4話 人間発電所

「…………トウカ、どう?」


 上中崎静海かみなかざきしずみはつばを飲み込むと、うかがうように訊いた。

山口トウカは真剣な顔で水盤をにらんでいる。

山田浅江は、刀のつかに手をかけ、周囲に警戒を飛ばしている。


「……水盤の水は、揺れています。

 少し待って下さい。感知範囲を少し調整しないと……」


 だがその時、一縷いちるの風の中に、浅江はあやししの気配を感じとった。


「来る……!」


 抜刀ばっとうすべごとく。

研ぎ澄まされた刃が、空気を斬る音。

突風のように押し寄せる黒いもやが眼前で突如形をなす。


「ナナシ……!」


 妖気からい出た漆黒の猛犬。

顔へと飛び掛かってくるその牙を、千人切が受け止め、払い除ける。

だがその時、闇に浮かぶ赤い瞳が二つでは無いことに、三人は気付いた。

五体……いや、六体は居る。


「なるほど、こいつらが前座って訳ね」


 静海が、てのひらに拳を打ち付けた。


「やってやろうじゃない。浅江、イケる?」


「……当然」


 浅江が、トウカをかばうように前に出た。

刀の切っ先を敵に向ける。


 戦いが、幕を開けた。


 地を駆ける獣。

闇黒の中でひらめく牙は、眼前の獲物えものを捉えんとする。

その狙いは、上中崎静海。

だが……


――バチッ。


 突如、ナナシは獲物を見失う。

はじけるような音を残し、姿を消す静海。

獣は動揺する。


 瞬間、ボディに衝撃。

えぐるような拳、殴打おうだが腹を打つ。

その拳にまとうのは、電気。


「しゃおらっ!!」


 殴り抜ける。

吹き飛んだナナシは、木に激突し、霧散むさんした。


「っし次来い!」


 静海が、ボクサーのファイティングポーズのように拳を構える。

二つ結びの髪が揺れ、青い放電が虚空こくうに散った。


 『日本霊異記にほんりょういき』に話が見える。

飛鳥時代は敏達天皇びだつてんのう御代みよに、ある農夫の畑に雷神が落ちてきた。

農夫は初めそれを恐れ鉄杖てつじょうにて打たんとした。

しかし雷神が助けをい、見返りに子をさずける事を約束したため、その命を助けた。

雷神はそれに感謝し、約束通り農夫の恩にむくいた。

強力ごうりきの子――雷神の加護を受けた子を、授けたのだ。

その子供は後に元興寺がんごうじの鬼を退治するなど勇名ゆうめいせる。

そして出家し、道場法師どうじょうほうしと名乗った。


 上中崎静海は、その道場法師の子孫である。

雷神の加護は道場法師の後昆こうこんにも受け継がれた。

実際、法師の孫にあたる女もまた強力であったことも同書に記されている。

遺伝する形質であったのだ。


 さて、道場法師ゆずりのこの能力ちからは、単なる怪力ではない。

雷神に由来するだけあって、本質的には『電気発生体質』とでも呼ぶべき物である。

それがどういう事かと言うと……


「そらっ!!」


 静海の振るった右ストレートが、ナナシのあごを砕く。

人間は通常、己の筋肉の内、20~30%までの分しか活用できていないという。

その力を、強制的に引き出せばどうなるか?

人間の筋肉は、脳の指令を受けて発生する電気刺激によって動作している。

ならば、その電気刺激を己で作り出せばどうなるか?

