第48話 初雪

 初雪が訪れた王都。それは情緒あるものではなかった。

「なんなのよこれぇ!?」

 猛烈な暴風雪が吹き荒れる中、私は隣のアラムに叫んだ。叫ばないと声が聞こえないのだ。

「いつもの事だよ。この時期は荒れるんだ!!」

 伸ばした手の先も見えなくなるような天候の中、私たちは我ながら律儀に出勤しようとしていた。どうせ開店休業になる事は分かっていたが、どうにかこうにか出勤し、いつもの蘇生室で体中の雪を払い落とす。城のすぐ側なのに遭難するかと思った。私たち以外はまだ出勤していないが、今日はぜひ欠勤して欲しい。同じ街中とはいえ、こんな天候で無理されたら最悪命に関わる。

 すると、最近になって設置した「電話」という魔道器がひっきりなしに鳴り始めた。これは遠距離と通話する機械で、1台あると便利なので高価だが導入したのだ。

「今日は僕ら以外全員欠勤みたいだよ。まあ、無理もないね。この天気じゃ……」

 アラムが小さくため息をついた。

「むしろ、積極的に休んで。危ないから……」

 とりあえず白衣に着替え、アラムと話す事にする。入り口ドアの鍵をかけ、「本日休診」の紙を貼り付けた。どうせ、誰も来ないと思うけど、受け入れ体勢が出来ていない事はアピールしておかないと……。

「参ったね、これならシンシアの部屋で……」

 アラムが言った時だった。再び電話がけたたましい音を立てた。

「はい、総合医療センター。えっ、事故!?」

 アラムが声を裏返らせた。

「馬車同士の衝突。怪我人は御者2人。いずれも重傷。意識はあり……」

 アラムがサラサラとメモを書いていく。そして電話を切り、そのメモ用紙を差し出した。

「オーダー入ります!!」

「ここは飯屋じゃない!! って、まさか受け入れたの? 魔法医がいないのに……」

 私は目眩を覚えた。はっきりと。

「だって、この街で1番大きな病院はここだよ。他の個人医院は開いてないし、受け入れるしかないじゃん」

 アラムがなんか正論っぽいことを言う。しかし、受け入れた所で処置出来ないなら意味がない。

「あのさ、受けた以上責任もって処置しないといけないのよ。私は蘇生術士で……」

「魔法医じゃない。分かってる。でも、助けるための知識はある。僕が助手やるから、シンシアは治療に当たって!!」

「……」

 この私を黙らせるとは。成長したな、アラム。蘇生術を使うに当たって、必要な人体の知識はある。これだけが武器だ。私は腹をくくった。治療室全体に魔術文字を書いて補助として、患者が運ばれてくるのを待つ。その間に、アラムは入り口の鍵を開けた。

「言っておくけど、受け入れるのは怪我と蘇生だけよ。病気は手に負えないから!!」

 私が叫ぶと同時に、先ほど連絡があった事故の怪我人が運ばれてきた。ここから先は、私の戦場だ。軽く「探索」の魔法で怪我の箇所と状態を確認し、より重傷の方から治療に入る。簡単な回復魔法ではダメだ。私が使える最強の回復魔法を、治療室一杯に書いた魔術文字で増幅して治療に当たる。そして、何とか1人目を終えた時、また電話がなった。「階段から転落。骨折の疑いあり。意識は正常。シンシア、追加オーダー入りまーす!!」

「だから飯屋じゃねぇ!!」

 その後、ひっきりなしに電話が鳴り続けた。

「シンシア、遭難者探索の依頼!!」

「それ警備隊!!」

 いくらなんでもオーバーフローだ。待合室は怪我人で溢れ、治療の手が全く足りない。何でも屋を自認する私でもこれは堪らない。

「アラム、受け入れ中止!!」

「オーダー入りまーす!!」

 ……おいこら。

「そのあなたの聞いてないフリが露骨すぎて、いっそ清々しいわ!!」

 こうして、修羅場と化した治療室で、私はひたすら魔法を使い続けたのだった。


「あのさ、あなたも一応魔法が使えるし、魔力には限界があるって知ってるよね?」

 私はアラムに言った。もはや、声を出すのもシンドイ。しかし、待合室には多数の患者さん……もはや、限界だった。

「待たせたな……」

 そんな時、まさに救世主が現れた。ガリレイ先生がやってきた。

「正直、電話で連絡を受けた時は驚いたが、今まで良くやった。隣で休んでいるといい」

 ガリレイ先生がバサッとコートを脱ぐと、すぐ下は白衣だった。

「電話?」

 私は思わず聞き返していた。

「ああ、そこのアラムからな。やっと少しだけ天候が回復したので、なんとか辿り着く事が出来た。では、始めよう」

 私は診察台から離れ、ガリレイ先生が凄まじい速度で治療していく。これが「専門」と「万能」の違いだ。ガリレイ先生が蘇生術を使えないのと同様、私では完璧な治療を行えない。こうして、待合室の患者さんはあっという間にいなくなり、長い1日は終わったのだった。

「では、私は帰る。また天候が悪くなる前にな……」

 コートを翻し、ガリレイ先生は総合医療センターから出て行った。なんか知らないけど、無駄にかっこいい。

「僕らも帰ろうか。もう夜遅いし……」

 ……時間? ああ時間!!

 すでに深夜だった。どうりで……。

「うん、帰ろ……」

 総合医療センターから出てドアを施錠すると、私たちは城に向かっていく。まだ吹雪いてはいるが、朝ほどの大荒れではない。

「アラム、ちょっと肩貸して。倒れそう……」

 横を歩くアラムの肩に私はそっと右手を置いた。その瞬間だった。アラムがその肩に置いた私の手を支点にくるりと回り、反対側の手を取って引き寄せると、私に軽くキスしてきた。

「お疲れさま。今日も紅茶を淹れるよ」

「ああ、どうせなら薬草茶。マンドレイクをマシマシで」

 マンドレイクとは別名「魔力草」。収穫時に叫び声を上げ、聞けば即死という怖い薬草だが、とんでもない魔力含有率を誇り、魔力切れでへたっている時には非常に役に立つ。

「ないよそんなの。いつものレモンティーで」

 ……まあ、いいや。寝たら直るし。

 こうして、私たちは無事に城に帰ったのだった。

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