Bパート 後

 デッキは風が吹き荒れ、何かにつかまっていないとバランスを崩し体ごと飛ばされそうになる。


 セリパラ号は船体をギシギシ言わせながら、遠深黒海の淵を飛んでいた。黒い雲との境目を航行し、時々内側へ引き込まれそうになる。


「戦況はどうだ」


 薫がデッキに出てきて、イノガリに聞いた。


「見ての通り、風の影響で戦闘機はここまで近づけないでいる。だが、風に乗ってくると打ち込まれる」


「風に慣れるのも時間の問題か。向こうの戦力は?」


「小型戦闘機が四機飛び回っているが、母艦の力は不明。その小型戦闘機なんだが」


 イノガリが説明しようとした時、一機の戦闘機がセリパラ号の真下から突風に乗り、急浮上してきて船の真上で止まった。すかさず、クルーはデッキから発砲する。が、すべての銃弾は黒い装甲に弾かれてしまった。


「めり込むこともなく傷一つつかないのか」


 薫は驚いた。


「母艦の黒鉄と同じ装甲のようで、弾は弾かれるだけ」


 イノガリは言い途中だった説明を続けた。


 真上の戦闘機は、機体を風に揺さぶられてバランスを保てず遠深黒海側へ引きずり込まれてしまった。


 次にセリパラ号の後方に位置取った戦闘機が銃撃してきた。数発、銃弾が当たった。


「セリパラ号を蜂の巣にする気かよ」


 薫は攻撃されてカッとなり、デッキから身を乗り出して肩から下げていた銃を後方の戦闘機にむけて撃った。連射された弾は、先と同じように装甲に弾かれるだけだった。


「船長。無理しないで下さい。落ちますよ」


 イノガリは半身船の外の薫をつかみ押さえていた。


「軍隊ですら装備していない特殊装甲。うちの飛空艇も黒鉄でまとった方がいいのか。俺は木造の何とも言えないやわらかい飛空艇が好きなんだよな」


 薫は肩を落とした。


「私も木造のセリパラ号が好きです。船長、一緒ですよ」


「イノガリ……」


「提案ですが、あれを使いますか? こんな時だからこそ」


「ミドリムシか。わざわざ親父が残していったやつな」


 二人は目を合わせて笑う。


「準備してくれ」


 薫は親指を立てた。


「浮力推進機関の出力が一時的に減少しますが」


「敵艦が沈めば問題ない」


「了解。船長!」


 イノガリは船内に走っていった。


「セリカ・パラノイド空賊団の秘密兵器が登場するまで保たせろよ」


 薫はそう言って、クルーと一緒に銃を構え、戦闘に加わった。




「ちょっと狭いけど、我慢してね」


 ハレミは、蒼を自分の部屋に連れてきた。二段の寝台があるだけの部屋だ。


「ごめんなさい。皆さんを巻き込んでしまって……」


「始まっちゃったんだから、もうそれは言わないの。大丈夫よ。こんなこといつものことだから」


「えっ! いつも戦っているんですか?」


「毎日って訳じゃないけど。皆、はみ出し者ばかりだし、何かと目をつけられているの。トラブルには慣れてるしね」


 誇張して言ったつもりのハレミだったが、それでも蒼は申し訳なさそうにもの憂い表情である。


「でも船長さんは、俺らを巻き込むなって言ってました」


 あぁ、とハレミは言って、貨物室を出る際に薫が言ったことを思い出した。


「あれね。こういう状況をほとんど楽しんでるからわざと言ったの。でも、苦戦してるみたいだけど」


 と、ハレミは狭い天井を見上げた。


 飛空艇の賑やかな音が耳に入ってくる。風がぶつかる音や船がきしむ音、機関音、発射される銃弾の音。


「もし、この戦いに勝ったら、私、どうなってしまいますか。やっぱり海に捨てられますか?」


「させない。そんなこと私がさせない。もし船長がそうするなら、私が船長をこの船から突き落としてやるわ」


「どうしてそこまで……」


 蒼にはここまで優しくしてくれる理由がわからなかった。守ってくれたのは母親だけだったのに。


 ハレミは蒼の両肩に手を置いて、


「それは先払いの報酬金をミスミス海に沈めさせたくないから――」


「え?」


 蒼は呆気にとられた。


「――そんな訳、少しはあるけど、こんなかわいい妹欲しかったの!」


 ハレミは蒼に抱きついた。


 蒼もゆっくりハレミの背中に腕をまわし、ハレミの胸に顔をうずめた。蒼の肩が上下に動き、きつく抱きしめる蒼が声を押し殺して泣いている。ハレミにもすぐに伝わり、しばらく蒼を抱きしめていた。


 次第にドア向こうの廊下が騒がしくなってきた。


「先代が残してくれた秘密兵器・ミドリムシを使う。機関室からデッキまでケーブルを引っぱる。手の空いている者は手伝え」


 走り回るクルーに指示を出しているイノガリの声だった。


 とうとう使うのね、あれを。今から準備するということは、まだ時間がかかる。デッキからの攻撃だけで時間稼げるのかしらと、ハレミは蒼を抱きしめつつ考えていた。ふと下を見ると蒼の周りに青い粉が落ちているのにハレミは気づいた。


 ――これって。




 デッキは、セリパラ号の行く末を占う攻防が続けられていた。セリパラ号の周辺を飛び回る戦闘機はだいぶ風の流れを読めるようになったのか、安定してセリパラ号を攻撃してくる。


 セリパラ号の飛行速度はだんだん遅くなり、高度は下がっていく。それに加え、遠深黒海を離れて始める。荒れ狂うような風はおさまり、雲のない晴れ渡る青い海が眼下に広がり始めた。


