第50話 別れ

 温泉で息抜きを終えた冬のある日。私にとっては大きな別れがあった。エパデールとダルメートが、本来の仕事である冒険者として旅立つ事になったのだ。

「せめて、越冬して春に出ればいいのに……」

 私はささやかな引き留めを図ったのだが、2人の意思は固かった。

「元々この街には長く留まり過ぎていたのよ。時間が経つほど、別れが辛くなるからね」

 そういって、エパデールはエルフ流挨拶のほっぺにキスをした。

「色々世話になったな。またどこかで会う事もあるだろう」

 ダルメートは、やはり冷静で物静かだった。

「死んだら連絡してね。すぐ蘇生に行くから」

「ばーか、縁起でもないこと言わないの」

 そして、私とエパデールは笑う。

「あっ、これはお・ま、け♪」

 完全に油断していた。エパデールは私の唇に軽くキスした。

『ぎゃぁあ!!』

 私とアラムが同時に悲鳴を上げる。

「あはは、やっぱあんたら面白いわ。じゃあ、行くわね。見送りはここまででいいわ。また会いましょ」

「達者でな」

 そう言い残し、エパデールとダルメートはゆっくりと遠ざかっていく。とにかく腕が立つ2人だった。あわよくば、このまま仲間になってくれるのではないかとも思ったのだが、現実はそう甘くはない。2人の姿が見えなくなった頃、私は隣で微妙に涙ぐんでいるアラムに向き治った。

「今度からはあなたが頼りよ。何するにしてもね。だから、覚悟決めてね」

 私の言葉にアラムはうなずいた。

「分かっているつもりだよ。それにしても、痛いね。事実上主力だった2人が抜けたのは」

 アラムが苦笑した。

「そうね……。まあ、2人は冒険者だから、いつかくる事だったんだけどね」

 たった今し方、彼女たちが消えていったメインストリートを見つめながら、私は自分に言い聞かせるようにそう言った。

「さて、これだけ雪もあるし、気分転換に雪だるまでも作りましょうか」

 我ながら、なんか間抜けな提案ではあったが、アラムはのってきた・

「いいよ。『白銀の貴公子(スノーマン・オブ・スノーマン)』と呼ばれた僕に勝てるかな?」

「ふーん、望むところよ。この『白銀に見初められし王女(プリンセス・オブ・スノー)』に勝とうなど100年早いわ!!」

 雪だるまでの戦い。それすなわち、どれだけデカいものを作ることにあり!!

 1時間ちょっとの戦いの結果……その差は歴然だった。私の雪だるまは、アラムの雪だるまよりひとまわり大きい。

「どうだ、まったか!!」

「ズルイよ~。魔法で雪を全部そっちに寄せちゃうんだもん!!」

 アラムが不服そうだったが、勝ちは勝ちだ。

「ならば……ここは漢と漢の雪合戦で行く?」

 私は雪玉を握り、ニヤリと笑ったのだった。


「いたた……酷いよ。魔法で着弾と同時に爆発するようにした雪玉投げるなんて……」

 私の部屋で気絶していたアラムを介抱していたら、彼は目が覚めるなりそう言ってきた。

「……どっちが酷いのよ。先に雪玉に石を詰めたのはそっちでしょうが」

 そう、お遊びで始めた雪合戦は、いつの間にかルール無用の真剣勝負になってしまったのだ。結果として勝ちはしたが……そこら中痛い。

「それはまぁ、そうなんだけどさ……」

「全く……。ところで、夜ご飯どうするの? もう城の食堂は閉まっちゃったわよ」

 時刻は夜半近く、そこまでアラムは気絶していたのだ。少し、爆発力が強かったかもしれない。

「えっ、そんな時間!?」

 アラムは跳ね起きて時計を見た。

「ごめん。どうしよう?」

 あわあわし始めるアラムを見ながら、私はため息をついた。

「まったく……。近くの飲み屋に行くわよ。あそこなら開いてる」

「えっ、なんで知ってるの?

 アラムが不思議そうに聞いてきた。

「エパデールとよく飲みに行ったのよ。あなたの仕事が終わるまで」

「そうなんだ……なんかズルイ!!」

 アラムがふくれ面になる。

「女の子には女の子だけの時間が必要なの! さて、ぼやぼやしていないで行くわよ!!」

 私はアラムを引き連れて、時間も寒さも深くなった夜の街に繰り出す。転ばない程度に早歩きで進み、程なく店に入る。

「あら、シンシアちゃん。今日は旦那連れなのね。ほら、座って座って!!」

 王族だからと変にかしこまらない。これが、私がこの店を気に入っている理由1だ。こんな時間だというのに、店内には他のお客さんたちが大勢いる。そのうちの長テーブルに2席空きがあったので、アラムと並んで座る。

