#023 忍者! なんで?

 城の中庭はひどい有様だった。

 城門や宮殿へとつながる石畳の通路には深い傷跡が刻まれ、美しく整えられていたであろう庭木の多くがなぎ倒されていた。

 辺りには負傷した兵たちが気を失って体を横にしている。

 動けるものたちはみな不埒ふらちな侵入者のあとを追いかけていったのだろう。

 おかげでここへ来るまでの間、途中の坂道を見張っていた城外の警備兵以外、障害となるような存在はいなかった。


「これをキリヒトひとりでやったのか?」


 おれはサクヤから渡された認識阻害そがいの効果を持つ団扇うちわを頭と両手に装備して、城門をすり抜けてきた。

 見た目は間抜けだが効果は明らかなので、実に堂々とした態度で入城を果たす。


「この様子だと、すでにやつは城内に突入しているのか……?」


 城の惨状をの当たりにして、相手の行き先を予想する。

 目を配れば、扉が開け放たれたまま城内へと続いている出入り口があった。

 あそこをくぐれば、さらに奥の玉座へつながる回廊が見えてくるだろう。

 いそいで足を運ぼうとする。

 しかし、異変はすぐに訪れた。


「そこ! 何やつだ!」


 警告と同時に投擲とうてきされた武器が眼前に迫ってくる。

 慌てて身をひるがえし、間一髪で危機をしのいだ。

 避けた先端はうしろにある漆喰しっくいの壁に深く突き刺さる。

 細くとがった刃先に滑り止めを巻かれた握り。


「これは……忍者が使う『クナイ』か?」


 突然のことに驚いて、それ以上は動けない。

 何より、どうやってこちらに気づいた?

 もしかして偽装がバレたのか……。効果は間違いないはずなのに。


「こんな場所で動く樹木の茂みなど、目立つに決まっているだろう!」


 不思議に感じていると、あちらから理由を教えてくれた。

 確かにそのとおりだ。野外でもない場所で木々に身を隠しても意味がない。

 一瞬とは言え、アイテムを疑った自分が恥ずかしい。

 同時に、こんなものいつまでも付けていられるかと地面に投げつける。

 よし、なんだかスッキリしたぞ。


「お前……。確かオトギとかいうキリヒトの側にいた女か?」

 

 視界に映る人影。

 宮殿への扉をふさぐように姿を現した妖艶な美女。

 夕日を思わせる長いオレンジの髪と、闇夜に光る獣のような金色の瞳。豊満な肉体を包むのはあでやかな和装。漂わせる雰囲気は、まるで御伽おとぎの国からやって来たなぞの使者といった印象だ。


「おや? わたしを知っているということは……。いや、違うな。たまたまどこかで見かけただけか。ならば、ここを通り抜けることはまかりならぬ。どうしても言うなら、力づくでかかってくるがいい!」


 何かを察したような表情でオトキは戦闘態勢を取り、両手に新たなクナイをつがえた。

 やつの目的は、キリヒトのあとを追いかけようとする存在をここですべて足止めにしておくことか?

 ならばしかたない。

 おれも胸元にぶら下がったペンダントをつかみ、シュトローム・ブリンガーの覚醒をうながす。

 だが……。

 シュトローム・ブリンガーが反応しない?

 手のひらの中で小さいままのアイテム。一体、どういうことだ?

 戦闘となれば、これまでは向こうからしゃしゃり出てくる勢いだったのに、今回に限っては静かなままである。


「お、おい! どうした? 今度こそ、お前の出番だぞ」


 さっきの戦いで邪険に扱ったのが災いしたのか、おれの声にまったく反応を示さない。


「こないのであれば、こちらから行くぞ!」


 まごついているうちに、またも先手を取られた。

 両の手から投げ放たれた二本の凶器。コースを予測して回避運動に入る。

 しかし、何かがおかしい。

 よく見れば、飛んでくるクナイの影に隠れて黒く塗られた別の武器が同じような軌道を取っていた。

 やばいな、本命はそちらか……。

 被弾覚悟で打ち払おうにも毒の可能性が脳裏をかすめ、動きが鈍った。

 喉元に迫る凶刃。だが、その行方が突如として変化する。

 原因は手の中のペンダントから首に伸びる細い鎖。張り詰めたテンションが刃によって断ち切られ、銀色のチェーンが宙を舞う。


「運のいいやつめ。いや、気づいたのか……? だが、もう遅い! 我が妖術、【影縫いシャドウスナップ】はすでに完成済みだ」


 オトギの声に動かされ、思わずうしろを振り返った。

 太陽に照らされて、長く壁に伸びている黒い影。

 その要所を縫い付けるように突き刺さった、いくつものクナイ。

 光景を目に焼き付けた瞬間、身体の自由が突然に奪われる。

 え! な、なんだ?

