第4話「決別」
……ジュンの様子がおかしい。
表情に生気がない。肌艶も悪い。いつも眠そうにしている。
集中力が散漫になり、練習の最中に生あくびまで出るようになった。
「ねえ、ジュン」
とうとうたまらなくなって、わたしは切り出した。
「練習が辛いならそう言って? それとも単純にやる気がないだけ?」
ジュンは呆然とした顔をしていた。すぐにわたしが怒っていることに気がついたようだが、はっきりとした答えは返さなかった。
「やる気は……あるよ」
唇を噛むようにうつむいた。
じっと、嵐が過ぎるのを待つ姿勢だ。
わたしの説教を
「……っ」
その瞬間、わたしの中の何かが冷えた。
「そう……わかったわ。けっきょく、わたしのひとり相撲だったのよね? ふたりで頑張って合唱会を成功させようと思ってたのはわたしだけだったのよね?」
「え……ちょっと頼子さん……?」
ジュンは驚き、ぱっと顔を上げた。
「いつも眠そうにしてるけど、夜更かしでもしてるの? テレビ? マンガ? 集中力が途切れがちだけど、何か他のことでも考えてるの? たとえば、智恵ちゃんのこととか?」
「……なに言ってるんだ?」
わたしにもわからない。
でも止まらなかった。感情が堰を切ったように溢れた。
「いいのよ別に。人間には人間が一番いいに決まってるもの。女のわたしから見ても、智恵ちゃんはいいコだもの。ふたりで上手くやるといいわ。わたしみたいなおばあちゃんなんて気にしなければいい。ついでにここでのことも全部忘れてしまえば?」
「ちょっと……頼子さん……っ?」
目を赤くしながらピアノの中に逃げ込もうとしたわたしの手をジュンが掴んだ──掴もうとした。
だが霊体のわたしに、生身のジュンが触れることは出来ない。
掌と掌。手首と手首。腕と腕。肩と肩。
わたしの体を貫くように、ジュンが移動した。住む世界の異なる存在が重なり合った──瞬間。
──バヂッ。
特大の静電気が発生したように、青白い閃光が弾けた。
「うわわっ!?」
ジュンは衝撃で尻もちをついた。
「い……いまのは……っ!?」
放心したように自分の手を見ている。
火傷はしていない。怪我だってしていない。
反発したのは線だ。
幽霊と人との間の、断固とした境界線。
「わかった? あなたは人間でわたしは幽霊。そういうことなの。だからあなたも、もうわたしに関わるのはもうやめなさい。……もう、来ないで」
「頼子さん!?」
ジュンの声を背中に浴びながら、わたしはピアノの中に逃げ込んだ。
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