そしてここに居るのが正に、その芸当の出来る人間である。

体内で自己発生させた電流が刺激となって、通常を超えた筋肉収縮を実現。

それによって、常人を超える高速移動や強力な打撃などを可能にするのだ。


 静海が最後の一体の顎を蹴り砕き、瞬く間に、ナナシは全滅した。

名を持つ妖怪と比べ、ナナシの戦闘力はたかが知れている。

伐士うつし二人がかりともなれば、その制圧は容易たやすい物だ。


「どうやら、本当に妖気が集まってるみたいね」


 パンパンと手を払い、静海が言う。


「さて、本丸は何処どこ?」



―――

――――――


「ここ、ですかね……?」


 先程の井戸があった辺りから、山腹さんぷくをもう少し東に回り込みながら登った所で、一行は足を止めた。

そこには、廃屋はいおくというのもはばかられる、とでも言うべきモノが夜の中にぼうっと突っ立っている。


「まあ妖怪が出そうでは……あるわね」


 廃屋というのは、昔から妖怪話の格好の舞台だ。

人が居た痕跡こんせき、記憶、想念が恐怖を引き起こす。

元は炭焼き小屋か何かだろうか。かろうじて入り口はあるものの、扉は失われ、黒々とした口を開けている。


「っと、お邪魔しまーす……」


 一応、入り口をくぐって中へと入る静海。

そしてすぐ、足を止めた。


 小屋の奥、崩れた柱の上に一人の老爺ろうやがあぐらをかいて腰掛けていた。

幾何学的な模様が描かれた民族風の衣装の上に、茶色い上着を羽織はおり、豊か――というよりも荒々しく伸び盛った蓬髪ほうはつひげ

そして握りしめた籐巻とうまきの刀を、杖のように突き立てている。


 その濁った眼がこちらを睨んだ。


「ッ!!来るわよ!」


 言うが早いか、静海は後ろから続いて小屋に入ろうとしていた二人を引っ張り、後ろへと飛び退く。


「来るって何が……!」


 トウカがそう訊き返した途端、入り口を目にも留まらぬ速さで駆け抜け、刀を振りかぶった老爺が飛びかかってきた。


「……!」


 一瞬の判断の下に、千人切を抜刀。

老爺の剣をかろうじて受け止め、鍔迫つばぜう浅江。

だが、枯れ木のような腕からは想像できない腕力に押され、少しふらつく。


「このっ……!」


 助太刀とばかりに静海が駆け寄り拳を振るうが、老爺はその攻撃を頭を下げる最小限の動作で、回避する。

更にその形から体を捻り、静海を迎撃げいげきしようと回し蹴りのような形で脚を繰り出す。

静海がそれを避けようと身を引いたのを確認すると、老爺は浅江の千人切を押し払って、一旦距離を取った。

ジリジリと間合いをはかる浅江と静海に、トウカは相手の素性すじょうを述べる。


「アイヌ風の服装……廃屋に老人……そして刀……

 これらの要素から推測するに、あの妖怪は恐らく『オハチスエ』です」


「オハチスエ?」


 静海が、聞きなれぬ名に疑問の声を上げる。

トウカが言う通りアイヌの妖怪ならば、知らないのも無理はない。

ここで妖狩をやっていても、アイヌ出身の妖怪にお目にかかることは無いからだ。

その名ももちろんアイヌ語である。


「空き家に勝手に住み着くとされる、粗末ななりの老人の姿をした妖怪です。

 よく切れる刀と凶暴性を持ち、人畜じんちくを数多く殺戮さつりくした、と伝えられています」


「……それただのヤバい爺さんなんじゃないの?」


「……まあ、そうかもしれません」


 実在の人物が妖怪のモデルとなっているケースは、ありえる話ではある。

例えば、こなきじじと言えばゲゲゲの鬼太郎でも有名な『妖怪』であるが、これは元々実在した赤ん坊の泣き真似をする老人のことであったらしい。

その老人の事を地元で『こなき爺』と呼んでいたのが、山村語彙という書に拾い上げられ、それを柳田國男やなぎたくにおが妖怪談義に妖怪として収録し、水木しげるが目をつけて今のように妖怪として有名になるに至るという次第。

こなき爺が元々は実在する人物であった事は、後に多喜田昌裕氏が報告するまで誰もが忘れ去っていたのだ。

他にも実在の人物が妖怪譚を作ったケースは複数存在するだろう。


 オハチスエが体勢を低く取る。

刀を右手に持ち、背中に背負うように構えた状態。

そこから、脚の筋力だけで前方へと矢のように飛び出した。

標的は、静海。


(低すぎる……!)


