#014 撤退……

「かわした? だが、無様だな! そのまま大地を転がり続けろ!」


 あおるようにロザリンドが叫んだ。

 さらに剣を振り上げ、次なる攻撃の姿勢を取る。

 横たわるおれに向かって刃を打ち下ろし、虫けらのように叩き伏せようと狙っていた。

 絶体絶命の危機を迎え、おれは迷いもなく地面を転がり、精一杯に距離を取る。

 ゴロゴロゴロゴロ……。

 恥も外聞もあるものか。名誉に命をかけるのは先祖代々、子々孫々、賞賛と信用で生きていける貴族か資産家だけで結構。

 こっちは日々のノルマをこなすだけでギリギリなんだからな。


「貴様! 戦うものの矜持きょうじはないのか?」


 相手の剣の間合いからようやく逃れた辺りで片膝をついて上半身を起こす。

 耳には強い剣幕でこちらをののしるロザリンドの声が響いた。だが、ハッキリ言って知ったことではない。

 金で命は拾えないのと同様で、名誉で腹は満たされない。

 生きていけるのは無様でも生きることにしがみついたやつだけなのだ。


「なんとでも言え! ここまでくれば、自慢の剣技も当たらないだろ!」

「痴れ者が! 覚悟しろ!」


 顔を上げると、今度はこちらに向かって踏み込みながら片足を蹴り出そうとしている敵が見えた。

 ああ、なるほどな。剣が届かなければ脚を使って狙うまでか。

 感心しつつも金属製の武具で生身を蹴り飛ばされてはたまらない。

 とっさに意思を無くしたシュトローム・ブリンガーを盾代わりに使い、勢いをやわらげようとこころみる。

 ロザリンドの全力の蹴りを受けて剣を構えた両腕に衝撃が走った。

 そのまま、おれの体は後方の花壇の植え込みへと弾き飛ばされる。

 これは……。

 いまさらだが、相手が女だと思って若干の油断があったことを後悔する。

 鍛えているからとかそういう次元ではない。

 とにかく、見た目に反して筋力がやたらと強い。

 軽々と一〇数メートルを蹴り飛ばされた挙句、ついには気絶しそうになった。


「やばいな……。このダメージは」


 情けなくも死を意識したおれの体に何かが覆いかぶさってくる。

 人の重さを感じると同時に胸の辺りで心地よい弾力を覚えた。

 自分のものではない誰かの鼓動が体を通して聞こえてくる。


「ライトさん。大丈夫ですか?」


 ささやくような声でおれの具合を確かめる人影。

 ぼやけていた視界がゆっくり広がると、すぐ目の前にサクヤの顔が見えた。

 少し首を伸ばせば唇が触れ合うような近い距離。

 これがラブコメディーであればドッキドキの展開だが、いまは別の問題でドキドキしていた。

 答えはおれの命にとどめを刺そうしている怖い敵キャラのせいである。


「サクヤ、どうして? ここは危険だ、早く離れろ……」

「大丈夫です。【認識阻害ハインドボディ】と【偽装隠蔽コンシール】の魔法を周囲に展開しました。ロザリンドさんにはわたしたちを見つけられません」


 さすがはヒロインである。

 主役の危機には的確に動いて救ってくれる。

 おれたちを見失ったロザリンドは、しばし辺りを見回してこちらの姿を探していた。

 だがそれも無意味だと悟ると、剣を納めて庭園の中央に引き返す。

 背中を向けた相手に斬りつけることは騎士の名誉に反するのだろう。

 見事なものだ。

 たとえ仕える主君をたがえたとしても彼女は騎士としての誇りと覚悟を保ったままである。

 おれが勝てないのは、剣の力でも魔法の鎧のせいでもない。

 戦いに挑む以前の覚悟の差で負けているのだ。


「とりあえず簡易的に診察しましたが、致命的な負傷箇所は見当たりません。きっとシュトローム・ブリンガーがかばってくれたのだ思います」

「そうか……」


 まずは一安心である。

 とにもかくにも『命は護れ』という命令は律儀に果たしてくれたらしい。

 単なるわがままな聞かん坊ではないようだ。


「動けるようであれば一旦、場所を移しましょう。庭園の外れまで行けば落ち着けると思います」


 サクヤの肩を借りながらゆっくりと移動を開始する。

 幸いにも気取られることがないまま、庭の隅に据えられた開放型の用具置き場へ身を隠した。


「サクヤ、下にいる連中はいまどうなっているんだ?」


 痛む右腕をさすりながら、ふもとに待機しているであろう国王の軍勢についてたずねる。

 武器の方がこちらの都合などまるでお構いなしに体を動かすものだからあちこちが痛い。


「多分、ライトさんが仕掛けたことはすでにハウゼルさんにも伝わっていると思います。タイミングを合わせる意味でも、さすがに先発隊は動き始めているのではないでしょうか?」

