02:自称正義
今、アデルは一人の少女を抱えて大空を飛んでいた。
先ほど気まぐれで助けた少女、名前はリリカというらしい。
たまたま目にしたその少女が何となく昔の自分に重なった、ただそれだけのことだ。
リリカはアデルに抱えられながら顔を引きつらせている。初めての空はやはり怖いのだろうか。それとも突然の状況についていけていないだけなのだろうか。
まったく俺も何でこんなことしたんだか。俺らしくもない
そう思いながら脇に抱えている少女に目を向けると、ふとリリカの首元に目がいった。リリカには青い首輪がかけられていた。
「お前……転生奴隷か?」
リリカはふっと顔を上げ、コクンと頷いた。
王国が異世界の住人をこちら側に召喚する時に幼子が召喚されてしまうことがある。というかそちらの方が多いとすら聞いたことがある。
その場合、王国はその幼子を奴隷商人に売り飛ばしているらしい。
王国が召喚をする時、欲しているのは即戦力だ。決して、いくら転生者とはいえまだ魔力も心もとない幼子を求めているわけではない。かといってそういった者たちを育て、いずれの戦力にするというのもコストがかかりすぎる。ただでさえ召喚は大勢の魔術師の命と引き換えに行われているのだ。
そのため、幼子は奴隷商人に売り飛ばされ、次の召喚へのコストの一部にする。そしてある程度育ってから買い戻せる者は買い戻せばいい。その方がよっぽどコスト削減になる。
まぁそうやって売られていった者たちのことを世間では転生奴隷、と呼んでいる。
目印は首に巻かれている青色の首輪だ。その首輪には転生者の膨大な魔力を抑制する魔術がかけられている。奴隷がそんな魔力を持つと、主の言うことを聞かずに暴走する可能性がある。そのための対抗措置だ。
「チッ」
アデルは転生者の3人を憎んで生きてきた。しかし、だからといって転生者が全員嫌いなわけではない。世に正義の象徴だと称えられている彼らのことが殺したいほど憎らしいだけだ。
この舌打ちは王国に対するものだ。まったく奴らもひどいことをする。この少女は一体いくつの時にこの世界につれてこられたのだろうか。今までどんな仕打ちを受けてきたのだろうか。想像したくもない。
アデルは高度を下げ、着陸すると抱えていたリリカを地面におろし、龍化していない左手の方をリリカの顔の前に突き出した。
リリカはそれを見るとビクッと体を震わせ、「ごめんなさい……殴らないでください……殴らないでください……なんでもしますから……」としきりに呟きはじめた。
なんだかいじめてるみたいであまりいい気はしないな
「しっかり奴隷根性身に着けやがって。ほら、殴らねぇから黙ってやがれ」
アデルは左手に魔力を集中させ、一つの魔術を発動させる。
「失効」
アデルはそう呟くと、リリカの首元に手を伸ばす。
「やめて……殴らないで……殺さないで……」
リリカはまだビクビクしている。黙れと言ったのに全く、人の言うことが聞けない元奴隷だ。
アデルはリリカを無視し、首に巻かれている首輪をスルスルと外した。
「……え?あれ?」
リリカは狐につままれたような顔をしている。当然だ。そんなに簡単に首輪が外れれば6年間も首に巻いたままでいるわけがない。この首輪は魔術によって鍵がかけられている。開けられるのはご主人様だけのはずだ。
「おら、これでもうお前は奴隷じゃねぇ。だから奴隷だったころに覚えたことなんて全部忘れちまえ」
そう言ってアデルはリリカの首についていた首輪をポイと投げ捨てた。
「さてと、もたもたしてたら日が暮れちまう。さっさと行くぞ」
リリカを再び抱え、アデルは翼を羽ばたかせる。
「あの……」
飛び立つ直前、リリカが口を開いた。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
リリカは顔を上げ、アデルの顔を見ると
「すみませんでした。私なんかのために……」
と、呟いた。
「あんま自分を卑下すんな。助けた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか」
「す、すいません……」
「あとその敬語やめろ気持ちわりぃ。あんま年変わんねぇだろ。いくつだ?」
「……16」
「あー……俺の方が二つ上か。まぁとにかく敬語はやめろ。禁止だ禁止。知り合いを思い出して腹が立つ」
「えっと、じゃあアデル。私はどこに連れていかれるんですか?あ、いかれるの?」
リリカはたどたどしくアデルに質問を投げかけた。敬語以外の言葉に慣れていないのだろう。
「言ってなかったか?魔王城だよ。まぁ魔王はいねぇけどな」
適当に説明するがリリカは首を傾げている。これだけじゃ伝わんねぇのかめんどくせぇな
「えーっとだな、世間にパシステンターと呼ばれている集団は知ってるか?」
リリカは頷く。確か魔王軍の残党を揶揄する呼び名だったはずだ。しかしなぜ今その単語が出てくるのかリリカにはわからない。
すると、アデルはリリカの予想外の言葉を口にした。
「俺はその集団の、まぁ幹部みてぇなもんだ」
「え?」
パシステンターはこの世界の王国の現状での唯一の敵対者であり、この世界の主勢力である人間には忌み嫌われている。逆もまたしかりだ。
そんな人がどうして人間である私を助けたんだろう?私たちは本来敵同士であるはずなのに。
「ねぇ、どうして私を助けたんです……助けたの?」
そうアデルに尋ねると、アデルは複雑な表情になり、
「なんとなくだなんとなく。まぁ元々俺は中立派だし、そもそも俺自身半分人間だからな。別に人間は嫌いじゃねぇ。一部の奴らを除いてな」
そんな人がパシステンターに所属している理由がその「一部の奴ら」のせいなのだろう。そう察したリリカはそれ以上深くは詮索しなかった。
