プロローグ02:ある少年の慟哭

アデルという一人の少年がいた。


アデルは龍族の母と人間の父を持つ龍族のハーフという珍しい子供だった。人間の血が流れてはいるが、生まれも育ちも龍族の里で、生まれてから父親以外の人間と関わったことすらない。


そんな彼は昔からある物語が好きだった。いや、物語というよりは伝記に近いが、『アルフレッド戦記』というものだ。


簡単に説明するとその昔、今の魔王が生まれる前の魔王の、そのもう一つ前の魔王。まぁつまり二代前の魔王を3人の人間が討伐する物語だ。

その3人の中のリーダー格である人の名前がそのまま本の名前になっている。この世界では割とポピュラーな本だ。

そのアルフレッドに憧れる子供も多く、アルフレッドごっこだとかをやっている子供たちを目にする機会も多い。


アデルもそのうちの一人だった。アデルはアルフレッドに憧れた。悪の象徴である魔王を正義の象徴であるアルフレッドが打ち倒すというシンプルなストーリーに興奮した。


大きくなったらアルフレッドのように正義の味方になりたいと、本気でそう思っていた。








――しかし、アデルの価値観はある事件を機に一変することとなる。










その日はいつもと変わらない普通の朝だった。

うちは母さんのアリシアと父さんのバルク、それとアデルの三人家族だ。父さんはまだ寝ている。


「母さーん!ごはーん!」

「はいよー!ちょっと待ってな!」


龍族の食事はそこら辺で狩った野生の動物をただ焼いただけ、とかが一般的なのだが、うちの場合は父親が人間なのでそこまで豪快な食事が出ることは少なく、人間に合わせた食事を出しているらしい。まぁ本物の人間の食事なんて見たことないからアドルにはそれが本当なのかはわからないが。


最近変わったことといえば半年ほど前に三人組の人間が今代の魔王を倒したと噂になっていたことくらいか。ユウヤ、リコ、ハルミとかいう3人で、なんでも3人とも転生者らしい。


転生者とは人間の王国の魔術師が魔術で異世界から呼び出された者たちの事だ。彼らは魔力量がこの世界の人間では有り得ないような値だったり、特殊な魔術が使えたりする。まぁ言うなればチートな存在、ということだ。アデルの好きなアルフレッドも転生者だったのではないかという噂もある。真実のところは分からないが。


転生者というのはこんな山奥の里で暮らしていれば一生見ることなんてないだろう珍しい存在だった。

しかし最近は人間の王国が魔術師を浪費して次々と転生を行っていると聞く。そして転生させた奴らの中から戦力になりそうな人間を選別しているのだそうだ。

そのせいで最近は割とよく転生者が何をしただのの情報が流れてくるようになった。相変わらずこの里には殆ど訪れたことはないが、まぁ普通の人間もあまり立ち寄らない場所ではあるので当然といえば当然か。


半年前はこの龍の里でもあちこちで彼ら3人組の名前を耳にしたが最近はめっきりそんな話も聞かなくなった。ブームが過ぎたということなのだろう。

当時のアデルもそんなことは気にもとめず、いつも通り母の作った朝ごはんにありついた。


朝食を終えて暫くした頃、里の外から遠吠えが聞こえてきた。ここ龍の里では来客が来ることは珍しく、見つけた者は遠吠えで来客があったことを知らせることになっている。

アデルはハーフなので部分的な龍化はできても全身の龍化は出来ないので遠吠えは出来ないのだがまぁ里から出ないし今のところ問題無いだろう。

いつもなら珍しいな、くらいのものなのだがその日のは少し違った。遠吠えが途中で途切れたのだ。


「あら、どうかしたのかね。ちょっと見てくるわ」


母も異常に気づいたらしくのっそりと家から出てくる。

龍族と言っても普段は人間とさほど変わらない姿をしているのだが、何かあったことを感じた母は龍の姿になり、バサバサと大きな羽音をたてて遠吠えの聞こえた方向へ飛んでいった。


