3話 幽霊ダイブ

 一基いっき鳥居とりいが立っていた。

神社の境内けいだいでは無く、ただ枯れすすきばかりが茂る草原くさはらに、ぽつねんと。


 この街は所謂いわゆる、都会である。

とはいえ、頭の天辺てんぺんから足の先まで何処を切ってもビル群、などということは有りはしない。

近代的、都会的なよそおいを持つのはあくまで街の中央部であり、

少し外れにまで足を伸ばせば、近代的とは程遠い、さびれた下町が広がっていた。

天を突くビル群と、対照的にうらぶれた街外れ。

それはまるで、摩天楼まてんろうという名の大樹が周囲の栄養を吸い取り育って行くようだった。


 そして、くだんの鳥居が立っているのもまた、その街外れの一角であった。

買い手が付かず、長らく放置されたままの空き地。

かといって子供たちが遊び場にするでもなく、野良猫の通り道程度にしかならない場所。

朱塗しゅぬりの禿げた木製の神門しんもんは、そこに静かに屹立きつりつしていた。


 何時かの区画整理によって、本体の神社と離れ離れになってしまったのだろう。

額束がくづかはすっかり削れてしまい、そのめいは読み取ることができない。

何故鳥居だけがここに残されたのか、どこの神社の所有物だったのか。

そんなことは、誰も知らない。気にも留めない。

だが、鳥居そのものが完全に忘れ去られた存在かと言えば、決してそうではなかった。


 地元の者が噂にして曰く、『深夜零時にあの鳥居をくぐった人間は異界に行く』。

うら寂しい場所にたった一基で立つ鳥居、というのは中々に不気味な物である。

空き地の前の道が中学校、駅と住宅地を繋いでいることもあり、夜間に鳥居を見る者も多い。

自然、こういった噂が形成されていった。


 しかし、今となってはこの話も、一概にただの噂と切って捨てる訳にはいかないのである。

境会きょうかい』は、噂によってこの鳥居に集まった妖気を利用した。

鳥居の持つ『異界への門』という側面を具象化ぐしょうかする事で、今この鳥居は境会への入り口となっているのだ。

資格のある人間――妖狩あやしがりが潜れば、そこはもう隔絶別世かくぜつべっせの新天地。

妖怪ようかい狩人ハンターの総本部である。


 そして今、その門を潜り抜け、此岸しがんへと帰還したる者が二人あった。

学生服の二人組。

山田浅江やまだあさえ山口やまぐちトウカである。


 二人は境会への顔出しを済ませてきた所だった。

とはいえ、得られた物は少ない。

件の白い紙――恐らく現在妖怪を異常発生させている原因の正体が何か、分からないと言うのだ。

そして、この事件に関しては次の集まりまでに臨時会議を開くかも知れないとのことである。

この答えは、今日にも何かしらの手がかりが得られると思っていたトウカにとっては肩透かしな物だった。


 外は、相も変わらずの寒冷。

むしばむ様な外気に、トウカはマフラーを寄せ、浅江は肩をすくませる。

二人は学校帰りであり、学生服のままだ。


 ゆるやかに落ちていく太陽が、西の空を焼いている。

その鮮やかな暖色と対比するように、風の冷たさはより一層厳しさを増すようだった。

温かな炬燵こたつの待つ家へさっさと帰ろうか、というその時、


「ねえ、あんた達さ、これから時間ある?」


 二人は、背後からの声に呼び止められた。


「まあ、ありますけど……何ですか?

