5話 Black designer

 外法頭げほうがしら、という物をご存知でしょうか。

ご存知無いのならば、説明せねばならないでしょうね。

外法頭というのは厭魅えんみ――いわゆる呪いの術に使う髑髏どくろの事です。

うしこく参りで藁人形わらにんぎょうを打つでしょう?

あの人形のようなまじない道具とお思い下さい。


 それで何でも、外法頭に使う髑髏は大きい物である程、たっとい人の物である程、効果があるそうで。



―――

――――――



「ぬらりひょん、ですか……?」


 トウカは千佳ちかの言った名前を繰り返した。


「ええ、そうよ」


 それを千佳は小さく首肯しゅぜして、説明を続ける。

彼女が会長達から説明を受けた所によると、彩華あやか小学校の周辺に『ぬらりひょんが出る』といううわさが広がっているという。

その噂は主に同校の児童を中心とした子供たちの間に広がっており、ぬらりひょんは夜の町を徘徊はいかいしていて出会ったらさらわれてしまう、という内容らしい。


「まるで赤マントや口裂け女ですね。

 怪談というより都市伝説です」


「そうね。普通、ぬらりひょんの様な古い妖怪はそういう噂にはならないわ。

 まあ、ぬらりひょんに関しては、漫画やアニメの影響で小学生にも知名度はあるみ

 たいだけど……

 江戸時代以前の妖怪が出てくる都市伝説、というのは珍しいわね」


 そう言って千佳は、考えるようにあごに手を当てる。

若宮わかみや千佳。先日トウカ達と幽霊を調伏させオハチスエを討伐した先輩妖狩の上中崎静海の相棒である。

年は20歳の大学生。明るく優しい先輩、といった風の静海と比べ、千佳はクールで厳しめの先輩、といった感じか。

それでいて、鞄にデカい手裏剣型のキーホルダーをぶら下げていて、静海にそれをダサいダサいと弄られてキレたりもする。


 浅江も含めた彼女ら三人は、千佳を先頭に並んで道を歩いていた。

今は18時。日の入りも早くなり、既に辺りは暗い。

三人は線路の横を歩いている。

電車の中は、帰宅する学生や会社員の姿が多い。


「境会が危惧きぐしているのは、この噂による妖気濃度の上昇もそうなのだけれど……

 そもそもくだんの紙がぬらりひょんを召喚したから、この噂が立ったんじゃないか、

 と心配しているみたいね」


「なるほど。それは分かりましたが……

 彩華小学校って私達の管轄区域かんかつくいき内ですよね?

