2話 猿は木から何処へ落ちる

 川沿いの道は、境界線の様相をていしていた。

南を見ればビルの灯が、夜闇の中で燃えている。

北は川、冬の寒さに包まれて、凍える流れがよどみなく続く。


 また、川を越えれば住宅地となっており、ビル群と比べると随分と空が見通せる。

資本主義の香りも高い、企業の名を持つ灰色の塔。

自分と家族の為だけの、個人主義の凝縮ぎょうしゅくされた箱。

そういった意味でもまた、川沿いの道は境界線だった。


 そんな道を、少女が一人歩いていた。

山田浅江やまだあさえ。妖怪を討つ者――妖狩あやしがりの少女。


「寒い……」


 そう呟いて、ほう、と息を吐く。

夜に浮かび上がる白い息が、光を反射してきらめく。


『そんな格好してるからですよ。

 もっと暖かい服装したらいいじゃないですか。マフラーとか』


 浅江の肩に乗った札から、山口やまぐちトウカの声が響く。

浅江は相も変わらずのセーラー服姿。

上こそ長袖だが、スカートから伸びる脚はただ靴下を身に着けているのみ。

防寒具に当たる物はろくまとっていないと言って良い。


「でもトウカがくれたカイロ、あったかいよ?」


『……それで良いんですか?

