#015 一組の勇者と一対の剣

「意外だな。とっくに逃げ出したものだと思っていたが、まだわたしと戦おうというのか?」


 ふたたび姿を現したおれを見て、呆れ顔のロザリンドがつぶやいた。

 まあね、あれだけ痛い思いをして、しかもこてんぱんにやられたとしたら、しばらくはおとなしくしているものさ。

 だが、こちらとしても逃げ出すわけにはいかない事情がある。

 多少はうさん臭くても、勝てる算段は立てておいた。


「あいにくと諦めが悪くてね。もうちょっとだけ付き合ってもらう。今度は勝敗が決するまで踏みとどまってみせるから、どうかよろしく」


 打倒すべき相手であるが、不思議とむべき感情は起こらない。

 なぜなら彼女は純粋だから。

 すべてを投げ打って物語の主人公を支え、いまおれの前に立っている。

 見返りは……。まあ、少しはあるだろうが失うものに比べればきっと微々たるものだろう。

 すごいのは、その選択を一時ひとときとして悔やむ素振りが見られないこと。


「どうやら戦意だけは失っていないようだな。今度こそはそっ首、打ち落としてやる。覚悟しろ!」


 ロザリンドがふたたび両の手に二本の剣を構えた。

 彼女の戦法は敵に倍する圧倒的な手数によって反撃の機会を与えず、一方的な攻勢をかけ続けるというもの。

 それを可能としているのは、言うまでもなく完全防御の魔法の鎧。

 あれをなんとしない限り、おれたちに勝利など望むべくはなかった。


「だったら、どうにかしないとな……」


 正面に敵を見据えながら、逆手に剣をつかんだ。

 切っ先を地面につけて考えてきた【強制改変コ ー ド】の中身を大きく口にする。


「オーダー! エネルギーをキチンと保存しろ、以上だ!」

 

 笑わないでほしい。

 おれには自身の思っていることを複雑な古代言語で巧みに表現したり、高名な戯曲家のようにアイアイピックで韻律いんりつを刻みながら読み上げる技量もない。

 必要なのは不足なく条件を伝える文章。

 声にシュトローム・ブリンガーが反応する。

 刀身が光をまとい、魔力が励起れいき状態となった。

 これであとは起動用呪文とやらと読み上げればいいわけか。

 柄を両手で握りしめ、胸の前に持ち上げる。


我が法理に従え、世界ブレイクダウン ・ ザ ・ ワールド――――!」


 掛け声と同時に片膝をつきながら切っ先を地面に向け、全力で叩きつける。

 刃はレンガの通路をやすやすと破壊して大地に大穴を穿うがった。

 解き放たれた【強制改変コ ー ド】が地を走る稲妻いなずまとなってロザリンドに襲いかかる。

 足元から頭上へと逆向きに駆け上がり、空へと消えていった。


「なんだ? 貴様、わたしの体に何をした!」


 自身の身に及んだ異変を敏感に察し、女騎士は困惑の表情を見せる。

 何かが違う。だが、それがどういうことなのかまでは知り得ぬ様子だった。

 これでいい。

 あとは結果を信じて全力で挑むだけだ。

 剣を持ち直し、いまだ状況が呑み込めないままの敵を正面にとらえる。


「悪いがこっちも時間がない。手札を伏せたままなのは納得いかないだろうが、実力差が大きいからな。無様なあがきだと思って許してくれ。じゃあ、いくぞ!」

「くっ! どのような小細工をしようとも、剣を持っての立ち合いであれば結果は同じだ! 今度こそとどめを刺してやる」

 