 ご飯おごってくれるんですか?それなら有難く頂きますけど」


 二人を呼び止めたのは、上中崎かみなかざき 静海しずみ

浅江とトウカよりも年長であり、この地域の妖狩としても最も先輩にあたる。

『表』の職業は小学校の女性教師。

二つ結びの金髪が、夜風に揺れている。


「いやぁ、ウチの近くに妖気の反応が出たんだけどさ。

 『つ』だけなら私一人でいいんだけど、『はらう』必要があるヤツで」


「だったら若宮わかみやさんでいいじゃないですか」


「それが千佳ちかは用事があるって言って帰っちゃったのよー。

 だから手伝ってくれない?ねっ?」


 若宮千佳とは、彼女らと同じ妖狩の一人である。

彼女はトウカと同じく『術師じゅつし』に属する。

妖狩は大まかに、妖を封じたり弱めたりする術を操る術師と、直接妖と戦い退治する『伐士うつし』に分けられる。

そして妖怪を討伐する際には、その二種が協力せねばならない場面はしばしば発生するのだ。

それこそトウカと浅江の関係である。


術師である千佳もまた、伐士の静海が行動をともにする相手であった。

それが今回は向こうの手が空いていないということで、別の術師であるトウカにおはちが回ってきたのだ。


「まあ、仕方ないんで、いいですよ。

 山田さんはどうしますか?」


「……私も、付いて行く」


 トウカに答えて、浅江が呟くように言う。

浅江は己が口下手な事を自覚しているため、余り会話の表に立とうとしない。

そのカバーをするのもまた自分の役目なのだと、トウカは自認していた。


「ホント?

 二人ともありがとね!何か埋め合わせはするから!」




―――

――――――




 安易な選択、安易な決定というのは、時として人を苦しめる。

物事を選び行動する前には、深謀遠慮しんぼうえんりょとまでは行かなくとも、考えを巡らせる事が肝要かんようなのだ。

人生の道はなべて皆、二度と通らぬ不帰ふきの道であるのだから。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

後悔は先に、特に転ばぬ先に立たない。


 逆に言えば、当然ながら、後悔というのは後にならば幾らでも立つものでもある。

だから『後』悔というのだ。馬鹿でも分かる。

そんな物を先に立てられるのは、予知能力者かタイムリーパーぐらいのものだ。


 だから山口トウカは今、取り敢えず後悔をしていた。


「断れば良かった……」


 それか、せめて何処に向かうのかは聞いておけば良かった。

弱々しく消えた彼女の言葉を補足すれば、こう続く。


 静海、浅江、トウカの三人は、この順で夜道を歩いていた。

いや、というよりも

何故と言って、ここは斜面なのである。


 静海の案内に思考停止して付いて行く事しばらく、気付けば道は山道に変わっていた。

とはいえこの程度はまだ、低い山、ゆるい傾斜である。

ここは小学生が遊び場にすることすらある、登りやすい山だ。

しかし……


「私、体力無い方なんですけど……!」


 訴えるように零した言葉が、何処へともなく消える。

体力無い方、も何も彼女はクラスの体力テストで言えば下から数えてすぐもすぐの一番下。

運動と名の付く物とは縁遠い人生を送ってきた根っからのインドア人間であった。


 伐士の二人はその頑健がんけんさを遺憾いかんなく発揮し、ずんずん山を登っていく。

一方のトウカは既に疲労困憊ひろうこんぱい青息吐息あおいきといき

大地の向こうに落ちていく陽光の残滓ざんしが、名残惜なごりおしそうに山道を照らしていた。


「ちょっと、遅れてるわよー?」


 少し前方から――つまり位置としてはやや斜め上方から――静海の声が降ってくる。

分かってますよ……!と悪態の一つもつきたいが、その言葉を届ける為に叫ぶ気力も惜しかった。

だからトウカは静海をひと睨みすると、黙って行軍こうぐんに戻るのである。


「多分もうちょっとだから頑張りなさいよー!