「仕切り直しの時間はないか……。次で決めないと、いよいよ危うい感じだな」


 立ちはだかる想像以上の難敵。目論見もくろみの甘さをいまになって痛感する。


「あの、ライトさん。ひとつ訊いてもいいですか? どうして無防備な頭を狙わないのですか?」


 可愛い顔に似合わず結構、大胆なことを訊いてくる。

 ファンタジーのお約束に無粋ぶすい疑義ぎぎを挟むのはよくないが、一応の理由はあるのだ。


「んー。それがどうも彼女の場合は鎧を通して頭部に【護符魔法ウインドデフレクション】が作用しているみたいだな。シュトローム・ブリンガーがむき出しの頭に対して刃を向けようとしなかったから間違いないと思う」

「攻撃は当たらないと……?」

「悪いことにれた剣先は高確率で甲冑に吸い込まれていく。吸収ってのが余計に厄介なんだよ。一瞬で完全に動きを止められる。ん? ちょっと待てよ……」


 ふと何かを思いついた。

 いや、気にさわった。

 見過ごすことが許されない不都合な真実だ……。


「サクヤ。いまから言うことを【強制改変コ ー ド】にできるか?」


 思いついた事柄を言葉に変えて隣にいる女の子へ耳打ちする。


「は? えっと、なんの意味があるんですか、それは……。いえ、ごめんなさい。ちょっとエミュレートしますね」


 おれの考えはいまひとつ彼女には伝わらなかったようだ。

 まあ無理もない。普通は気にする方がどうかしている。


「あの……。一応、演算終了しましたけど先程の強制改変コ ー ドを作品世界へ適用するためには、約八〇〇〇ポイントほどの評価が必要ですね」


 いやいや、桁が違うとかそういうレベルじゃないだろ……。

 こっちの賭け金はお情けでもらった三ポイントだぞ。

 頭をもたげた自信がまたたく間にへこんでいく。

 さて、どうしたものか。


「ライトさん。範囲限定してみてはどうでしょうか?」

「限定? なんだ、それは」


 女の子の甘い言葉にはホイホイ誘われていく。

 この際、可能性があるなら手段を選んでいる余裕はこれっぽっちもないからだ。


「いまのは作品世界全体に改変を及ぼす場合の必要数です。その効果範囲を可能な限り縮めて……。思い切って、この『薔薇の城館シュロスハウスデローゼ』内部にしてみるのはどうでしょうか? それだと、必要評価数は四四まで減少します」


 通販番組もビックリの値引率である。

 だが、惜しい……。

 いや、全然足りてないが方向性はある程度、わかった。

 要は対象を絞れば絞るほど必要なMPが下がっていくシステムなんだろう。

 ならば答えは簡単だ。


「改変するのはロザリンド単体でいい……」

「だったら、必要なのは一ポイントだけです」


 すごいな、お釣りが来たぞ。

 笑っている場合じゃない。次はミスできないのだから、きっちり事前に用意は整えておこう。【強制改変コ ー ド】の発動には対象の前で内容を口述して起動用呪文と一緒にシュトローム・ブリンガーを地面につけると……。

 本当に何から何までこいつ頼りなんだな、実際。

 だからと言って、伝説の剣のおまけじゃ転生勇者の名がすたる。

 おれは物言わぬ長剣の柄を握り、説得するように語りかけた。


「お前がとんでもない代物しろものなのはよくわかった。おれが頼りない使い手なのも否定はしない。だからと言ってひとりで戦おうとするな。おれはお前の邪魔をするつもりはない。でも、お荷物に甘んじるつもりもないんだ……。少しはお前の戦いを手伝わせろ。きっと役に立って見せるから」


 伝わるかどうかは不明だが、自分が思うところを率直に述べる。

 こいつに嫌われたらすべてが台無しという時点で相当な無茶振りだが、ミネバにしろ評議会にしろ、どうやったらこんないわく付きの魔道具を生み出せたのかいっそ問い詰めてやりたい。

 などと、恨み節を心に思い浮かべた瞬間、おれの上着とズボンについているジャラジャラとした装飾品にまぶしい輝きが宿った。

 何が起こった?

 慌ててサクヤの方を向く。

 だが驚いているのは彼女も同じで、生み出された光の正体を知るために間近で観察をしていた。


「これは……。ピンポイントですが、かなり強力な【物理保護プロテクション】の魔法が付与されています」


 これでどうにかしてみろと言うわけか。

 よろしい。戦いの準備はとどこおりなく用意できた。

 足りない実力は勇気でおぎなおう。それでもダメなら、友情でなんとかしてみせるさ……。

 おれたちは一組の勇者だ。 

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