13話 魔王戴天

 近年では『魔王』と言えば、ゲームやファンタジー小説などのラスボス的なイメージが強いだろう。

またはキリスト教における魔王、悪魔の統括者としてのサタンやルシファーなどの名を思い浮かべる人も多いかもしれない。

いずれ西洋的な印象が強いが、東洋にも魔王の名を冠する者は存在する。

仏教界の魔王、第六天魔王波旬だいろくてんまおうはじゅん

六欲天ろくよくてんの最高位に座し、あらゆる快楽と欲望を与える天魔の王。

人界を遥かに越え、四天王や帝釈天たいしゃくてんよりも悟りに近い存在であるにも関わらず、欲と快楽の化身として他者を堕落に導く最大最強の仏敵。

織田信長おだのぶなが武田信玄たけだしんげんに対しての書状の中で名乗った名としても有名だ。

そして妖怪の世界にも、魔王は存在する。


 宮地水位みやぢすいいはその著書『異境備忘録いきょうびぼうろく』の中で、十二柱の魔王の名を挙げている。

そしてその十二の魔王の内から最上位の二柱を除いた十柱の魔王達には、それぞれが司っているがあると言われている。

例えば、序列第十位の北海ほっかい悪左衛門あくざえもん東流とうりゅうは水に関わる怪を、序列第六位の神野しんの悪五郎あくごろう月影つきかげは光や風など現象の怪を司る。

また、上位三柱の魔王はそれ以下とは別格であり、更にその中でも一位と二位の二柱の女王は特定の種を司る程度では収まらないと言われている。

そして序列第十二位の魔王、川部かわべ敵冥てきめいが司るのは、『人との境に居る怪』。


「それが敵の名だ」


 境会長、粳ヶ瀬うるがせひわは腕を組みながら言った。


「十二位と言っても、他の魔王に対して明らかに遜色そんしょくがある訳ではない。

 むしろ敵冥も、普通の妖怪と比べると遥かに強大な力を持っている。

 魔王というのは詰まるところ『おさ』の一種でもある訳だからな」


 彼女の前には、既に境会第三十一支部の全員が顔を揃えている。

鶸の隣に座った副会長、忍海おしみ蘭子らんこは先程から苛立たしげな様子を隠そうともせず、落ち着かない態度で人差し指で机を叩いている。


「宮地水位も『魔王の中でも一位と二位は並の神の百倍は強い』と記すぐらいだ。

 例えそれよりは劣るとしても、十二分に脅威になる事は間違いないわな。

 十二位だけに。面白くないか。面白くないな。

 というか並の神ってなんだろうな?基準どこだよ」


 それで、と鶸の話が一段落した頃合いを見てトウカが口を挟んだ。


「敵はその川部敵冥一人という訳じゃないんですよね?

