第十三話 もみの木

 僕にとって、いろいろなことがクリスマスツリーのオーナメントみたいにぷらぷら宙ぶらりんになったまま、師走に突入した。


「ふう」


 いかに前身がミッション系で、今でもその名残があるとは言え、さすがに校内でクリスマスソングを流すわけにはいかないんだろう。その代わり、生徒玄関と教職員用の玄関にひっそりともみの木が置かれた。華やかさを演出するような電飾やオーナメントは何もなく、トップスターも銀色。雪を模した脱脂綿が、華やかさよりも物寂しさを演出している。それを横目に見て、思わず苦笑を漏らす。


「期末試験が終わるまでは、それどころじゃないしなあ」


◇ ◇ ◇


 師走に入って、クリスマスだなんだと世の中がどんどん慌ただしくなっている中。学園は、逆に地味な雰囲気になっていく。期末試験があり、それが終わればほどなく二学期の終了で、すぐに冬休み。夏休みと違って休みの期間が短いし、家族との時間が多くなる分はめ外しのアクシデントも比較的少ない。先生にとっては、やれやれと一息つける感覚になる。


 そういう時期には、自らをあえて慌ただしくするようなイベントは組みたくないわけで。うちでは職員の忘年会が行われない。そうだろうなあ。女性職員比率が非常に高いから、どうしても家庭優先になるものね。忘年会がしたければ、職員の間で自主的に女子会をやってくださいということなんだろう。

 当然、男の僕に声がかかることなんかないし、もし誘いがあったとしても今の状況では家庭最優先だ。外で浮かれて飲み歩く余裕なんか、これっぽっちもない。


 期末試験期間は、午前中で授業が終わる。答案採点を終えた僕は、学生の姿が絶えた生徒玄関の前で地味ぃなもみの木をじっと見ていたんだ。


「牛島くん」

「あ、理事長」

「何を見てたんだい?」

「いえ、もみの木を」

「ほう」

「うちは、上が息子なのでクリスマスにはあまり興味がないんですが、女の子だとそうは行かないだろうなーと」

「わはは! そうだな。そのうち、あれ買ってくれこれ買ってくれが始まるぞ」

「でしょうねえ。超現実的なサンタさんが、理不尽なお願いをどこまで聞いてあげられるか。そいつが思案のしどころで」

「わあっはっはあ!」


 理事長が、体を折り曲げて大笑いした。


「そらあ傑作だ」

「今はまだ色気より食い気だから楽なんですけどね」

「ははは。ああ、そうだ」

「はい?」

「来期のことなんだが」

「……はい」

「見通しはどうなんだい?」


 僕は、大きな溜息を何度も冷たい床に転がした。


「はああっ。サンタさんてのは、なんでオトナには来てくれないんですかねえ」

「自力で稼げるなら、欲しいものは自分で作るか取りに行けってことなんだろ」

「ええ。それでも、自力でどうにもならないことはオトナにもいっぱいありますよね」

「まあな」

「来期は、それ次第なんです。僕には決められない部分が多々あるので」

「ふむ。今思い切ることは?」

「……正直」

「うん」

「迷ってます」

「そうか」

「手札がなければ迷いようがありません。そこで思い切るしかない。でも、可能性があるうちは待ちます」

「仕方ないな。いつまで待てばいい?」

「年明け早々に採否開示です。一次は通過し、プレゼンも終わってます」

「結果待ちか」

「はい。もし不採用でなく補欠であっても、思い切ります。その時は、お世話になりたいと」

「うん」


 僕は、地味なもみの木のすぐ側に立つ。


「チャンスがある限りどこまでもそれにこだわる。そういう生き方もあるんでしょう。でも、すでに僕一人のことでは済まなくなっている。もう僕自身がサンタの役割をしなければならない」

「そうだな」

「だから、チャンスは一度切り。僕はそう考えてます」

「見通しは?」

「教授からは大丈夫じゃないかと言われてますけど、僕が決めることではないので結果を見るまでは分かりません」


 僕と同じように一歩もみの木に近付いた理事長が、ふうっと深い溜息をついた。


「君と同じように、我々もワンチャンスだな」

「すみません」

「いや、世の中ってのはチャンスの積み重ねさ。そこかしこにチャンスはあるが、その全てを手に取ることは出来ない。誰かが取れば、他の誰かはそのチャンスを失う」

「ええ」

「それが、君と我々との間でうまく重なっていない。そういうことだよ」

「サンタさんてのは……」

「うん」

「残酷ですね」

「まあな。だから私は」


 理事長が指でもみの木をぴんと弾いた。


「クリスマスを能天気に祝いたくないのさ。私自身はクリスチャンだがね」



【第十三話 もみの木 了】


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