11話 I don't know don't I
それから
妖気の反応があれば即座に現場に駆けつけ、妖怪を
普段もなるべく速いに越したことはないのは確かなのだが、妖怪が完全に現世に
今回はそれを越える迅速さが求められた。
夕食の最中に反応が出たため急いで家を出て、帰ってきたら味噌汁が冷めきっていた事もあった。
そしてこの間に
その四体どれもが紙を落とし、その
だが中々絵は現れず、毎回結果を見守る会長、副会長、そして妖怪を倒してその紙を入手してきた
しかし、その停滞の終わりは突然に、そして偶然に訪れた。
―
―――
――――――
「山田さん、遅れてすみません」
「ん、大丈夫」
浅江とトウカは、学校からの帰り道、肩を並べて歩いていた。
既に日の入りは始まり、空は
二人は学校、学年は同じだが、クラスは別。ただし帰りはいつも一緒である。
ただし今日は、トウカが今週の掃除当番だった為、合流が遅れてしまった。
今日が今年最後の当番である。後は終業式があって、冬休みになるだけ。
2017年も、もう終わろうとしている。
「それでですね……リュージュのタイムセールに間に合わせるために、一旦家に帰ら
ずにそのまま向かいます。いいですよね?」
「うん」
リュージュとはこの地域に展開するスーパーマーケット・チェーンの名称である。
因みにリュージュとはフランス語で『木製のソリ』を意味するらしい。
なぜそんな名前が付いているかまでは、Googleでも教えてはくれなかったが。
さて、そんなリュージュのタイムセールは17時から。後10分程しかない。
学校からそのまま向かうとなると、近道になる道があった筈だ。
通学路の途中にある、つい最近古い家を取り壊し始めた工事現場。その横の小道。
心持ちペースを上げつつ早歩きで歩く。
学校近くの歩道橋を越えた先に、例の工事現場があった。
その隣には近道になる細い路地が一つ伸びている。
建物に挟まれた道ではあるが、丁度夕陽が差し込んでいて、赤く明るい。
その横道を少し進んで、ふとトウカは自分の靴紐が
時間は惜しいが仕方ない。
「あっ」
慌てて取ろうとした結果、靴は生徒手帳を蹴る。
「ああーっ」
工事現場用フェンスの下の隙間に滑り込んでいく生徒手帳。
ピタゴラ装置的な運の悪さにトウカは軽く溜息をつく。
「はあ、時間も無いのに……
すいません山田さん、手帳取ってきます」
「うん、待ってる」
今の時間は工事はやっていないようなので、正面門からこっそり中に入る。
だが、敷地内に入った瞬間、何かの違和感に眉を
手帳が滑っていった場所へ向かおうと奥の方に歩を進める程、その感覚は強くなる。
そしてその正体に気付いた時、トウカはごくりと唾を飲んだ。
慌てて鞄を開き、空の水盤、色分けされた四つの石、そして水筒を取り出す。
水筒の中の水を盤に注ぎ、決められた位置に石をセット。
盤上を暫し見守り、トウカは声を上げる。
「山田さん!」
トウカが呼びかけると、浅江は即座にフェンスを飛び越えてやってきた。
「どうしたの?」
「これ……見てください」
水盤の水は、明らかに揺れていた。
高濃度の妖気が存在する証である。
「位置は?」
「一切感知範囲を
方向から見て、この取り壊し中の家の中で間違いありません。
しかし……何なんでしょう?」
家の方を見やる。
工事をしているとはいえ、まだ始まったばかりなのか。
家屋はほぼそのまま残っている。
「まあ何にせよ、もうタイムセールには間に合わないかもしれませんね」
反応に従って、家屋の方へと足をすすめる。
やはり取り壊しはまだ殆ど進んでいないらしく、庭の木やブロック塀は無くなっているものの、建物の方は見たところ手付かずかそれに近い状態のようだった。
生身では辛うじて分かる程度だった妖気が、間違いの無い濃度にまで上昇している。
家に近づくほど、
トウカは手に持ったままの水盤に時折目を落としながら進む。
玄関の扉は無く、土足で廊下に上がる。
強まる妖気、そして感じるのは、
「誰か居る……」
何者かがそこに居る気配。
恐る恐る、部屋の中を柱の陰から覗き込む。
「!!」
何者かが室内を見回していた。
僧侶姿の男……白装束に
しかし、そのどれもが酷く傷んでいるようだ。
諸国を巡り山を行き来する
取り壊し作業中の民家で見るには、異様であると言わざるをえない。
タイミングのおかしい
だが、水盤の水の揺れは、その男こそが妖怪である事を如実に表していた。
「どうしてこんな所に……」
トウカと浅江が見つめる中、謎の男は辺りを見回すと、
そして数枚纏めて取り出したのは、紙の束。
大きさといい形といい、どうにも見覚えのある白い紙。
「えっ……!?」
まさか、と目を見開くトウカ。
そんな視線を
「ふむ……ここの妖気も頃合いになってきたな。
もうこの絵を使っても良いだろう。
さて、どれにするか……どいつと戦いたい?
