Bパート 中

 セリパラ号が行く航路の天候は穏やかで順調に航行している。


 整頓されて物が積まれている貨物室に依頼された例の木箱は置かれていた。イノガリが木箱のフタを開けようと、打ち込まれた釘を釘抜きで抜いている。薫とハレミ二人がその様子を見ていた。


「開けて、ドカーンとかやめてよね」


 ハレミは大げさに両手を広げた。


「だったら、ここにいるな。船尾にでも行ってろ」


 イスに座ってその様子を見ている薫は、腕と足を組み貧乏揺すりをしている。


「嫌だ。イノガリ、早く開けてよ」


「だったら、ハレミも見てないで手伝ってくれてもいいんですよっと」


 最後の釘が抜け、イノガリはフタの左右に両手をかけた。


 ハレミは息を飲む。


 薫の貧乏揺すりが止まる。


 イノガリがフタを開けた。


「エッ?」


 一瞬、間が空いてイノガリが目を見開いた。


「これは……」


 すぐに薫とハレミがやって来て、木箱の中を見ると、二人の動きが一瞬止まった。


 箱の中にはこちらを見上げる幼い女の子がいた。


 その子は怯えて震えている。田舎染みた着物を着ていて、長い間着古されくたびれた着物だった。そして、女の子の背中側には黒い布がかぶされていて何かが隠してあるようだ。


 三人は驚きを隠せず、目を合わせた。


「中身を見るなって、こういうことか……」


 薫は腕を組み、けわしい顔をした。


「船長。これは見ない方が良かったですね」


「そうだな……。フタをしろ」


 薫の命令にイノガリは困った表情を浮かべた。


「あんたたち、生かしたまま海に捨てる気? まだこんな幼い子供」


 ハレミが両腕を伸ばし、フタをさせないよう木箱を覆った。箱の中の子は、ひざに顔をうずめて泣きだした。


「どうして捨てられたのかは知らないが、空賊への依頼に同情などいらない。先の大戦で一つの同情が迷いを生み、この船の船長は死んだ。セリカ・パラノイド空賊団のクルーもな」


