第49話

 どうやら、私は日頃の行いが悪いらしい。あの初雪以降弱まってきてはいるが、冬の嵐はまだ続いている。リリスとセルシアの様子を見に行くのも難儀だし、そのあと出勤するのも面倒だ。そんな中、私は国王様からとんでもない命令を受けた。


『国境線上を偵察飛行し、気になる点を撮影せよ』


 どうやら、私が「飛行」の魔法を使える事を知ったようで、飛行船では目立ち過ぎるということで、こういう任務を申し使ったようだ。高精度のカメラなる魔道器も渡されていて、すでに練習撮影も完了。あとは行くだけという段階でアラムに話すと、彼は見事にぶち切れた。

「お父様に直談判してくる!!」

 その間に、私は護衛としてエパデールとダルメートに、それぞれ金貨1500枚ずつ依頼料として渡しておいた。「飛行」の魔法が使えないアラムは、残念だが置いてきぼりだ。

「しかし、何でかしらねぇ。国境線の偵察なんて……」

「戦かの。わしらの仕事が増える」

 私の部屋で3人集まり話していると、アラムがうなだれながら帰ってきた。

「ごめん。ダメだった。国境近くで不穏な動きがあるみたい。地上部隊はお兄様たちが率いてもう出立したみたいだし、また僕だけのけ者だよ。シンシアも心配だし……」

 予想通りの結果だった。そんなに簡単に曲げるくらいなら、私に危険な偵察飛行なんて命じるわけがない。

「国境近くの街までは飛行船よ。そこで待機しているといいわ。それなら、少しは安心でしょ?」

 「飛行」の魔法は便利だが魔力を使う。そこで、国境近くの大きな街まで飛行船で移動して、そこを基地にしようという作戦である。アラムをその街なり飛行船待機なりすれば、彼の気持ちも少しは楽になるだろう。

「分かった。それなら僕も気が楽だよ」

 ようやくアラムが笑った。これで、本当の準備完了だ。私たちは王家の4人乗り馬車に乗り込み、飛行船乗り場へと旅だったのだった。


 ゴーっという機械音が船内にこだましている。私たちは全員揃って船のサロンにいた。元々は王家の人間用に作られた船なので、狭いながらもやたらと豪華な作りをしている。

「しっかし、この天候で飛べるかしら。飛べたとしても、何も見えないと思うけどなぁ……」

 エパデールがポツリとつぶやく。

 飛行船は通常より高く飛んでいる。甲板に出れば、眼下をびっしりと覆う雲が見えるだろう。寒いのでやらないが……。

「まあ、そこは行ってみないと分からないわね。まだ2日あるし……」

 飛行船は快調に飛んでいるが、目的の街までは2日かかる。その間に天候が回復する可能性はゼロではない。

「うむ、果報は寝て待てともいう。ゆっくりしようではないか」

 いつも冷静なダルメートは、やはり冷静だった。

「僕も魔法覚えないと。このままじゃダメだね」

 苦笑を浮かべるアラムだったが、全くその通りである。私は彼の頭を軽く小突いた。

「分かっているなら……」


『船長より総員へ。後方より高速飛行物体接近中。味方を示す青信号3連を確認』


 ……高速飛翔物体? 嫌な予感がする。

 私はサロンから甲板に出た。自慢のモコモココートなどまるで役に立たない、強烈な寒気が私を包む。さ、寒すぎる!!

 すると、程なくして何かが飛行船の横に並んだ気配がする。時間は夜。何も見えないので、私は「明かり」の魔法を放った。すると……。

「はーい、ペットを置いてきぼりなんて、飼い主としての自覚が足りないわね!!」

 強風の中でもはっきり聞こえるリリスの声。そう、彼女は空を飛んでいた。またもやゾンビに乗って……。しかも、彼女の後ろにはセルシアが困った笑顔を顔面に張り付かせながら乗っている。た、タンデムとは……。

