最終話

「そうだ。新婚旅行に行こう」

 アラムがどっかで聞いたようなフレーズで言った。

「……アホ?」

 私は呆れてそう返した。今さらですか?

「アホじゃないよ。大まじめ。なんだかんだで行ってなかったじゃん」

「温泉行ったし、今さらいいよ。面倒だし」

 窓の外をみれは強烈な風と地吹雪。外出したいと思う方がおかしい。

「そういうこと言わないの。さっそく、お父様に言ってくる!!」

 私が止める前に、アラムがすっ飛んで行ってしまった。なんで今かなぁ。

「はい、許可証」

「おわぁ!?」

 早いぞアラム!!


 『逝ってよし』


 ……誤字ってます、国王様。それも難しい漢字の方で。

「もう飛行船の準備させてるから、3日もあれば出発できるよ。総合医療センターに休暇届を出しておかないと……」

 こうなったら早いアラムである。彼に引っ張られるようにして、私たちは城の外に出た。

「フーフフフンフン~♪」

 なんか近年まれに見る上機嫌のアラムである。地吹雪で視界はゼロ。歩いていて楽しいとは言えないのだが……。

「どこまで行くの!!」

 私は風に負けない声を張り上げた。

「世界一周!!」

 ……ガキか。いや、ガキだが。

「真面目に聞いてるの!!」

「真面目に答えているよ。もうその準備を進めている!!」

 マジか!? そういえば、私はこの大陸から出た事がない。機会があれば出てみようとは思っていたのだが……。

「本気? 本気で言ってる?」

「もちろん。だから、休暇はそうだなぁ。2ヶ月くらいで!!」

 蘇生術の弟子は、もう大体のケースに対応出来る。よほどの事がなければ、まず問題無いだろう。

「分かった分かった。じゃあ、私も準備するわ!!」

 こうして、今さらながらの新婚旅行はスタートしたのだった。


 ……なんで?

「いやぁ、また飛行船かぁ」

「いいんですか。何度も乗っちゃって?」

 リリスとセルシアがそれぞれ口にする。長期休暇取るとき、セルシアに新婚旅行の話しをした。それは間違いない。しかし、いつの間にかリリスと横の繋がりがあったらしい。セルシアがリリスに話したらしく、なぜか同行する事になってしまった。曰く「ペットを置いていくつもり?」だそうで……。

「ああ、私たちは部屋で適当に過ごしているから、あなたとアラムはゆっくりイチャイチャしてて」

 そう言って、リリスはセルシアを伴って割り当てられた部屋に入ってしまった。寒いけど天候は晴れ。絶好の旅日よりである。

 甲板でアラムと立っていると、飛行船は桟橋からゆっくりと離れた。いよいよ出港である。最初の目的地は、北にあるお隣のアフラク大陸のスワン王国である。順調にいけば1日もあれば到着するはずだ。非常に寒いが、私とアラムは甲板に立ち続けた。飛行船は海上をひたすら北上していく。

「ねぇ、せっかくだから操舵室を見に行かない?」

 いかにも子供らしい提案に、私は苦笑してしまった。

「はいはい、行きましょう」

 甲板を歩いて最前部へ。とりあえずドアをノックして開けると、そこは予想に反して魔道器が山と積まれたハイテクの塊だった。

「おや、これはアラム様にシンシア様。どうかなさいましたか?」

 制服の肩にある3本線は船長の証。初老の男性が声を掛けてきた。

「単なる見学です」

 私は短く答えた。

「そうですか……。せっかくなので、操舵してみますか?」

 船長がとんでもない事を言い出した。

「うん、やってみる!!」

 アラムは舵輪に向かってすっ飛んで行き、適当に回し始めた。しかし、船は一直線に進むだけ。

「これは?」

 船長はひげ面を破顔させた。

「自動操舵装置です。今はフルオートで固定しているので、いくら舵輪を回しても船の向きは変わりません」

 ……なるほど。

「スワン王国より入電。『ワレ、キセンノキコウヲカンゲイスル。4バンサンバシニセツガンセヨ』

 いよいよ操舵室が慌ただしくなった。私はアラムを舵輪から引っぺがすと、そのまま抱えて自分たちの部屋に入った。

「全く、子供なんだから……」

 私はアラムをベッドの上に放り出し、大きくため息をついた。

「だって、子供だもん。なにか文句ある?」

 ……開き直った。この野郎。

 私は、結婚指輪を外した。

「これ、捨てちゃおうかな……」

 瞬間、アラムの顔色が変わった。

「それはダメ。ごめん。僕が悪かったから!!」

 やたら慌てる姿が、何というか可愛い。

「全く……」

 私はベッドに上がり、アラムの頭を撫でた。

「恋愛感情はともかく、私の旦那様はあなたなの。シャキッとしなさい。シャキッと!!」

「……はい」

 こうして、私たちは最初の寄港地、スワン王国へと到着したのだった。


「新婚旅行といういうより、諸国遊説ね……」

 私はため息をついた。事前に私たちの訪問を書簡で送ったらしく、スワン王国では国賓扱いの待遇を受けた。快適だったが、行動の自由はないので堅苦しかった。

「この旅行には、シンシアを諸国に知らせる意味もあるんだ。堅苦しいのは勘弁してね」

 ……グヌヌそんな思惑が。

「次はアラネタ王国だね。この調子でガンガン行こう!!」

「……はい」

 こうして、2ヶ月間の新婚旅行は無事に終わったのだった。行動の自由は全くなかったが、それぞれの国が最高のもてなしをしてくれて、それは素直に嬉しかった。


 新婚旅行から帰ってからも、私たちは特に変わりない生活を送っている。アラムは成長しているがガキだし、私は……聞くな。

 そして、アラムは成人の儀を迎え、晴れて大人の一員となった。私は三十路だけどね。シクシク。

「それにしても、シンシアも変わらないねぇ」

 いっちょ前に声変わりしたアラムが、ニコニコ笑いながらそう言ってきた。

「なにが変わらないのよ。三十路よ三十路。お肌の張りとか……」

「そうじゃなくてこの距離感。僕は好きだけどね」

 ……ふん、生意気な事言いおるわ。

「私も悪くないわ。熱愛を否定はしないけど、息苦しくなっちゃうしね」

 そう、私にはこのくらいがいいのだ。そういう体質なのだろう。きっと。

「……で、いつになったら着替えシーン見せてくれ……ゴフ!?」

 私の杖がアラムの鳩尾に入った。

「じゃあ、あなたは私にいつ着替えシーンを見せてくれるのかしら? お姉さんが品定めしてあげる」

「ゲホゲホ……いつでもイケルよ。一瞬で全裸になってベッドに飛び込む特技……うがっ!?」

 ……どんな特技だ。それは!!

 まあ、私たちの仲はこんな感じである。馬鹿野郎っぷりを遺憾なく発揮するアラムとフルパワーでツッコミを入れる私。まあ、バカ夫婦である事は認める。

 しかし、これが私たちのやり方だ。こんな恋愛?のあり方もいいのではと思う。どこまでもバカな弟とお姉さん。これでいい。

 2発目の攻撃で床に沈んだアラムをゲシゲシ蹴りながら、こっそりとため息をついたのだった。

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