 これは……。ちょっとやばいかもしれない。

 両足が麻痺したように一歩たりとも動かせない。


「目と耳……。いや、それを含めて頭はよく回るようだな。でも、まだ甘い。見たもの聞いたままを疑いもせずに信じているようでは、わたしには勝てない。この”妖艶のオトギ”の術の前にはな」


 視界の端に姿を見せたオトギが勝利を確信して、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 後ろ手に腰へ伸ばした腕がふたたび横に広がったとき、拳に握られた片刃の刀剣がギラリと光った。

 いよいよ、やばい。このままでは首から上と胴体がふたつに分けられてしまう。

 なんとかしようと全身に力を加えてみるが、思いどうりに動かせそうな場所はやはりなかった。いや、ちょっと待て……。


「あ、あれ?」


 ペンダントをつかんでいる右手がかすかに動く!

 肘から先と手首だけだが、固めた拳に力を入れることも可能だ。

 どういうことなのか、あらためて検証する。

 オトギの声に誘導されて背後を見たとき、右腕は弾かれた鎖のせいで無意識に動いていた。同時におれはやつの術中にはまる。

 あるいは手にしたシュトローム・ブリンガーの効果によって意識のコントロールから外れていたせいか?

 いずれにせよ、ひとつの仮定は立てられる。

 やつの力は無意識には及ばない。ならば!


「お前、なんのつもりだ……」


 次におれが起こした行動にオトギが困惑の表情を浮かべた。

 無理もない。強く握ったペンダントの切っ先をみずからの脇腹に突き立てたのだから。

 短い剣先を赤く染めたシュトローム・ブリンガーがレンガの上に小さな物音といくつもの血痕を同時に描く。


「ぐ……はっ……!」


 正直言って、死ぬほど痛い。

 当たり前だ。低い体脂肪率のせいで、どうも傷口が筋繊維まで達しているような気がする。息をするだけで体中に激痛が走った。

 でも、そのおかげだ!


「痛いんだよ、この野郎!」

 

 硬直が解けた足で敵の懐深くに飛び込んでいく。


「馬鹿な! なぜ……?」


 術を破られ、驚いた様子のオトギ。

 おれは勢いのまま刀を持った方の腕と上着のすそをつかみ取り、背負い込むように体をひねった。

 瞬間、相手の体が宙に浮く。

 しかし、オトギは無理に逆らうような姿勢を取らず、あえてこちらに体を委ねた。

 背中に感じる人の重み。そのせいでまたも傷口の痛みが全身を駆け巡る。

 本来はとらえた手をしっかりと握りしめ、相手の体を地面に叩きつけることが目的の投げ技である。

 なのに、緩んだ指先から敵は難なく自由を取り戻し、今度はおれの背中を利用してさらに遠くへ飛ぼうとする。


「――い……つっ! こ、このやろ……」


 痛みに耐えかねて膝をつきそうになる。

 きをついて、オトギがこちらの手を振りほどき派手に宙を舞った。

 軽やかに体を一回転させ、つま先から地面に降り立つ。

 見た目以上の身軽さに思わず惹き込まれてしまった。

 なんだ、こいつ。本当に人間なのか?

 

「なるほど……。痛みで筋肉を無理矢理に痙攣けいれんさせて、わたしの暗示を解いたのか。なかなか無茶をやるな。でも、悪くない。思っていたよりは楽しめそうだ」


 獲物を狙う捕食者の眼で標的をとらえている不敵の術者。

 おれの行動の意味を即座に理解して、愉快そうに微笑んだ。

 実際、あいつが使う妖術はほとんどが相手の錯覚と無意識下への暗示を駆使して成り立っているのだろう。

 先程の【影縫いシャドウスナップ】とやらも、あいつの目と口にする言葉を受けた段階でこちらが動けなくなるよう暗示をほどこされ、壁に刺さったクナイを視界に認めることがトリガーとなっているはずだ。

 その瞬間からおれは自分の意思で体を動かすことが不可能となる。

 状況を打破するには、意思とは無関係に働く痛覚を刺激して硬直を脱するよりなかった。


「読んでて良かった忍者漫画。でも、まさか本当にこういう展開が待っているとはな」

「これで終わったと思うなよ! わたしの本気はこれからだ」


 吠えるように戦いの継続を訴え、逆手に剣を構える強敵。

 正直、これ以上の戦闘は体力、精神ともにかなりの疲弊ひへいを覚悟する必要がある。

 とはいえ、こいつを回避して先へ進む方法もいまは思いつかなかった。


「時間がないな……」


 れる内心を押し殺し、相対した敵を真正面に見据えて再度、臨戦態勢を整える。

 互いの距離を少しづつ測りながら、絶妙のタイミングでほぼ同時に駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る