「はい、いつもの料理。まずはアレとコレ」

 ゴトリと置かれた料理はサラダだった。蒸かした芋を潰して、調味料を混ぜ合わせただけのシンプルなものだが、これが絶品なのだ。あともう一品はホウホウという見た目はグロいが中身は絶品という煮魚。これも絶品なのだ。

「いつものって……本当に良くきていたんだね。僕が働いている間に……」

 アラムが半眼でつぶやく。

「男がチマチマ言わない。ほら、食べてみなさい」

「はいはい」

 まずはサラダを一口食べた瞬間、アラムの顔色が変わった。

「こ、これは……。芋を潰しただけなのに、この味つけは凄い。食感もいいし、なによりも……」

「うるさい。黙って食え!!」

 誰に食レポしてるんだ。全く……。

「あっ、お酒待ってね。今温めているから……」

 オバチャンがそう言って奥に引っ込んだ。

「お酒を温める?」

 アラムが不思議そうに聞いた。

「普通の葡萄酒を温める飲み方もあるけど、ここの店はちょっと変わったお酒を扱っていてね。異国のライスワインというお酒があるの。そのまま飲んでも美味しいけど、この時期は温めると体に染みるわよ」

 私はアラムに片目を閉じてみせた。

「へぇ、楽しみだなぁ」

 アラムが言うと同時にお酒が運ばれて来た。

「あれ、なにこの入れ物……?」

 まあ、分からないのも無理はない。それは「徳利」と「お猪口」が2つだった。

「まぁまぁ、一杯……」

 私はもう手慣れたもの。徳利をお猪口に傾け、中の透明なお酒を注いでいく。

「じゃあ、乾杯」

「乾杯!!」

 お互いにお猪口を持ち上げて恒例の挨拶を交わし、お猪口の中身をチビリとやる。アラムは一口で飲んでしまった。情緒のないやつめ。

「これ美味しい。なんか知らないけど、涙が……」

「ええええ!?」

 染みすぎだろ。全く。

「ほら、ガンガン行くわよ。オバチャン、全メニュー持ってきて!!」

「あいよー!!」

 こうして、爆食爆呑みが開始されたのだった。


「あーあ、寝ちゃったか」

 潰れたのか寝たのか知らないが、アラムは私の背の上にいた。時刻はもう明け方という頃。空がうっすらと明るくなってきた。

 まあ、ちょーっと羽目外しすぎたかな?

「アラムの財布から(勝手に)お代を払った事だし、城まで運ぶくらいはなんのその」

 ザクザクと凍結した雪の上を歩き、私はアラムを担いでなるべく早足で城に急ぐ。高級住宅街に入ると、リリスとセルシアが泊まるホテルがある。その前をさらっと通過しようとしたら、声を掛けられた。

「あれ、シンシアとアラムじゃん。こんな時間に珍しいわね」

 ちょうどホテルからリリスが出てきた。

「どうしたの、こんな時間に?」

 足を止めてリリスに聞く。

「別に大した事じゃないわよ。墓地で死霊術の基礎練習。まだまだだからね。あたし」

「えーっと、それ褒めていいか分からない……」

 なんとも微妙だが、まあ……何事も練習するのは悪くない。多分。

「褒めてよ。飼い主様なんだから。なんてね」

 リリスはぺろりと舌を出した。

「はいはい、よしよし。じゃあ、私は行くね」

「はーい」

 リリスと別れ、私は城に向かう。大門は閉じているが、脇の通用門は常に開いている。内緒だけど……。

 城内に滑り込んだ私は、そのままそっと自分の部屋に向かった。誰に見つかるでもなく戻った私は、とりあえず背負っていたアラムをベッドに寝かせる。

「ふぅ……。私はもうちょっと呑もうかな……」

 部屋にはワインが常にストックされている。その中のとっておきを取り出した。

「1人で呑むお酒も、たまにはいいよね……」


 私は名付けた「デビル・リバース」と。いちいち描写はせんぞ。

 ライスワインはどっしりとしたものもあるが、熱燗にするお酒は葡萄酒よりも呑みやすいものが多い。ゆえに気を付けないと、簡単にリミットを越えてしまう。しかも、翌日「来る」のだ。アラムはお手洗いから出てこない。正確には、出られない。

「あーあ、せっかくいいお酒なんだけどなぁ。あのバカ……」

 なんかもう色々台無しだが、そういうところがアラムらしいと言える。

「ア~リ~シ~ア……」

 あっ、帰ってきた。

「頭がガンガンする……回復魔法を」

「二日酔いの回復魔法なんてないわよ!!」

 ……はぁ、やれやれ。

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