#007 挿入 ——ジャック・イン——
はしゃぐ女の子の様子を目の前にして、おれは静かに答えた。
「ま、まあ。手ぶらで出かけるより少しは有利になったわけだな。そこは素直に喜ぶとするさ。これでおれもあっちに行って、シュトローム・ブリンガーの力を使えるわけだよな?」
「まあ一応は……。ないよりはマシといった程度ですが、申し訳ありません。いまだ評議委員の中にはわたしたちに対して懐疑的な意見を持つ方が多数、いらっしゃいますので」
ミネバはそう言っておれに頭を下げる。
だけど、謝罪を受けた側としては何を謝られているのかいまひとつ理解不能だった。しょうがないよな、来たばっかりなんだから。
組織内部の問題なんて部外者が安易に口を挟める話題じゃない。
なので場の空気を悪くするのもどうかと思い、そそくさと
「そうとなれば善は急げだ。早いとこ出かける用意を済ませよう。で、どうやって物語の中に侵入するんだ? あと、どうしたら任務クリアなんだ?」
やる気に比例して、いろいろと気になる点が増えてくる。
まあお膳立てはきっとミネバがしてくれるであろうから、おれとしては現場での注意点に留意するだけだ。
「導入にはライトさんが所持しているシュトローム・ブリンガーをこちらの当該書物に近づけてください。作品世界に入ってからはサクヤさんがナビゲートを担当してくれます。基本的には彼女の指示で動いてくだされば問題ないです。それと先行して、評議会から調査員が派遣されています。おそらく先方からコンタクトがあると思いますので、うまく合流してください」
ふむふむ。ようは流れに合わせて進んでいって、最後だけキレイに決まればいいんだな。
よくないクセで全体の話のパターンを先読みしてしまう。大概、どこかで裏をかかれてしまうまでがお約束だが。
あと、自分たち以外にもほかにチームが動いているんだな。
別に不思議ではないが、この作戦も立案と決定は上位の司令部でおれたちは複数いる実行部隊のひとつというわけか。
「まあ前線で
さて、方針が定まれば早速、動くとしよう。
ミネバが本の中程を開き、こちらに向かって差し出す。
首にかけているペンダントのようなシュトローム・ブリンガーを片手に持ち、剣先をページの中央に近づけた。
瞬間、足元の台座に大きな魔法陣が出現する。
多分、漫画やアニメでよくある転移魔法なんだろうが正直、わけがわからない。
理解したのは恐ろしく強大な魔力が周囲に渦巻いている現象と、いつの間にかサクヤがすぐそばにまで来ていたということだ。
「あの。失礼しますね、ライトさん」
彼女がそう言って自分の両腕をこちらの空いている片方の手に絡ませる。
あまりにきつく体を密着させるので、柔らかな胸の感触と鼻の奥をくすぐるような甘い香りがおれの脳髄を直撃した。
な、なんだ、何かのオプションか?
このまま異世界散歩でも始まるのか?
予想外の行動に思考が
落ちつけ、おれ。リアルJKがイケメンでも金持ちでもない男に近寄ってくるときは、お願いか魂胆がある場合だけだ。
生まれ変わっても卑屈な人格だけは引き継がれている。
もうこれは呪いだな。
「すいません。異世界転移には魔力の行使者と十分に接触しておかないと、うまく転送できないんです。しばらくの間だけなので、もう少し我慢してください……」
サクヤが消え入りそうな声で理由を語った。
事情がわかれば変に身構える必要はいささかもない。安心して体を預けてほしい。
可能であれば、こちらから抱きしめてしまいたいくらいだ。
などと
「な、何か……?」
「いえ、別に……」
ああ、
ふたりの女の子に囲まれ、いよいよ思考回路もおかしくなってきていた。
すべては腕と肘に伝わる胸の膨らみのせいだ。おれは悪くない。
「集中が乱れていますよ。真面目にやってください。魔力が分散しないように結界を維持するのも大変なんです」
ミネバが強い口調で不満を告げた。
真面目だよ、これ以上ないくらいにな。
「お願いです。もう少し頑張ってください……」
耳元で少女がささやく。
やめろ、どう考えてもいかがわしい行為の
いよいよ意識の集中が頭から下半身人に移動し始めていた。
このままではどうにも立ち行かないのは必至だ。
意を決し、サクヤの両腕を振りほどく。とまどう彼女の肩をつかんで背中をこちらに向けさせた。
「あ、あの?」
「いいからおれに任せてくれ。少し姿勢を変えるだけだ」
うしろから少女の胸の下に腕を回す。
しっかりと細い体を抱きしめた。
「えっと……。痛くないか?」
慣れない姿勢と経験のない動作を意識して問題がないかたずねる。
これはこれで相手のつむじがおれの顔のすぐ下に位置するので、立ち昇る女の子の上気した香りがさらに
「だ、大丈夫です。少し、恥ずかしいですけど」
視線を下げると、耳まで赤くしているサクヤの様子がうかがえた。
ああ、なるほど。彼女は彼女でいまもって羞恥に耐えているというわけか。
さっきも少し距離をおいていたのは、こうして自分から男のかたわらに近寄っていく行為に弾みをつけるためだった……。
などと出来る限り自分が傷つかないような都合の良い解釈で女の子の心情を勝手におもんばかる。とにかくいまは集中だ。
顔を上げると、本を構えたままのミネバが聞こえない声で何かを告げていた。
「ん?」
唇の動きをよく見れば、それは『早くして』と読める。
はいはい、わかってますって……。
気合を入れ直し、さらに集中の度合いを高める。瞬間、辺りの風景が一変した。
何もない漆黒の異空間。まぎれもない転移の予兆。
「ミネバ、聞こえるか?」
呼びかけた声に遅れて反応を示す。
すぐ目の前にいるというのに、
「はい、なんとか調整しました。ただし、わたしからではすでにライトさんたちの姿をとらえられません。通信だけがようやくつながっている状態です」
「そうか……。すでに転移が始まっているんだな。ところでひとつ教えてくれ。こういうとき、どんな決めセリフで魔法を発動したらいい?」
この期に及んで、まだ痛い言動を模索しているのは余裕の証である。
もしくはそうでもしないと、おれはもうこの状況で自身の理性と精神の
とにかくいまは空虚でもハッタリでも構わないから、意味不明なくらい恰好をつけさせてほしかった。
嘘でも吠えれば虚勢になる。虚ろでも勢いは人を前進させる。
「一応、われわれはこうした介入行為を『
遠くから消え入りそうなほど照れた様子の声が聞こえる。
近くでは気恥ずかしそうに顔を下に向けた少女の姿がある。
「いいじゃないか。サイバーでコネクトでインタラクティブだ。何を言ってるのか、よくわからない印象こそが近未来感ってやつだよな。おれも遠慮なく乗っかっていくとしよう。
掛け声に応じて、足元に緑色のグリッドラインが突如、縦横無尽に発生する。
そこを基底に遠くの山々、近くの木々。うねるように走る河川、すぐとなりの街道。遥かに拡がる街並みが立体のモデルとなって形作られていく。
色彩が追加され、風景が完成する。
環境音が周囲にあふれ、
最後に高い位置からの自然光が投射され、新たなる世界が現実となって構築される。
おれたちは異世界の只中に無事、降り立った。
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