 複数人、複数体の妖怪からなるグループ。それが今回の犯人である。

 そういう風に受け取れば良いんですね?」


「まあ、そうなるな」


 言われた鶸は、溜息を吐いて答える。


「お前たち二人が遭遇した夜道怪やどうかい

 そして問題の紙の使い手であった鳥山とりやま石燕せきえん

 現状把握できているのはこれだけだが、他にも手勢は居ると見て間違いない。

 相手が長である限り、そこには軍団があると考えるべきだ」


 首無しライダーは撃破済みである為、数には入れない。

一度調伏された妖怪を短期間の内に同じ長が呼び出すことはできないからだ。

ここで言う短期間とは数百年の歳月を指す。


 鶸は額にしわを寄せる。

長クラスの力を持つ妖怪は現世に顕現するだけでも膨大な妖気を消費する。

そのため、普段は自分の為の小さな異界を作り、貝か何かのようにその中に閉じこもっているのが普通だ。

もし長が現世に対して何かを仕掛けたいなら、その異界から己の生み出した手下を現世に送り込んでくるのだ。


「紙使いが長種を呼び出す事を警戒していたが……

 逆に長が紙使いを呼び出していた訳だ」


「それで、」


 静海しずみが口を開いた。


「どうするの?」


 単刀直入な質問だが、この場の妖狩ほぼ全員の意見を代表していた。


「異界を探すのは難しいが……

 向こうがこちらに干渉しているなら少しはマシだ。

 手下を送り込んでくる以上、現世との接続は強くなっているだろうし。

 しかしそれでも、こちらから向こうを見つけ出すのにゃあ時間は掛かる。

 急ぎたいのは山々だ。できるだけ全力でヤツらの根城を探す事だな」


 しかし、と鶸は続ける。


「分からんのはヤツの目的だ。

 十二魔王の責務は妖怪を統率し、人妖の秩序を保つ事。

 言ってしまえば妖狩あやしがりとは衝突しない、同業他社みたいな物だ。

 それも普段は引きこもっていて、何かあっても魔王が動くのは稀だ。

 石燕まで呼び出して、何を考えている?狙いが分からん。

 だからこちらの動きも容易には定められん」


「……魔王に詳しいのね」


「ん……まあ、な」


 千佳ちかが軽く驚いたように言う。

実際、十二魔王という存在については妖狩の間でも殆ど知られていない。

異境備忘録自体が割りとマイナーな資料なのである。

先程上がった名前も、神野悪五郎は稲生物怪録いのうぶっかいろくで割りと有名だが、他は殆ど知名度は無いだろう。

トウカも異境備忘録自体は一応知っていたが、深く読み込んだ訳でもないし、そもそも十二魔王が実在すると思ったことも無かった。


「ともかく、向こうの目的が不明な以上、作戦は絞られる。

 ヤツが潜む異界……敵冥の居場所はこちらで特定を進める。

 お前たちは……」


 その時、机の上の紙が一枚、突然ふわりと舞い上がった。

それはひらり、ひらりと、部屋の隅に飛んでいく。

全員の視線が一枚の紙に注がれる。

だが誰も、呆気あっけに取られたように動かない。

その紙が雲外鏡うんがいきょうの絵が描かれた例の紙だとしても。


 部屋の隅に落ちた紙。

渦巻く黒いもやに包まれて。

姿を現すのは、雲外鏡。

別の世界を映し出す、奇怪の魔鏡。


 呆然とする境会の面々の前で、雲外鏡は妖しく光を放った。



―――

――――――



「以上が十二魔王となっておりましてですね……」


「話が長えよ」


 からすの面の男は、十徳羽織をなびかせながら、長い廊下を歩いていた。

その横で滔々とうとうと話しかけるのは、小柄な僧形の男。

袈裟けさすそから伸びたネズミの尻尾が、男が歩くのに合わせて揺れている。


「一応、説明をと思いまして。

 それに、今頃“向こう”でも同じような事を言ってるでしょうし」


「あたしだってその十二位に呼び出されたんだ。

 ある程度のこたぁ知ってるよ」


 まあ細かい名なんかは知らなかったがね、と烏面の男。

並んで歩く二人の影が、行灯あんどんの光を浴びて壁に廊下に、無数に伸びる。


「夜道怪も、あんた……頼豪阿闍梨らいごうあじゃりも、そしてこのあたし『鳥山石燕』も。

 皆、御大将に呼び出された、人と妖かしの境界線」


「そして、我々は皆、御大将おんたいしょうの計画を遂行するための同士でもあります。

 計画もいよいよ大詰め一歩手前といった所。ついに御大将自らが動く時」


 小柄な男――頼豪と、烏面の男――石燕は、長い廊下を抜け大広間に入る。

そこには既に数人の人影が、巨大な鏡の前で待機していた。


「ああ、先生。

 ようやくあの部屋からお出ましって訳か。

 これからは先生も動くのかい?」


 人影の中から少女が一人、石燕に声をかけた。

あの時石燕に茶と握り飯を差し入れていた少女だ。


