03:緊急会議と初めての朝
小鳥の鳴く声が聞こえる。瞼の隙間から光が漏れてくる。
リリカは組織に入って初めての朝を迎えていた。
昨日はとんとん拍子でアぺラスに入ってしまった。こんなに簡単には入れてしまっていいのだろうかと疑わしくなるくらいにはするすると物事が進んだ。
そもそもリリカは人間だ。サレウスはこの組織に入るのに種族は重要ではない、悪魔だけではなく獣人族だってエルフ族だっているから気にするな、といったことを口にしていたが敵対する人間が組織の中に紛れ込んでいいのだろうか。
まぁ細かいことはリリカには分からないし下手に口を出すこともないだろう。
さて、今、リリカはアデルのベッドの上にいる。おかしい。リリカは確か床で寝たはずだ。
昨日の晩、リリカはアデルの部屋で寝ることになった。まだ部屋の確保が出来ていないせいだ。あの王国の城に似ているここで寝るのはあまり気が乗らなかったが、徐々に慣れていくしかないだろう。
リリカは昨晩床で寝た。アデルはベッドで寝ろ、と言ってきたが元奴隷の私が命の恩人のベッドで寝て、その恩人が床で寝るなんて、そんなことあっていいはずがない。そう言ってリリカは床で寝た。
しかし、起きてみるとリリカは布団をかけられて、ベッドの上にいた。一体何が起きたのか、リリカには分からなかった。しかも既にアデルの姿はない。奴隷だった頃はが主人より遅くに起きるなど、どんなひどい拷問を受けても文句は言えなかった。後でアデルに謝らなければ。
その時、扉が開けられる音がした。アデルだろうか。
しかし、開いた扉の向こうにいたのは予想とは全く違う、ゼルとカルビアの兄妹だった。
「おはよーリリカねーちゃん!よく寝たか?」
「……おはよ」
昨日と同じ、テンションのまるで違う兄妹。なんだか兄妹にしては似てないと思う。
「お、おはようございます」
リリカは急いでベッドを出ると、頭を下げて朝の挨拶をする。お辞儀は深々と45度。6年間のご主人様の躾の成果だ。
「ねーちゃん俺らみたいな子供にまで敬語使わなくてもいいのによ。まぁいいや。アデルにいちゃんから伝言預かってんだ。『飯食ったらわりぃけど部屋の掃除と洗濯しといてくれ』だってよ。」
「……ごはん、一緒に食べよう」
二人は手にサンドイッチの入った包みを持っている。朝ごはんだろう。
「……ご一緒していいんですか?私は……」
私は元奴隷。そう言おうとした。
アデルが解放してくれていたとしてもそのレッテルはいつまでたっても取れることはないだろう。結局、奴隷はいつまで経っても奴隷なのだ。この子たちはまだ知らされていないのかもしれない。きっと知ったら軽蔑することだろう。私から離れていくだろう。私を人とは扱わないだろう。
奴隷とはそういうものだと、6年間で学んだのだ。
「元奴隷、だろ?知ってるよそんなこと。それより早く食べようぜ!俺腹減ってんだ!」
しかし無邪気な笑みとともにゼルの口から出たのはリリカの予想とは真逆の言葉だった。
リリカは思わず呆然とその場に立ち尽くす。
「……リリカは遠慮しすぎ」
カルビアにも諭されてしまった。
「アデルにいちゃんも言ってたぜ。リリカは奴隷じゃなくて使用人だって。使用人とご飯食べるくらい別におかしなことじゃないだろ?ほら、父さんの作った飯美味いんだぜ?」
そういってゼルは包みの中に手を突っ込むと、中からサンドイッチを一つ取り出してリリカの口に突っ込んだ。
「んぐっ!?んぐんぐ」
突然のことに驚きながらもリリカは口の中に入ってきたそれをゆっくりと咀嚼した。
「うまいだろ?」
ゼルが無邪気な笑みを絶やさずにそう問いかける。
「はい」
素っ気ない回答ではあるが、本当のことだ。
「……リリカ、こっちむいて」
ちょうど食べ終わった頃、カルビアに声をかけられたのでそちらに振り向くとまたサンドイッチを口に押し込まれた。
「ははははっ!リリカ、ハムスターみてぇ!」
大きく切られていたものだったらしく、リリカの頬はパンパンになった。
「ふふふっ」
カルビアもつられて笑う。彼女はずっと無表情なので、なんだか笑顔が新鮮に感じる。
そのあとは3人で笑いながら朝ごはんを食べた。
そのご飯はこの世界で食べた中で一番おいしく感じた。それはサレウスの腕によるものなのだろうか。それとも何か別の――
アデルは会議場にいた。
なぜかと理由を聞かれれば、それは昨日の夜のある出来事に起因する。
昨日の夜、ギルガーとラルダスにすれ違った。
ギルガーは獅子の獣人であり、ラルダスは虎の獣人だ。
二人とも歩兵部隊のナンバー1,2であり、同時に過激派組のトップでもある。ちなみにアデルやサレウスは一応中立派だ。
共に過去に王国との戦争に敗れた獣人の国の生き残りであり、何人かの生き残りとともにこの組織に入ってきた。この組織の歩兵部隊の殆どが獣人で構成されており、同じ国の生まれの者たちだ。
二人はアデルを見るとズカズカと近づいてきて、ギルガーが