 なんなら私がおぶってあげましょうかー?」


「自分で歩けますよ!」


 結局は言い返してしまったが。


「……だそうよ」


 そして静海は一つ溜息をつくと、

手助けしようかと後ろを向いたまま固まった浅江の肩にぽんと手を置く。

そこからは黙々とした行進が幾らか続いた。


「はいストップ」


 それから暫くして、静海はそう言って立ち止まった。

中腹、斜面が一時なだらかになっている場所。

山道は二手に別れ、上に続く登山道とは別の道が、横に逸れて森の中へと伸びる。


 夕陽は、黄昏たそがれの最後の一片を投げかけながら、姿をくらませようとしていた。

何処か遠くのカラスの声が、寂寞せきばくを引いて空に消えていく。

もう寸刻すんこくで、夜が降りてくる。


「こっちよ、こっち」


 静海が脇道を指差して言う。


「この先に定期湧きする所があってさぁ。

 十中八九そこだと思うのよね」


 そこからは三人、特に言葉も無く進んだ。

どこまでも代わり映えのしない、木々の群れである。

足元には積もった冬の落ち葉。

落ちる夕陽に合わせて木々の影の変わっていくのが、唯一といっていい視覚のアクセントだった。

後はもう、前を行く二つの尻を見るぐらいしかトウカにはできることは無い。


 少し歩くと、目的地に着いた。

そこは木々が無く、少し開けた広場のようになっている。

もっと夜がければ、星が見えるのだろう。


 静海が、ここよここ、と言いながら、後ろの二人を先導する。

その手が指差した方を見やった時、トウカはいささかゲンナリした声を上げた。


「ああ、成る程。これは出ますね」


 そこには、古井戸が孤独に口を開けていた。


「これはまた……絵に描いたような幽霊井戸ですねぇ。

 リングのロケ地ってここなんじゃないですか?」


「あの映画の井戸ってセットらしいわよ。

 ……じゃなくって。

 どう、これ?やっぱり居るわよね?私あんまり妖気に敏感な方じゃないから何とな

 ーくなんだけど」


「私は素でも結構分かりますが……ちょっと待って下さい。

 …………はい、水盤すいばんめちゃくちゃ揺れてます。

 ほぼ確実に居るでしょう」


 それを聞くと、静海は井戸に近付きながら大声を上げる。


「ちょっとー?居るんでしょー!