「いいからこっち来なさい。寒いでしょ!?」

 なにせこの気温である。当然、寒いに決まっている。

「言われなくてもそうする。もう寒くて寒くて……」

 リリスのコントロールは完璧だった。気嚢と甲板の僅かな隙間を器用に抜け、飛行ゾンビ2を「着陸」させた。

「あーもう、寒い!! とにかく中に入れて!!」

「私からもお願いします。このままだと死にそうです」

 リリスとセルシアがそれぞれ言った。

「はいはい、こっちに来なさい」

 こうして、6人になった私たちは賑やかに目的の街へと向かったのだった。


「ふぅ、やっと着いたわねぇ」

 嵐は止み天気は上々の晴天。あちこちに積もった雪が眩しい。

「さて、編成を考えましょう。せっかくこれだけ集まったんだから、分担しましょう」

 私は居並ぶ6人に提案した。飛べないアラムを抜けば5人、リリスとセルシアはセットなので実質的には4人だ。用意されたカメラは予備を含めて4台。ちょうどいい。

「じゃあ、私とリリス・セルシアペアは北へ、エパデールとダルメートは南へ攻めて。もし攻撃されたらなるべく反撃はしないでね。下手すると難癖付けられて、本気の戦争になっちゃうかもしれないから」

 戦争大好き第1王子は失脚したはずだが、それでも軍隊は抑えられなかったようだ。全く物騒な話しだ。

 こうして、私たちは空に上がり、それぞれの持ち場へと飛んで行く。私の相棒はリリスたちだ。空飛ぶゾンビにもう慣れた自分が、なんか嫌である。

 街から国境線に飛び、そこからずっと北へと向かう。「探索」の魔法で現在地を確認しながら、国境線を越えずに低空飛行に移る。取り立てて異常はないが……おっと!!

 私はカメラを構えた。ひっそりと機関銃台座があったのだ。それをカメラに収め、高速飛行で上空を抜けて行く、地上部隊が集結している場所や対空機関砲などをカメラに収め、海まで抜けると一気に高度を上げた。

『なーに、今日は終わり?』

 突然リリスの声が聞こえてきた。「通話」の魔法だ。

「今日は終わりね。このまま街に帰るわよ」

 そう答えた時だった。「探索」の魔法に反応があった。赤い点が5つ。かなりの高速で接近してくる。なんか嫌な予感がする。

「リリス、一応戦闘態勢! なるべく反撃はしないでね」

『えー、ぶっ飛ばしちゃえばいいのに』

 なにか不満そうなリリスだったが、とりあえず様子を見る事にしたらしい。あっという間に接近してきたのは、母国の魔法使いだった。お互いに国境線を挟んで睨み合う。先に撤収したのは相手だった。

「ふぅ、冷や汗ものね……」

 額の汗を拭い、私たちは急ぎ街まで引き返したのだった。


 偵察飛行は1回では終わらなかった。寒空の中任務を遂行する事1週間。相手の軍が退き始めた事を確認した段階で、ようやく任務終了となった。

「いやー、参ったね。こんな神経すり減らしたのは初めてよ」

 帰りの飛行船のサロンで、エパデールが手をパタパタ振りながら言った。

「私も……もう勘弁って感じ」

 ソファに体を埋めながら、私はため息をついた。

「私は暴れたかったなぁ。せっかくいい「素材」を見つけたのに……」

 ……リリス、あんたは黙ってなさい。

「なんにしても、みんな無事で良かったよ。みんなで温泉でも行こう」

 今回は撮ってきた写真の整理や書類書きに徹していたアラムが、のんびりとそんな提案をしてきた。

「おっ、いいわね。温泉!!」

「ドワーフに入浴の習慣はないが……たまには良かろう」

 エパデールとダルメートがそれぞれ答える。私のペット2人は言わずもがな。

「この前みたいに温泉街ごと貸し切りとかやめてね。普通に楽しみたいの」

 私はアラムに釘をさした。

「分かってるよ。ちょっと船長の所に行ってくる。目的地は温泉だって!!」

 えっ、直行? まあ、いいけど……。

 こうして、私たちは城下街ではなく、温泉に向かう事になったのだった。

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