「おうおはよう。何かあったのか?」


母の羽音を聞いて父も起き出してきた。

父は朝に弱く、毎日アデルより遅くに起きてくる。ちなみに里で唯一の人間だ。


「うん、なんかね。遠吠えが途中で止まっちゃったんだ。」


それを聞いた父親の顔が険しくなる。ついでに目もばっちり覚めたようだ。


「……それ不味くねぇ?龍族の誰かがお客さんにやられちまったんじゃねぇだろうな?」

「父さん心配しすぎだよ。里のみんなはそんなにヤワじゃないって」


龍族といえばこの世界では上位種族であり、勇者に滅ぼされた先代魔王にも一目置かれていた存在だ。ちょっとやそっとでやられるはずがないのだ。


「そうか?だったらいいんだけどよ」


しかし残念ながらこの心配は的中することになる

飛んでいったばかりの母が急いだ様子で戻ってきた。


「あんたたち!なんかまずいよ!お隣のフィルニムさんが殺されてたわ!」

「……え?嘘でしょ母さん」


フィルニムさんには昔から良くしてもらっていた。血の繋がりはないが、おじさんみたいな存在だ。

当然ながら彼も龍族であり、そこら辺の奴らに負ける理由もない。それを遠吠えしている一瞬で亡き者にしてしまうなんてはっきり言って異常だ。

つまり今この里には魔王軍幹部クラスか、人間の精鋭部隊か、それともそれ以上の何かが向かってきているということなのだ。


「相手は?」


父も真剣な顔で尋ねる。


「わからない。でも早く皆に知らせておかないと。まだ時間はあるはずだわ」


そういうと母は家を飛び出し、里の仲間にその事実を知らせに向かう。


「俺たちは先に出ておくか。俺は人間だから足遅いしな。行くぞアデル」

「う、うん」


アデルは突然の出来事に困惑しながらも出かける準備をする。

まぁアデルは龍族の血が半分流れているので普通の龍族のように空を飛ぶことはできるのだがわざわざ待っている必要もないだろう。

その時だった。外から爆音が聞こえてきた。何かがぶつかり合う音だ。


「何だ!?」


父が驚いて外に飛び出す。

アデルも続いて家の外に出た。


すると、そこには一つの戦場が広がっていた。


里の皆が龍化して三人の人間と戦っている。母もだ。あんなに必死な母は見たことがなかった。それ程相手が強いということなのだ。

相手はどんな奴なんだ。この里を襲いやがった奴はいったいどんな。


アデルは人間のほうに目を向け、そしてハッとなった。

アデルはその人物に見覚えがあった。いや、今となっては知らない人の方が少ないだろう。


母たちの相手、襲撃者の正体は魔王討伐を果たしたあのユウヤ、リコ、ハルミの三人組だった。


「なんで、なんであいつらが」


あいつらは勇者だったんじゃないのか?ユウヤなんてアルフレッドの再来とか騒がれていたじゃないか!勇者は正義の象徴なんじゃないのか?ならどうしてここにいる?どうしてこの里を襲う?それは正義とはかけ離れた行動じゃないのか?


アデルの中で勇者像がガラガラと崩れていく音がした。正義って、なんだ?


「アデル!早く逃げな!」


母の怒声でボーっとしていた頭が回復する。そうだ。今は逃げなきゃ。

アデルは里の外に向かって駆け出した。


「逃がさない!」


奴らの一人が逃げ出すアデルに向かって魔法を放った。奴はリコだったか。かなりの威力の雷魔法だ。間違っても正義を語る奴が子供に向けて撃つような代物ではない。


まずい、あたる――!