「おしちか。

 人様の前に出るのは好きじゃねえが、まあ少しぐらいはな

 御大将が喧嘩売りに行くのを高見で見物してやるのさ」


「はん、火事と喧嘩はなんとやら、ってかい。

 まっ、あたいも江戸っ子の端くれだ。楽しんでやろうじゃないか」


「夜道怪は手筈通り例の物を送り込む事に成功しました。

 今日からが本格的な計画の始動になるでしょう」


 頼豪が言う。

それにお七が反応した。


「夜道怪ねぇ……あたいはあのクソ坊主は好かないね。

 あの野郎あたいを気持ち悪い眼で見るんだ」


「あの男は彭蹻ほうきょうに憑かれてるのさ。

 ……あともう一人、あの女も似たようなモンだな。

 いず如何いかんともしがたい変態野郎共だが、流石に仲間には手出しはせんだろう」


「だといいがねぇ……

 まあ何にせよ、端役はしたやくでも見られるのは気にしないね。

 見せ物芝居ならこの八百屋やおやお七に任しときなよ。

 狂言芝居も浄瑠璃じょうるりも、られて見られてこのあたいだ。

 桜、桜、花吹雪ぃ……ってね」


 お七はそう言うと、肩をすくめてまた元々立っていた部屋の壁際に戻っていく。

石燕は仮面の頬を掻きながらそれを見送った。


「相変わらず、嵐のような小娘だな。

 “火事”と喧嘩って洒落のつもりなのかね、あの放火魔は。

 それで……向こうさんは今会議中なんだっけか?」


「はい。向こうも、こちらの素性……魔王、川部敵冥が相手である事は既に伝えてし

 まったでしょう。

 しかし……」


「自分たちの事はどこまで明かしたかな?」


 頼豪の言葉を、鏡の中央に陣取った青年が引き継いだ。


「ああ、御大将」


 魔王序列第十二位、人と妖の境を司る魔王、川部敵冥。

平安時代の陰陽師おんみょうじのような格好をした、不健康そうな青白い顔の若者。

その髪は雪のように白く、その瞳の色はあおい。

そして、その顔の左半分を骨で出来た仮面が隠している。

いや、顔だけではない。手、腕、肩、脚……

敵冥の身体の左半分は骨で出来た鎧のような物で覆われている。


 敵冥の背後には何人かの影が並んでいる。

が、部屋が暗いのか、その容姿は今ひとつ判然としない。

ただ恐らく敵冥の部下なのだろう。


「ああ、先生。

 改めてありがとうございます。

 先生が居なければ、この計画を進めることはできませんでした」


 敵冥がそう言って、石燕の手を取る。

骨鎧で覆われていない生身の方の手で、である。

穏やかな微笑みをたたえたその顔は柔和な青年といったおもむき。


「いやなに、あたしの方こそ楽しませてもらってるぜ。

 あたしがおっんでからも、随分と妖怪が増えたみたいだからな。

 もう一辺絵描き稼業をするにゃあ丁度良い時期だったのさ」


 石燕は烏の仮面からくぐもった笑いを漏らすと、敵冥の手を握り返した。


「……よし、いよいよだ!

 夜道怪、鏡を起動しろ!」


 敵冥は振り返ると、大声で指示を出した。

それに応じて、夜道怪が鏡に触れる。


 部屋に鎮座する大鏡。

その鏡面に黒い雲があふれ、覆い尽くす。

鏡面と言う空が、たちまちの内に曇天へと変わっていく。

だがやがて、徐々にその黒雲も晴れていく。


「顔見世の時だ」


 敵冥は覚悟を決めるように下唇を噛んだ。



―――

――――――



「皆様、おそろいの様ですね」


 突如雲外鏡に映し出された男は、開口一番そう言った。

その相貌は、半分を骸骨に覆われた異形。

教会三十一支部の会議室は、緊張に包まれていた。


「敵冥……」


 鶸は苦虫を噛み潰したような顔で、そう呟く。


「そうだ。僕の名は川部敵冥。

 序列第十二位の魔王にして人と妖の境を司る者。

 貴女は、よくご存知だろうが」


 敵冥は鶸の顔を見て言う。

一瞬目と目が合って睨み合うが、敵冥はすっと視線を外す。

そして境会全員の顔をぐるりと見回した。


「僕は、ある決意を持って行動を起こした。

 僕は、ある目的のために味方を集めた。

 そうだ、粳ヶ瀬鶸。いや……」


 並んだ一人一人の顔を、確かめるように眺めていく。

そしてその視線が、改めて鶸の元に戻り、留まった。


「魔王序列第一位、造物大女王ぞうぶつだいじょおう

 僕は、貴女に反逆する」


「……何だと?」


「十二番目の魔王の座にはもうウンザリです。

 僕は貴女への宣戦を布告する。

 僕の同胞はらから、僕の部下達と共に、貴女への謀反むほんを開始する」


「貴様……ッ!何のつもりだ!」


 蘭子が怒りもあらわに、拳を机に叩きつける。


「そのままの意味です。

 ……貴女はやはり、造物大女王の側に付くのですね」


「当たり前だろう……!