なあおいそこの妖狩よ」
心臓が跳ねた。
男はゆっくりと振り返り、こちらを見て、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。
無造作に伸びた
浅江は、どうせバレているなら、と刀を構えて男の前に姿を現した。
トウカも慌てて、その後ろに隠れるように着いていく。
「はん、出てきたな。
小娘二人……山田某と山口某か」
「……!
私達を、知っているんですか」
「ああ、聞いている」
「その紙……
貴方がその紙を使って妖怪を召喚しているんですね?」
「ふむ……当たらずとも遠からず、と言ったところか。
いや、しかし正解では決して無いな。
俺の名は『
外道に落ちた
夜道怪。それは埼玉県などに伝わる妖怪である。
僧形をした怪人であり、子供を連れ去ると言われている。
その正体は、男の言うように、高野山を本拠にして諸国へ出向き遍歴した僧侶集団である高野聖が妖怪視された物であるとされる。
高野聖は村などに辿り着くと、『
そのヤドウカがさらに変化して、夜道怪という名になったという。
「だから俺には、絵から妖怪を出すなんて芸当は到底出来ねえ。
俺はただの運び屋。ただの駒さ。
だがまあ、俺には俺のできる事がある。
さて……どいつの相手がしたいかの返事が無かったな。
では
夜道怪はそう言うと、手にした紙束を全て宙に放る。
舞い散る紙が、降り注ぐ。
その内の一つを、その手が掴み取った。
「これだ」
他の紙は全て、床に落ちる前に空間に開いた黒い穴に飲まれていく。
夜道怪が手にした紙は、漆黒の炎を渦のように纏い、
「来るがいい。
お前らの相手はコイツだ。
黒い炎が紙を焼き尽くす。
何か来る。紙を使ったということは、妖怪が召喚されたのだ。
浅江とトウカは身構える。
燃え尽きた紙の
その靄は妖気の塊だ。それが
どしんと、
何かずっしりと大きな物が床の上に現れる音。
「っ!」
雲のような形をした木製の台座。
中ほどにはぐるりと巻きついた蛇の姿が彫刻されている。
その台座の上に乗っている物、それが、
「鏡……?」
それは大きな鏡だった。
それも神社等に置いてあるような、雲形台に乗った物である。
ただし大きさは普通の物より遥かに大きく、その鏡面に浅江を映して尚余りある。
これが、妖怪なのか。
「山田さん、気をつけてください……」
その言葉に、浅江は浅江は改めて刀を握り直す。
鏡の中では、左右反転したもう一人の浅江がこちらを見つめている。
二人の浅江は1秒、2秒、3秒見つめ合い、
不意に、鏡の向こうの浅江が、ニイッと笑った。
「!!」
鏡の中の浅江が、腰を落とし、刀を構えた。
それに呼応するように、浅江は体内を無数の眼に覗かれるような不快感を覚える。
鏡の浅江は刺突の姿勢で刀を持ち、走り出した。
浅江自身は一つたりとも動いていないのに。
その鏡像は、勝手に動き出している。
向かってくる刃が、鏡面を突き破った。
飛び散る破片。
鏡の砕ける音の向こう側から、もう一人の浅江が突っ込んでくる。
その口許には不敵な笑みを薄く浮かべ、眼は白目と黒目が反転している。
浅江は、鏡の浅江の刺突を真っ向から千人切で受けた。
キィン。
刃と刃がぶつかる音が響き、
浅江に、身体の内からねじれ返るような感覚が走った。
視界が一瞬歪み、ぼやける。
文字通り瞬き一度程の、刹那の間。
それが元に戻った時、部屋には浅江と鏡の浅江の二人だけしか居なかった。
「くっ……!」