アデルは死さえ覚悟してぎゅっと目をつぶった。

直後、魔法の直撃する音がした。

しかし、いつになっても衝撃が訪れない。もしかしたら外したのかもしれない。そう思ってそっと目を開ける。


すると父と目が合った。その体はボロボロだった。アデルが目をつぶっていた時に何があったかそれだけで察しがつくだろう。


「逃げろアデル」

父はボロボロの体で一言、そう呟いた。


「父さん!父さんも逃げようよ!」

「あ?怪我人に無茶いうんじゃねぇよ」

「それなら僕が背負っていくから!ほら!」


アデルは父に背を向ける。


「逃げろっつってんだろぉ!」


父はすごい怒声を上げてアデルを叱った。


「でも、それじゃあ父さんはどうするんだよ!」

「いいんだよ俺は。いいか。大人ってのは、いや、親ってのは子供を守るのが仕事なんだよ。その仕事を放棄してまで生きていたいとは思わねぇ。わかったら行け」

「……で、でも」

「行けよ!俺らは大丈夫だ!親を信じろ!俺らの頑張りを無駄にするな!」


アデルは奥歯を嚙み締めた。ここに置いていけば父は死ぬのだろう。ただの人間で、怪我人だ。助かるわけがない。


「……わかった。大丈夫なんだよね!絶対戻ってくるからね!家でちゃんと待っててね!どこにもいかないでね!」


アデルはそう叫んで父親を置き去りにして逃げ出した。大丈夫だ、皆大丈夫だと自分に言い聞かせるように。そうでもしないと立ち止まってしまいそうだから。涙で前が見えなくなってしまいそうだから。

里を出る直前、ふっと後ろを振り向くと三人組と戦っている母と目が合った気がした。その目は優しく笑っている気がした。











三日の時が過ぎた。


三日間必死に逃げ続けた。三日間たくさん泣いた。三日間たくさん叫んだ。

足はもう限界だ。涙なんてもう枯れた。喉もとっくに潰れてる。


今自分はどこにいるのだろう。どうやったらあの里に戻れるのだろう。早く戻らなくちゃ。絶対戻るって父さんと約束したんだから。


ふらふらと里を目指して歩く。その歩みは遅く、アデルの顔も暗い。まるでゾンビのようにゆったりと歩みを進める。


無心で歩き続けて数時間が立ち、ようやく里にたどり着いた。


いや、里だった場所にたどり着いた。


そこは地獄だった。

辺り一面が真っ赤に染まり、たくさんの死体が転がっていた。


「あ、あ……」


言葉が出なかった。吐いた。それから辺りを探し回った。

見つけたくないものを探して歩き回った。


それは見つからなかった。

しかし生きているのならここで待っていてくれているはずなんだ。絶対大丈夫だ。皆で過ごしたあの家で待っててと、そう約束したのだから。


しかしよろめいた足で無意識にたどり着いた、もともと家のあった場所にはアデルの求めていたものは何もなかった。


思い出が詰まったあの家も、待っているはずの親の姿も、ましてや見つけたくないと思いながらも探していた二人の死体さえもそこにはなかった。

あるのはもともと家だったものの残骸だけだった。


「アアアッッッ!!!!!!」


もう枯れたと思っていた涙が流れ、潰れたはずの喉から悲鳴のような叫びが漏れた。絶望した。世界に一人取り残された、そんな孤独感を感じた。



その時、バサバサッと羽音がした。


ばっと音のした方を見上げる。仲間が生き残っていたのかもしれない。

しかし、そこにいたのは龍族ではなかった。

背中に生える羽と頭に生える二本の角。悪魔だった。


「まったく、彼らもひどいことをするものです」


その悪魔はそう呟くとアデルの前に降り立った。


「君、君は龍族ですか?それともただの人間ですか?」


アデルは答えない。答える気力がない。


「答えませんか、まぁいいでしょう。それではもう一ついいですか?君にはあの三人の人間への復讐心はありますか?」


復讐、という言葉にアデルはぴくっと反応した。


「復讐……?」

「はい。彼らを憎いと思いますか?」


悪魔はにこやかにアデルにそう尋ねる。

こういうのを悪魔のささやきというんだろう。しかし今のアデルにそんなことを考えている余裕はなかった。


「憎い……憎い憎い憎い憎い憎い憎い!」


憎い。奴らが憎い。俺の日常を一瞬で奪っていったあいつらが憎い。俺の大切な人を奪っていった奴らが憎い。


アデルの目が憎悪に染まった。


「そうですか。ならついてきなさい。飛べるのでしょう?ドラゴンさん」


悪魔は笑みを絶やさない


「行けば復讐ができるのか」

「はい。私たちもそうやって集まりましたから」


アデルにはその返事一つで十分だった。


「わかった」


アデルは立ち上がった。目の前の悪魔についていくために

今頼れるのはコイツだけだ。悪魔でもなんでもいい。俺に奴らを殺させてくれ。


アデルは羽を出すと、悪魔とともに里を飛び立った。

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