 低く、地をうように跳び、その勢いのまま刀を振るう。

獣を狩るための刀捌かたなさばきは、アイヌの狩猟術から発展した剣術。

その動きはまるで、それ自体が獣の攻撃であるかのようだ。

実際、獣の姿を真似ることで獣の力を得る、というのはポピュラーな信仰である。

恐らくこの剣術も、そういった動物の動きの模倣もほうから発展したのだろう。

足首を刈る一撃は、通常では考えられない低さで放たれている。

防御も迎撃も、これではそのどちらも難しい。


 一方、それだけ低いということは、軽い跳躍ちょうやくでも回避は可能ということでもある。

だが勿論もちろん、そこには優れた反射神経と運動能力が必要とされる。

上中崎静海は、それを持っていた。


「こんのっ……!」


 瞬間、足元から散る稲妻。

刃を飛び越え跳躍。

そしてそのまま、静海は空中から踵落かかとおとしを繰り出した。

曇天どんてんを裂く雷光のように、鋭い脚がオハチスエの頭へと直撃する。

大地へと叩きつけられるオハチスエ。

静海は更に地に跳ねたその体を抱え上げると、スープレックスの要領で投げつけた。

オハチスエは樹に叩きつけられ、しげみの中へ落下する。


「やりぃ……っ!」


 息を荒げ、小さくガッツポーズを取る静海。

彼女の能力は肉体にかかる負荷ふかが多く、強い疲労感を伴う。

それを和らげるため彼女自身も鍛錬たんれんはしているが。


 浅江が追撃の為に茂みへと分け入る。

恐らく倒れ伏しているその肉体へ、とどめの一撃を放つため。

だがそこに、オハチスエの姿は無かった。

浅江はいぶかしむ。


「何処に……」


「山田さん!上です!」


 声にはっと上を向くと、樹上からオハチスエが、刃をかざし飛び降りてきていた。

脳天に踵を食らい、樹へ投げ飛ばされた直後だというのに、その動きにかげりは無い。


 鉄と鉄のぶつかる音。

浅江は反応の遅れを妖気の放出でカバーし、千人切を間に合わせた。

だがオハチスエは切り結んだ衝撃のままに飛び上がり、浅江の背後に着地。

振り向きざまに一閃を食らわそうと刀を振るう。

浅江もまた、妖気放出の勢いに任せて回転し、それを真っ向から受け止める。

再度組み合う刃と刃。

それは火花と共に離れ、浅江、オハチスエ共に刀を振りかぶった。

相手の首を断ち切る為に、その刀を振り下ろそうとする。


 しかし、オハチスエの腕は振りかぶったまま、動かない。

光の糸が、その手首を樹と結びつけているのだ。


万狐不易ばんこふえき


 狐耳を生やしたトウカがニヤリと笑う。

神子みこ依代よりしろとなって、神の奇跡を現し世にもたらす。


すがりの糸」


 この一瞬の為、目立たぬように法陣ほうじんを解いた糸を周囲にひそませていた。

神の光糸は、トウカの意思で自在に操ることができる。

決して頑丈がんじょうという訳では無いが、すぐに千切れる程ヤワでもない。

そしてそれは敵の隙を突き、致命的な一瞬間を作り出した。

その好機を逃すまいと、千人切が一閃空を裂く。

ける刃はあやまたず、オハチスエの首を斬り飛ばした。

崩れ落ちる妖翁。

その手には、力尽きようとも、しっかりと刀が握られていた。


「やった……!」


 トウカが浅江に駆け寄ろうとする。

しかし浅江は、まだ闘気とうきゆるませることなく、刀を構え続けていた。


「待って」

 

 浅江は、その眼を倒れた妖怪に注ぎながら、トウカを制止する。


「様子がおかしい」


 倒れたオハチスエが、かすかに痙攣けいれんしている。

やがて、その体が徐々に起き上がり始めた。

操り人形が糸に引き起こされるように、引っ張り上げられるように。

総身そうしんをぬるりと起こして行く。

そして首のない妖怪は、夜の下に立ち上がった。


「な……」


 その手に握られたアイヌ刀から、漆黒の霧が吹き出した。

それはもちろん、妖気。

その様はまるで千人切の如く、即ち彼の手にした刀が妖刀であるという証。

妖気は集まり、オハチスエの首元で渦を巻く。

渦は、オハチスエの頭を形作る。


 そしてまたそこには、無傷の妖怪ばけものが立っていた。


 土のぜる音。

突っ立った姿勢からの驚異的な加速。

刀を刺突の姿勢に構えた怪老が、風のように突っ込んでくる。

その切っ先を、浅江の千人切が横から払った。

剣戟けんげきの起こす火花が舞う。


「あの刀を手放させてください!」


トウカが叫ぶ。


「私の予想が正しければそれで倒せる筈です!」


 浅江はオハチスエと刀を打ち合う。

一度、二度、三度。

静海は二者の周りをじりじりと動きながら、隙を伺う。

鍔迫り合いは、徐々に浅江が押され始めていた。

単純に力の差である。

だがしかし、そこに妖気の放出を上乗せする。

噴き出す黒色が、刀に推進力を与える。

力は一気に均衡きんこうし、さらに中間点を越えた。

押し込む浅江。

それに対抗するべく、オハチスエは刀にさらなる力を込める。

ここで浅江は、一気に力を引いた。


 オハチスエの体が、前のめりに崩れる。


「今っ!」


 背後から飛びかかった静海が、その体を掴んだ。

相手の首を絞める形で、両の手を組む。柔道で言う所の裸絞はだかじめの姿勢。

その身体から、雷光がほとばしった。


 一つ、歴史の話をしよう。

寛永年間かんえいねんかん武州ぶしゅう川越藩かわごえはんに『弥五郎やごろう』なる男が仕えていた。

この弥五郎は、電気を体から発することができた、と伝えられている。

彼もまた道場法師の子孫だったのか? 分からない。

ともかく彼は電気でこいしびれさせて捕らえる、という事を得意としていたそうだ。

その電気にかかれば巨漢きょかんでさえもひとたまりもなく、時の大関・仁王仁太夫におうにだゆうが酔って暴れた時、弥五郎が飛びかかって抑えると、仁太夫は顔を青くして昏倒こんとうしたとか。

