Bパート 前

 薫は、朝、学校に登校した。下駄箱の先にある生徒向けの掲示板に生徒らが多く群がっていた。首に巻いていたマフラーを外しながら、目をやる薫。そこには生徒会からのお知らせが一枚張ってあった。群がる生徒たちの後ろにいる薫の位置からでは、何が書いてあるかわからなかった。


「花咲君?」


 薫は声をかけられて後ろを振り向くと、マフラーを首に巻いたショートカットの女子生徒が立っていた。


「揚羽さん!」


「おはよう!」


「急に寒くなったね。コートを着るほどじゃないけど」


「そうね。私もマフラーしてきました。慣れないショートは辛いね。少し前までは暖かったのに……」


「そうだね。でも、少し伸びた?」


「そうかな? 襟足だけは少し長めに揃えてもらって正解だったかな」


「似合ってるよ。短い髪型もさ。……で、あの生徒会からのお知らせって、もしかして……」


「えぇ。昨日の生徒会会議で決まったの。生徒会が蜘蛛手先輩の失踪事件を捜査することになった。あの掲示は、蜘蛛手先輩の行方に関する情報を生徒から集めるための告知」


「じゃぁ、学校側は蜘蛛手先輩が自らの意志で学校に来なくなったと決めたんだ」


「えぇ。会長はあなたに協力してもらいたいって言ってました。今日のお昼にも会長自ら正式な協力要請をしに行くと思うわ」


 揚羽黄柚子は周りの生徒に聞かれないように小声で薫に言った。


「本当に?」


 薫は困った顔をする。


「個人的には関わらない方がいいと思います」


「それは、あぶない山ってこと?」


 黄柚子は薫の質問には答えず、しばらく間を空けて、


「我がセリカ学園の頼りになる高校生探偵さん!」


 黄柚子は冗談ぽく微笑んだ。


「探偵とかそんなんじゃないよ、俺は」


 そう言って、薫は歩き出した。


「そうなの? 今回のポニーテール狩りの犯人も追っているんでしょ。私たちの髪を切った犯人の手がかりは何か見つかった?」


「いくつかは……ね。でも、どれも不自然なんだよ。犯人に混乱させられているのか、決定的な推理要素を見つけられていない。犯人を見つけるのに時間かかっちゃってごめんね。揚羽さんはじめ、五人もの女子生徒がポニーテール狩りに合っているっていうのに……」


「私は大丈夫ですよ。もう狩られる心配はないし、また被害者が増えないことを祈るくらいしかできません。花咲さん、頑張って下さいね!」


「ありがとう。絶対犯人見つけるから!」


 薫は胸の前でぐっと拳を握った。


「それでは、私は生徒会室に寄って行くので。ここで」


 黄柚子は軽く会釈をし、薫は手を振って別れた。


 被害者が口々に犯人から聞いたという言葉『ショートカット推進委員会』。委員会といってもおそらく犯人は一人。被害者は全員、犯人の姿を見て、その特徴は一致している。それにショートカットを推進したいのであれば、狩る髪型はポニーテールだけじゃない。長髪の女子全員を切りかからなければならないはず。ポニーテール狩りと言われるほどになった今回の事件。なぜ、ポニーテールのみを……。


 やはり、最初の被害者を疑うべきか。だとしても、動機が全くわからない。二週間前の放課後、揚羽さんが第一の被害者となってから、一日おきに被害者が続出。二人、三人と増え、ポニーテールはやめましょうと案内してみたものの頑なにポニーテールをやめず、被害に遭ってしまった四人目と五人目。今はほぼポニーテールをしている女子生徒はいなくなった。それでも『ショートカット推進委員会』ならぬポニーテール狩りの犯人は、また狩りに来るのだろうか。


 薫は午前中、そんなことをずっと考えていた。昼休みになり、黄柚子が言っていた通り生徒会長が直々に薫の元へやって来た。結局、薫は蜘蛛手先輩の失踪事件の手伝いをすることになった。当然、断る理由がなかった。


 早速、その日の放課後、生徒会室にて生徒会会議に薫も出席した。薫は黙って会長ら生徒会メンバーのやりとりを聞いていた。


「今日から蜘蛛手紘一失踪に関する情報を集めたところ、早速情報が入ってきた。三年男子による情報だと、二週間前、学園に来た最後の日。放課後、蜘蛛手が屋上に向かう階段を上がっていくところを目撃したそうだ。今のところ、この情報しかない。他に何か情報を持っている者は?」