 どうして若宮さんも一緒なんですか?」


 トウカは浅江の方も見ながら、問うた。

境会からは、千佳に着いて行けと支持されている。

先程から今回の件についての説明はあるが、そもそも何故彼女が先導しているのか。


「あなた達を、今回の件の情報提供者の所に案内しろと言われてるの。

 本当は静海の方が適任なんでしょうけど……

 私が自分から行くと名乗り出たの。

 あなた達にはこの前、私の代わりに静海と山登りしてもらったみたいだから」


 情報提供者ですか、とトウカ。


「そう。この噂自体は、静海の和美わび第一小学校にも広まっていて、

 それを聞いた静海を経由して既に境会にも報告は上がっていた。

 私達が動く事になったのは、ある情報提供者から妖気の反応が報告されたから」


「それで、その情報提供者ってどんな人なんです?」


「引退した、元妖狩よ」


 隣の線路を電車が走り抜け、三人に風が吹き付けた。



―――

――――――


「いやあ、ご足労頂きすみません」


 と情報提供者、士城しじろ 明朗あきろうは、頭を下げた。

千佳によると、彼は七年前までトウカ達と同じ境会に所属する妖狩だったそうだ。

それが何故引退したのかと言うと……


「寿退職ですよ。

 それに娘も生まれましてね。

 しかし、妻はあの子を産んだ時に……

 だから育児に専念するためにも、妖狩の方は辞めさせて頂きました」


 彼の家は、特筆する所も無い普通の一戸建てだった。

トウカ達は彼に案内されて、リビングのソファに腰掛けていた。

リビングの内装は明るく現代的で、その七年前に建てた家なのだろうか。

しかしその中で、ある種異彩を放つ家具が一つ。

古びた柱時計のような物体が、テレビの横に置かれていた。

普通の人が見れば、読み方の分からない変わった時計とでも思うかも知れない。

だが、術士であるトウカなら、それが妖気を探知する為の『盤』の一種であると見て取ることができた。


「引退してからも、わざわざ捨てるには重いしでかいし……

 置きっぱなしにしていたんですが」


 お陰で、近くで妖気の乱れなどがあるとすぐに分かるのだと言う。

そのため、小さい反応などの見過ごしがあった時は、それをたまに境会に報告しているそうだ。

静海や千佳も妖狩としての活動はちゃんと行っているものの、小さい妖気に関しては千佳の探知よりもここの盤の方が精度が高いらしい。

そして今回、ぬらりひょんの噂の広まりに応じて、ある公園の周りの妖気が高まっていることを突き止めたと言う。


「ただ、今の私には妖狩としての力はもうほとんど残っていませんから。

 皆さんのお手をわずらわせることになり、すいません」


「いやそんな、こちらこそ態々わざわざありがとうございます」


 妖気が高まるのは、噂通り夜になってからだそうだ。

とはいえ小学生の感覚での『夜』である。

恐らく19時にはもう妖気は濃くなっているだろう、という話だ。


「そう言えば娘さん……莉緒りおちゃんも居るんですよね?