 薫は強く拳を握りしめていた。


「対象が子供であろうと無駄な同情はするな。これは船長命――」


「まだ引きずってるの、薫ちゃん!」


 薫の言葉尻にかぶせてハレミが言った。


「ハレミ。船の上で子供扱いするように呼ぶなって言っただろ」


「もっと大人になろうよ、薫ちゃん」


「十分大人だ。それにこの船の船長だからな」


「違うよ……。薫ちゃんのお父さんだったら見捨てたりしない。もっと器が大きかった。だから、こんなに立派な飛空艇を飛ばして、今よりも多くのクルーに囲まれていた」


 ハレミの言葉を聞いて薫はハレミに背を向けた。


「思い出させるな。……わかってるよ」


 薫の声は震えていた。


 イノガリは一歩離れて二人のやり取りを見ていた。やれやれ、まだまだ子供ですね船長と思っていた。


「どちらが船長なのか私にはわからなくなってきました。で、ハレミはこの子をどうしたいのですか?」


 イノガリが聞いた。


「決まってるじゃない。私の妹にするのよ」


 大まじめな顔でハレミは言い切った。


「即刻、船を降りろ。その子を連れて。兄弟ごっこは地上でやってろ」


 イノガリに何かを言われる前に薫が口早に言って詰め寄った。


「嫌よ。すぐ下は海だし。だいたい報酬金が先払いで手に入ったんだから、この子をどうするも私たちの勝手でしょ」


「うっ。それはそうだが……」


 薫は何も言い返せなかった。


「依頼完了の報告も必要ありませんから、事実」


 さらにイノガリがハレミの発言に付け加えると、薫はますます何も言えなくなってしまった。


「泣かないで、大丈夫だよ」


 と、ハレミは女の子を箱の中から抱き上げ、近くの荷の上に座らせた。背中にかぶされた黒い布は女の子の背丈ほどあった。


 薫は、自分の意見を通すことをあきらめ、イスに座り直した。


「名前はなんて言うの? 年はいくつ?」


 ハレミは、すすり泣く女の子の膝をやさしくさすりながら聞いた。すぐに答えなかったが、少し待っていると女の子は泣きやみ、うるんだ赤い目でハレミを見つめた。


「あおい。楯葉たてはあおい


「蒼ちゃんね。年はいくつかな?」


 ハレミが再度聞く。


「十才」


 すぐに答えは返ってきた


「十才か。狭い箱でよく頑張ったね。背中の黒い布は何かな。見てもいいかな?」


 蒼は首を左右に振って、ハレミの服をつかんだ。


「いや。ダメ。あたし呪われてるの。見たらお姉ちゃんも死んじゃう……」


 蒼がつかむ手の力がさらに強くなる。


「んー、見せてくれないと、あそこにいる怖いお兄さん二人がもっと怖くなるよ」


 ハレミは冗談めかして言うと、蒼は薫とイノガリを交互に見て震えた。


「ハレミ。なぜ、私も入るのだ」


 イノガリは心外だと感じた。


 薫は何も言わず、ただふてくされながら蒼を見ている。


「こわい」


「でしょ。だから、少し見せてくれたら、また布をかけてあげる」


「……わかった」


「はい、いい子ね!」


 ハレミは普段薫たちに見せない優しい笑顔をしていた。蒼の背にある黒い布をはぐと、蝶の羽が蒼の背中から生えていた。鮮やかな黒と青と白の色。オレンジ色の斑点が目につく。


「これは……蝶人間か……」


 思わずイノガリは声を上げた。


蝶人てふとだ。……田舎病だか呪いにかけられていると先代に聞いた事がある」


 薫が答えた。


「きれいな羽。蒼ちゃんは妖精さん?」


 蒼はハレミの言葉を聞いて驚いた表情を見せた。


「きれい? 羽が?」


「えぇ。とってもきれい」


「あ、触っちゃダメ。粉がついて死んじゃうから」


 ハレミは蒼の羽に触れようとして、蒼に止められた。


「死んじゃう? どうして?」


「羽からこぼれる黄色い粉を吸うと、死んじゃうの」


「おそらく羽についている鱗粉だろう。何らかの作用で鱗粉が毒化してしまったのだろう」


 イノガリが言った。


「親に捨てられたのか?」


 薫は表情を変えず、まっすぐ蒼を見て聞いた。


「ちょっと薫ちゃん。そういうことはまだ……」


「お母さんはこの粉を吸って死んじゃいました」


 蒼の一言で、その場は静まり返った。飛空艇の機関音や風を切る音、風のぶつかる音も聞こえない。


「お父さんは私が生まれて、私に羽があると知っていなくなってしまいました。お母さんがそう言ってました。羽は最初小さくて、私が大きくなるとだんだん大きなくなって隠しきれなくなりました。そして、山奥の村の蔵の中に逃げました。でも村の人たちにだんだん気味悪がれて呪いとか言われて、お母さんはお医者さんを探してくれたりしました。でも何もわかりませんでした。そして、昨日、私は捨てられることになり村の人に蔵から引っぱり出されて、その時お母さんが私を守ろうとして……。私が抵抗したりしたから羽から粉が落ちて、お母さんがそれを吸ってしまった」