 薫はそれに気づいていた。これでは狙い撃ちされる。


 と、そこにイノガリとクルーがケーブルを船内から引っぱって来た。それはまるで消防用のホースと放水銃だ。


「すぐに撃てるか?」


 薫はイノガリに聞いた。


「まだです。フル充塡にはもう少しかかる」


「早くしないと、本当に沈んじまうな。なぁ、イノガリ。遠深黒海から離れているが、指示したか?」


「いいえ、私は何も……」


 と、イノガリがそう答えた時、空を飛ぶ鮮やかな羽の蝶が目に映った。それはすぐに蒼だとわかった。


「アイツ何をする気だ。なぜ外にいる。まだ弾が飛んでいるってのに」


 風の流れをつかもうとしている蒼を目で追う薫。


 蒼は、黄色の粉をまき散らしながら、戦闘機へと近づいていく。


 体をくるくると回転させながら銃弾の雨を避ける。


 黄色い粉は戦闘機を一瞬包み込んだ。すると、静かに高度を下げて行き、二度と上がってくることはなかった。


 蒼はすぐに次の戦闘機へ向かって行く。


「一本取られたな。自分の呪いを武器に使うとは」


 薫は笑った。


「しかし、これでは我々も巻き込まれてしまうのでは」


 イノガリは背筋を凍らせた。


「大丈夫よ。セリパラ号の風上に出ないよう言ってあるし、あの呪いはコントロールできるようになったから」


 ハレミが堂々と胸を張って現れた。


「呪いのコントロール?」


 イノガリが聞いた。


「えぇ。どうやらあの鱗粉は、蒼ちゃんの精神状態や気分でその成分が変わるみたい。今は見ての通り黄色で、死の粉。マイナスの精神状態がそうさせる」


 ハレミの説明の間にもまた一機の戦闘機が静かに姿を消した。


「それと、蒼ちゃんは私の妹になったから、よろしくね。船長」


 ハレミはニヤリと、したり顔を薫に見せた。


「ハレミ。勝手に……」


『兵器ミドリムシの充塡完了。繰り返す。兵器ミドリムシの充塡完了』


 アナウンスがデッキに響き渡った。


「イノガリ、デッキ後方だ」


 薫はハレミをちらっと睨みつけ、ケーブルにつながれた銃器を持って船尾に向かった。


「蒼! 下がっていいわ!」


 ハレミはデッキから半身乗り出して叫んだ。蒼は後方にいる戦闘機から離れ、セリパラ号に戻ってきた。羽から黄色の鱗粉は出ていない。


 薫とイノガリ、クルー二人の四人で銃器をしっかり持つ。


「目標。不沈船、黒鉄の飛空艇!」


 薫が言うと、銃器を持つ手にさらに力が入る。セリパラ号の飛行速度が落ちているため、黒鉄の飛空艇との距離は縮まっていた。薫はしっかり狙いを定め、発射スイッチに指を添えた。


「撃て――っ!」


 銃口から放たれた緑色のレーザービームが一直線に黒鉄の飛空艇に向かって行く。そして、いとも簡単にレーザービームは黒鉄の装甲を貫いた。船の正面から後ろへ貫通している。