 いや、山田さんが良いんならいいんですが』


 寒風一陣かんぷういちじん、浅江の長い髪がなびく。

等間隔の街灯は、小柄な影をメトロノームの様に揺らす。


『はい、ちょっと良いですか。

 妖気の反応は、その川――何て川でしたっけ?まあいいか――その川の辺りで間違

 いありません』


「川の中?外?」


『うーん……そこまでは分かりかねます。

 かねますが……水中の可能性もあるでしょう』


 ここは、何の変哲も無い河原である。

日中にはジョギングルートにもなるし子供の遊び場にもなる。

夜間だって、このように街灯に照らされている。

普段であれば、妖怪が出現するような妖しい場所では無い。


 では何故、この川に妖気が集まっているのか。

それは数日前、ここで男性の死体が発見されたからだ。

死因は頭部の傷であり、何らかの物体で強く打った事による物と考えられた。

警察は現在、転倒による事故死と殴打による殺人の二つの線で捜査を進めている。

とは言え、傷の位置から見るに、転んでの怪我の可能性は薄そうだった。


 ただここで一つ注意しておくべきことがある。

この場所の妖気が濃くなったのは男性の死体が発見されてから。

即ち、この男性が死亡した原因は妖怪では無い。

あくまで、人間という生き物のいとなみの結果、妖怪が生まれてくるのだ。

そしてその妖怪が、また人を害するのである。

そうなれば最後、妖怪の出現が妖しさを呼び、その妖しさが妖怪を呼ぶ円環構造へと陥ってしまう恐れがある。

妖狩を束ねる境会きょうかいは、それを何よりも危険視していた。


 人の死という特大のけがれは、妖気を集めやすい。

今回の様に、そこに妖しさを伴えば尚更なおさらだ。

その積み重ねは妖刀すらも作り出す。


『もし相手が水の中なら、一端引きますからね』


「……それなら飛び込めばいい、なんて」


『止めて下さい。

 風邪引きますよ?というか最悪死にますよ?』


 冬の河は流れる氷。

突き刺す冷たさは心臓には毒。

浅江とて、本当に飛び込むつもりは無い。


『さて……今、強く揺れました。そろそろ来るようです』


 雰囲気を一転、トウカが鋭く告げる。

揺れた、というのは彼女が妖気の感知に用いている水盤すいばんの水が、という事である。

それは水を張った盤の四方に青、白、赤、黒の石を置き、浅江を示す丸い木板きいたを中央に浮かべることで完成する。

これに張った水は浅江とその周囲を反映し、検知した妖気に応じて水が揺れて知らせるのだ。

因みに色を着けた石はそれぞれが東西南北を意味しており、トウカはそれと浅江が持つ携帯電話のGPS情報を確認できるアプリを併用して、状況を把握している。


 トウカの警告に応じて、浅江は周囲を見やる。

妖しさが、何処からとも無く流れだす。

何処だ。

妖気の出処でどころは、何処だ。


「……居た」


 見下ろす河川敷に、凝固して行くもや

妖しの黒。異常性の塊。

集積していく妖気の中に、二つの瞳が輝く。


「猿だ」


 浅江が短く呟く。

徐々に姿を現すそれは、紛うこと無く猿であった。

毛の長いその外見は、オランウータンとも、テナガザルとも似たようで違う。

身長は浅江よりも少し低いぐらいだろうか。

背を丸め、こちらを見据えている。


『猿、ですか。

 一説では河童かっぱが山に登ると猿の妖怪になるとも言いますが……』


 その時、猿が動いた。

ゆるやかに姿勢を半身に取り、腰を落とす。

そこから上体を地面と垂直に保ち、右の手は前に。

それは紛れも無く、武術の構えであった。


 猿が口を歪め、ニヤリと笑う。


功夫カンフーを使う、猿?」


 浅江の呟きと殆ど同時に、猿が駆けた。


「速い……!」


 地を一蹴りし、土が跳ねる。

その跳躍一度だけで、猿は既に浅江との距離を半分以上縮めていた。


 勢いのままに放たれる回し蹴り。

浅江はこれを一歩下がる最低限の動きで避け、猿の脚はえぐるように紙一重かみひとえぐ。

だが、攻撃はまだ終わりでは無かった。