 蒼が話し終えても、誰も次につなげる言葉が出てこなかった。


 突然、貨物室の扉が開き、クルー十人ほどが雪崩れるように倒れ込んできた。


「誰だよ、押したの」


「押すなって言っただろ」


「……かっ、かわいい」


 クルーは口々に言う。蒼は驚いていたが、男子にかわいいと言われて少し照れていた。


「イノガリ」


 薫は一言。


「君たち。自分の持ち場はどうしたんですか? 船内で覗きとは趣味が悪いですよ」


 わざと足音を立てて、慌てて起き上がるクルーに近づいていく。クルーたちは蜘蛛の子を散らすように貨物室から出て行った。イノガリも貨物室の扉を閉めて出て行った。


「どいつもこいつも歓迎ムードか」


 と、薫はため息をついた。


 突然、衝撃、爆音とともに貨物室が爆煙に包まれた。


「次から次へと何だってんだ。ハレミ、無事か?」


 煙で何も見えない。薫は煙を吸わないようにして言った。


「こっちは大丈夫。蒼ちゃんもそばにいる」


 煙の向こうからハレミの声が聞こえた。すると貨物室に充満していた煙が流れるようにして、船の外へと出て行く。


 煙がすっかりなくなると、辺りには砕け散った木片が散乱していた。そして、船の外壁にぽっかりと穴が空いていた。外が丸見えになり、風が出たり入ったりを繰り返している。


『左舷中央被弾。被害状況を確認しろ』


 船内アナウンスが入った。


「船長は直撃されたっての」


 薫は苦笑いをしながら、空いた穴から外を見渡した。遠くに飛空艇が見えた。


『左舷後方七時に敵船を確認』


 この距離で砲撃をくらわせるとはな。


 セリパラ号の進む先に黒い雲が広がっている。遠深黒海だ。風は吹き乱れ、稲妻があちこちで光っている。黒い雲の下の海も黒く、見分けがつかない。


「イヤー」


「蒼ちゃん。どうしたの? ビックリしちゃったよね。私がそばにいるから大丈夫よ」


 震え上がる蒼をハレミは抱きしめた。


「私を殺しにきたんだ」


「そんなことない。大丈夫よ、蒼ちゃん」


「それはどうかな、ハレミ」


 薫が会話に割り込んだ。


「どういうこと?」


「俺らはつけられていたんだよ。この子を海に落としたかどうかを確認するために」


 やっぱりな。


 薫はもう一度敵船を見るとその姿が大きく見えていた。それは、富士越の港に停泊していた黒鉄の飛空艇だった。


「そんな……」


 ハレミは蒼の頭を優しくなでた。


「昨日の今日で、地上から富士越まで登って来たということは飛空艇を使わない限り早く来られない。五千万の大金はすぐに依頼を引き受けさせたいためだったんだろう」


「えっ、じゃぁ初めから……」


「船ごと沈める気だったってことさ。今ここでこの子を海に放り出したところで結果は変わらないだろう。それになんか、うじゃうじゃ出てきやがった」


 黒鉄の飛空艇の前面が口を開き、中から小型戦闘機が飛び出してきた。あの黒鉄は母艦ってことか。絶対防御の不沈船。面白いじゃないか。


 薫の心は高鳴った。


 そこに若いクルーが一人息を上げながらやってきた。


「船長! 無事でしたか。敵船がやってきます」


「わかってる」


 薫は貨物室にある集音器に向かって、


「ロウジン。機関は無事か?」


『セリパラ号は飛んでいるぞ。問題はない』


 しわがれた男の声が返ってきた。


「このまま遠深黒海に突っ込んでも大丈夫か?」


『入ったら抜け出せんかもな。もう機関も若くない。それに外壁やられとるんだ。そこからバラバラになるぞい』


「そうか。小さい虫を払い落とそうと思ったんだけどな」


『黒海ギリギリまでなら平気だと思うが、虫は自分たちで払い落とせや』


「そうする。機関よろしく、ロウジン」


『セリカの願い星に届け! キャプテン!』


「よし、戦闘だ。迎え撃て!」


 集音器に向かって強く言うと、薫の声が船内に響き渡った。すぐに、クルーたちの威勢のいい声が船内のあちこちから聞こえてきた。


 まもなくして、早くも小型戦闘機の砲撃をセリパラ号は受けてしまう。


「穴だらけになりそうだな、これは」


「早くしないとこの船、本当に沈んじゃうよ、船長!」


 ハレミは震える蒼を抱きしめながら言った。


「その子をどうするかは戦闘の後で決める。ハレミは、その子と船の中央に移動しろ」


「わかった」


「地上のゴタゴタは地上で始末しろってんだ。空まで巻き上げてくれるなよ」


 薫は楽しそうに笑みを浮かべて、貨物室を出て行った。


「さぁ、私たちも行きましょう」


 ハレミは蒼をそのまま抱きかかえて貨物室から出て行く。揺れる蒼の羽から青色の粉がこぼれ落ちていった。

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