 さっさと出てきなさいよー!」


「ちょっ……」


 いきなりの事に、トウカは驚くしかない。

近所迷惑ですよと制止しようとして、はてこの山中に民家はあるだろうかと考える。

浅江は黙ってその背中を見ている。

多分、何も考えていない。


 そうこうする内に、静海は井戸の前までやってきた。

すると、突然井戸の上に黒いもやのような物――妖気が集まりだした。

そしてそれは徐々に凝固すると、女の姿を形作っていく。


五月蝿うるさいわね……」


 長い黒髪、白い服。

皮膚の青白さは血が通っていない為か。

足は無く、宙に浮いている。


「幽霊呼ぶのに『出てきなさいよー』は無いでしょ。

 風流の欠片かけらもありゃしない」


「出たわね幽霊。

 悪いけどあんたら化物は箱根はこねから先、存在自体が野暮やぼなのよ」


 典型的な幽霊の姿、そのものであった。

それも江戸時代以来、未だに受け継がれる女の幽霊像である。

白い装束は死装束、納棺のうかんされた死人が着ける服。

これも江戸時代に定着した姿で、平安時代などには幽霊は生前の姿で出る物だった。

それは現代にまで受け継がれているが、死装束が馴染み薄くなったため、

幽霊の着る白い服は、ただの白いワンピースなどになっていることもある。

これは前述した、映画リングの影響も否めないだろう。


 とはいえ、西洋の幽霊もまた白いシーツを被ったような姿で表されることは多い。

これは、ユダヤ教などにおいて死体を覆う白布、シュラウドにその起源を見ることができるだろう。

いずれにせよ、白装束と死と幽霊には、何か切っても切れない関係があることは確かである。

それに、白い服の幽霊は夜の闇に映えるという作劇上の都合もあろう。


「さて、じゃあちゃっちゃと祓って貰おうかしら。

 今日はいつもの術師がいないみたいだけど、誰がやるの?」


「あのよ、山口トウカ。

 神子みこさんだから安心して祓われちゃって」


 紹介され、トウカは一歩前に出る。

妖怪というのは存在するだけで妖気の濃さを加速度的に上昇させる。

それを防ぐために、危険性の無い妖怪などでも『お祓い』という名目で調伏ちょうぶくし退散させてやる必要がある。

術士は、伐士のフォローだけでなく、この作業の為にも存在する。

千佳の代役にトウカが必要なのもそれ故であった。


「あ、どうも。山口トウカです。

 で、その……いいんですか?祓っちゃって。

 というか、どなたなんですか?こちらの幽霊さんは」


 トウカの疑問に、静海はあー、と言うと、答えた。


「こいつは『髪の長い女の幽霊』よ」


「はあ」


 見れば分かる。


「まあつまり、誰でもないのよ。私は」


 静海の説明を引き継ぐように、幽霊が言った。


「ここに来るのって小学生が基本なワケ。

 態々わざわざこの山を通る道もないし、鉱山って訳でもないし。

 観光なんてもってのほか。登山を楽しみたきゃもっと向いてる山があるわよ」


 心霊スポットとしても認知されてないしね、と幽霊は続ける。


「だから、私を“視る”のは山で遊ぶ小学生ばっかなのよ。

 それもこの井戸に湧くようになったのはあれ、あのなんとかいう映画以来。

 あの“井戸と幽霊”っていう強烈なイメージばっか覚えて、この古井戸を怖がっち

 ゃってさ」


 そう言って幽霊は古井戸のふちをポンポンと叩く。

井戸と幽霊、というイメージは、リングよりもまず番町皿屋敷ばんちょうさらやしきで定型化されている。

江戸時代、恨めしげに井戸から出て来て皿を数えるおきくの姿が、講談で、歌舞伎で、落語で広まった。


 一方で、そもそも井戸という存在自体、幽霊と非常に関係が深い。

井戸というのは、身近にある“水気すいき”。すなわち、いんの気である。

妖怪や幽霊といった化物もまた、陰の気を持つとされ、怪火かいかは陰の火ゆえに熱くないという。

また、井戸は地下に繋がる穴であり、大地の下にある冥界めいかいを想起させる。

黄泉よみとは本来、地下の泉を意味する語句なのである。

その証明として、蘇生を願って死者の名を呼ぶ魂呼ばいという風習があるのだが、それには井戸に向かって呼ぶという変種が存在する。

また、京都の六道珍皇寺ろくどうちんのうじには、そのものずばり『冥土通めいどがよいの井戸』があるという。


 さらに言えば、井戸への身投げなどから直接的な死のイメージも付き纏うだろう。

今昔百鬼拾遺こんじゃくひゃっきしゅういの『狂骨きょうこつ』などは、そのストレートな表現かも知れない。

妖怪絵師・鳥山石燕とりやませきえんの手によるその画には、井戸から立ち上がる髑髏どくろの顔をした幽霊の如き妖怪が描かれている。

これらの延長線として、お菊は井戸で死に、貞子さだこも井戸から現れるのだ。


 とはいえ、現代の小学生は井戸も皿屋敷も馴染みが薄い。

知っているのはリングだけ。


「つまりこいつはね、ただの量産型貞子なの」


 静海がふたもない言い方をする。


「古井戸の雰囲気が怖い、貞子みたいな幽霊が出そう、ああ怖い、ってだけ。

 こんな事するとか、誰それの幽霊だ、とか、そういう設定を全然貰えてないのよ。

 で、山に登った子供とかが古井戸にビビる度にこの幽霊が湧いて出て、

 特にする事も無いからただボーッと祓われるのを待ってるっていうことね」


 むなしいわー、と静海が言う。


「でも、こんなんでも放っておくと妖気の乱れになるとかで、一々祓いにこなきゃい

 けないのよ。

 だからウチの生徒が山で遊んだって話してると、私は毎回ここの妖気をチェックす

 る羽目はめになるのよね。

 で、私じゃ祓えないからって千佳とか呼んでさ。面倒だわー」


 そのぐらいやりなさいよ仕事なんだから、と幽霊。

幽霊らしからぬ殊勝しゅしょうな言動だが、それもキャラが定まっていないが故だろう。

そして、静海の言葉で、トウカは思い出す。

静海が勤務している小学校は、この山のすぐ側だった筈だ。

生徒がここに登っった事を話しているのを耳にしたのだろう。


「えーとそれで、もう祓っちゃっていいんですか?

 髪の長い女の幽霊さん的には」


「いいわよ別に。

 ここに居ても暇で暇で……」


 生前も未練も何もないしね、と幽霊がボヤく。

浅江は、幽霊にも色々あるんだなと完全に傍観者染ぼうかんしゃじみたことを考える。

そもそもトウカのおまけのようについてきただけで、ほとんど関係ないのだから仕方ない。


「じゃあちょっと神降かみおろしするんで……あの……見ます?