 私達こんな時間に押しかけて大丈夫なんですか?」


「あー、莉緒は今熱を出していまして……

 部屋で寝てるんですよ。

 そう大事では無いとは思うんですけどね」


「そう、それは……すいません、大変な時に。

 貴方達、騒いじゃだめよ」


 そう言われても自分も浅江も騒ぐようなタイプでは無いと思ったが、わざわざ言うこともないのでトウカは黙って頷いた。


「じゃあ、準備しましょうか」


 準備、とは言っても前衛二人は準備することなど殆ど無い。

その言葉はほぼトウカ一人に向けられている。


 ここに来るまでに相談した結果、今回は浅江と千佳が現場におもむき、トウカは札越しの援護にとどめることになった。

最近はオハチスエの時など巻き込まれる形で戦闘に立ち会うこともあったが、本来彼女は後方支援が役目である。

それに千佳は術士でもあるため、もしぬらりひょんを『はらう』ことになっても彼女がいれば対応できる。


「…………」


 ふところからいねの紋が付いた札を一枚取り出し、人差し指を当てる。


「『万狐不易』」


 指先に白い光が集まり、札に注がれる。

みぞに水を流したように、抱き稲の紋に光が満ちていく。


「はい、どうぞ。山田さん」


 この札が、浅江とトウカをつなぐ通信機の役割をする。


「ん。

 ……いつでも行ける」


「そうね。

 じゃあそろそろ、向かいましょうか」


 千佳が手袋を外し、その下の籠手こてあらわわにする。

手の甲にはめ込まれた色の違う四つの石と、その中心の針の付いたダイアル。

手を握り、開く。それをもう一度。


「それじゃあトウカ、援護頼んだわよ」


「はい。お二人とも、気をつけて」


 戦いに向かう二人の伐士うつしの背を見送る。

さて、こちらもまだやるべき事がある。


「すいません、士城さん。

 水が欲しいんですが、洗面所ってどちらでしょう?」


「ん?ああ、それなら廊下の右の……」


 水盤を抱え、廊下に出る。

この家備え付けのあの柱盤はしらばんは、広い範囲を探知することはできるが、妖気の検出範囲を細かく調節することには向いていないようだ。

目標に接近した時には、トウカの水盤も必要になるだろう。


 洗面所に向かって廊下を歩いていると、扉が薄く開いている部屋があった。

つい反射的に中を覗き込む。

ベッドのある部屋、寝室だろうか。

一人の少女が眠っていた。

莉緒といったか、病気で寝ているという明朗の娘だろう。

初めは穏やかに眠っているようだったが、しばらく見ていると苦しそうに顔をゆがめた。

うなされているのか。


 この家に住んでいるという事は、彼女は彩華小に通っているのだろう。

もし元気だったら、ぬらりひょんの噂について何か聞けたかも知れないな。

トウカはそう思いつつ、その場を後にした。



―――

――――――



 問題の公園は、ブランコや滑り台のある小さな物ではなく、自然に囲まれている開けたタイプの物だった。

正面から入って少し進むと、広場があって真ん中には噴水が見える。

その近くには電灯があったが、接触が悪いのか点滅を繰り返していた。


『お二人とも、妖気は近いですよ』


 浅江の肩に乗った御札からトウカが言う。


『しかし、薄い妖気反応ですねぇ。

 ぬらりひょんだけに隠密おんみつには長けているということなんでしょうか』


 ぬらりひょんというのは、妖怪の総大将としても知られる高名こうめいな妖怪だ。

伝承によるとぬらりひょんは夕方などにどこからともなく家に入り、煙草たばこを吸ったり茶を飲んだりすると言う。

家人はそれに気付かないとも、その振る舞いの堂々さゆえに違和感を感じることができないともされる。


『おっと、薄いなりに、反応が強くなってきましたよ。

 そろそろお出ましなんじゃないですか?』


 その時、うめくような声が公園に響いた。

地の底から届くような、苦痛に身をよじるような不気味な声だった。


「何……?」


 木々の合間から、ゆっくりと、姿を現す。

腐敗臭のような不快な臭いが風に乗ってただよってくる。

点滅を繰り返す電灯。

それに照らされて異形のシルエットが夜に浮かび上がる。

肥大した頭部。

ボロボロの衣服をまとう体は枯れ木のように細く、ねじれている。

一目見ただけなら、ぬらりひょんに見えるかも知れない。

だが、そこには決定的な違和感がある。

その眼はにごり、焦点も合わず虚空こくうを見つめている。

口はぽっかりと穴のように開き、あ、あ、とかわいた呻き声を断続的に上げている。


 そこに明確な意思は感じられない。

まるでゾンビか何かのような、生気のない化け物。

これが、このおぞましい怪物が、


「ぬらりひょん、だと言うの……?」


 千佳が呆然ぼうぜんつぶやいた。


「相手が何であれ、やるしかない」


「……そうね」


 浅江は千人切を抜いた。

それにうながされるように、千佳も籠手を構える。

その動きに触発されたのか、されていないのか。

ぬらりひょんは緩慢かんまんに動き出した。

腕を振りかぶり、浅江に向かって振り下ろす。

遅い動きを横に跳んで避けると、そのまま手を大地に叩きつける。


「本当に、ゾンビみたい……」


 その下ろされた腕に向かって、千人切を振り抜く。

牽制けんせいのつもりのその一撃は、予想に反してそのまま腕を断ち切った。


「なっ……」


 呆気あっけなく通った攻撃に、浅江は少し驚きを見せる。

だが、腕を切られてなおぬらりひょんの反応はにぶい。

ただ呻き声をらし、少しよろめくのみ。


「一体何なの……?」


『……ぬらりひょんに関してよく語られる妖怪の総大将や人の家に上がり込むといっ

 た情報はどちらも藤沢衛彦ふじさわもりひこ佐藤有文さとうありふみなどによる創作です。

 その元ネタとなった鳥山石燕とりやませきえんのぬらりひょんの画は一巻目『画図百鬼夜行がずひゃっきやこう』に収

 められていますが、特に説明書きなどはされていません。

 ぬらりひょんという妖怪は詳細がほとんど謎に包まれているんです』


 トウカが自分の考えを整理するように言葉を発し続ける。

それを後ろに聞きながら、千佳は籠手をはめた手で殴り掛かる。

ぬらりひょんはその攻撃を避ける。

だが崩れ折れるように体を下げるその動きは、不自然でスキだらけだ。


『一方で、瀬戸内海には同じぬらりひょんという名前で海の妖怪が伝わっています。

 これは平川林木が報告した物ですが、海坊主うみぼうずのような妖怪で基本的にぬらりひょん

 とは同名の別物であると考えられています。

 また石燕の画に関しては、が正式な表記だとする議論もあります。

 このようにぬらりひょんは、とかく謎が多い妖怪の一人として知られています。

 ……しかし、そう。このぬらりひょんは小学生の噂から生まれた物でした。

 アニメなどの影響で特殊なぬらりひょん像が流布るふしているとしたら……?

 すいません。そこまでは、リサーチ不足です』


 浅江は上段からぬらりひょんに斬りかかる。

その刃はそのまま、ぬらりひょんの肩口を大きく斬り裂いた。

妖怪の口から、一際ひときわ大きく呻き声が漏れる。

深い傷跡。間違いなく致命傷だろう。

あらわになったその体表には、継ぎ目のような跡がある。

そして浅江は、そのまま倒れゆくその首を、斬り飛ばした。


 残骸が薄れて消えていく。


「終わった……?」


『え、倒したんですか?

 あっさりですね。私まだ考えてる途中だったんですけど』


「一体、なんだったの?

