#013 激突!
それから間もなく、見上げた光景に庭園の入口を見つけた。
背の低いレンガの
すぐうしろには植え込みの木々が高く葉を茂らせ、庭園内部の風景を外側から
中央には装飾の施された二本の門柱とそれをつなげる金属製のゆるいアーチ形状の渡りが配されている。
内側に大きく開かれた
金色に輝くまばゆい甲冑を身に着け、腰に複数の長剣を
四季を彩る庭園のどの花よりも美しく咲き誇る大輪の
誰よりも輝かしい未来を
「止まれ、そこのふたり」
おれたちを視界に認めた女騎士がいぶかしむように警告を発する。
きっと彼女がロザリンドだろう。
「何をしに来た? ここは我が主君、キリヒト様の居城である。許可なしに立ち入ろうとするのなら、いまここで切って捨てる! 進むのであれば覚悟を持って来るがいい!」
気合と覚悟を感じさせる
長く伸びた金色の髪が風にたなびく。白い肌に血潮のような赤い唇が彼女の
なるほどな、これは人気がありそうだ。なんといっても華がある。とは言え、ここで帰るわけにもいかないのが進行上のお約束。
意を決して声を返す。
「もうやめろ。すでに国王の兵がここを目指しているのは知っているのだろ? このままでは、お前は王家に弓引く反逆者として扱われる。それは本望ではないのだろう」
無駄だと言われた説得を口にする。
問答無用で実力行使に及ぶのは、さすがに暴漢と変わりがない。
「国王陛下……。いや、わたしにはキリヒト様だけが忠誠のすべてだ。あの方のためであれば、この国のすべてを敵に回してでも戦ってみせる。貴様もそうだ! 何者かは知らぬが、わたしを説得するよう命じられた宮廷の回し者か? ならば、みずからの運命をいま決めるがいい。このまま大人しく陣営に帰参して兵たちに撤退を
左右の腰から交互に剣を抜いて両手に構える。
もはや彼女には祖国を裏切ることや、かつての仲間たちと
見えるのは狂気に取り憑かれたような主人公への偏愛だけだ。
「やるしかないのか……。やっぱり」
先程までのいかにもな転生勇者っぽい軽いノリで現場に来てみてはいいが、いざ実際に相手を目の前にするとちょっと怖い。
こちとらバリバリの文系なんだぞ。筋肉で会話するタイプの人間とは過ごしてきた世界が違うのである。
だが、片手につかんだ血の気の多い相方はそうでもないようだった。
敵影を認めると同時に再度、活性化を果たす。
刃先から魔力のほとばしりが
「中から光が……。魔法剣か? 貴様、何者だ! おかしな見てくれをしている。この国の人間ではないのか?」
さすがにこれだけ特徴的な服装だと相手にも不審がられる。
いまはまだ物語上のキャラクターだと認識されているようだが、果たしてどこまでごまかしきれるものやら……。
え? ちょっと待て!
こいつ、また勝手に動こうしている?
柄を握った手が離れない。
再度、おれの肉体を支配するつもりなのか?
やばいな。最初は様子見するつもりだったのに、シュトローム・ブリンガーがやる気満々でおれの体を敵が待ち受けている方向へ引っ張っていく。
どうすればいい……。
「サクヤ! 怪我しない場所に避難してくれ。とりあえず、こいつの気が済むまでやってみる!」
しょうがない。覚悟を決めて突貫するとしよう。
願わくば一撃のもとに切って捨てられることがないよう神に祈るばかりだ。
思うにこいつは
ただの便利アイテムにしてはパワーが強力すぎると感じていた。
なにせ、ふたりまとめて作品世界へ送り込んでしまうほどの力があるのだ。
所有者を操ってみずから戦う程度はあって当然。
ひょっとすると、この作戦自体がメインはシュトローム・ブリンガーであって、おれは単なる添え物にすぎないのではないか?
どうにもネガティブな発想が頭から離れない。それを確かめるつもりでこいつの好きなようにやらせてみようと考えた。
とにかくおれは全力で防御に徹する。
「攻めるのはいい。でも最低限、おれの命は護ってくれよな」
行き足に加速をつけ、敵の懐へと飛び込んでいく。
おれがつけた注文を理解したのかどうか定かではないが、シュトローム・ブリンガーは勢い込んでおれの右腕を使いロザリンドに最初の攻撃を放った。
振り下ろされた刃を女騎士はふたつの剣を交差して完全に受け止めた。
「大した打ち筋だ。だが、片手では力が足りんな」
余裕を見せつけるように語ってみせる。
確かに腰が入っていない重さ頼りの撃ち込みなど、避ける必要もないのだろう。
続けざまにシュトローム・ブリンガーがさらなる連撃を繰り出していく。
まるで他人事だが実際、おれの意思とは無関係で半ば強制的に体が動いているのだ。下手に
「しばらくはやりたいようにやらせておくか……」
さらなる
その過程で誘い込まれるように戦場は庭園の中へと移動していった。
やばいな……。攻め込むと言うよりは呼び込まれてしまったか。
地の利は圧倒的に向こうが高い。
レンガの石畳で舗装された庭園の中ほど、装飾を施された白いパーゴラを背景にした広い踊り場で彼女の足が止まった。
「剣筋は大体わかった。
しっかりと足元を確かめると、ロザリンドが逆襲に転じてきた。
両手に構えた二本の剣を素早く操り、上下左右の四方から鋭い剣さばきを見せる。
おっと、これは少し……。いや。かなりやばい!
状況的に伝えると、シュトローム・ブリンガーが相対した方の剣はあいつが自動で払ってくれるからどうにかなる。
問題はそうじゃない方の攻撃だ。
おれにはまともな防衛手段がない。なので、基本的には迫る凶刃を
当然、右と左でチグハグな動きを見せることになる。
どう見ても頭のイカれた道化師の芝居だ。
「な、なんだ貴様……。気持ちの悪いを動きをして」
ほらな。美人のお姉さんが変態を見るような目でこっちを凝視している。
喜んでいる場合じゃない!
なんとかしないと、本当に命の危機だ。
さらに悪いのがどうもシュトローム・ブリンガーがおれの命令を曲解しているらしい。『命は護れ』と言ったが、それをあいつは命さえ繋がっていればあとはどうでもいいと感じているみたいだ。
いやいや、腕一本も大切な仲間だからね。
「これで終わりにしてやる! いくぞ!」
勇ましげな雄叫びとともに、ロザリンドが大きく両腕を開いて振りかぶる。
吸い込まれていくように無防備となった胴体へシュトローム・ブリンガーが斬撃を振り下ろした。
「この馬鹿。どう考えたって罠だろ。これは……」
刃先が
防ぐのでも耐えるのでも跳ね返すのでもない。
叩きつけた力はすべてが魔力を帯びた鎧によって消失したのだ。
「わたしへの攻撃は無意味だ。喰らえ! 鉄十字斬(アイザーネス・クロイツ・シュナイデン)!」
子供心をくすぐるような技名。
おかげでなんとなく攻撃の軌道が読めた。
相手の振り上げた両方の剣が同時に襲い掛かってくる。
「あ、やべ!
交差する刃から身を守るため、思い切って地面に体を横倒しで投げ出した。
そうすると、本来おれの首があった場所に伸ばした右腕がつかんだままのシュトローム・ブリンガーが存在している。
三つの刃が絡み合い、甲高い衝突音が広い庭園に響き渡った。
同時におれは体の自由を完全に取り戻す。
どうやら、衝撃で意識が飛んだか戦意が萎えたのか。とにかく戦闘には満足したようだ。
でも、ここで投げ出されても正直、困るんだよな……。
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