回転は蹴りを振り切ってもなお止まらず、その勢いを乗せた裏拳へと繋がる。

体軸たいじくはブレず、そのリーチは蹴りよりも伸びる。


「…………ッ!」


 咄嗟とっさに、さやに入ったままの千人切せんにんぎりで防ぐ。

瞬間、体を揺らす衝撃。

野生の膂力りょりょくに押され、かかとが僅かに後ずさった。

だが何とか耐えて、振り払う。


 猿は払われた勢いを殺すこと無く飛び退き、また河川敷の元の位置へ。

呼吸を整えるように、残心のように、左右の掌で円を描く。

そしてまたニヤリと笑うと、招くように左手をクイクイと動かした。

紛れも無い、挑発。


 浅江は、斜面を駆け下り一直線に猿に突っ込む。

挑発に乗った訳では無い。

ただ、攻める以外の選択肢が思いつかなかっただけだ。

刀に手をかけ、文言を唱える。


「十六代山田浅右衛門の名において、その刀身を抜き放つ」


 左親指で鯉口こいぐちを切り、斜面を下りながら一気に抜き去る。

周囲の妖気が渦を巻き、浅江の手元に集まってくる。


「抜刀、『妖刀・千人切』」


 刃が、滑り出る。

刀身は妖しく輝く漆黒。

集めた妖気を放出し、浅江が飛んだ。


 一瞬で距離を詰め、体をひねり上段から振り下ろす。

断つのは正中、ど真ん中。

この刃、当たれば頭蓋ずがいを砕く。


 だが、相手は大振りの太刀筋を見切っていた。

剣の腹に、左掌底を打ち込む。

らされる軌道。

すかさず浅江の懐へと潜り込み、すくい上げるように拳を突き上げる。


 だが、浅江もまた、油断は無かった。

刃中に残っていた妖気を空中で再放出。

身体の向きを無理矢理に変え、拳を回避。

更にそのまま、太刀筋を横薙ぎの物へと捻り変えたのだ。


「!!」


 猿の顔に驚愕が浮かぶ。

避けきれない。

刃が吸い込まれるように、首元へと滑りこむ。

一寸先に見えた未来は、切断。


 ガチッ、石を叩いたような音が響いた。


 今度は、浅江の顔が驚愕に満ちる。

刃は、猿の首元、皮膚の上で止まっていた。


 ニヤリ、猿が笑う。


 驚愕に固まる浅江に、高速の突きが放たれた。

腕は槍、てのひら穂先ほさき

その鋭利が、浅江の喉元に迫る。


 顔を歪めた浅江は、それでも回避行動を取る。

刃に溜まった妖気はあと僅か。

その微量を用いて、後方への緊急的退避に移った。

突きの射程圏外ギリギリとはいえ、何とか回避できる。

……筈だった。


 身体に伝わる痛み。

後方へと吹き飛ぶ感覚。

地面に落ちた衝撃で、己が突き飛ばされた事を理解する。


『山田さん!』


 トウカの悲痛な声が響く。


「大、丈夫……」


 絞り出して、咳を一つ。

突かれた辺りの胸をさすり、骨に異常が無いかを確かめる。

鎖骨、胸骨、肋骨……取り敢えず、問題は無いようだ。

ただ肺の辺りの気道を突かれたらしく、軽くむせる。

もし退避に移っていなければ、もっと被害は大きかっただろう。


 何が起きたのか。

目で見た事が真実だ。


 接触の瞬間、猿の腕は、伸びていた。


『山田さん、聞いてください。

 あの猿は通背猿猴つうはいえんこう、或いは通臂猿猴つうひえんこうと呼

 ばれる中国の妖怪です』


 トウカが、札越しに言う。


『通背猿猴は、左右の腕が一本に繋がっています。

 ですから左の腕を短くすれば右の腕が伸びる、といった事が可能なんです』


 それを聞いてよく見れば、猿の腕の付け根は蛇腹じゃばらの様にたるんでいる。


「刀、通らなかった……」


『ええ。恐らく、全身に何かを塗って、毛を硬化させているんです。

 通背猿猴の、というよりも、猿の妖怪の特性ですが……』


 東北地方の岩手や青森では、動物が歳を重ねると『経立ふったち』という妖怪に変ずるとされている。

鱈や鶏なども化けるとされるが、特に経立として有名なのは狼と猿だろう。

柳田國男やなぎたくにお遠野物語とおのものがたりの中で、猿の経立についてこう記している。


松脂まつやにを毛に塗り砂をその上につけておるゆえ、毛皮は鎧のごとく鉄砲の弾も通らず。”


