#006 標的は『レベル九九で転生したら無敵状態だったので倒した女の子でハーレム作っちゃいました』

 サクヤの準備が整うのを待って、おれたち三人はふたたび図書館の中央に集合した。

 驚いたことに少女は学校の制服に身を包み、手にはスマホひとつだけという恐ろしく日常的なスタイルで冒険に挑もうとしている。


「えっと、サクヤ……。そのよそおいで出かけようとしているのか?」


 さすがにちょっとあきれ気味につぶやく。

 おれも人のことをどうこう言えた義理ではないが、それにしたって大胆、極まりない。


「ライトさん。彼女は詩文通信者スペルプロンプターなので、作品内部に導入されてから現場の状況によって変装魔法を発動させます。そのための通話式魔術転送機なのです」

「通話式……。ああ、そのスマホか」


 手にしたスマホを命よりも大事そうに両手で握っている。

 その様子だけ見ると、いまどきのよくいる女学生だが、状況が状況だけに本気で命の綱なんだなと納得した。

 まあ似合うからいいか。論理飛躍した結論だが可愛いは正義なので問題ない。

 いまはそれよりも気になることがあった。

 じつはさっきから微妙にサクヤが距離を取っているような気がする。

 なんだ? 二十歳過ぎて、異性と肌を重ねたことがない男には近づいちゃいけない戒律でもあるのか?

 などと、こじらせたように疑念をつのらせていると、ミネバがさらに連絡事項の通達を続けていく。


「今回、ライトさんに侵入していただく長期未完成書架作品エ タ ー ナ ルは、『レベル九九で転生したら無敵状態だったので倒した女の子でハーレム作っちゃいました』という作品です」


 少女がおごそかにタイトルを口にした瞬間、おれはスッと片手を上げた。


「なんでしょうか?」

「放っておいても別に問題ないんじゃないか、その作品……」


 題名だけで判断するのもどうかと思ったが、明らかにテンプレート山盛りな、よくある転生ものという印象しか受けなかった。


「気持ちはわかりますが、これでもアニメ化までされた結構、有名な作品なのですよ」


 相手の答えに目を見開いて驚く顔を作ってみせた。

 本気かよ、アニメ会社!


「確か、地上波放送時は『ハーレムマスター! ――エッチなダンジョン攻略します!――』という名前だったと思います」


 ひどいタイトルだ。いろいろと大人の事情が見え隠れする。


「まあいいや。で、アニメ化までされたビッグタイトルがまたなんで未完成になってるんだ? こう言っちゃなんだが、アニメ化なんて重版ブーストかける絶好の機会なんだが……」 


 昨今のアニメ事情はいろいろと苦労話が横行するが、映像化してもらう原作側としては知名度を上げる最高の販促機会なのだ。メディアミックスという手法はいまもって最強レベルの販売方法だと断言できる。


「そのアニメ化が問題だったようです。具体的にはシリーズ後半のオリジナル展開で、いよいよ地上世界の帝王となった主人公が地獄と天界の連合軍を相手に立ち向かうというシナリオでした」


 ほー。聞いてみれば思ったよりも面白そうじゃないか。

 最後の戦いのために前半で仲間を集めていたと考えれば、ある意味で王道のストーリーだ。ましてパーティー全員、ヒロインの女の子だったら人気があるのもよくわかる。


「ところが、放送直後から『神の使いである天使が悪魔と共闘するのは神への冒涜ぼうとくであり到底、受け入れられない』と某宗教関係者からのクレームが殺到いたしまして……」


 ああああ。これはダメだ。

 直感で何があったのか、おおかたの想像がつく。


「出しちゃったんだな、名前」


 おれの問いかけにミネバが無言のまま首を縦に振った。

 だから神様はオリジナルにしておけと昔から注意されるのである。


「これだから宗派問題は鬼門なんだよ」

「ライトさん。宗派という単語が限りなくアウトです」


 しみじみとした感想にミネバが顔を青くして注意喚起かんきした。


「アルビジョワ学派とかでもやばいのか?」

「いえ、公式に異端審問されていれば大丈夫です。そもそも、バテレンの宗教なんて何を言ってこようが……」

「ミネバさん! ミネバさん! ミ・ネ・バ・さん!」


 流れに任せて、とんでもないことを口にしそうな相手を全力で制止する。


「はい? どうかしましたか」

「お前のほうが遥かにアウトだろ」

「むー。ライトさんに指摘されるのは少し心外です」


 こちらの忠告にあからさまな態度で機嫌を損ねる。

 ちょっと怒っている表情などは年相応に子供っぽい。というよりも実年齢が本当に幼いのか?

 さてはこいつ、異世界生活が長くなりすぎて現世の事情にかなりうといな?

 いまどき宗教問題を真正面から語るなど、地雷原でスキップするようなものだ。

 避けるが肝要。


「ん? でもそれって、あくまでもアニメシリーズの問題だよな。作者は災難だったけど、原作にはあんまり関係ないだろ」

「本来はそうなのですが作者自身が後半のプロットを提出したと公言し、後々の本編もアニメ準拠の物語になるとインタビューで答えていました。結局、様々な問題をはらみながら急遽、違う物語を用意すると発表したのですが……」


 消え入るような少女の声。しまいには自分からたずねた。


「最後は心が折れたのか?」


 コクリと、ミネバの首が動く。

 なるほどな、聞いてみれば汲むべき事情があるのもわかる。

 人間、追い込まれれば想像もしえない行動に訴えるのも珍しくない。

 この作者も懸命に頑張ったはずだ。結末は悲しいものだが、逃げた以上はもはや物語に関わる意欲はないのだろう。

 似たような例はいくらである。

 以前は黙って見ているしかなかったが、いまはこうして直接的に介入できる機会を得た。

 ああ、なるほど……。だから、おれはここに呼ばれたわけか。

 転生の理由と果たすべき使命をようやく理解した。

 物語を終わらせよう。別に綺麗でなくても強引でも構わない。

 結末を望むものがわずかでもいるのならば。


「了解した。この物語を終わらせよう。それが誰のためのなんのためになるのかは知らない。ただ、そうした方がみんなのためにいいという直感がおれにささやいている。重要なのは理屈じゃない。経験と創意によって導き出されたアドリブだ。何かあれば……そのときに考えるとしようか」


 自分でもびっくりするほど前向きに、転生者としての役割をまっとうしようと考えていた。

 おれの意欲が伝わったのかミネバが相好を崩して、もうひとつの報告を伝えてくる。


「あ……。それとですね、喜んでください! 実はさっき、念のためにポイントの有無を確認したところ、すでに三ポイントが計上されていました。冒険に出発する前から評価をもらえるなんて、すごく異例ですよ。何かあったのでしょうか?」


 喜色を満面に浮かべる少女に対し、おれはどこか冴えない表情で相手の言葉を受け止めた。

 多分、点をくれたのは思春期まっさかりの中学生か、さもなくば女の子の裸を見れればなんでもいい変態だろう。

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