第十四話 秘密

「ねえねえ、りみ。最近さあ、ぎゅうちゃんがおかしいよね?」

「もち! これって、絶対何かある! 新聞部の腕の見せ所よ。みんな、弱小だからってバカにしやがって! 必ず特ダネすっぱ抜いてみせるわ!」

「張り切るのはいいけど、センセ怒らさないでよー」

「えー? ぎゅうちゃんじゃん。怒ってるとこ、見たことないもん」

「そうなんだよねー。優しいってのとはちょっと違う感じだけどー」


 部員ていうより、友達三人て感じの新聞部。あたしと輝子とまんちゃんで、ああでもないこうでもないと作戦を練っていたんだ。あたしと輝子のかけ合いをじっと聞いてた万ちゃんが、ひょいと席を立った。


「トイレ?」

「ううん。取材してくる」

「って、ぎゅうちゃんに直に!?」

「そー」

「ちょっとお、それはまだ早いよう。警戒されたら、何も出てこないじゃん」

「センセが出せない秘密は、新聞に出来ないよ」

「どして?」

「出したら発禁じゃ済まないっしょ」

「う」


 確かに。


「三人で行く?」

「いや、それじゃはぐらかされるでしょ。雑談から引っ張る」

「うー、そっかあ。あたしも行きたいけどなー」

「各個撃破でいいんじゃない? 連れトイレじゃないんだし、それぞれの取材結果を後で束ねればいいしょ」


 それもそうか。


「じゃあ、万ちゃんが一番手ってことね」

「うん。行って来る」

「ほい」


◇ ◇ ◇


「ふん!」


 わたしは先生という人種を最初から信用していない。いや先生だけでなく、全ての人を、ね。誰もが自分を守るために平気で嘘をつき、人を裏切る。いい人かそうでないかは、その程度の差がどれくらいかに過ぎない。わたしはそう思ってる。


 そして、ぎゅうちゃんはわたしが一番嫌いなタイプの人だ。誠実で温和、人を傷付けるようなことを言ったりしたりしない。少しぼけっとしたところはあるけど、基本明るいし、家族や仕事を大事にしてる。みんながぎゅうちゃんいいよねって話をするたびに、わたしは虫唾が走る。あんな欺瞞の塊のどこがいいのって。


 そう。先生は何か重大なことを隠してる。それはもう隠しようがないはずなのに、必死で隠してる。先生、もう秘密のメッキは剥がれてるの。それを目の前にぶらぶらぶら下げないで欲しいな。汚いから。


 発禁? 発禁が怖くて新聞なんか作れないわ。発禁になる前に、直接ぶちまけてやるよ。文章じゃなくて、じかにコトバでね。新聞部っていうのは、取材に言い訳が立つの。小うるさいやつがいる場所にわたしが我慢して一緒に座ってる意味は、それだけ。


「牛島せんせー」


 生物室の扉を開けて、ひょいと首を突っ込む。最近よくしているみたいに、腕を組んだぎゅうちゃんが窓際に立って外をぼんやり見ていた。


「ん? 万田まんださんか。どうした?」

「ちょっといいですかー」


 先生はわたしの目的を察したんだろう。すうっと顔をこっちに向けた。


「新聞部の取材かい?」

「あはは。そうですー」

「これまでもいっぱい協力してきたぞ。もう逆さにして叩いても、何も出ないよ」


 またまた。そうやってごまかそうとする。わたしの目を侮らないでよ。


「せんせー、もしかして辞めるんじゃないですか?」


 何かやらかしてるとか重大なヒミツを隠しているなら、慌ててぼろを出すと。わたしはそう思ってカマをかけたんだ。でも……。


「ふうん。よく分かったね」


 まるっきりわたしが予想してなかった返事が戻ってきて。わたしの頭の中は真っ白になった。


「な……」

「まあ、いずれ分かることだけどさ。僕が実際に辞めるまでは秘密にしといてくれると嬉しいかな」

「ど、どうしてですか?」

「決心が鈍るからだよ」


 ぎゅうちゃんは、すうっと顔を逸らして窓の外に目を移した。


「僕は秘密は持ちたくないし、誰にも持たせたくない。でも、今回ばかりはちょっとね」


 理由は分からない。でも、わたしの両目から涙が溢れて止まらなくなった。


◇ ◇ ◇


 それは、いつでも秘密でなく出来ること。僕は選んだんだ。自分の目の前に並べられた選択の一つをね。秘密のままにしておこうっていうのは、間違いなく僕のわがまま。秘匿は欺瞞だ。それを分かっていても、僕はまだ秘密にしておきたい。秘密のままにしておくことがとても難しいと知りつつも、ね。

 だから、今回のことは賭けさ。万田さんから漏れても漏れなくても、どちらでもかまわない。秘密を明かす決意を、僕が決めたくなかっただけなんだ。


 泣きながら生物室を走り出ていった万田さんの残像に向かって、こっそり謝る。


「万田さん、ごめんね」



【第十四話 秘密 了】

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