 また、石川県の能登のとには、猿鬼さるおにという妖怪が伝えられている。

これは文字通り角の生えた化け猿であるが、村々を荒らし回り、遂には神の軍と対決するという筋書きを持っている。

そしてこの猿鬼が人々、ひいては神々を苦戦させた理由もまた、毛にうるしを塗り硬化させていた事であった。

もしかすると、実際にそういった生態を持った猿が居たのかも知れない。


 ちなみに、通背猿猴の腕は通背拳という拳法のヒントになったと言われている。

今回現出したこの妖怪が中国武術を嗜んでいるのも、恐らくそれが原因だろう。


『やはり、硬化していない所、塗り切れていない所を狙うのが得策でしょう。

 猿鬼もそれで眼をられて死にました』


 トウカが少しの思案の末、提案する。


『一応、作戦は有るには有ります。

 私の支持通り動いてくれますか?』


「いいよ」


『……即答ですねぇ。

 山田さんも作戦とかあるなら言ってくれて良いんですよ?』


「大丈夫。信じてるから」


 あっさりと放られた言葉。

その言葉に、トウカは一瞬呆気に取られた。

そして、恥ずかしい事言わないで下さい、と言って笑った。



―――

――――――




 横手に川をのぞみつつ、剣拳相交けんけんあいまじわる。

通背猿猴が繰り出す右の手刀を、浅江が刀の腹で弾く。

伝わる衝撃、背骨に走る痺れ。

だが通背猿猴はまたも反動をそのまま利用した裏拳へと移る。

浅江は咄嗟に身を屈めて回避。

そのまま、相手の足元を薙ぐ様に刀を振るう。


 通背猿猴の特性、繋がった両腕の伸縮は、確かに接近戦において脅威である。

とはいえ、それはあくまで純粋な延長であり、直線的な軸以外には動かない。

故に、敵の攻撃を回避する際は、常に上下左右の軸線移動が必要になる。

単純な後退は、無意味。


 猿は軽く地を蹴り、足元を過ぎる刃を避ける。

空中というのは無防備だ。

何も蹴れず、何処にも動けない。

跳躍の際の軌道をずらす事は、基本的に不可能である。

それは蟹坊主かにぼうずとの戦闘でも実感した事。

だから浅江は、積極的にその隙を狙った。


 刀を振り切り、一回転。

そのまま斬り上げるように刃を滑らせ、空中の猿を狙う。

だが、通背猿猴の反応は速かった。


 千人切は二尺三寸、現代の寸法で言えば約70cmの刃渡りを持つ。

これは身長165cmの男性の腕の長さとほぼ同等である。

だが、浅江はそれより小柄な女子高校生。

精一杯に刀を伸ばしても、その長さは腕二本分とは行かない。

つまり、限界まで腕を伸ばした通背猿猴の方が、リーチは長いのだ。


「……ッ!」


 伸びる刀が届く前、より長く伸びる一本の腕。

大地を軽く押し、後ろに跳ぶ。

刃は、空を斬る。


 猿が着地したと同時に、浅江は後退し距離を取る。

リーチの差は、僅かに相手に有利。

だがそれは妖気の放出でカバーできる可能性がある。

一方、攻撃速度はほぼ互角。

そして一発の重さは、勢いさえ乗れば浅江が有利。

最大限に勢いを乗せた一撃が当たれば、いくら毛が硬いといっても流石に斬れる。

しかし猿は武術によってその勢いを殺そうと立ちまわる。

天秤てんびんは、均衡きんこうを保ったまま揺れている。


 両者、にらみ合う。

浅江がジリジリと横にすり足で動く。

それを受けて通背猿猴もまた、距離を保つようにじり歩く。

描かれる円。元の位置から約90度の移動。

背に川を背負った時、浅江が動いた。


「ハァ……ッ!」


 間合いに踏み込む。

刃の届くギリギリの距離。

繰り出すは、紫電しでんの一突き。


 刺突しとつというのは、範囲においては確かに斬撃に劣る。

しかし、速度や瞬間的な威力の面では刺突に分があるのだ。

狙いさえ的確ならば回避は難しく、当たればダメージは大きい。


 だがそれは勿論もちろん、当たればの話だ。


 眼を目掛けて放たれた一撃は、身体を捻ってかわされる。

例え全身にくまなく硬化を塗り込めたとしても、眼はどうしようもない。

先述した通り、猿鬼も眼を射られたのが敗因であった。

だが、その事は通背猿猴もまた承知し、敵がその弱点を狙う事を予測していたのだ。

お前の狙いは解っているぞ、と猿が笑う。


 狙いを外された浅江は、咄嗟に千人切を上段に振り上げる。

苦し紛れの攻撃変更。

隙だらけの、動き。

当然それを見逃す通背猿猴では無い。

素早く地を蹴り、浅江の懐に飛び込む。


 徒手空拳としゅくうけんの利点とは、何よりもその取り回しである。

武器を持つ手と持たない手、より速く精確に動けるのはどちらの方か。

刀を振り上げ、残った体は無防備。

そこに一気に距離を詰めれば、そこは刀の有効射程圏外である。

拳が負ける道理は無い。


 通背猿猴は、勝利を確信した。


 だが、浅江は笑った。


 振り下ろす為に振り上げた?