 会長は周囲を見渡す。隣の副会長が手を挙げた。


「僕が調べた範囲では、家族から学園への問い合わせや警察への届け出はないようです」


「そいつはおかしいな」


 会長は大げさに腕組みをし、さらに続けて、


「この学園の先生方は、重、かつ、大なることが起きても表沙汰、警察沙汰にしたくないと思っている。学園の評判を下げる事情は一切公表しない異常学園だとしても、なぜ蜘蛛手の家族も警察に失踪届けを出さないんだ」


「すみません。まだそこまではわかりません」


 副会長は軽く頭を下げる。と、すぐに頭を上げて続ける。


「もしかしたら、いつものように学園側から何か渡されて動けずにいるのでしょうか?」


「口封じか、いつもの……」


「あの、それはないと思います」


 会長らから少し離れた席の揚羽黄柚子が手を挙げて言った。周囲は黄柚子を見た。何か物珍しい目で。薫はそんな生徒会メンバーの後方から話を伺う。


「揚羽。どうしてそう思う?」


 会長が問うた。


「はい。蜘蛛手先輩の家柄といいますか、隣町ではかなりの名家なんです」


 黄柚子は、書記ノートの上でペンを握ったまま、いつでも書けるようにしていた。


「それは俺らも知っている。三年の中じゃ有名な金持ち息子だからな。それで?」


「世間体には名家として知られているようですが、裏では悪い噂が絶えないと聞いています……」


 そう言って黄柚子は、目を伏せて黙り込んでしまった。


「悪い噂か。名家なら悪癖もありそうだな。蜘蛛手紘一と接していて、それほど悪いことに手を染めているとも思えないが……」


「んー、でも気高いところや高圧的な発言はあったけど」


 副会長が答えた。


「知れればテレビドラマにでもなる悪行高き名家。それにしても、なぜそんな裏事情を知っているんだ、揚羽」


「はい。私の家と蜘蛛手家は昔からお付き合いがありまして、込み入った話はこちらにも入りやすいんです。詳しくは言えませんけど……」


「そうか。どうしたものか。やっぱり学生が入り込むには危ないのかもな」


「会長。とりあえず最後に目撃された屋上近辺は立ち入り禁止にしておきましょう。何か証拠が残っているかもしれません」


「いや、待って下さい!」


 突然、薫が立ち上がり、副会長の言葉尻に繋げた。そして、


「屋上を立ち入り禁止にするのは、すぐではなく来週からにした方がいいですよ。急に禁止にすると先生や生徒に反発される可能性があります。生徒が使うのは、昼休みに弁当を食べる時くらいですし」


「それもそうだな。先生方は、必要ないと突っ返してきそうだな。よし、花咲君の言う通り待つとしよう。花咲君、屋上を調べておいてもらえるか?」


「もちろんです」


 生徒会会議は一時間半ほどで終わった。あまり事を荒立てず、地道に情報を集めることに捜査方針を確認するにとどまった。


 薫は会議が終わった後、屋上に向かわず、校舎の裏手へ向かう。滅多に人は通らず、校舎と外の道路の間に立つ壁があるだけだ。いつも日陰になっている。


 そこには購買部で売っているパンや菓子の袋がいくつかゴミとなってあり、また数多くの髪の毛もあった。ここにポニーテール狩りの犯人が、切った髪の毛を捨てた場所とされていた。気味悪がって生徒は近づかない。全て回収しきれずに残っている髪の毛は、校舎と道路壁の間を吹き抜ける風になびかれていた。その風は薫の身体を震わせるほど冷たかった。


 おそらく髪の毛はここで捨てられた訳じゃない。風に流れてここへ集まっただけだ。パンと菓子の袋もそう。薫は夕陽に染まる空を見上げるようにして、校舎の屋上に目線をやった。


 ショートカット推進委員会、ポニーテール狩り、蜘蛛手紘一の失踪。どれも犯人の動機がわからない。明日、直接聞いてみるしかない。種は仕掛けた。その種を拾いに来てもらおうか。

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