 薫は銃口を上下に動かすと、一直線に伸びていたレーザービームは一つ波を作り、黒鉄の飛空艇を縦に割った。直後、レーザービームは音もなく消えた。


 左右に割れた黒鉄の飛空艇は、一瞬の静寂の後、爆発し、爆煙を上げながら降下して行く。残された二機の小型戦闘機は、セリパラ号を離れて行き、どこかへ消えてしまった。



 セリパラ号に歓声が上がった。



 海へ道案内する黒鉄の飛空艇から昇る煙を見ているやつは誰もいない。クルーは喜び、声を上げ、抱き合うやつもいる。


「この空で自由に生きた方が彼女にとってはいいかもね。何に邪魔されることなく、きれいな羽を伸ばして飛べるんだから」


 ハレミは薫の隣でセリパラ号の上を浮遊する蒼を見ていた。


「決めるのはお前じゃない」


 薫が一言。


「まったく融通のきかない男。やっぱり子供ね」


「うるさい。依頼人が用意した船なのか、理由もわからず俺らは襲われた。しかし、不沈船と噂された船をあの子と俺らは落とした訳だ」


 薫も蒼を見上げた。


「その理由ですが、おそらく戦闘で使用してみるという実戦訓練だったのかもしれません。ただ、荒れ狂う遠深黒海に来るとは思ってなかったはずでしょう」


 イノガリも蒼を見た。


「セリカ・パラノイド空賊団を狙ったのが最大の敗因だ。多額の先払い報酬金は手元にある。今さら依頼もクソもねぇ」


 薫は肩から下げていた銃を宙に浮いている蒼に向けた。


「何してるの、薫ちゃん!」


 ハレミは怒鳴った。けれど薫は銃を降ろさない。蒼も銃口を向けられていることはわかっていた。


「楯葉蒼。生きるも死ぬもここでは自由だ。お前は死にたいか。それとも生きたいか。選べ」


 その薫の言葉で歓喜に包まれていたセリパラ号は嘘のように静まり返った。全員が蒼に注目した。


「……」


 蒼の唇は震えている。


「……」


 蒼は一生懸命、口を開けた。


「……わ、わたしは」


 蒼は大きく息を吸い込んだ。


「わたしは生きたい。この空を飛んでいたい。私をこの空で飼って下さい!」


 蒼の頬を涙が伝う。


「ふん。俺の指示と天候には逆らうんじゃねーぞ。いいな」


 薫は銃を下げた。


「はい!」


 そして蒼はやっと笑顔になった。


「あと私の指示もね、妹よ!」


 ハレミは両手を振って言うと、すぐに薫が、


「何でだよ。船長の指示だけに従っていればいいんだよ」


 と、言い返す。


「私はこの船の女頭よ!」


 ハレミは自分の胸をポンと叩いてアピールした。


「もう知るか。おめーら、始めるぞ。歓迎の祭りを!」


 薫がそう言うと、静かだったクルーが拳を握り空へ向けて応えた。


 蒼は喜びを表現するようにセリパラ号の周りを優雅に舞ってみせた。青く光る粒子を散らせながら。

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