 私なんて殆ど戦ってすらいないのに」


 千佳がいぶかしげに、ぬらりひょんの消えた宙を見つめる。

しかしいくら見つめても、何かが起きる気配は無い。

本当に、これで終わりのようだった。


 終わったのなら、それはそれで良い……はずだ。

釈然しゃくぜんとしない思いを抱きつつ、浅江は千人切をさやに収めた。


 だがその時、札の向こうでトウカがいきんだ。


『お二人とも、気をゆるめるのはまだにしてください』


 トウカがスマホを操作する音が聞こえる。

地図と水盤を見比べているのだ。


『背後のビル。

 その屋上から……誰かに見下ろされています』


 どう、と吹いた風。

その中にある誤魔化ごまかしきれない妖気が、二人の伐士の背を打った。



―――

――――――


 ビルの屋上までたどり着いた二人を、月の光が出迎えた。

並ぶ室外機が、冷たい空気を吐き出してる。

二人はめつけるように辺りを見回した。


「妖気が、濃い」


 妖狩ならば、検出せずとも分かるほどの妖気が充満している。

そしてその妖気が渦を巻き、足元から形作る。

人型だ。

大きな頭。

袈裟けさを着て、顎を撫でながら、こちらを見ている。

それは間違いなく、ぬらりひょんだった。


「な、何?どういう事……?」


 こっちが本当のぬらりひょん?

ならば先程のモノはなんだったのか。


 ぬらりひょんの手が動いた。

反射的に、千佳と浅江は構えを取る。

己の動きに心が着いていく形で、二人は気を取り直した。

例えその正体がなんであれ、妖怪はたねばならない。


 そう思って前を向き直すと、ぬらりひょんは消えていた。


「消えた……?」


 向き直した、と言っても気持ちの問題であって本当に目を離した訳ではない。

だがぬらりひょんは、何時の間にか居なくなってしまっている。


「気をつけなさい、相手はあのぬらりひょんよ。

 どこから出てくるか……」


 千佳がその場の二人に向かって注意を促す。

言いながらも、周囲への警戒をおこたることは無い。


「いやはやお二人、気をつけなされよ。

 まったく今の世はとかく物騒ぶっそうですなあ」


 千佳と浅江の間でぬらりひょんがくつくつと笑う。


「ちょっと、他人事ひとごとみたいに……

 だって貴方がぬらりひょん本人で……」


 そこまで言って、千佳と浅江はバッと飛び退く。

その顔は驚愕に歪み、視線はぬらりひょんに注がれている。

己の脳が信じられないという表情。

何をされた。


 今一瞬、彼女たちは、ぬらりひょんを『仲間の一人として認識していた』。


「なっ、何今の……!」


 浅江の方を見やると、彼女もまた苦い顔をしてひたいから汗を流している。

認識自体に干渉され、ぬらりひょんを仲間と思い込まされたのか。

恐ろしい能力だ。二人に呼びかける。


「二人とも!気をつけなさ……

 え?違う、違う……!」


 ブンブンと頭を振った。

二人?

私は何を言っている。


 千佳の背を、冷たい汗が伝う。

戦場で敵を敵と認識できないことほど怖いことは無い。

何時の間にか生じた油断をつかれ、後ろから刺されるかも知れない。

己の意識を疑うのか。疑う己を疑うのか。

こんな相手と、一体どうやって戦えばいいのだ?


『ちょ、ちょっと待って下さい!

 その……お二人ともぬらりひょんを味方と誤認させられてるんですか!?』


 札の向こうにまでは認識阻害にんしきそがいおよんでいないらしい。

トウカは状況を把握はあくできていないらしく、あせったような声を上げる。


 ぬらりひょん、という妖怪に対する説明として、『ひょうたんなまず』を表した妖怪である、と言われることが多い。

ひょうたんなまず、といってもそういう種類のなまずが居る訳ではない。

ひょうたんなまずというのは、とらえどころのない人物、という意味の表現だ。

更にそれは『瓢箪ひょうたんを以てなまずを捕らえられるか』というぜん公案こうあんが元となっている。


 敵として認識しようとしても、ぬるりと逃げられる。

正に、瓢箪で鯰を捕らえるようなものだ。


「お前たちはわしを伐つために来た。

 だが儂は何のために来たのか。

 それを考えるのは儂だが、そうするべきだったのはお前たちだ」


 ぬらりひょんはそう言って、またくつくつと笑う。


「分かるか?分からぬか?

