#022 彼の魂にやすらぎを……

「途中でほかの団の連中を見かけたら注意をしておけ。キリヒトとおなじくらい面倒なやつが現われたとな。こちらの怪我人の様子を見て、馬鹿じゃなければ危ないのを理解するはずだ。それじゃ、いくぞ!」


 よく統率の取れた動きで連中は街の外へつながる通りを進み始めた。

 殿しんがりを務めているリーダーが最後におれの方を振り返り、声をかけてくる。


「それじゃあな、兄さん。素直に見逃してくれたことは感謝する。礼と言っては変だが実のところ、おれはあんたのことを聞かされていた。拠点を失ったキリヒトの近くに、たったひとり最後まで残っていた『オトギ』とかいう女だ。あいつはキリヒトのいない場所でリーダーたちを集めて、あんたが出てきたらすぐに退散するよう伝えてきた。その理由を『化物のように強いから』とだけ説明したんだ。いま考えると確かにその通りなんだが、少し頭に引っかかる。まあ、おれの勝手な印象だがな……」 


 最後の最後に思わせぶりな台詞せりふを残して男たちは消えた。

 あとには立ち尽くしているおれと、もう二度と動かないむくろとなったアドベルが横たわっているだけだ。

 

「どういう意味だ……? あのオトギという女、ロザリンドと似たような感覚で妄信的にキリヒトへ付きしたがっているんじゃないのか。それに、どうやっておれのことを知った。まさか彼女との一戦を見ていたのか」


 盗賊の発言を懐疑的に受け止める。

 だが、あの状況でわざわざこちらをおとしめる必要があるだろうか?

 生じた疑問にしばし頭を悩ませていると、どこからか聞き覚えのある声が耳に届いた。


「こちらでしたか、ライトさん。随分と探しましたよ……」


 声がした方に視線を動かす。

 だが、そこに人影は見当たらなかった。


「サクヤか? 無事なんだな」


 おれの呼びかけに応じて陽炎かげろうの中から現れるようにサクヤが姿を見せた。

 わかってはいたが彼女の隠蔽いんぺい魔法の効果は凄まじい。

 声が聞こえなければ、気配すらおれに悟らせない。


「ここまでのシークエンスを遡行そこう検索して、現在の状況をまとめました。やはり、この状況はキリヒトさんによって引き起こされています」

「そのようだな。おれも少しだけ当事者の話を聞かされたよ。もっとも詳しい内容はいまも不明なままだ」


 時間的余裕も少ない状況なので、おれはここに至るまでの流れを簡単にレクチャーしてもらった。

 どうやら『薔薇の城館シュロスハウスデローゼ』を焼失したあと、キリヒトは新たな拠点を周辺領主に求めたらしい。

 だが、その時点ですでにキリヒトの政治的な立場は王女殿下をかどわかした張本人として謀反むほんの罪に問われていた。

 何より痛手だったのは、城館と同時にロザリンドを自陣から喪失そうしつしてしまったこと。

 まだ幼い王女殿下に関しては、騙されての出奔しゅっぽんという判断であったが、王家の流れを組むロザリンドは自身の判断にしたがってキリヒトと一緒にいるのが承知の事実だった。

 これにより、彼らは暗に公爵家の後ろ盾を得ていた。

 だが、ロザリンドが何者かによって倒されたのち、国王軍に保護されると公爵は一切の関わり合いを全否定する。

 こうしてキリヒトたち一党は拠るべき場所を失い、くしの歯が欠けていくようにひとり、またひとりとその数を減らしていった。

 日増しに辛くなっていく周辺環境に耐えかねたというのが最大の原因だが、同時にキリヒトが不在時、彼女たちを護る存在がロザリンド以外にいなかったというのも大きい。

 それは単純な武力という以外に、政治的な立場から他者の口出しを許さない社会的地位であった。

 一連の流れをかんがみるに、ロザリンド・アーデンという存在がキリヒトにとっていかに重要な役割をになっていたのかがよく分かる。


「だからこそ、あの段階で彼女を倒しておく必要があったのか……」


 ただの門番に過ぎないと思っていた。

 だが、実際には政治的な懸案を解消し、世界に突如、割り込んできた転生勇者を社会的に排除するためには必要な条件だったのである。


「で、追い詰められたキリヒトはやけになって王宮を襲撃したというわけか?」

「王国周辺に出没する盗賊や海賊たち、さらにはさまざまな無法者集団アウトローを力づくでまとめ上げ、今回の襲撃事件を計画したようです。まずは自身が上空から王宮の中庭へ強行着陸を行ったのち、その場で騒動を巻き起こす。慌てた外国の貴賓きひんたちが街の外へ逃げ出そうと門を開いた瞬間、隠れていた仲間が大挙して外部から侵入。そのまま市街になだれ込んでいったそうです」

「事件を知った住民たちが急いで街から逃げ出したタイミングでおれたちがやって来たというわけか……」


 これまでの大まかな推移を確認し、現在の状況と対応策をひとしきり考える。

 答えは至ってシンプルだった。

 王宮に駆けつけ、キリヒトの横暴を食い止める。それしかない。

 問題は、あの男に対抗できる手段を現時点でおれが有しているかという点だ。

 ただひとつの希望は【強制改変コ ー ド】であるが、いかなるオーダーをもちいれば無敵の転生勇者を食い止めることが可能なのか。

 いまはまだ、暗中模索もさくしていた。

 だが、迷っている時間はない。とにかく前に進まねば。


「やつらを完全に信用したわけではないが、とりあえず暴徒たちを追い払うことには成功した。おれはこれから王宮へ向かう」


 サクヤに向かい、次の行動を示唆しさする。

 しかし、この場に心残りがあるのも事実だ。

 彼女につらい仕事をお願いするしかない。


「着いたばかりで悪いが、サクヤにはしてもらいたいことがある。それから追いかけてきてもらえないか?」

「なんでしょうか」


 少女の返答におれは視線を横たわるアドベルの遺骸いがいに移した。

 生々しく広がる血溜まりは、そこが惨劇の舞台であったことを静かに物語っている。


「あの死体が乱暴に扱われないよう、丁寧にとむらってほしい。やがて街の人たちが戻ってくれば、彼がみなのために命を落としたことを理解するはずだ」

 

 アドベルの行為が本当に意味あるものであったかどうかは正直、わからない。

 それでも、彼が示した勇気はたたえられるべきであると、おれは判断した。

 だからこそ死体をさらしたままにしておくわけにはいかない。

 女性であるサクヤには酷な要求であるが、いまは彼女しか頼る人がいなかった。


「……わかりました。近くの民家からベットシーツをお借りして、亡骸なきがらを包んでおきます。そうすれば、特別な扱いをされたのだと考えてもらえるでしょう。ライトさん、こちらはわたしに任せて下さい。あなたは一刻も早く王宮へ」


 サクヤの言葉に大きくうなづく。

 通りの彼方、街を一望できる場所に城壁とそのうしろから顔を出した背の高い塔の一部が見えた。

 こうしている間にもキリヒトは玉座へと迫っているだろう。

 意を決して足を踏み出そうとした。

 そのとき。


「あ! 待って下さい!」


 背中から自分を呼び止める声が聞こえた。

 ん、なんだ?


「王宮はいま、警戒が厳重になっています。おそらく外部からの侵入者は受け付けてもらえないはずです。なのでこちらを……」


 振り向くと例の緑色に塗られた団扇うちわが四つ、おれに向かって差し出されていた。

 また、これかよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る