人間にもそれだけの電気を発することができるという一例である。


 一方、デンキウナギは電気を発することができる生物として有名である。

その腹から尾にかけての筋肉の細胞は『発電板』と呼ばれる発電器官になっている。

放電の威力は約800Vボルトにも及び、馬すらも気絶させると言う。

発電体質のウナギでさえその威力なのだ。発電体質の人間ならば、どれほどのパワーが出せるのか?


 静海からオハチスエへ、雷が落ちた。


「『霹靂神はたたがみ』!」


 体外への超放電、名付けて霹靂神。その威容は正に、霹靂へきれきの神。


 濁った眼を見開くオハチスエ。

小柄な老人の体を電気が通り抜け、感電により筋肉が弛緩しかんした。

その手はようやく、刀を離す。


「よしっ!」


 刀を手放した瞬間から、オハチスエの肉体に異変が訪れた。

一瞬で皮膚が、水分を失った大地のようにヒビ割れていく。

そしてヒビは全身に広がっていき、オハチスエの体は崩壊した。

まるで砂の山か何かが風に吹かれて崩れ去るように、大地に崩れ落ちる。

髪も衣服も全て、肉体と共に消え去ってしまった。


 しかし、持ち主が消滅しきってもなお、刀は地についてはいなかった。

消滅が早かった?それもあるにはある。が、そうではない。そういう事ではない。

刀は今、宙に浮いている。


「やっぱり……!」


 トウカが確信を込めてつぶやく。

浮いた刀は、空中で回転すると、その切っ先をこちらに向けた。


「あの老人の姿は仮初かりそめの肉体。

 付喪神つくもがみと化したアイヌ刀……

 それこそが妖怪オハチスエの正体だったんです」


 付喪神とは、長い年月を経た器物が化けて妖怪となったモノである。

かつてアイヌにおいて刀とは、漆器しっきさかづきわんなどと共に宝物とされ、家の上座かみざに大切に飾られる存在だった。

オハチスエとはアイヌ語で『空き家の番人』を意味する。

樺太からふとや千島の人々は、厳冬期になるとトイチセと呼ばれる竪穴式住居に移り住む。

そしてその一部は、冬が明けても、戻ってくることは無かった。

家の中に鎮座ちんざした宝刀は、九十九の年月、あるじの事を待ち続けたのだろう。

やがて、その身に喪が付くまで。


 アイヌ刀は空を裂くように、こちらに向かって飛んでくる。

持ち主の幻影を失ってなお、己の武器としての本懐ほんかいを果たさんとして。


 トウカは札をかかげた。

いねもん。神の証。それを持つのは、神と人とを繋ぐ者。


「縋の糸!」


 トウカの足元に浮かぶ梵字ぼんじの描かれた法陣。光の線が織りなす曼荼羅まんだら

初めはトウカ一人を囲う程の大きさだったそれが、瞬く間に広がっていく。

そして陣が解けて、糸になる。

神の糸は、再び敵を絡め取らんと空を切って襲いかかる。

だが刀と糸では、どうしても相性が悪い。

妖刀は向かい来る糸を次々と切り払い、尚も突っ込んでこようとする。


 一本で駄目なら束。

とでも言うように、トウカは足元の陣から光糸を一斉放出した。

それはまゆを作ろうとするかの如く、オハチスエへと迫る。

しかし、駄目だ。

妖刀はその場で回転し、全ての糸をはらう。

だが、それこそが狙いであった。


「山田さん、今です!」


 その場で回転する為に、妖刀は突っ込んでくる速度を落とさざるを得なかった。

そしてトウカの声に応じて千人切を構えた浅江が地を駆ける。


「『千人切・一居千刃』」


 解き放たれる千の刀。

連綿れんめんと積み重なった人切りの刃。

一対千。

殺人刀としての重みが違う。

黒き靄から出た千の刃は、動きの止まったアイヌ刀に殺到し、その刃を思いっきりえた。


 地割れのようにヒビが走り、広がり、遂には砕けた。

細かく散った刀の破片は、黒い煙を上げて霧散していく。


非情成仏ひじょうじょうぶつには、ちょっと殺しすぎたわね」


 静海の呟きと共に、その全ては風に呑まれて消えた。

そして後に残される白い紙一枚。

浅江はヒラリと落ちてくるそれを掴み取る。

その真実は、今はまだ遠い。



―――

――――――