剣を弾く。
今、何かされた。
サッと周囲に視線を走らせる。
一抹の違和感、そしてその正体はすぐに分かった。
部屋の内装が左右反転している。
それは、そう、まるで『鏡』だ。
鏡の中から相手が出てきたように見えたが、
その実、自分が鏡の中に引きずり込まれていたらしい。
鏡を媒介とした小規模な異界、ここは、そういった空間のようだ。
「……!」
鏡の浅江が振るう刃を、受け止める。
鍔迫り合う力の均衡。
よく見れば、対峙する相手の服装はやはり浅江の左右対称である。
文字通り、『鏡の浅江』という訳か。
押し合う刃をすっと引く。
重ねた鍛錬、伝わる技術、培った経験。
それら全てが合わさった、ある種の勘を元に、剣を振るう。
数度の打ち合い。
打ち鳴らされる鉄、剣閃の筋は、寸分違わず同一。
一閃、二閃、三閃と、互いに同じ太刀筋をぶつけ合う。
「くっ……!」
鏡は、覗き込む物の姿を反射して写し出す。
鏡を覗くとは
地獄の
浄玻璃の鏡には死者が生前犯した罪が映し出されるのだ。
三種の神器の一つ、
『お天道様はお見通し』のお天道様、世の真実を照らす物。
先に述べた雲形台に乗った鏡、というのは、雲の上の太陽を表している。
一方で、古来より人間は鏡に映るのが本当に真実なのか、恐れ続けてきた。
鏡に映る像は左右が反転している。
そういう意味では、実は鏡に映っているのは現実の正しい姿では無い。
人は鏡面の景色を単なるこちら側の映しと思わず、向こうにある別世界を想った。
トゥイードルダムとトゥイードルディーは、よく似ていても別人なのだ。
鏡で己の顔を見ていると、不意にそれが自分の顔とは思えなくなる瞬間がある。
いわゆるゲシュタルト崩壊という現象だが、昔の人はこれをどう理解しただろうか。
鏡に向かって問うお前は誰だの言葉は、時に心すらも壊してしまうと言う。
そして、目の前に立つ浅江は、実際は浅江では無いのに、やはり浅江なのだ。
山田浅江の太刀筋を、戦い方を、
互いの動きに反応して、まったく同じ攻撃が、鏡写しのように繰り出される。
相手がこちらを模倣しているのか。
或いは、こちらが相手を模倣しているのか。
答えはそのどちらでもなく、寸分の狂いも無い刃が二本振るわれているという事実。
己を見つめる。己が見つめ返す。
ああ、正に、鏡だ。
―
―――
――――――
「山田さん……!」
トウカの声は浅江には届かない。
拾い上げた鏡の破片の中で、浅江は浅江と戦っている。
破片は小さく、僅かに映る姿をトウカは必死に追う。
「ヒヒヒ、娘っ子ってのは鏡が好きだねぇ」
夜道怪が笑う。
トウカはその顔をキッと睨んだ。
「あん、なんだ?文句でもあんのか?
それに、俺の事なんか気にしてる場合か?」
夜道怪が顎をしゃくって破片を指す。
「山田とかいうガキが一人で戦ってるぜ。
言っとくが俺達にゃあ、まだやるべき事があるのさ。
精々、テメェらで
夜道怪が手を掲げると、人差し指の先から空間に黒い穴が開く。
それは最前、複数の紙を飲み込んだ穴が大きくなった物。
あのサイズでは分からなかったが、その穴の中には『夜の山道』が広がっていた。
恐らく何かしらの異界のような物だろう。
夜道怪はその穴の中に消えていく。
「待っ……!」
突然見えた犯人の手掛かり。
訊きたいことは、山のようにある。
だがその背中は今、闇に
夜道怪は振り返って言う。
「じゃあな、妖狩のガキども。
もし
だが俺達の前に立ち塞がるよりも前に、やるべき事があるかもな?
