第十一話 天使
校内がどこもかしこも賑やかになっている。僕もお祭りは大好きだから、天の岩戸を開けて繰り出したいところなんだけど……。
「さすがに、この状況だとなあ」
職員室で膨れ面のままぶつくさ文句を垂れ流していたら、本田さんに早速突っ込まれた。
「ねえ、牛島さん。せっかくの学園祭なのに、見て回らないの?」
「そうしたいのはやまやまなんですけど。なんですか、この異様なまでの女子率の高さ!」
「しょうがないわよ。それが女子高なんだもの」
「いや、それは分かるんですけど、父兄とか友達の出入りがあれば、なんぼかはオトコがいてもいいのに」
「あはは」
ペット茶をぐいっと飲みきった本田さんが、苦笑交じりに種明かしをしてくれた。
「わたしがここに入ったばかりの頃は、学園祭の時だけはフルオープンにしてたから、結構このあたりの高校の男子生徒が遊びに来てたよ。でも、今はダメ」
「ええー? どうしてですか?」
本田さんが、ふうっと大きな溜息をつく。
「ものすごくトラブルが多かったから」
「他校の子とですか?」
「それもある」
「え? それもって、他にもいたんですか?」
「女子高っていう禁断の園の扉が開けば、いろんなハエが飛んでくるってことね」
「そっか。学生だけでなく」
「そう。オタクな変質者やら、芸能プロの三下やら、風俗店のスカウトまでなだれ込んできて、大変なことになったの」
「うわ」
「それに懲りて入場を招待客だけに絞り込んだんだけど、招待状をプラチナチケットにして転売する生徒がいて」
ううー、頭痛がする。
「世も末ですね」
「まあ、そんなものよ。見かけは天使でも、中身は今時の子だから。わたしたちだってそうだったもの」
確かに、な。僕もそうか。
「今は、生徒の母親か姉妹だけに入場を制限してある。しかも事前申請が必要で、入場の際には招待状があっても名前と住所、続柄を自署してもらうことになってる。それでトラブルはほとんどなくなったんだけど」
「こういう雰囲気になっちゃうってことですね」
「そう」
あーあ。まあ、しょうがないね。
「そういう女の園に、僕くらいの年齢のオトコが一人でうろうろしていたら、視線が痛くてしょうがないんです」
「あはは。そういうことか。生徒はみんな牛島さんを知っているけど、親はそうじゃないものね」
「ええ。白衣を着てるので、見分けがつくとは思うんですけど、居心地がー」
「あはは」
からっと笑った本田さんのところに、生徒が一人。ブースへの来場者数とトラブルがないことを報告に来た。まあ、展示系ならそんなものだろう。その子から直に突っ込まれる。
「あれー、牛島せんせーは見に行かないんですかー?」
「君らはともかく、お客さんたちの視線が痛いんだ」
「きゃはははははっ!」
生徒が屈託無く笑った。思わず愚痴る。
「冗談抜きに、もうちょい若い男の先生を入れた方がいいと思うけどなー」
「どうしてですかー?」
「まあ、たった三年だけって見方も出来るけどさ。世間の実態とは極端にかけ離れちゃうからね」
「確かにそうね」
笑うかと思った本田さんは、逆に顔をしかめた。
「そこらへんは、うちも過渡期ね」
「そうなんですかー?」
生徒が、きょとんとしている。
「生まれた時からずっと純粋培養ならともかく、ここに来たんだから天使になれっていうのは無理があるわ」
「あ……」
本田さんが、生徒の顔を真正面から見つめる。真剣だ。
「だから、あなたたちはいろいろな策を考える。それはずるいってことじゃない。あなたたちの年齢なら当たり前なの」
「はい」
「天使の仮面を被る子。なり切ろうとして必死に演技する子。冗談じゃないって開き直る子。そして、天使の間に紛れこもうとする子。どれも当たり前。それが当たり前。でも、わたしたちは立場上そう言えないの。天使になりなさいとしか、ね」
「ううー」
先生の投げかけが重くて、困っちゃったみたいだね。助け舟を出すか。
「まあ、生徒だけでなくて、先生も天使なんかじゃないってことだよね。本田先生は、君らにそう考えて欲しいってことじゃないかな」
「じゃあ、先生は嘘つきってことですかー?」
まあ、そういう発想になりやすいわな。思わず苦笑する。
「天使も悪魔も最初からいないよ。いるのは人間だけさ」
◇ ◇ ◇
「すみません。出すぎたまねをして」
首を傾げながら職員室を出て行った生徒の背中が廊下に消えてすぐ。本田さんに謝った。
「いや、わたしの言いたかったのは、まさしく牛島さんが最後に口にしたことだから」
空になったペットボトルで机をこんこんと叩いた本田さんが、くるっと僕の方を向いた。
「牛島さんの奥様は幸せね。ご主人が天使で」
おいおいおいおい、それは……。
「勘弁してくださいよう」
「あはははははっ!」
【第十一話 天使 了】
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