#004 長期未完成作品 ——エターナル——

 ミネバとともに、うながされるまま図書館中央へと移動する。

 一段高くなっている場所に足を運ぶと、少女は真ん中に置かれている背の高い書架台しょかだいの前に着いた。

 彼女が台座に手をかざすと足元のタイルの目地に緑色のまぶしい光が走る。

 それをきっかけに周囲のタイルが魔法の足場となって中空に浮かび上がった。


「おっと。これはちょっとばかりすごいな……」


 減らず口にならないよう、気持ちをのせて嘆息たんそくする。


「しばらく上昇します。足元に気を付けてください」


 そう言って、ミネバが目的の方向を見上げた。

 おれは辺りの光景が気になってあちこちに視線を動かす。

 高い図書館で階段も梯子はしごも見当たらない理由はこれだったのかとあらためて感心した。

 時々、自分たちと同じような台座に乗った書籍管理用のメンテナンスロボと遭遇する。

 そいつらは埴輪はにわに何本もの触手みたいなマニピュレーターを装着していて、かたわらに置いてある牽引台けんいんだいと本棚にあるさまざまな書物をひたすらに移し替えていた。

 やがて、そうした物影も途絶えてくる。


「だいぶ高いな……。どこまで続いているんだ、これは」


 気が付けば、周りは書架にぎっしりと積み込まれた赤い背表紙の本しか見当たらないという状態だった。

 台座の上昇スピードが緩くなり空中で停止する。おれは想像以上の本の数にいささか気後れしていた。

 印刷所で刷り上がったばかりの山と積まれた大量の本を拝見した経験はある。

 しかし、ひとつとして同じものがない赤い色の背表紙が見渡す限り続いている状況はただただ圧倒的だ。


「ここがバベル図書館の長期未完成書架作品群エ   タ   ー   ナ   ル分類区間です」


 声と同時にミネバが両腕を大きく広げた。

 全部?

 ここにあるすべての作品が未完成のまま放置されているというのか?

 見える範囲は際限なく赤一色の風景である。驚いて声も出ない。

 エターナルと言うのは隠語で長らく更新が途切れたまま事実上、作者によって執筆を放棄されたままの作品を指す。

 その理由は様々で単に飽きたというものから展開の行き詰まり、既存作品への類似、創作意欲が別の新作へと移った等々、数え上げればキリがない。

 いっそ中断してくれればよいのだが、さりとて見捨てることも無理という書き手にも読者にも重い負担を強いる存在であった。


「終わりのない物語。それは人々の記憶のリソースを永遠に占有せんゆうし、未来への期待と過去への未練によって一歩も動くことができなくなった状態なのです……」


 少女はあわれむようなまなざしで、もはやこれ以上、紡がれることのない物語を視界にとらえていた。


「ライトさん、物語は終わるべきです。たとえそれが万人の望むような結末でないとしても、ひとつの区切りを打たれたものは、また別の新たな世界に飛び込んでいけます……。だからこそ、わたしは自分の願いをあなたに託します。どうかこの行き場のない世界たちに風穴を穿うがってください。そのためにバベル図書館はあなたに『終焉の客演者エンドロール』の称号をささげます」


 謳うようにミネバはみずからの希望を伝える。

 請われたおれといえば……。実のところ、まだ迷っていた。

 物語を終わらせる。そう言えば聞こえはいいが、実態は単なる『打ち切り』に違いはない。

 一応はそれなりの体裁を整えるが、ほとんどは足早に物語をたたんで、よくあるご都合主義的展開に終止するだけだ。


「あ……」

 

 そして、ふと気がついた。

 世に生み出された多くの物語がなぜ一様にハッピーエンドを迎えるのかを。


「――なるほどな。おれは自分の未熟さにも気づけないでいただけか」


 生まれ変わってみれば過去の自分をより客観的に判断することが可能だ。

 まだ駆け出しだった頃、酒宴の余興で先輩のベテラン編集に「いい作品の条件は?」とたずねたことがある。

 その人は『きちんと終わることの出来た物語』と答えてくれた。

 キチンと終わる。それは決してアクロバティックな手法によって強引に結末を描くことではない。

 語り部が紡ぐストーリーを余すことなく披露し、生み出されたキャラクター各位にふさわしい舞台の幕引きを用意すること。

 引きつった笑顔でカーテンコールを迎えるくらいであれば、いっそ悲劇の主人公や惨劇の被害者でも構わない。

 重要なのは与えられた役割にふさわしい終演を飾ったかどうかだ。


「ん? なんだ、これは」


 想いにとらわれていると突如、胸のペンダントが輝き出す。

 光は脈動のように激しく強弱を繰り返し、放たれた光輝は本棚に並べられた、たくさんの背表紙を照らしている。


「シュトローム・ブリンガーが反応しています」

「どっかで聴いたような名前だな」


 似たような名前を知っている。

 永遠のチャンピオンが所有する武器の名前だ。


「名前を借りただけです。正式な名称は詩篇しへん強制介入改変装置Gアンカー。物語世界の因果律へ強引に割り込みをかける、バベル図書館の強襲用デバイスですよ」


 ミネバがなんだかうさん臭い説明を加えた。

 つまりは、こいつを使えば物語の中へ入ることが可能なのか?


「デバイスの効果によって作品世界へとリンクし、さらにはあるポイントと引き換えで物語上のルールを任意に上書きする能力が発動できます」

「それってすごく便利だろ。こっちに有利なルールを選べるなら……。まあ、全部がうまくいくわけでもないんだろうけどな」


 こちらの懸念に少女が小さくうなづく。

 やっぱりな。ある程度の制約と限界は承知の上か。


「まず、作者自身が知見しえない想像上の設定を持ち込むのは不可能です。つまり、他の作品の便利なアイテムや超能力の具現化は出来ません。あくまでも一般性の高い、誰もが理解できる範囲での効果を物語に付与するのみです」


 えらく赤裸々な言い回しで能力の解説をしてみせる。

 ついつい、おれも調子を合わせて具体的な例を持ち出した。


「早い話がネット上でこれみよがしに書き込まれている野暮なツッコミと同じレベルなのか?」

「い、いえ……。貴重な提言のひとつして、真摯に拝読すべきご意見であると当方は考えています」


 こいつ、急におもねりやがった。

 怖いか? そんなに怖いのか?

 まあ、怖いな。おれも態度をあらためよう。


「みんなのアイディアで作品を盛り上げていくファンの貴重な後押しだな……。うん、そうしておこう。で、使用するポイントってのはなんだ?」

「あ。それはライトさんの行動を見守っているバベル図書館の上級スタッフに評議委員会というのがあります。そこで委員の方がつけてくれる評価点が投入可能ポイントに換算される仕組みです」


 ずいぶんとまあ制限の多いシステムだな。

 人事考課という単語が心に浮かび、寒気を覚えた。


「で、いまおれはどれくらいのポイントが使えるんだ?」


 まずは自身の戦力を正確に計ることが先決であろう。

 己を知り、敵を知る。ただこれだけで勝敗は大きく変わっていく。

 さあ、おれのいまの実力は……。


「ゼロですね」

「なんでだよ! いまどきのゲームだってチュートリアルが終わったら、最初に経験値もらえてレベルアップするだろ! ひのきの棒くらいサービスしろよ!」


 ケチ臭い運営に口角こうかく、泡を飛ばす勢いで悪態をつく。

 ハードモードなのは人生だけでまっぴら御免だ。

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