「おいアデル!てめぇ人間を拾ってきやがったそうだな」
と喧嘩腰でつっかかってきた。
「あァ?なんか文句あんのか?」
アデルも喧嘩腰で返す。はたから見るととても中立派の一人だとは思えない。
「あるに決まってんだろ!俺らが何と戦ってんのか忘れたわけじゃねぇだろうな?」
「王国、だろ?」
「違うな。人間だ。」
ギルガーは敗戦以来、人間そのものを憎むようになったらしい。ギルガーの取り巻きであるラルダスも同様だ。そのため、半分人間の血が通っているアデルともあまりいい仲であるとは言えない。
「別に人間全員が悪ってわけじゃねぇだろ。俺は一部のクソ共が許せなくてここに来たんだしそもそも俺だって半分人間じゃねぇか」
「てめぇの時だって随分と揉めたんだぜ?てめぇは知らねぇだろうがな。サレウスの野郎が頑張っていろんなところに根回ししてよぉ」
それは初耳だ。なんだかんだでサレウスには頭が上がらない。
「だったら俺もその根回しとかいうのをやってやんよ。それでいいんだろ?」
「ケッ、てめぇのおつむで出来るもんならやってみろ」
アデルは確かにあまり頭のいい方ではない。まぁサレウスが優秀すぎるというのもあるのだが。
「やってやらぁ!見てやがれクソライオン!」
アデルはそう叫ぶとサレウスの部屋に向かい、たどり着くと勢いよくドアを開けた。
「どうしたんですかアデル、こんな時間に。私の可愛い子供たちが目を覚ましてしまうではないですか」
「っとすまん……ってそうじゃねぇ。明日朝一で会議を開くぞ。幹部共に呼びかけとけ。それだけだ。じゃあな」
そう言い残すとアデルは部屋を出て行った。あの兄妹の睡眠を妨害するのはアデルの望むところではない。
そして朝を迎え、この状況になったというわけである。
会議場には組織の全ての幹部が揃っている。ギルガーとラルダスも当然出席している。サレウスの一言で次の朝にはこれなのだからサレウスがどれだけ慕われているかがわかるだろう。
一通りメンツが揃ったあたりでサレウスが立ち上がる。
「皆様、本日は急なお呼び出しにも関わらずお集まりくださりありがとうございます。今回は空戦部隊隊長アデルから会議を開いてほしいとの申し出がありましたのでお集まりいただいた次第です。それではアデル、前に」
「おう」
アデルはサレウスの指示により正面の壇上に上がる。ギルガー達に睨まれているが無視した。
「知っている人もいるかと思うが昨日俺は王国への偵察ついでにある人間を拾ってきた。元奴隷の転生者だ。だが昨日それについて文句を言ってきた奴がいた。誰とは言わねぇけどな。」
言わないのは大方のメンツが誰のことか察することが出来るからだ。それほどアデルとギルガーの不仲は有名である。
「そこでだ。純粋な人間を組織に入れていいかどうか、正式に決めてほしい。この会議の決定ならどっかの誰かもうるさく吠えることもなくなるだろう?そういう訳で一つよろしく頼む」
そう言うとアデルは壇上を降りた。
「俺は反対だ!人間だぞ人間!俺たちの敵だぞ!?」
真っ先に反対したのはやはりギルガーだ。
「俺だって半分は人間だ」
そう反論したアデルとギルガーがにらみ合い、昨日の晩と同じ展開になりかける。
「まぁお二人ともそうかっかしなさんな。ちょいと落ち着けや」
そこで煙草をふかしながら口を開いたのがこの正義を狩る者達で最高齢の幹部、ゲーデだ。
彼は魔王軍でも幹部を務めていた実績があり、他の幹部からの信頼も厚い。
「アデル、おめぇさんがここに入れたのは将来戦力として使えそうだと皆が判断したからだ。ここには悪魔も獣人もエルフも、それこそおめぇみてぇな半龍までなんでもいる。人間の一人や二人いたって構わねぇと俺は思う。ただ、その人間はこの組織に協力できるのか?この組織に益をもたらしてくれるのか?そこが問題だ。それを見極める時間をやって、話はそれからでいいんじゃねぇか?なんでもいい。何かそいつにしかできないことがあって、それをやる気もあるってんなら俺ぁ喜んで歓迎するぜ。」
他の幹部たちもゲーデの話を聞いてうんうんと納得したように首を縦に振っている。それがこの会議での幹部の総意となったようだ。ただ、ギルガーだけはずっと不満そうに貧乏ゆすりをしながらゲーデの話を聞いていたようだが。
「それではアデルの拾ってきた人間についてはひとまず見極める時間を与えるということで皆様よろしいですね?それでは他に議題に挙げたいものがある方はいらっしゃいますか?」
誰も手を挙げない。今日はこれで終わりのようだ。
「いらっしゃらないようなので、これで今朝の会議を終了いたします。繰り返しになりますが、本日はお集まりいただきありがとうございました。」
こうして堅苦しいサレウスの挨拶とともに朝の緊急会議は幕を閉じた。
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