否、否である。

浅江の手中に既に千人切は無い。

何故なら、それは振り上げたのではなく、後ろに投げ捨てたのだから。


「ふん……ッ!」


 突っ込んでくる相手を、空いた両手でつかむ。

後ろ向きに倒れこみながら、相手の腹部に足を当てる。

そして、その足で押し上げるように、蹴りあげるように。

相手の勢いも乗せ、後ろへと放り投げる。


 巴投ともえなげ。

その動作は、そう呼ばれている。


 驚愕の顔で猿が宙を飛ぶ。

川を背にした浅江が、相手を後ろに投げた。

それはつまり、猿が飛んで行く先はその川以外ないという事だ。


 落下音と、水飛沫みずしぶき

この川は浅瀬の面積が非常に狭く、少し歩けばすぐに深くなっている。

近隣の小学生はこの川で水遊びをしないよう学校で注意されている程だ。

落下した通背猿猴は、一時的とはいえ完全に水中に没した。


 とはいえ、深い深いとは言っても少し浅瀬から外れただけではある。

深さにして精々三メートルから四メートルしか無い。

また、猿というのは水に慣れる動物だ。

ニホンザルが温泉に浸かっている映像などはお馴染なじみだろう。

通背猿猴も、深山に棲む猿である以上、水自体には慣れている。

総じて、通背猿猴が水面に顔を出すまで、そう時間はかからない。


 だが、そこに大きな落とし穴があった。


 普通、生物が突然水中に投げ込まれた時、その肺の中に空気は殆ど入っていない。

大抵は落下の際の衝撃で文字通りからだ。

故に、水中から脱出した生物は、まず真っ先に反射的に呼吸を行う。


 顔を出した通背猿猴の眼前に、飛ぶように迫る一つの影。

千人切をたずさえて、浅江が宙を舞う。

放出された妖気の帯が、黒い雲となって棚引たなびく。

そして、空を裂く一本の矢の如く、大気を震わす漆黒の稲妻の如く。


 突き出された千人切の刃が、呼吸の為に開いた通背猿猴の口へ、深く突き立てられた。


「『千人切せんにんぎり一居千刃いちいせんじん』」


 膨れ上がる。

解き放たれる。

千を斬り裂くその刃が、通背猿猴の体内で顕現けんげんする。

黒い嵐が、通背猿猴の肉体を吹き飛ばした。


 形を失って行く猿の肩を蹴って跳び、浅江は再び岸へと戻る。

そして猿の身体が黒い靄と化して行くのに背を向けると、千人切を軽く一振りし、鞘に収めた。


 そこに、はらりはらりと一枚の紙が降ってくる。

浅江はそれを掴みとった。



―――

――――――



「また、紙ですか」


 二枚の紙を炬燵こたつの上に並べ、山口トウカが口を開いた。

今回は札越しでは無く、直の声である。

身長は、目の前の浅江より少し高い。

一方で髪は浅江と違い、肩のあたりで切り揃えられている。

狐目、と言うのだろうか。細い、涼しげなツリ目。

口元には薄っすらと笑みが浮かんでいる。

優しげな微笑み、というよりは、胡散臭うさんくささを感じる笑みだ。

だが眼がどうの口がどうのという前に、その身に纏う雰囲気自体が、何処と無く狐を思わせる少女だった。


「今までと同じ。

 倒したら、出てきた」


 炬燵に入った浅江が、天板に顎を乗せつつ答える。

彼女のすぐ後ろにはストーブが控えており、その冷えた身体を暖めていた。


 ここはトウカの家。

親元を離れ一人暮らしをする彼女の、ささやかな根城ねじろである。

今は、浅江にとっての居候先いそうろうさきでもある。


「私では、微かに妖気を纏っている事ぐらいしか解りませんねぇ……

 明日の会で何か情報が出ればいいんですが」


 彼女ら妖狩は、『境会』と呼ばれる組織に所属している。

境会は地域ごとに複数存在し、各境会ごとに複数人の妖狩が名を連ねている。

境会には定例会の為に顔を出す必要があるが、それとは別に、時折招集がかかる。

それは、何らかの厄介事に対処する為だったり、新しい妖狩が加入した事を知らせるためだったり、境会の長がクリスマスパーティーを開きたがった為だったりするのだが、明日の会はあくまで定例会の方。

しかしこのタイミングで集まるのなら、ほぼ間違いなくその話題は出るだろう。


「まあ、今は、気にしないでおきましょう。

 山田さん、今日もお疲れ様でした」


「うん。トウカも、お疲れ様」


 浅江が頷き、額に張られた『はらえ』と書かれた御札が揺れる。

これは、浅江の身から千人切の穢れを祓うためにトウカが作った物だ。


 千人切は、使用者を徐々にむしばむ。

妖刀は妖しさによって成り立つが故に、その使用者もまた妖しさを纏う事となる。

『人斬り』という概念で蝕み、妖怪と変わらないようなモノにまで変えてしまうのだ。


 分かりやすく言ってしまえば、『あんな妖しい刀使ってるような奴は妖しい』という事である。

妖気は妖しさに反応し、それを具現させる性質を持つ。

故に妖刀の使い手は、常に妖気に飲まれる可能性を抱えている。


 それを防ぐため、この御札によって浅江の身を蝕む妖気を祓うのだ。

とはいえ、この御札もまた『じゃはらう』という概念を妖気が具現化する事で機能しているのだが……


「山田さん、みかんきますけど。食べますか」


「うん」


 トウカが炬燵に積まれたみかんを手に取った。

広げた白いティッシュの上に、オレンジ色が降り積もる。

浅江はみかんの筋をあまり好まない。

それを知っているトウカは、細い指で丁寧にふさから筋を取り除いていく。

自分の分は別だ。

あの白い筋が美容に良いと聞いて以来、なんとなくそのまま食べている。


「はい、山田さんどうぞ」


 剥き終わったみかんを浅江に手渡す。

机の上を見渡せば、否が応でも視界の中にちらつく二枚の白い紙。

何か、嫌な予感がした。

嵐をはらんだ暗雲が近付いている予感が。


 山口トウカは、その不安を握り潰すと、みかんの一房と共に口へと放り込んだ。

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