ、めんどくさそうにこちらに歩いてきた。


「えー、だってなんかアデル君リリカちゃんの保護者みたいだしぃ」

「黙れ殺すぞクソエルフ。おいリリカ。お前のことなんだからお前がが決めろ。救護班に入んのか入んねぇのか」

「えっと……入っても、いいです」

「やったぁ!言質は取ったよ!アデル君もこれで文句ないよね!」

「リリカがいいならそれでいいっつってんだろ」

「じゃあリリカちゃん!今度隊の皆に紹介するよ!それまでちゃんと今の練習をしておくこと!相手は誰でもいいから!今日の授業は終わりっ!」


アルフィアはそう言い残すと機嫌がよさそうな顔をして、スキップをしながら闘技場を出て行った。


「あの野郎言質だけ取って帰りやがった……。嫌になったらいつでも言えよ?」

「大丈夫です。頑張ります」


リリカのここでの役割がようやく見つかったのだ。もちろんアデルの従者としての仕事もこなすつもりだが。


「おめでとうございますリリカさん。これなら十分に幹部の皆さん、と言いますか主にゲーデさんを納得させられるでしょう。明日にでもまた会議を開きましょうか。その時はリリカさんもご出席よろしくお願いしますね?成果を見せなければいけませんからね」


こうしてこの日の魔法練習は、最初に求めていた結果とは違うが結果的には成功、という形で終わった。












ギルガーとラルダスは闘技場での練習風景を陰から眺めていた。


「ギルガー。あの娘、回復魔法を習得したようだな」

「チッ、腐っても転生者ってか。このままじゃあいつマジで救護班にでも入っちまいそうだな」

「そうだな……それで、どうするんだ?」

「もちろん阻止するに決まってんだろ」


ギルガーは虚空を睨んで一言。


「―――人間を信じるなんて馬鹿、二度としてやらねぇからな」


そう呟いた。






次の日の朝、アデルはリリカの部屋に向かっていた。

朝の会議に出るために朝6時に俺の部屋に来いと昨日の夜にリリカに伝えておいたのに、リリカときたらいつになっても来やしない。

いつも奴隷が奴隷が言ってるのに時間も守れないとは。だったら最初から奴隷奴隷といちいち気にするなという話だ。


「おいリリカ!6時に来いっつったろ!もう6時半だぞ!」


アデルはそう言い放ちながらリリカの部屋のドアを開ける。

しかしその部屋には誰もいなかった。


「リリカ……?」

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