テメェらの境会の
笑いながら、夜道怪は穴の中に浮かぶ夜の道を歩いていく。
その姿が見えなくなる前に、穴は急速に閉じて、消えた。
残されたのは、トウカ一人。
「ああ、もう……!」
床を拳で殴っても、何も事態は変わらない。
雲外鏡、と夜道怪は言った。
それは
雲外鏡の解説文の中で石燕は、人に化けた魔物の真の姿を映し出すとされる伝説の鏡、
ただし雲外鏡はあくまで妖怪だ。
照魔鏡が真実を映すなら、雲外鏡は何を映すのか。
『魔』を『照』らす事から照魔鏡という名が来ていることは明白である。
ならば、雲外、という言葉に手掛かりがあるはずだ。
トウカは、砕けた鏡の破片を拾いあげた。
破片は粉々にはならず、殆ど大まかな形で残っている。
ふと、拾った一片と、足元のもう一片の縁が合うことに気付く。
床に置いて二つを合わせてみれば、なるほどやはりピタリと繋がった。
鏡に映る範囲は広がって、浅江がもう一人の浅江と打ち合うのがより良く見える。
そうだ。
床に散らばった鏡の破片を見渡す。
トウカは一枚、また一枚とそれを拾い上げ、組み合わせていった。
カチリ、カチリと大きな破片同士を繋ぎ合わせる。
ガラスのパズル。
描かれる絵は剣舞踊る少女。
砕けたピースを拾い集め、一枚の絵を、一枚の鏡を作り上げていく。
カチリ。
最後の一片を嵌め込んだ。
磨かれた大きな円鏡が再び完成する。
凪いだ水面のようなその表面を、トウカは覗き込む。
湖を覗くナルキッソスの如く。
完成した雲外鏡を覗き込んだ瞬間、映っていた浅江の像は消えてしまった。
代わりに映り込むトウカの顔は、白目と黒目が反転している。
手を伸ばし、鏡面に触れた。
鏡に映るもう一人の自分と指先を重ねる。
すると雲外鏡の表面に波紋が走った。
身体の中からねじれていくような奇妙な感覚。
そしてトウカは、この世界から消えた。
―
―――
――――――
不意に、意識が明瞭になった。
トウカは見覚えのある学校の廊下に立っていた。
左には教室が、右には窓が並んでいる。
しかし、どうやら今通っている高校の廊下とは異なるようだ。
そんな自分の前を、五人程の女子学生のグループが一塊になって歩いて行く。
トウカはその中の一人を目にして、息を呑んだ。
それは中学生の頃の自分だった。
今の高校の物とは違うデザインのセーラー服。
今より少し低い背。2年E組出席番号38番の頃の自分だ。
顔に笑顔を貼り付けながら、隣の少女の言葉に相槌を打っている。
懐かしい風景だった。
トウカが今通っている高校は、実家から1時間半もある位置にある。
だから、今この場にいる友人達の中に同じ高校を受けた者は一人も居なかった。
窓の外は今にも降り出しそうな曇り空。
中学校に紛れ込んだ異物であるはずの自分を気にする人間は誰も居ない。
皆、こちらに
そういう物らしい。
突然、強い風が廊下を駆け抜けた。
吹き付けるその圧に、思わず目を
そして再び目を開くと、中学生の自分がこちらを向いていた。
他の生徒は皆、消え去ってしまっている。
二人きり、或いは一人きり?