 巫山戯ふざけるのも大概にしろよ青二才!

 貴様は我々の責務を忘れたのか!?」


「忘れてなどいるものか!!」


 今度は逆に、敵冥が語気を荒げた。

先程までとは違う急変ぶりに、蘭子も僅かにたじろいで言葉に詰まる。


「貴女達のやり方は間違っている。

 僕がそれを正す。正してみせる。

 それこそが僕の反逆だ。僕は僕の御旗みはたを持って押し通る」


「なあおい敵冥」


 鶸が穏やかに語りかける。

それは相手の気を逆撫でないためか、それとも単に彼女の心が弱っているからか。


「一体……一体なんだってんだ?

 お前の望みが何だか、私にはよく分からんが……

 話し合いって訳にはいかないのか?」


「……駄目です。

 計画はもう既に始動している。

 僕の反逆はもう既に始まっているんです」


 敵冥はかぶりを振った。


「確かに、貴女は強い。

 だが、僕だって無策でのこのこ立ち上がるほど愚かな男じゃ無い。

 こちらにも策がある。貴女を倒すための策が」


 しかし。

と、敵冥は言った。


「例え反逆者として身を置こうとも……

 僕は貴女に筋を通すべき立場だ。正々堂々と仕掛けたい」


――三つ。

そう言って、敵冥は三本の指を立てる。


「この街の中から、三つの場所に僕の部下を待機させる。

 魔王同士の衝突が生むいちじるしい妖気の乱れは、僕だって望ましくない。

 代理戦争といこう。造物大女王。

 そこ……妖狩境会第三十一支部には妖狩が丁度三組居るんだろう?

 その三組に別々にその場所に向かわせろ」


「……何?