 分からせるし、分からせぬ。

 どれ、少し遊んでやろう」


 そのふざけたような口調に苛立いらだち、千佳が攻撃を加えようとする。

だが、ぬらりひょんは再び消えた。

『認識できなく』なったのだ。


「チッ……!」


 千佳は即座に籠手の円盤を回し、針を緑の石に合わせる。

まだぬらりひょんを敵と認識できている。

今の内に、動け。


風鬼ふうき……!」


 千佳がその手に装着するのは『藤原千方ふじわらのちかたの籠手』。

平安時代、朝廷に反乱を起こした藤原千方は、四体の鬼を使役していた。

その名も金鬼きんき、風鬼、水鬼すいき隠形鬼おんぎょうき

それぞれ、鉄のような堅牢な肉体、風を自在に操作する能力、水を操って洪水を起こす能力、気配を消して奇襲をかける能力を持っていた。

だが千方の反乱は失敗し、四鬼は皆、石となって穴の底へ落ちていったという。


 彼女の籠手に装着されているのはその石だ。

奈落ならくに落ちた鬼の魂を、再び現世に呼び戻す魔石。

針が指した石に込められている鬼の力を、解放する。

緑の石がつかさどるのは風鬼。風の支配者。


「……そこだ!」


 そのまま苦無くないを振るう。

視覚情報は歪められてもいい。

風で、敵の位置を感じる。

敵は先程現れた位置から、動いていなかった。

姿を表したぬらりひょんと、目が合う。


「ほう、気付いたか。

 だが……」


 ぬらりひょんが笑う。

そのニヤケ面に苦無を突き立てようとして、

いや、何故味方を攻撃する必要がある?

味方?何を言って、いや、ぬらりひょんは、味方?


「……ぐっ…………!」


 千佳が、固まる。


「まだまだだな」


 とん。

その指が、空中で止まった千佳の拳の先に触れた。

空気が震えるような感覚。

そして、千佳の体は吹き飛ばされた。


「がはっ……!」


 鉄柵に叩きつけられる。

膨大な妖気の圧。

それだけで、吹き飛ばされた。


「このっ……!」


 浅江が斬りかかる。

そしてその刃を、ぬらりひょんに向ける理由はあるのか?

彼は味方、いや敵だ。

違う。敵だなんて、まさか。ぬらりひょんは……何だ?


「お前も、まだまだ未熟」


 浅江の刃が、止まる。

目の前に立つ相手が何なのか、分からなくなる。


 その時、浅江の耳元で声が響いた。


『山田さん!ぬらりひょんは……!』


――敵です。


 声と同時に、千人切の刃は振り切られていた。

その美しい一本線の太刀筋が、ぬらりひょんの左手の指を斬り飛ばす。


「ほう……」


 斬られた指先を、しげしげと眺めるぬらりひょん。


「貴方、どうやって……」


 千佳の問いに、浅江は振り返って答えた。


「迷った時は、トウカの言う通りにするって決めてるから」


 トウカは私の知らない事も知っている。

だから、私を導いて欲しい。


 それは、二人が初めて会った日、浅江が言った言葉。


「貴方、それ……どうなの?」


「?

 何が?」


『は、恥ずかしい……』


「……まあいいわ。

 なんにせよ、活路が見えたんじゃない?」


 二人の伐士は、改めてぬらりひょんと対峙たいじした。


かいを見たか。

 儂は問いである。

 解無き者では気付けぬままぞ」


 千佳が飛び掛かる。

籠手の針を左に一つ回し、黄色の石にセットする。


「金鬼!」


 肉体を硬質化。

拳で以て殴りつける。

しかし、


「…………クソッ……!」


 その拳は、地を叩く。

ひび割れる屋上。

また、認識を歪められ、ぬらりひょんを攻撃する事ができなかった。


 だが、そこにすかさず浅江が切り込む。

刃を向ける相手は、敵。味方。敵。味方……


『ぬらりひょんは、敵です!』


 敵だ。


「はぁっ……!」


 その一斬に迷いは無い。

襲いかかる千人切をぬらりひょんは辛うじて避け、その袈裟の先が切り裂かれる。


「いける……!」


『山田さんの切り込むタイミングに合わせて、私が毎回山田さんを正気に戻す。

 これで攻撃が通る……!問題が解けましたね』


 浅江は再び刀を構える。

その時、


『よし、ではもう一度攻めましょう。

 まず千佳さんが陽動ようどうとして敵の…………うっ……』


「え?」


 くぐもった声。


「トウカ?」


 ブツリ。

何かが切れるような音。

トウカとの通信が、途絶とぜつした。

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