「ゴチになりまーす」


 トウカは手を合わせた。

山から降りて少し先、回転寿司チェーン店の中である。

夕飯時ではあるが、平日なのでそこまで混雑はしていない。

店内放送は何となく和風っぽい音楽をやかましくない程度にふわっと流している。


「まっ、今回は私が付き合わせちゃった訳だし。

 回転寿司ぐらいおごるわよ」


「いただきます」


「すいません山田さん、そのあぶりチーズサーモン取って下さい。

 ……ありがとうございます」


「あー、最近の寿司屋はサイドメニュー多いわ。

 うどん、うどんかぁ……でも口が寿司を欲してる時にうどんは……

 ここはまあ、赤だしにしますか」


 静海がレーンの上の端末で、注文を入力する。

浅江は流れてきた玉子を取って、頬張ほおばった。


「ところで……アンタ達って二人で住んでるのよね?」


 湯呑ゆのみに緑茶の粉末を入れながら、静海が尋ねる。


「ええまあ。元々は私が高校進学を期に一人暮らしを始めようと思いまして……

 でも山田さんとペアを組む事になってからは、なんかもう一緒に住んでますね」


 浅江は、甘エビを咀嚼そしゃくしながら頷く。


「浅江が元々は山寺の育ちなんだっけ?

 まあ一々そんなとこから出動するのは面倒よねー。

 それに友達と二人暮らしなんて楽しそうじゃない」


 静海がお湯を入れた湯呑みをかき混ぜ、二人に配る。

立ち上る湯気。寒い外で戦ったばかりの身にはそれだけでいやされる気になる。

浅江は流れてきたゆず塩かつおたたきに手を伸ばす。


「まあ私山田さんしか友達いないんですけどね」


「あ、そうなの?まあアレよ。量より質よ、量より質。

 私だって職場に気の合う相手と気の合わない相手がいるし」


 トウカは湯呑みに口をつける。

熱いお茶が唇の隙間から染み込むように口、喉と流れ、体を温める。

茶の水面から立ちのぼる湯気が顔を打った。

浅江は味付けいくらの軍艦の上に醤油を垂らしながら話を聞いている。


「まあ結局」


 トウカは炙りサーモンの片方を口に放り込むと言った。


「楽しいんですよね。今が。

 妖狩になった、っていうのは勿論大きいですが……

 それ以外でも二人暮らしとか、山田さんとか。

 今までとは違う、普通じゃないことをしてるっていうのが凄く嬉しいんです」


「あー、なるほどね。分かるわよ、そういうの」


 静海はコンベアに手を伸ばし、透明なカバーを外すとはまちを手に取った。

浅江もその後ろに続くうまダレ牛カルビの皿を掴む。


「いや、ペース早くない?」


「はい?」


「私とトウカまだ一皿目よね?

 何皿食べてるのこの子。めっちゃ食べてるじゃない。

 何なの?そこだけ時間の流れ早くなってる?」


「ああ、いや、すいません。

 山田さんも普段はそこまでではないんですが、この店では……

 あ、丁度ですね」


 牛カルビの握りを食べ終えた浅江は、咀嚼もそこそこに皿を返却口に入れる。

これで合計五枚の皿がスリットに飲み込まれた事になる。

突然楽しげな音が流れ出し、端末の画面でムービーが始まった。

浅江はその画面をじっと眺めている。


「ああ……これね。

 まあちっちゃい子とかが好きよね、これ。

 それでいそいそと寿司五皿分食べてたわけか」


「山田さんをちっちゃい子扱いするのは止めて下さい。

 ……とにかく、これが好きらしいんですよ。

 初めて来た時に、こんなのあるんだ!みたいな感じで目を輝かせて。

 可愛いですよね」


「いや、まあ可愛いは良いけど……

 でもこれ大した物当たらなくない?」


 言っている間に、画面が明るく点滅し、浮かび上がる『あたり』の文字。

ガコンという音が鳴り、カプセルが排出された。

浅江がそれを開くと、中からまぐろの握りの形をしたストラップが出てきた。


「いらねえ」


「あっ、いいですね。

 次サーモン当たったら私ので」


「アンタも欲しいんかい」

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