第5話「モグラのように這いつくばって」 05

 ラピスラズリの先導でトシロウたちはジェムドールの詰所へと向かっていった。道中、物陰からチラチラとこちらを窺う影がある。隠れているジェムドールたちにヨシュアはひらひらと手を振ったが、すぐに子供たちは隠れて逃げてしまった。ヨシュアは行き場のなくなった手を下ろして、セシリアに向き直った。


「なあ、ここは本当に安全なのか? ジェムドールを見張るための奴らがいるんじゃ……」


「それについては大丈夫」


 振り返ろうとしないまま、セシリアは答える。


「ジェムの発する放射能が強くて、奴らはここに近付きたがらないの。だからジェムドールたちへの指示も、ぬいぐるみを通じて行っている」


「ん? 待て待て。そんな場所にいて、俺とトシロウは大丈夫なのか?」


「あなたたちは今更でしょう? 私が認識できるほどのジェムジャンキーなんだもの。もう取り返しがつかないほど脳が変質してしまっているわ」


「こ、こいつ……!」


 ヨシュアは怒りに拳を震わせるが、セシリアに全く気にした様子はない。詰所の中へと案内されたトシロウたちは、子供サイズの椅子へと腰かけた。


「私の元になった人間、セシリア・ホウショウは宝晶製薬の研究部門の幹部だった。彼女はジェムドールの元になる研究や拡張現実に意識を飛ばす研究をしていたのだけれど、それが非人道的な使われ方をするのに耐えられなかった」


 セシリアは椅子には座らず、机の上に腰かけた。


「非人道的な研究をマスコミにリークしようとした彼女は、奴らに殺された。と同時に私のコピー元のAゴーストは、宝晶製薬のサーバーに閉じ込められたのよ」


「上役様は私たちを助けるために何度もゴーストを送ってくれていた。私たちはいつか上役様が助けてくれるのを待っていたの」


 椅子に座ろうとせず壁に背を預けたまま、ラピスラズリが言う。


「それで、お前が取った手段がアンバーを逃がすことだったってことか」


「そういうこと。正確にはあの子を逃がして、外の世界に協力者を作ろうとしたの」


 私たちの思い通りに動く操り人形をね。


 それが自分を指していることはすぐに分かり、トシロウは不機嫌そうに眉根を寄せた。セシリアは首を傾げた。


「そんな顔しないでちょうだい。結果的に今生きているんだからいいじゃない」


「人でなしめ」


「あら、人間じゃなくてゴーストだもの」


 飄々と言ってのけるセシリアに、トシロウはさらに目つきを悪くする。しかしセシリアは「そんなことより脱出の計画を立てましょ?」と促す始末だ。


 トシロウは不機嫌そうな表情を隠さないまま、言い放った。


「アンバーを助け出す話の方が先だ」


「……いいわよ。本当に熱烈ね」


「トシロウはアンバーにデレデレなんだぜ。この前だって――」


「黙れ、オウルバニー」


 ぺらぺらと喋り出しそうになるオウルバニーを言葉と視線で黙らせる。トシロウはセシリアに向きなおった。


「アンバーはどこに連れていかれたんだ」


「十中八九、宝晶製薬本社でしょうね。あそこには研究所もAゴーストを閉じ込めているサーバーもあるから」


「どうして奴らはアンバーを連れていった」


「機が熟したから、でしょうね。奴ら、わざとトシロウとアンバーを一緒に行動させたり、ジェムを使ってアンバーの精神に揺さぶりをかけにきていたわ。――拡張現実に飛翔する力はすなわち他者と共感する力。情緒が育てば比例して力が強くなる」


 セシリアは首を傾け、片眉を跳ね上げた。


「ここであなたたちに残念なお知らせ。宝晶製薬はこの街のあらゆる大企業とジェムの研究成果に関する取引があるの。拡張現実の研究も含めてね。つまり、私たちが、そしてアンバーが完全に自由になるには、奴ら全員をなんとかしなくちゃいけないってわけ」


 奴ら全員をなんとかする。漠然としていてそれでいて途方もない最終目標に、トシロウとヨシュアは顔を見合わせる。


「でも、ここで素敵なお知らせよ」


 心底嬉しそうな顔をセシリアは作ってみせる。


「実は奴らが一堂に会する研究発表の日があるの。そこを襲って、皆殺しにしちゃいましょ!」


「お、おい! 皆殺しって!」


「あら、嫌なの? アンバーやここの子供たちを見捨ててもいいって?」


 咄嗟に言葉を返せないでいるヨシュアに代わって、トシロウは声を上げる。


「奴らの非道の証拠を掴んで、警察に突き出す。それでいいだろう」


「……分かったわ、お優しいのね」


 どうでもよさそうにセシリアは言う。


「それに彼らは実際に一堂に会するわけではないし。あなたたちが血を見ることはないわよ」


「……どういうことだ」


「彼らは拡張現実に精神を飛ばして、精神だけで会合を行うの。サイバー技術の粋を集めた! って感じねえ」


 やれやれ、とセシリアは首を横に振る。


「問題はその会合の日が分からないのよね……」


 トシロウは手を口元に置いて考え込んだ。


 会合の日。大切な会合。なんだ、何か思い出せそうな――


「……おい、ゴースト」


「何かしら、人間さん?」


 皮肉めいた返しをされ、ムッと顔をしかめながらもトシロウはセシリアに尋ねる。


「その会合には――ドン・カーネも出席するのか?」


「ええ、毎回出ていたわ。少なくとも私が知る限りではね」


 それを聞いて、とある言葉がトシロウの脳裏をよぎった。


 ――10日後は私は留守にしているから、それ以外の日においで。


「10日後」


 ぽつりと呟いた言葉に、部屋中の人間が――興味なさそうにしていたラピスラズリも、隠れていた数人のジェムドールも、トシロウに注目した。


「10日後に会合があると、ドン・カーネがこの前言っていた」


「それって何日前? 10日後っていつになるのかしら」


 トシロウは記憶を遡り、指折り数えて、答えた。


「――明日だ」

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