 この支部の妖狩だけなのか。

 何か理由があるのか?他の支部から増援を呼ぶ事は?」


「許可しない。この三十一支部の人員だけで戦ってもらう」


「……ッ!何故我々が貴様の言う事を一々聞かねばならんのだ!」


「……確かに、貴女達は僕の言う事を聞かなくても良い。

 だがその場合は、僕は出来る限り最大の力を持って現世に攻め入る。

 それは貴女達にとっては不本意の事でしょう。

 無論、僕としても、と言い添えておきましょうか」


 敵冥はそれに、と言って続ける。


「僕がこのまま石燕先生の絵をばら撒き続けるのも、困るのでしょう。

 貴女達はそれを止めさせようとしている。

 この戦いで僕が負けたなら、僕は綺麗さっぱりこの蛮行から手を引きましょう。

 嘘ではありません。僕を負かすだけで、問題は解決だ。

 ……三十一支部を選んだのには大して意味はありません。偶然です。」


 まだ何か言い返そうとする蘭子を、鶸が制した。


「止めろ忍海おしみ

 ……分かった。敵冥、お前の要求を飲む。

 その三箇所とやらが何処かは教えてもらえるのか」


「話が早くて助かります。

 一、竹光座たけみつざ病院。二、和美わび小学校。三、彩華市市民プール。

 この三箇所に、僕の部下を一人づつ配置しておきます。

 指定は明日の23時。

 貴女の配下の妖狩とそれぞれ対決させ、三度とも負けたら僕は全て諦めましょう」


「それで、お前が勝ったらどうするつもりなんだ」


「僕は予定通り計画を進め、貴方を倒す為の“策”を動かす。

 僕としては、黙ってそれを始動しても良かった。

 それをわざわざ、止めるための道を示して上げているんです。

 これは、貴女に対するチャンスなんだ」


「…………」


 鶸は素早くその場の全員の顔をうかがった。

妖狩達は皆、一様にただただ困惑し、呆気に取られている。

鶸はその様に少し申し訳なさそうに眉根を寄せるが、話を続ける。


「……分かった、いいだろう。

 乗ってやる。お前の代理戦争に」


 その言葉を聞き、敵冥は頷いた。


「では明日、23時に。

 僕が勝てば、『策』は計画通り進行させる。

 阻止できるかは貴女の部下の、妖狩とかいう連中次第。

 精々部下を励ましてやることだ。そして、貴女は神にでも仏にでも祈るがいい」


 敵冥はそう言って会話を終わらせると、パチン、と一つ指を鳴らした。

すると敵冥の背後で一瞬何かがキラリと光り、次の瞬間、鏡は粉々になっていた。

敵冥の後ろに並んだ人影の中の一人が何かを投げつけたのだ、とトウカが気付いたのは、その砕けた鏡を呆然と眺めながらだった。

かなりはやい。手練てだれの動きだ。

砕けた鏡の破片の中には、鉄製の大きな釘が。

これを投げたのか。


「はぁー…………」


 鶸は一つ大きく息を吐くと、すっと立ち上がりその破片の方へと歩いていく。

その中に落ちている釘を拾い上げると、電灯に透かして回し眺める。

そしてそのまま釘をぐっと握ると、

鏡の破片に向かって叩きつけた。


「ふっざけんな!」


 釘がカンと音を立てて跳ね、壁の方に転がっていく。


「か、会長」


「ぜってーなんか企んでんじゃねえか!

 何が正々堂々だ!好き勝手話を進めやがって!

 それで結局あいつが何を狙ってるかが分からんのも腹が立つ!」


 鶸は怒り心頭の様子でのしのしと元の席へ戻ると、どかっと座り込んだ。


「……すまん。

 少し落ち着く必要があるな」


 そう言うと、目をつぶり、深呼吸をする。


「そして、重ねてすまん。

 やつからの要求とはいえ、お前たちを巻き込んでしまった。

 申し訳ない」


「あっ……」


 そういえば、そうだった。

余りに突然かつ急転直下の出来事すぎて、理解が追いついていなかった。

敵はなぜかトウカ達、境会第三十一支部の妖狩をご指名なのだった。


「敵冥のやつが何を考えているかは知らんが……

 あいつがああまで言う以上、本気で私をどうにかできる策があるんだろうな。

 どうするつもりかさっぱり分からんが、非常に不味まずいのは確かだ」


「……ヤツのハッタリかも知れません。

 あいつ如きに、何ができると……」


「ハッタリと食って掛かって、何もせず静観するか?