 武器を構えて全力で走り出す。

 たちまち、お互いを至近の距離に認めるまで近づいた。

 間合いを詰めた瞬間、二本の剣がうなるように押し寄せてくる。


「ちきしょう! ナイフみたいにブンブン振り回しやがって。腕の力がおかしいだろ?」


 あまりのインチキさ加減におもわず愚痴がこぼれた。

 とにかく攻撃の頻度ひんどと精度と速度がありえないレベルでまとまっている。

 それを可能としているのは防御を一切、無視して攻撃全振りに固めたスキル構成だろう。

 まったくもって人外のなせる技だ。だが、こちらだっていままでとは違う。

 避けるしか選択肢のなかったおれに『防御』コマンドが追加されたのだ。

 右からくる斬りつけを左腕にまとったプロテクションで受け止める。

 衝撃で偏光へんこうした魔力のフィールドが不意に浮かび上がった。

 刃を防ぐと同時に行き場を無くしたエネルギーの残滓ざんしがささやかな熱となって片腕を温める。

 安心した。

 この世界でも力は物理として存在し、加えられたエネルギーはいずれかの形となって変換されるのだ。


「止められた?」


 これまでとは打って変わったおれの反応にロザリンドが迷いを見せる。

 連動して繰り出すはずだったもう片方の攻撃が意識せずに遅れた。

 生じたすきを逃さずにシュトローム・ブリンガーが反撃の刃を打ち下ろす。

 まともであれば一刀で敵をほふる威力の攻撃。

 だが、放たれた一撃はまたしても黄金の鎧によって音もなく止められる。


「無駄だ! お前の攻撃では、この鎧の防御を破ることは適わない。それを可能としたのはキリヒト様ただひとり! だからこそ、わたしはあの人に着いていくと決めたのだ。たとえ、国賊となじられようともだ」


 勢いを盛り返したロザリンドがふたたび猛攻に転じる。

 おれたちは急造のコンビネーションでどうにか攻勢をやり過ごした。

 あらためて思う。いくらレベルMAXのチート技能を使用したとはいえ、この人に素で勝利した主人公はどれだけ強いのかと……。


「どうした? 逃げているだけでは何も変わらないぞ! わたしはお前が倒れるまで剣を振り続ける。どこまでも、いつまでもだ!」


 攻め口のないおれたちをなじるようにロザリンドがほざいてみせた。

 言ってろ、いまはまだこちらの時間じゃない。

 だが、結果は間もなく明らかとなるだろう。

 無意識のうちに似合わぬ軽口を叩いたのが論より証拠である。

 

――一閃いっせん。継続したアクションの間隙かんげきを縫って攻撃を加えた。


 もちろん、当てたのはシュトローム・ブリンガーでダメージはまたしても鎧に吸収されていく。

 お返しとばかりに薙ぎ払うような鋭い反撃。

 慌てて距離を取り、間一髪で避けてみせる。


「くそっ。一瞬たりとも油断できないな……」


 相手の攻め筋が変わった。

 これまでと違い、狭い範囲で連続した剣技を次々に繰り出すのではなく、徐々に一撃で致命傷となりうる強い打撃技が主体となっていく。

 一見すると危険度が増しただけピンチなのだが、大技が出てくるというのはそれだけこっちも付け込む隙が多くなるということ。

 次第にお互いの手数が拮抗していく中、こつこつと積み重ねてきた努力が着実に実を結び始めた。


「おのれ。いつまでものらりくらりと……」


 ロザリンドの足が止まった。

 肩で息をするように背中を大きく動かしている。明らかな疲弊ひへいのサイン。

 なおも美しい表情だが、白い肌には大粒の汗が浮かんでいる。

 はた目にもわかるほどの変調。

 様子から察するに、いまも立っていられるのは並外れた強い精神と日々の訓練による賜物たまものだろう。


「悪いな。おれの勝ちだ」


 これだけの強敵に対し、みずから不遜ふそんを働くつもりは毛頭ない。

 単に事実を指摘したのだが、彼女には度しがたい屈辱であったようだ。


「……戯れ言を!」


 残る力を総動員し、全力で斬りかかってくる。

 だが、踏み込みは甘く、剣を振り上げる動作にこれまでのような鋭さはまるでない。

 敵の動作を見極めてから武器をつかんだ両方の手に軽く力を入れた。

 あしを開いて腰を落とし、上段に剣を構える。

 余計な緊張はいらない。ただ一点、無防備となった相手の肩口に狙いを定め、斜めに剣を振りぬく。

 今度こそ手応えがあった。クリティカルだ。

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