彼女は身体だけこちらに向けて、視線は真っ直ぐトウカの首の辺りを見つめている。
それは、この2年で伸びた身長差。
彼女の白目と黒目が反転している眼が、じっとトウカを見据える。
中学生のトウカは口を開く。
「世界は、世界は何もかも下らない。
無味乾燥な現実の中で、私は非現実を待っている。
きっと世界には不思議な事がある、そう信じていた。今も信じている。
教えて?私は何時、『普通』じゃない世界に行けるの?」
その言葉を聞いて、トウカは苦笑した。
夢は何処にある。幻は何処にある。
灰色をしたビルの冷たい壁に遮られて、私の星は何処にある。
中学生の時の自分は、そんな事ばかり考えていた。
「教えてあげる。
不思議は、非日常は、ここにある。
私はちゃんと、辿り着いた。
貴方が居る場所の向こう側にも、世界はちゃんとあった」
少ししゃがんで、中学生の自分と目線を合わせる。
「だから、先へ進んで?
未来で不思議が待ってる。
私が、この私――山口トウカがそこに居る」
トウカは、笑いかけた。
中学生の彼女もまた、満足そうに微笑む
そして、トウカの背後を指差した。
整然と並ぶ窓の内の一つ。
彼女が指差した物だけ、表面が波打っていた。
次はそれを覗けという事か。
そして、ちらりと後ろを見る。
中学生のトウカの姿は、既に何処にもなかった。
窓に映る自分の姿。
それは白目と黒目が反転した姿。
まだ終わりではないらしい。
手を伸ばして鏡に触れると、ねじれるような感覚と共にトウカは姿を消した。
窓の外では、曇り空に開いた穴から青い空が覗いていた。
―
―――
――――――
相手の首を狙って振るわれた一太刀は、頭を低くして
低くなった体勢のままに足元を狙った一撃。
それを小さく跳んで回避。頭上に目掛けて刃を振り下ろす。
剣筋の途中に刃を置くように防御。受け止められる。
お互い同時に刀を引き、右、左、打ち合う。
その動きが全て、分かる。
自分ならどう動くか、という動きをそっくりそのまま映した戦い方。
故に、次の動きが、次の攻め手が、次の守りが、次の回避が。
全ての動作が読めてしまう。
そしてそれに対する自分の動作も、更にそれに対する相手の動きも分かってしまう。
まるで台本通りの
終わりの見えない自分対自分を戦い続けていく。
反射と反復、鈍化する思考の中で、しかし浅江は突然に光の糸を見つけた。
脳よりも早く身体がその糸を追って動く。
右、下、突き、次は右だ。
斬撃を積み上げる。
時に妖気の噴出を交え、垣間見えた一手に向かって刃を振るう。
そして、刀同士が正面から組み合った。
二本の剣は勢いのままに離れ、互いに上段に振りかぶる。
ここだ。
この一手を待っていた。
振り下ろした千人切が、鏡の浅江を斬り裂く。
結果を招いた違いは二つ。
本物の浅江の方が、一閃が
鏡の浅江の方が、構えが大振りだった。
故に、本物の刃は鏡の浅江の刀を掻い潜り、見事一太刀を浴びせるに至ったのだ。
『山田さん。その上からの振り下ろし、隙が多くないですか?
もっと早くするとか、構えを小さくするとか……どうでしょう』
少し前、ナナシとの戦いを見たトウカに言われた事がある。
あくまで素人目線ですが、と前置きして、彼女は彼女なりの意見を述べた。
『えっと……こう?』
『あ、いいですね。
それと脚をもっとこう……』
その時以来、上段からの振り下ろしに伴う隙は大きく減っていた。
だが鏡の偽物は、その動きが修正前のままであった。
浅江は、打ち合いの中で出た動きから、直感的にその事に感づいたのだった。
斬り裂かれた鏡の浅江が崩れ落ちる。
まるで、泥を斬り付けたかのように手応えの無い感覚。
倒れた偽物の身体が、どろりと溶けて、中から鏡が現れた。
浅江はそこに映る己の姿を見る。
そして、白目黒目の反転した鏡像と、右手と左手を重ね合わせた。
次の世界へと歩みを進める。
―
―――
――――――
厚く垂れ込める雲の向こうには、美しい
という事から、『困難を乗り越えた先の成長』を意味する言葉だ。
雲外鏡が映した影は、まだ雲の中に居る己だった。
雲の外へ。
蒼天を目指し、鏡の外へ。
世界を覆う曇りの天蓋を越えて行け。
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