 それでどうなる。それにどうせ、石燕の絵をばら撒く行為は止めなきゃならん。

 いずれにせよ結局はやつの言うとおりに、戦うしかないか」


 未だ怒りの収まらない様子の蘭子を、怒りの収まった様子の鶸が制す。

先程の爆発で心は幾らか落ち着いたらしい。


「しかし、私はお前たちにも断る権利はあると思う。

 お前達は理由も分からず巻き込まれただけだし、長種との勝負は危険だ。

 相手は軍勢を率いた魔王。ただの妖怪退治とは訳が違う。

 もしこの戦いに参加したくないやつが居るなら、名乗り出てくれ」


 そう言って、鶸が六人の顔を見回す。

だが、突然そう言われても、トウカは何と返していいか分からない。

そもそも、分からないことが多すぎる。

静海や都庫みやこも同じような状況らしく、言葉に詰まっている。

そんな中で、口を開いたのは千佳だった。


「何故……

 自分が魔王だということを黙っていたの?」


 そう言って、鶸を見据える。

それに対して鶸はバツが悪そうに顔をしかめ、蘭子の方をちらりと見て答える。


「別に、黙っていようとした訳じゃないぞ。

 話すことをためらっている間に、敵冥が割り込んできたんだ。

 だが……正直、言うか言わまいか迷ったことは確かだな。

 それは認める」


 それをフォローするように蘭子が説明を加える。


「昔の事だが……我々の素性を明かした時、とある妖狩が離反してしまったのだ。

 『妖怪の指示を受けるつもりは無い』と言われてな……

 由緒正しい退魔の家の者だったから、魔王に仕えるのは抵抗があったのだろう」


「まあ……つまりはそれがトラウマになってた、とでも言えばいいのかねぇ……

 私達の正体をバラすのに、躊躇ためらいが生じてた。

 だが、いずれにせよちゃんと伝えるつもりだったのは本当だ。それは信じて欲しい」


 鶸は目を逸らすことなく、真っ直ぐに妖狩達を見る。


「ハァ……」


 その視線に、千佳は観念したように目を伏せ、


「つまり……その指定された場所に行って、そこに居る妖怪と戦うわけでしょう。

 結局、いつもの仕事と大して変わらないじゃない。

 私はやるわよ。それが仕事なのだから」


 腕を組み、言い放つ。

それに後押しされるように、静海も続く。


「じゃあ……私も行くわ。

 正直、イマイチ分からないことも多いんだけど……

 あの敵冥とかいうやつの態度も気に入らないし!

 思い通りにならなかったら現世に攻め込むなんて、見逃せるわけない」


 それに千佳を一人で戦わせる訳にはいかないしね、と静海。


「え、それなら俺も質問していい?」


 そう問う都庫に、いいぞ、と言って鶸が促す。


「ボスは十二人も居る魔王の中でも天辺の実力者な訳じゃん?

 自分が出ていってやっつける的なことはできないんすか?」


「駄目だ。

 あらゆる長種の妖怪の中でも、私は『余りに強大すぎる』。

 この境会の空間は私が閉じこもる為の異界なんだ。

 長のご多分に漏れず、私もここを出ると現世の妖気に多大な影響を及ぼす。

 余程の事がないとここを出れないし、出たとしても短時間に限るだろう」


「だから我々は境会を作ったのだ。

 我々が力を使わずとも、妖気の乱れを正し世の秩序を守るために」


「そしてまた、私の下に十一柱の魔王を生み出した。

 各種それぞれの妖怪の長を。

 あやかしを制御し、いざとなればそれらを統率できる存在を。

 さっき言ったろ。同業他社とかなんとか。

 お前たち妖狩と十二魔王は、共に私が生み出した秩序維持機能って訳だな」


「あ、そういう感じ。

 うーん……じゃあ俺も乗りまーす。

 別に降りる理由もねーし……

 妖狩止めたら無職になっちゃうからね、俺。それはマジでヤバい。

 喜んでお仕事しますよぉ、へへへ」


「別にこれを降りてもクビにしたりするつもりは無いんだが……

 まあいい。八名井やないは?」


「あ?やるに決まってんだろ。

 魔王の一人や二人、相手に取って不足無しだ」


 伏章は腕をぶした。

血気盛んな男子中学生は、引くことを知らない。


「そうか。頼もしいな。

 山口、お前はどうする?」


「私も……」


 浅江の方をチラリと見る。

そして彼女が小さく頷くのを視界に捉えると、鶸に言葉を返す。


「私と山田さんも、降りるつもりはありません」


 浅江はその言葉に改めて頷いた。

それに本音を言えば、こんなに面白そうな事、参加しない訳にはいかない。

魔王討伐なんて、心惹かれるではないか。


 これで三十一支部の全員が、参加を宣言したことになる。


「お前たち……ありがとう。

 先程敵冥に指示された場所、竹光座病院、和美小、市民プールだが、

 丁度、三組の管轄それぞれに別れているな。

 ここはそのまま管轄通りに……と言いたいが、それが敵の狙いなのかも知れん。

 上中崎・若宮はプール、高原・八名井は病院、山田・山口は和美小にするか」


 和美小学校。

確か静海が勤務しているのがその小学校だった筈だ。

管轄外とは言え、そう遠い場所でもない。

それはどの組み合わせに関しても言えることであり、その場の誰も反対しなかった。


「改めて、すまん。

 お前たちには通常業務外の仕事をしてもらうことになってしまった。

 私も、一体どういうことなのか分かり兼ねている。

 だが敵冥が、私の部下が私に弓を引いた事は間違いないらしい。

 一体……何がどうなってるんだ……?」


 吐き出す、一際大きい溜息。

悩める会長は――いや今では魔王か――すっかり疲れたように頭を抱えた。

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