「おい起きろ。着いたっての。ったく、飛んでる人の横でぐーすか寝やがって」
「ん……?」
アデルに体を揺さぶられ、リリカは目を覚ます。
そこはまるでアニメやドラマなどでよく目にするようなお城の中の一室のような、そんな空間だった。この世界に来た時の、王国のあの部屋を思い出し、思わずリリカの体が強張る。違いといえば若干こちらの方が薄暗いことくらいか。
「どうした?緊張してんのか?」
「いえ、少し昔のことを思い出してしまいまして……」
無意識に敬語が口から飛び出す。
「敬語は禁止っつったろ。まぁいきなり変えんのも大変だとは思うけどよ。体、きついなら落ち着くまで休んでろ」
そう言ってアデルは部屋を出ていった。
この世界に順応するまでの苦痛の日々、あの頃の記憶が大量に流れ込んでくる。吐き気までしてきた。
やっぱりなかなかあの記憶は消えてくれないんだな、消してしまえたらどんなに楽か。
「駄目ですよ。記憶を無くすというのは必ずしもいいことばかりではありませんから」
不意に後ろから声をかけられ、背中をさすられる。
「え……?」
まるで心を読まれたような、そんな言葉をかけられてリリカは驚いて振り向いた。
するとそこには優しい笑顔を顔に浮かべた一人の男の姿があった。
眼鏡をかけており、まるで執事のような服装の男性。リリカはその頭に思わず目がいった。
その頭には二本の角が生えていた。悪魔の特徴だ。
「ひゃっ!」
思わず反射的に後ろに飛びのく。悪魔といえば一部の人間には死の象徴とさえ考えられているほど恐れられている存在だ。リリカもその存在は、悪魔嫌いだったご主人様からよく教えられていた。反射的に体が動いてしまうのも仕方がない。
「そんなに怖がらなくてもいいではないですか……。あなたも入るのでしょう?アデルの使用人としてこの自称正義、アペレレンター・ラスティティエに。ここにいれば悪魔なんて何もしなくても視界に入ってきますよ?」
「アペレレンター・ラスティティエ?」
聞きなれない言葉にリリカは首を傾げる。確か私が連れてこられたのはパシステンターだったはず。
「……なるほど。何も話していないんですねアデルは」
目の前の悪魔は何かを察し、大きなため息をつく。
ちょうどその後ドタドタと廊下が騒がしくなり、勢いよく扉が開かれる。
「サレウスこの野郎!ガキども押し付けて一人で先に行くんじゃねぇ!」
アデルの登場である。しかしアデルだけではない。アデルの肩に一人、アデルの陰に一人悪魔の角をはやした子供の姿があった。
「アデル兄ちゃん、誰だそいつー?彼女かー?」
「……彼女?」
肩に乗っているのは元気な男の子。陰に隠れているのは無口な女の子だ。
「うっせぇ黙ってろマセガキ共!彼女じゃねぇ使用人だ!つーか俺はサレウスに話してんだよ!」
アデルは肩に乗っている男の子をおろすと、サレウスと呼ばれたさっきの悪魔に向き直る。
「私もちょうどあなたとお話がしたいと思っていたところです。ちゃんとあらかたのことは話しておけと伝石で言っておいたでしょう?この子、うちの名前すら知らない風でしたけど?」
伝石とはあの世界での電話のようなもので、伝石に魔力を流すと最後に触れ合った伝石と通信が繋がる、というものだ。
電話と違って一つで色々なところに繋げるところができないので、あの世界を知っているリリカから見れば不便に見えるがこの世界の住人はそれが当然であるかのように使っている。まぁ当然なのだが。
「あぁ?しょうがねぇだろ、そいつ俺の腕の中でいびきかいてやがったんだから」
「は、はい!私、寝てしまったようで」
命の恩人であるアデルに迷惑をかけるわけにはいかない。
サレウスはリリカの顔をじっと見つめると
「嘘はついていないようですね」
と呟き、どうぞ、とアデル達にも着席を促した。
「さて、そういうことでしたらアデルに代わって私が説明するとしましょう。まずは自己紹介ですね。私はサレウス。この組織の、まぁ実質的なトップと考えてもらって結構です。ここはいくつかの派閥に分かれていて、少々小競り合いも起こりますが、まぁ気にしないでください。私が解決しますので。そしてあなたを連れてきたのがアデル。一応空戦部隊の隊長ですね。その周りにいる子供たちがゼルとカルビア。私の子供です。」
「はい?」
子供、という単語にリリカは驚いてつい声をあげてしまう。サレウスはどう見ても二児の父親になり得る様な年には見えなかったからだ。
「あなたも驚いてくれるのですか。よく驚かれるんですよね。なんだかもっと若く見えるらしくて。うれしい限りです」
そう笑顔で感謝される。嘘や冗談ではないようだ。
「話を続けましょう。と言っても話すことは後一つです。それ以外は後からアデルにでも聞いてください。さて最後はこの組織の名前です。世間にはこの組織はパシステンターと呼ばれています。しかしここでその名前を出すと怒ってしまう人もいるかもしれません。あまりいい意味では使われていないようですからね」
それもそのはずだ。王国とパシステンターは敵同士。敵のことをよく言う人などなかなかいないだろう。確かパシステンターという言葉が指し示すのは《しつこい奴ら》とかそんな感じだった気がする。
「なので私たちは自分たちのことをこう呼んでいます。アペレレンター・ラスティティエ。自称正義、と。まぁ長いのでアぺラスと略すものも多いのですがね」
なぜ自称などという余計な二文字がついているのだろう。何も知らないリリカにはそれが疑問だった。
「さて、それではリリカさん。改めてようこそ、この正義を狩るものに」
サレウスはいつも通り、笑みを浮かべてリリカを歓迎した。
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