 まあ見ますよね……その、私ちょっと恥ずかしいんですけど……」


「へ?恥ずかしいって神降ろしが?なんでよ」


「あーいや、いいです。なんでもないです。

 口に出すと余計恥ずかしい。言わなきゃよかった。

 とにかく、ちゃちゃっと幽霊さんを祓えばいいんでしょう」


 そして、トウカはいね神紋しんもんが描かれた札を取り出しかざすと、詠唱を始めた。


「『――我に体なし。はふりをもって体となす』」


 瞬間、トウカの体がぼうとした光に包まれる。

太陽や火のような強い明かりではなく、蛍のような柔らかな光。


「『万物ばんぶつ逆旅ぎゃくりょ睚眦がいさいし、

 狐は無窮むきゅう天蓋てんがいを滑る。

 不帰の道とてただの道。

 やすしとわらえ、鳴かば鳴け』」


 言葉が紡がれ、ぼんやりと纏わり付いていただけの光が徐々に移動していく。

主に、頭頂部と尻の方へ。


「『万狐不易ばんこふえきかしこみ、かしこみ』」


 そして最後の一言と共に、その光が明確な形を取った。

それは見事な狐耳。

そして立派な狐の尾。


「これが、なーんか恥ずかしいんですよねぇ……」


 トウカが手で隠そうとすると、ピョコッ、ピョコッと左右に動く。

それは外見上は完全にトウカの肉体の一部として顕現していた。

心なしか、トウカの顔は赤い。


「えー、なんでよ?可愛いじゃない」


「うん、可愛い」


「いや、だってこれコスプレっぽいっていうか……バカっぽいっていうか……

 ていうか山田さん久し振りに喋りましたね」


 神子とは、ミコ/巫女であり、シンシ/神使である。

それは即ち、神と人とを繋ぐ役。

神の力を人の世に降ろす、生きた依代よりしろ

妖を祓うため、その力を神からさずけられた人間。

それが、神子である。


 神子になる方法というのは、限られている。

だが基本的には、資質を持つ者がその神のやしろを訪れた際に、不意に力を授かるのだと言う。

トウカが力を授かった神は、岩手県遠野の孫左衛門稲荷まござえもんいなり

かつて学者山口孫左衛門が京都より勧請かんじょうした、正一位の神階を持つ神である。


「でもあんた狐なんだからまだマシじゃない。

 うなぎとかかにとかも居るんでしょ?」


「うーん……」


 神の使いとしてつかわされる聖なる獣のことを、『神使』と言う。

神子は、神が現世と接触するための媒介ばいかいとなる、という点で神使と共通している。

故に神子には、仕える神のしるしとして、その神使の獣の特徴が現れるのだ。

それが稲荷の神子であるトウカの場合は、狐で現れる訳である。

因みに静海の言った鰻とは三嶋大社の、蟹とは金刀比羅宮ことひらぐうの神使になる。


「まあ、もういいです。さっさとやりましょう、さっさと。

 幽霊さんもいいんですよね?じゃあ祓いますんで」


「はいはい、よろしくね」


 トウカが掲げた札がふわりと宙に浮き、ぐるぐると回り始める。

すると、札を中心に光が線を引き、梵字ぼんじの浮かんだ法陣を虚空に描き出した。


「では、行きます……!」


 トウカの言葉で、法陣の光線はするりとほどけた。

そして、まるでかごを編むように、その光の糸が組み上がっていく。

幽霊を取り囲みながら、幽霊を覆い隠すように。

籠目は魔除け。無数に編み込まれた六芒星ろくぼうせい破邪はじゃ

もう少しで、祓いの儀は完成する。

だが、


「あ、ちょっと待って」


 突然、幽霊が声を上げた。


「言い忘れてたことがあったわ」


「……じゃあ早くして下さい」


 それにトウカはコケそうになるも、踏みとどまり言う。

儀を中途半端なままで一旦止めるなんて初めてだ。


「あのさ、静海。

 私はこっから動けないからアレなんだけどさ、なんかいるよ。この山」


「は?」


 静海は、いきなり名前を呼ばれたのと、その話の内容に、思わず聞き返す。


「いやだからさ、私以外にもなんか妖怪がいるわよここ。多分。

 なんて言えばいいのかしら、山がざわついてる?っていうか」


 とにかく気を付けなさいよ、と言うと、幽霊はまたトウカに向き直る。


「じゃ、そういうことだから続けていいわよ」


「はぁ!?

 ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


「いやよ、別にこれ以上言うこともないし。

 また今度会ったら、何だったのか教えなさいな」


 これは続けてもいいんですか、と眼でくトウカ。

仕方ないからやっちゃいなさい、と首を縦に振って答える静海。


「では、改めて……」


 中途で止まっていた光の糸は再び動き出し、光の籠を編み出す。

その籠が幽霊を覆い、すっぽりと中に入れ込んでしまう。


 そして、トウカがポンと一つ、拍手かしわでを打った。


 籠が、霧散むさんする。

風に散る桜のように消え去って、後にはなにも残らない。

光も。幽霊も。


「……終わりました」


 どう、と風が吹いた。

この山にはなにかがいる。

吹いた風にも、揺れた木々にも、何かの意思がこもっているようで、上中崎静海は一つ身震いをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る