#003 冴えない夢と冷めた現実
ここに至ってあまりにも具体的な指摘に、つい
つちかってきたファンタジーっぽい雰囲気が一気に台無しだ。
しかし、まあなんてこった。
転生まで行ったのに肝心の転職先が前世と一緒では、ただのワーキングホリックである。
確かに好きで勤めていた仕事場だが、死んだあとまで同じ業務を続けるほど未練があったわけでもない。
せめて最後に手がけた新人さんの作品が無事、世の中に出されるまでは見届けたかった。
だが、それも長らく手塩にかけて面倒を見ていたからである。
何を好きこのんで見ず知らずの人間の妄想に死後も付き合わねばならないのか……。
「転生先の変更はどこに願い出たらいいんだ?」
神様に無茶振りをお願いしてみた。
「入社早々に退職願をしたためる五月病の新入社員ですか、あなたは?」
浪漫のカケラもないツッコミが返ってきた。
ははーん。こいつさては前世が人事部だな?
「そもそも、おれは生まれ変わってまで編集者をしたいなんて、一度も思ったことはないぞ。これは明らかに配属先の通達ミスだ。不当な人事に対しては断固、抗告する」
もはや異世界ファンタジーなのか、現代ビジネス小説なのかカテゴリーが行方不明となっている。
それでもミネバは諦めることなく、おれに対して果たすべき使命の重要さを説いてみせた。
「ライトさん。あなたは間違いなく、わたしが求めた図書館のスタッフとしてふさわしい存在です。転生希望エントリーシートを一目見た時、それを確信しました。あなたが生まれ変わってまでやろうとしている願いは、まさにバベル図書館の懸案を解消するものです」
最近の転生はどうやら自動でエントリーシートが作られるらしい。
いちいち世知辛いな、この神様……。
「それじゃあ、おれをここに呼び寄せたのはミネバ、君なのか?」
問いかけに少女は小さくうなづいた。
つくづく余計なことを……。
どうせなら可愛い女の子がもっとたくさんいる美少女アニメみたいな世界が良かったのに。
などと男の身勝手な願望をひとり夢想していると、ミネバが表情をこわばらせて誰にも口外していないおれの秘密をひっそりと語り始める。
「どうせ、異性と付き合った経験など皆無な、恋人のいない歴
きっちり従姉妹にまで避けられていた事実を知られていた。
いや、それ以前にどうしてプライベートな情報が……。
「な、なぜ、知ってる?」
ちょっとばかり声が震えた。
男の
「備考欄に書いてありましたから……」
天界の履歴書には個人情報保護という概念が欠けているらしい。
「わかった。この話はここで終わろう。実はもうひとつ気になっている問題があるんだ。訊いてもいいかな?」
ごまかすように話題を打ち切り、目先を変えた。
深追いは
それを言われたら、おれは舌を噛み切ってもういちど生まれ変わってやる。
「わたしのプライベートに関する情報は教えませんよ。無論、あなたと違って生きている間に性的交渉の有無があったかどうかなど、問われることすら汚らわしいです」
お前、なんでも教えてくれるって言ったよなあ!
あと、舌が噛み切れない。
どうやらこの空間では自傷行為に及ぶことは不可能であるようだ。
残りは血の涙を流すことくらいしかできない。
「そ、そんなことに興味はない! おれが訊きたいのは、どうしてこんな姿で生まれ変わったのかということだ。見ろよ、この顔。元の遺伝子をどういじったら、こんな二次元から出てきたような
親指で自身を指し示す。
おれの質問に女の子はまじまじとこちらを見つめ、少し不思議そうな顔を見せた。
ちきしょー。やっぱ可愛いな、こいつ……。
「確かに、いい大人がよりにもよって転生するときは超絶美青年になりたいなど、普通は恥ずかしくて思っていても実行はしませんよね。あれですか、編集者というのは原稿の読みすぎで虚構と現実の区別がつかない人たちなのですか?」
とりあえず、世の中の編集者全員に土下座しろ。
あと、間違ってもおれにはそういった
この姿はどちらかと言えば、誰かのイメージの借り物という気がする。
身につけた衣装や装飾、さらには言葉遣いを含めた思考のすべてが自分とは異なる
そんな不確かな印象を感じていた。
「いまのおれは本当に何者なんだ……?」
見えない答えに心が
表情に差した陰を鋭敏にとらえたのか、女の子が下から真っ直ぐに自分を見上げてきた。
そこにはいままでのような冗談めかした笑顔はない。
浮かんでいるのは何かを伝えようとしている真摯なまなざし。
「転生のイメージには当事者の秘められた欲望や
少女のささやきが胸のうちに心地よく響く。
確かにあれこれと悩んでいるより、思い切って体を動かしたほうが精神的には良さそうだ。
なによりほかに叶えたい野望のひとつも、おれにはまるで思いつかない。
異世界で世界征服やチートにハーレム。スローライフもすでに見飽きている。
「わかったよ。で、おれがここで受け持つ仕事はなんだ? と言っても、やれそうなのは編集の仕事で図書館業務は正直、門外漢なんだよな……」
覚悟は決めたが経験不足は否めない。
正直に不安を伝えると、ミネバは承知していたように声音を変えて説明を始める。
「あ、ご心配なく。初心者のライトさんでも簡単な比較的、楽な業務です」
人材不足の地方でパート人員を募集する採用担当者顔負けの甘い勧誘。
やっぱりどこかうさん臭い……。
「コホン……。ときにライトさん、この世の中で物語が終わる際、もっとも多く使われるエンディングはなんでしょうか?」
いきなりな問いかけに少しばかり思案する。
それでも、これまでの人生経験を基にある程度、確信を持って答えを返した。
「え? まあ、そうだな。無難にハッピーエンドが一番多いんじゃないか。なんだかんだで読者ってのは大団円を訴求するものだしな。実際、おれが関わった作品の九割は最後に登場人物が少なからず幸せになって幕を閉じたよ。そうじゃないと誰も喜んではくれない」
おれの回答に目の前の少女はまぶたを伏せて頭を振った。
なんだその、理解が浅いとでも言いたげな態度は……。
「ライトさん。そんなことだから、あなたには最後までベストセラーが作れなかったのですよ」
真顔で人の傷口をえぐってきやがる。
いやいや、ベストセラー作家もヒットメーカーと呼ばれる編集も、あの世界では選ばれたスーパースターだからな。
誰もがなれるものじゃないし、誰だって目指しているけど必ずたどり着けるわけじゃない。そこのところは履き違えるなよ。
「いいですか、この世で最もありふれた物語の結末は『打ち切り』です!」
「え! なんだって?」
声は聞こえていたし、意味も完全に理解していた。
なのに大きな声で訊き返した。
心がその結論を認めようとはしなかったからだ。
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