異世界奴隷と半龍野郎

@rune_neru

プロローグ01:ある少女の転生

突然だが、正義とは何なのだろう。

多くの人々が正しいと思ったことが正義となるのだろうか。

しかしその『大多数の正義』は特定の個人から見れば悪にしか見えないこともあるだろう。

そしてその個人の正義は大多数には悪として映ることもあるかもしれない。

正義は悪になり得るし、悪は正義になり得る。

ならば正義とは、悪とは何なのだろう。そこに違いなどあるのだろうか。














梨々花はいつも通り小学校の授業を受けていたはずだった。

給食を食べた後の5時間目で、少しうとうとしていた気がする。

よく覚えていないが、多分寝てしまったのだろう。


そして目を覚ました時には既にこの状態だった。


周りにはいつもと違う、見慣れない風景が広がっていた。

まず場所がどう見ても見慣れたいつもの教室ではない。アニメやドラマなどでよく目にするお城の中の一室のような、そんな内装の部屋だった。とても現実だとは思えない。


更に、毎日何気ない会話を交わしていたルームメイトの姿さえそこにはなく、代わりにいたのは杖を持ったよぼよぼの老人と偉そうにふんぞり返っている1人のおじさん。

それと数人の若者。若者の中には立っている者は少なく、殆どの人が倒れていた。生死は不明だ。

いや、吐血している者も多いのを見る限り生と死のどちらに偏っているかは何となく察しがつくか。


辺りには生々しい死体とむせかえるような血の匂いが充満していたのだ。


まだ幼い梨々花にはその光景は余りにも悲惨すぎた。ただでさえ突然の環境の変化に脳の処理が追いついていなかったのだ。


「きゃああああああああああ!!!!」


梨々花は悲鳴を上げると、老人の「また失敗か……」という呟きを耳にしながら再び意識を手放した。






次に目を覚ますとそこは暗い場所だった。ゴトゴトと床がひっきりなしに揺れているから何か乗り物にでも乗っているのだろう。

知らない間に首には首輪が付けられ、手には手錠がしてある。なんで?なんで私がこんな目にあっているの?私がなにか悪いことした?


「あ、目が覚めた?おはよう!」


頭の中がぐちゃぐちゃになっていると、隣からこの場に全くそぐわないような明るい声が聞こえてきた。


声のした方に目を向けるとそこには梨々花と同じように首輪と手錠が付けられた女の子がいた。見たところ歳は梨々花と同じくらいだろう。


「……誰?」


梨々花は警戒心をあらわにしながらその少女に問いかける。この何もわからない状況だ。警戒するに越したことはない。


「私?私は優樹菜!」


優樹菜と名乗るその少女はあなたと同じだよ、といって手首についた手錠を梨々花に見せるように掲げた。どうやら彼女も梨々花と同じ状態にあるようだ。

しかしそれにしては随分と落ち着いた様子だ。見た目に反して精神年齢は高いのかもしれない。

もしかしたら彼女は気を失っていた梨々花よりはこの状況について何か知っているかもしれない。

とにかくこの子は敵ではない。そう瞬時に判断した梨々花は質問を投げかけた。


「ねぇ優樹菜ちゃん、ここはどこ?なんで私たちこんなもの付けられてるの?」

「えーっとね、ここはアレゾナ王国?だったっけな?って商人さんが言ってたよ」

「アレゾナ王国?商人さん?」


聞きなれない単語ばかりだ。いや、商人という言葉は小説などで目にすることはあったか。それでも日常的に使う言葉でもないだろう。


「そ、商人さんはこの馬車を引いてる人よ。ずいぶん太ったおじさんよ。アレゾナ王国ってのは……まぁそういうもんだと思っておいて。まぁ国の名前よ、この国のね」


アレゾナ王国なんて国、聞いたことがない。でも世界には国がたくさんたくさんあると学校の先生が言っていたし、まだ幼い梨々花が知らない国もたくさんあるのだろう。なのでそこに関してはあまり違和感を抱かなかった。


しかし、もう一方の単語には少し引っかかるところがあった。商人さんって確かに物を売る人のことだったはず。でもこの馬車には私たちとその他に数人の手錠をつけられた子供が乗っているだけで売るものらしきものは見当たらない。一体どういうこと?


梨々花が首を傾げていると優樹菜が続けて口を開く


「じゃあもう一つの質問に答えるね?私たちがなんで色々付けられてるかってことだけど……それは私たちが売り物だからだよ」

「え?」


梨々花は目の前の少女が何を言っているのか分からなかった。いや、分かりたくなかっただけだったのかもしれない。


「簡単に言うとね、杖持ったおじいちゃんいたでしょ?あの人が無理やり私たちをここに連れてきたんだけどあの人の思ってたのと違ってたから売り飛ばされちゃったってこと」


優樹菜はそう何でもないようなトーンでとんでもないことを梨々花に告げた。

知らない間に自分が売り物になっていたなんて、信じられない。


「なんで、そんな、訳わかんない。ねぇ嘘でしょ?」

「ホントだよ。この手錠と首輪のせいで逃げられないしねー。どうしようもないよ」


優樹菜は相変わらずこの場には似合わないおちゃらけた雰囲気で答える。


「なんで、なんであなたはそんな明るく振舞ってられるの!?今大変なんだよ!?真面目になんとかしなきゃ!」

「落ち着きなよ梨々花。さっきも言ったでしょ?もうどうしようもないんだよ」


その時の優樹菜の顔を見て梨々花はハッとなった。

そう言う優樹菜の顔も、声も、目もが私はもう諦めたんだ、と梨々花に訴えているようだった。


この少女は真実を知り、絶望し、諦めたんだ。明るく振舞ってたのは所謂空元気ってやつだったんだ。幼い梨々花にもなんとなくそう理解できるほど、優樹菜の表情は強く苦しみを表しているようだった。


確かに現状をなんとか出来る方法なんて一つも思いつきやしない。優樹菜のように全てを諦め、何もかも流れに任せてしまった方が楽なのかもしれない。


「そっか、もうどうしようもないんだね……」


梨々花はそう呟いた。それが梨々花の何もかもを諦める、という選択をした瞬間だった。

その後は特に会話をすることもなく、ただ馬車に揺られながら時が過ぎるのを待つだけの時間が続いた。

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